1012.とある小子爵の旅行記、その伍。
【グラード・ウル・グットウィル小子爵】視点:
「ゼストっ、ゼストではないか!」
「グラード隊長、御無沙汰しております」
港街を散策するに当たり、義妹であるユゥーリィ殿は領軍から護衛の騎士を派遣してくれたのだが、その内の一人は実家に呼び戻されて国軍を去った元部下の顔を見付けて、思わず声を掛けてしまう。
「此処で顔を見るとは思わなかったぞ」
「ええ、私も先日この任務の話を聞くまで、再びお会い出来るとは思っておりませんでした」
簡単に話を聞くに、実家からジークフリード辺境伯に推薦され、この地に来る事になったのだとか。
しかし……。
「むぅ……随分と強くなったようだな」
「ぁっ、分かります?
狂戦士と名高いグラード隊長にそう言って貰えるなど、仲間に自慢出来ますよ」
「誰が狂戦士だっ!」
「前の部隊でそれを認めてないのは、グラード隊長ぐらいでしたよ」
まったく口が減らない奴だが、元気そうなのは何よりだ。
「どうだ、此処での仕事は?」
「食事は美味いし、酒も美味い、おまけにちゃんと休息も取れますから天国ですよ。
まぁその代わり仕事で要求される能力が無茶苦茶に高いですから、嫌でも強くなりますよ。
おっと、これでも一応は仕事中ですので、雑談はこれくらいで御勘弁を」
そう言って離れていくが、確かに護衛として派遣された騎士が何時までも無駄話を叩いていたら、周りに示しが付かないな。
どうやら義妹は五人もの護衛を付けてくれたようだ。
正直、俺一人なら、道案内役以外は要らないのだが、まだ幼い子供達がいるからな、油断する気はないが不測の事態に備えれば在るに越した事はない。
「グッドウィル卿、他に三班が離れて護衛に当たりますので、窮屈でしょうが御理解下さい」
他に三班って……、つまり四班で総勢二十人もの護衛とは、流石に多すぎないか?
「仰々しいな、港街だけあって治安が悪いのかね?」
「いえ、自分は王国一の治安だと自負しております。
ですが、愚か者がいない訳ではありません」
確かに護衛の観点からしたら、幾ら治安が良いからと言っても、油断をしても良い理由にはならない。
「それにユゥーリィ様より、奥様はグッドウィル卿が命を賭けて守られるだろうが、子供達も同時となれば意識が分散する事もあり得る。
故に子供達から決して目を離すな、と言付かっております」
「まぁそういう意味では助かるな。
見れば態々女性の騎士まで用意してくれた様なので、尚更感謝せねばならないな」
「いえ、それが……」
どうやら数ヶ月前に、子供を攫って如何わしい悪戯をする犯罪者が出たとの事で、犯人は既に処罰を受けたものの、義妹は姉の子供が被害に遭った日には、義妹の怒りによって街中が恐怖に包まれる事になり兼ねないと、領の軍団長に厳しく言われたため、大袈裟と思えるほどの増員だとの事。
流石に目の前で子供を誘拐される程気を抜いて、愚かな失態を犯す気はないとはいえ……。
「娘はまだ六歳だぞ、流石にそこまでの不届き者はそうそうおるまい」
自慢ではないが妻に似て娘は可愛い。
まだまだ幼いとは言え、将来は器量良しな女性になる事は間違いないだろうと、親の欲目を除いてもそう思えるし、妻が今度こそ女の子らしく育てるのだと張り切っているというだけあって、見た目通り中身も可愛らしく育っている。
だが、やはりそれでもまだ六歳と幼い子供でしかない。
成人を前にした少女とかならともかく、あまりにも悍ましい考えだけに、考えすぎではとも思ってしまう。
「……いえ、少々口にしにくいのですが、被害に遭ったのは─────」
十一、二歳くらいの少年に女装をさせてて……、しかも犯人は貴族とは……。
まぁ確かにそんな事件があった後では、子供好きの義妹が警戒するのも理解出来る。
義妹は甥と姪である二人を随分と可愛がっているようだから、尚更に心配をしているのだろう。
と言うか、息子がそんな目に遭ったら、まず私が怒り狂う。
それこそ狂戦士と言う、不本意な二つ名を受け入れても構わないくらい、犯人を見付け出す事に奔走し、生きている事を後悔するくらいに苦しめるであろう事は、自分の事ながら冷静に判断出来てしまう。
しかし……、領軍を纏める者を震え上がらせるとは、普段の義妹の姿からは、とても想像が付かないな。
「はむはむ」
「んぐんぐ」
流石に食べ歩くなどと言う真似はさせていないが、子供達の食べっぷりと幸せそうな表情の前では、義妹の気遣いには心から感謝だな。
と言うか妻よ、普段、服が着れなくなったら嫌だと節制を心掛けているのに、そんなに食べて大丈夫なのか?
夕べも結構食べた上に、呑んでいただろ。
そう心配する私に妻は……。
「今回の旅行の為に、前もって食事を制限していましたから大丈夫」
そう腰回りの布を掴んで、余裕がある事を見せる妻の姿に思わず噴き出しそうになる。
いや、可愛いのだが、そこまで食い意地が張った一面がある事に驚きもした。
だが別におかしな事ではないな。
単に妻が今まで見せてこなかった一面だと言うだけの事。
「だって以前に来た時もそうでしたけど、あの子が用意する食事って、とても美味しいですもの。
楽しみにして前もって準備するくらい、少しもおかしな事ではありませんわ」
「うん、まあ、そうだね、おかしな事ではないね。
笑ってしまったお詫びに、彼処の果実水など如何ですかな?」
ハッキリ言って、この街の屋台などで出されている料理は、想像以上の味わいだと言える。
勿論、辺境伯の所で出される食事の方が比べ物にならない程美味しいのだが、屋台ならではの料理や味付けがあり、見知らぬ方法で調理されていたりと、見ているだけで楽しい。
「だ〜〜め、女性の努力を笑いものにしたのですから、そんなものでは許してはあげません」
妻が出した条件は、昼からは色々な店で買い物をしながら見て回りたいとの事。
「先程から軽く見ていて、港街だけあって色々な珍しい物を見かけるのよ。
護衛の方のお話しでは、そう言った物を纏めて扱う建物や通りもあるそうだから、そちらに足を運んで見てはどうかと思って」
うむ、確かにそれはそれで見て回りたいが、少し考えて今回我が家族の為に案内役として付けられた義妹の使用人の一人に尋ねてみると……。
「後日、我等が主人と廻られる予定になっておりますので、おそれながら本日の所は街の中を散策するに留めた方が宜しいかと」
だそうだ。
確か昨晩に一緒に街を回るような事を口にしていた記憶があったからな、おそらくそういった場所へは義妹自らが案内を買って出ると思ったら、やはりその通りだった。
だが、妻の考えはそれを踏まえた上での事だったようだ。
「あの子の事だから、私達が購入しようとした物は全て支払うと言いそうで恐いのよ」
「……ぁぁ、確かにありそうだな。
特に子供達が興味を示した物とか」
「そちらはあまり心配していないの、あの子が子供達に甘くても、そこは自重すると思うわ。
あれでいて、子供の為にならないと思った事はしない子だもの」
だから妻としては妹に迷惑を掛けぬように、前もって購入したいという訳か……。
「そこは妹さんの気持ちを汲んで甘えるべきだな」
「姉が妹にたかるような真似はしたくないのだけど」
「じゃあ辺境伯の顔を立てて、と言い換えようか。
君の姉としての気持ちは分かるが、それならば辺境伯の立場に立たされている妹さんの気持ちを汲んであげるべきではないかね」
実際の話、姉妹だからと言って相手を甘やかすのは良くはない。
優遇する程度や、何らかの災難に見舞われた際に支援するならともかく、意味もなく甘やかすのは両家の為にならないからだ。
辺境伯爵になった妹と子爵家に嫁いだ姉と、立場が明確であるのであれば、尚更の事。
だが、妻から今までの聞いた妹さんの話や、僅かなりとも彼女と何度も言葉を交わした印象からして、妹さんは姉である妻にかなり感謝をしているのであれば話は違ってくる。
幼い頃から病気で寝込んでばかりの自分を、まだ同じ子供でありながらもずっと面倒を見てくれていた事が主な理由なのだろう。
そういった想いを、身内には甘そうな辺境伯が周囲に話していないとは思えない。
恩義に思うほど感謝している姉家族に、辺境伯の立場にある妹が明確な形になるような物で誠意を見せる事は、その事を知る者達の心を安堵させる。
辺境伯は恩義を大切にすると。
そして、そういった辺境伯の想いを知る者達は、辺境伯を近くで助ける立場にある者達。
「君が妹さんに甘える事が、妹さんの助けになる事だってあるのさ」
「……はぁ、グッドウィル家がどれだけあの子に助けられているのかと思うと、とても今更必要だとは思えないのだけど」
「その事は否定しない。
ただ、見せる事が必要だって事だよ」
グッドウィル家に手を出せば、シンフェリア辺境伯家が黙っていない。
きっと義妹はそう見せたいのだと思う。




