ミッション22 迷子の迷子の女幹部・・・・・・?
「・・・嘘、だろ・・・・・・」
悪の組織アンビリバブルの幹部ディーアルナこと渡辺光は、今自身が見ている光景を現実のものとして受け止めることが出来なかった。
目の前にある機械のディスプレイに表示された数字を目にした彼女は、驚愕によって両目を目玉が飛び出そうな程見開き、抜け落ちてしまうのではないかと思える程その顎を落としていた。
「・・・・・・いやいやいや!これは夢だ幻だいっそ白昼夢だ。こんなこと、現実にある訳が・・・・・・。」
自分が見たモノが信じられなくて思わず否定した光であったが、しかしやっぱり気になってもう一度その数字を一つずつ声に出して数え始めた。
「一、十、百、千、・・・・・・。」
ごくりと唾を飲み込み、数字を指差していた指がプルプルと震え始める。
数える声も、自分の口から出ている声の筈なのにどこか震えているように聞こえていた。
「・・・万、十万、百万、・・・・・・・・・さっ、三百万円。」
目の前のディスプレイに、東京都内の銀行内に置かれていたATMに映し出されたその金額を目にした光は、それが現実であるという事をようやく理解し、全身から大量の冷や汗を流し始めた。
なぜこれほどまで彼女が動揺しているのかと言うと、言葉にすればとても簡単なことである。
約三百万円。それが渡辺光が所有していた通帳に振り込まれていた金額であったからだ。
「な、ななな・・・ななななななな・・・なんじゃこりゃぁ~~~っ!?」
光は今までの自分の人生で、一度も目にしたことがないような大金が自身の通帳の中に入っていたことに、驚きのあまり周囲に響き渡るほどの叫び声を出してしまうのであった。。
「・・・・・・ああ~、びっくりした。」
銀行から出て街中を歩いていた光は、自身が先ほど目にした驚愕の事実から生じた動悸が未だに収まっていなかった。
まさか買い物をする為に必要なお金を下ろそうとして、あれほどの大金を目にすることになるなんて、光は全く予想してすらいなかった。
ブレーバーから貰った財布にはお金とカード、預金通帳、買ってきて欲しいリストと暗証番号が書かれたメモが挟まっていた。
メモには「作っていた預金通帳に給料を支払っておいたので、必要なら下ろしておくように」といった内容が書かれていた。
俺はこのメモを見たことで買い物前に、先に自身のお金を下ろす為に銀行向かい、先のような悲鳴を上げてしまったのである。
おそらく通帳に記載されていた金額のほとんどが悪の組織アンビリバブルから振り込まれた給料だと思われるのだが、いくら危険手当とか付いているとはいえあれほどの大金になるとは、と思わず遠くを見つめてしまう光。
そして以前自身が送っていた生活環境を思い出しながら、つい乾いた笑いが漏れてしまう。
光の父親が仕事先で得ていた給料なんて雀の涙ほどで、ひと月十万円前後。
この日本で親子二人暮らしていくには厳しい金額であり、光は小さなころから父親と共に貧乏生活を送らざるを得なかった。
幼い頃は理解できなかった自身の境遇を、成長することで正しく理解出来るようになった光は、食い扶持を稼ぐために様々な仕事に手を出してきた。
小学生の頃は小学校が終わった後に家で内職の仕事を。
中学生となって年齢に見合わずヒョロ長く成長した際には、高校生くらいと年齢を偽ってのバイトの日々。
当時のバイトで手に入れて来た給料は、多少の変動はあれど一ヶ月で大体八万から十万。
バイトは一つだけでなく三つ以上掛け持ちしていた為、実際はもっと多く得ることが出来ていたのだが、光はその大半を家賃や水道光熱費、学費や他諸々に当てることでほとんど消費され、しかも最近になって父親の収入がさらに半分となってしまったため、金銭収入の面では完全に家庭内ヒエラルキーが逆転している状態であった。
最終的に残っていた生活費は三万円前後。時には一ヶ月一万円で生活する羽目になったこともあるほどだった。
「そんな生活を送っていた俺が三百万もの給料を得るようになるなんて、人生って分からないもんだなぁ」
これまでの自身の半生を思い返し、「お金って、あるところにはあるんだなぁ・・・。」と大きくため息を吐く光。
さて、そんな風に微妙にアンニュイな雰囲気を漂わせていた光であったが、実はお金の事以外にも先程から少し気になっていることがあった。
「・・・・・・やっぱり、見られているな。」
あからさまにならない程度に周囲へと視線を向ける光。
光の周りには今の彼女と同じように街中を歩いていたり、立ち止まって友人知人と話をしている一般市民たちがいた。そして彼等は、皆一様にして光に向けて視線を集中させていた。
「・・・俺の格好って、なんかおかしいのか?ブレーバーがというか、あの情報屋が用意した服が似合っていなかったり?」
周りの様子を見て、そう呟いてしまう光。
しかし周囲の人々が光の事を見ている理由は、実際には光の予想とは違っていた。
彼ら彼女らは光の姿を見て見惚れていたのである。
現在の光の服装は上半身には黒いハイネックセーターを着て、その上には青みのあるパーカーを羽織り、下半身には白いショートパンツと寒さ対策の黒タイツを、両足には茶色のブーツを履いていた。
その服装は光の白髪赤眼という容姿をより映えさせるものであり、未だに寒さが残る春を意識した格好。
女性の観点からみれば適当なおしゃれだと思われそうなものであったが、しかしそれは出るところは出て、引っ込む所は引っ込んでいるメリハリのある体を持つ光が着ることで、ある種の凶悪さが一気に増していた。
肌の露出こそ確かに少ないのだが、逆にそのせいで光の豊満な体が――――――特に胸部が強調されており、しかもセーターの長い裾がショートパンツを隠してしまい、周囲にはまるで下半身に何も履いていないかのような姿に見えてしまっていた。
その為、光は一切自覚していなかったが、彼女の格好は男性の視点から見れば相当にクルものであったのだ。
それ故に、当然の如く光へと向けられている視線の割合は男性の物が多く、彼女の姿を見た男達は頬を赤くしながら見惚れ、自分達の目の前を通り過ぎた彼女の後ろ後を、呆然としながら目で追っていた。
なお、以下のセリフは彼女の姿を見た男達のセリフである。
「うぉっ・・・、すっごい可愛い娘だな、あの子。」
「なあ、おい。声を掛けてみようぜ。あんな可愛い娘、そうそう出会えるもんじゃないしな!」
「だな!そうと決まれば、おーい・・・――――――」
「待ちたまえ!」
「「「――――――ッ!?」」」
「君達のような若者では彼女のエスコートするのは難しいだろう。ここは私に譲ってくれないかね?」
「ああっ?いきなりしゃしゃり出て来て何言ってんだ、オッサン!」
「そうだそうだ!しかもスーツ姿ってことは、アンタサラリーマンか何かだろう。そんな奴があんな未成年と分かる娘に手を出せば、不純異性交遊になっちまうだろうが!」
「その点、大学生の俺達なら歳も近いからそんな事は言われねぇ。おっさんの出る幕なんてないんだよ!」
「ふっ、若いな。ちなみにだが、君達は彼女をエスコートする時に何処へ連れて行く気だね?カラオケか?ボーリング場やゲームセンターか?」
「な、なんでそんなことを聞くんだよ・・・!?」
「・・・・・・図星か。なに、とても簡単な話だよ。その程度の浅知恵で彼女を射止める事は出来ないだろうと教えてあげる為さ!・・・・・・いや、真面目な話、女性が出会ったばかりの男達3人とそんなところに行くとしたら、身の危険を感じてしまうのは普通のことだろう。」
「うぐっ!?・・・じゃ、じゃあ、アンタだったらどうするんだよ?」
「私なら、喫茶店かもしくはレストランに誘うよ。勿論私の奢りでね。そして彼女にこう言ってやるのさ。君の愛らしい瞳に乾杯、と。」
「・・・・・・それ、イケメンとかがやるのならともかく、オッサンがやっても気持ち悪いだけじゃね?」
「「うんうん。」」
「なにをぉっ・・・!?」
「フンッ!そんなクサいセリフしか言えないのなら、お前はその程度だろうよ。俺ならこう言うぜ。これからもずっと俺の家の味噌汁を作ってくれってな。」
「うおっ!?なんか、近くの建設現場から大工のオッサンがやって来た!?」
「アイヤー、私ならこう言いますネ。私と子供作らないカ、と。」
「続いて近くの中華料理店から怪しい中国人が!?しかもド直球・・・!?」
「はっはっはっ!僕ならこう言いますよ。僕と体だけの関係にならないか、と」
「今度はイケメンが来た!でも、言っていることは最低だコイツ!?」
その後も次から次へと光に話し掛けようとする男達が名乗りを上げ、その数は数十人規模にまで膨れ上がった。
現れた男達はお互いの事を散々に罵り合い、次第にそれは殴り合いの喧嘩にまで発展していった。
「俺が!」、「いや、俺が!」と雄たけびを上げながら拳を振り被り、一部が出し抜いて光の元へと向かおうとして、しかしそうはさせるかとそれに気付いた者達がタックルを食らわせて地面に引き倒す。
最終的には警察が出動する事態となり、暴れていた男達は警察官達の手により鎮圧され、全員が御用となってしまうのであった。
「・・・こんな街中で喧嘩か?東京みたいな都会も結構物騒な所があるんだなぁ。」
自分が原因でそんなことが起こっているなど露とも知らない光は、遠くから聞こえてくる男達の喧騒を耳にした際に「関わり合いになる前に離れてしまおう」と呟いて、目的地である『和菓子屋母黒堂』を探してポテポテと街中を歩いて行くのであった。
『和菓子屋母黒堂』を探して早一時間。未だに俺は、目的の店を一向に見つけられないでいた。
東京都日本橋には既に到着してはいた。しかし、地元ではないので土地勘もなく、また周囲に建てられた様々な建物がまるで迷路の壁のような効果を果たしており、それによって俺の方向感覚は完全に狂わされていた。
より簡単に言うのであれば、迷子になっていた。
「ここ・・・、一体どこだろう・・・?」
気が付いたらどこぞの路地裏に辿り着いてしまっていた。
目の前には建物と建物の間に偶然出来たコンクリートの壁に囲まれ、中心にはポッカリと空いた空地のようなスペースがあり、その中央には複数種類もの廃材が折り重なるように置かれていた。
廃材は建築材として使われていた物だったと思うが、遠くから見ても分かるほどの木材の腐り具合や鉄材のさび具合から相当の期間放置されていると分かり、ここは何かの拍子に誰からも忘れられた場所なのだろうと思い至った。
その光景を片手にブレーバーから支給された携帯端末を持ちながら、俺は疲れたような表情で見ていた。
迷子の俺がどうやってこんな場所に来たのかと言うと、今も自身の手に持っている携帯端末の中にアプリとしてあったナビゲーションマップを見ながら目的地に向かって歩いていたことが原因であった。
始めは携帯端末の画面に表示されたルートの通りに歩いていくことに不安はなかった。
何せこの携帯端末は、あのブレーバーが渡してきた物である。
ブレーバーが作る物はその尽くが何かしらのオーバーテクノロジー要素があり、見た目はまるっきり普通なこれにも、おそらく何らかのオーバーテクノロジーが施されていると俺は思っていた。
しかし、その信頼と信用が予想もしていなかった迷子になるという誤算を生んだとも言えた。
ルートを辿っている途中、突然携帯端末の画面にノイズが走った。
その時は少し気になったものの、特に異常が見られなかったので歩みを再開したのだが、後から考えればここが分岐点だったと思われる。
先のノイズ以降、ルートを表示していたナビが段々とおかしくなってきた。
大通りの隅とか塀の上とかならまだマシな方で、家の壁をまるでぶち抜くようなルートや下水道を通るルートなど、普通ならまず通らないような道が表示されるようになってきたのだ。
しかも不定期に突然ルートが変わったり、現在地が別の地点に表示されるといったことも起こり始め、いよいよ本格的に信用することが出来なくなってきたのである。
いくらなんでもおかしすぎると思って、今の地点に到着した後に携帯端末を一度調べてみようと決めて、色々と弄り始めた。
「こんな・・・、こんなことって・・・・・・。」
そして携帯端末の縁に描かれていたロゴマークを見つけて崩れ落ちたのだった。
背中に羽が生えた犬が疾走するマーク。それは今の世界では一流大企業として有名な『マルコシアス社』の看板マークであった。
テレビやパソコンなどの電子機器や、電子レンジ、冷蔵庫などの家電器具の製造販売を主に取り扱い、さらには幾つもの新技術の開発や発見をして数多くの特許を取得している会社であり、その分野に関しては他の追随を許さないほど、その名は世界中に轟いていた。。
ただし一般企業の中ではという注釈が付くのだが。
大切なことなのでもう一度言うが一般企業の中では、だ。
つまりこれは普通の技術で作られた規制製品であり、ブレーバーの作ったものではないという事。
手を加えている可能性がワンチャンなくもないが、現状の状態を見る限りではその望みは薄いだろう。
「はぁ・・・、これが使えたら、迷うことなく一発で目的地まで行けるのに。」
俺は携帯端末をポケットにしまいながら、右腕に嵌めている『変身用ブレスレット』を見る。
このブレスレットには”ディーアルナ”への変身機能の他にも、仲間内での通信機能や物を粒子化し、データ状にして電子ストレージに仕舞う機能などがあるのだが、実はこれに目的地へ誘導するナビゲートマップ機能が搭載されているのである。
ブレーバーが作ったオーバーテクノロジーが詰め込まれたこの腕輪なら、先の携帯端末のような不調など怒らないだろうにと、ある種の信用と確信を持って言える。
他人がそれを知れば、「そんなものがあるのなら初めから使えばよかっただろう」と言うと思う。実際俺もその事をブレーバーから携帯端末をもらう時に口にしたのだが、その彼から今回に限っては使用してはならないと繰り返し言及されていた。
何でもこのブレスレットの動力源として使われているのが個々人のKエネルギーだそうで、変身以外の機能を使うだけでも微弱ながらいくらかのKエネルギーを発散させるため、それを『エマージェンシーレーダー』に捉えられかねないのだそうだ。
ブレーバーや俺のようにKエネルギーを効率よく扱えるように調整されている者であればレーダーに捉えられないという話があったと思うが、それは飽く迄体内にある内はと言う話で、体外に出てしまえばその調整されたエネルギーも少しずつ綻んで空間の歪みを発生させるようになるらしい。
東京都に設置されている『エマージェンシーレーダー』の精度は地方の物とは比べ物にならないもので、例え微弱な歪みであっても正確に捉える事は可能だろうとブレーバーは語っていた。
その為、緊急時以外には使ってはならないと言われてはいたのだが、今の俺の状況はそれに当て嵌まるのではないだろうかと、つい思ってしまった。
だって土地勘のない街中での迷子。しかも現在地すらまともに分からなくなってしまった状況である。
例えブレスレットの機能を使用することでヒーロー達に気付かれてしまうとしても、このまま迷い続けて夜を迎えてしまうのだけは避けたい。
「昔の習慣で、テントとかをストレージに入れてあるけど。」
口にした通り、一応電子ストレージ内には野宿をする時の為に用意しておいた野外セットも入っているのであるが、しかし結局ブレスレットを操作することになるので、どちらにしても気付かれてしまう事には変わりなく、ヒーロー達と戦うことになる可能性はあり得る。
であれば、夜まで彷徨って疲労が蓄積された状態よりも、まだ体力がある状態で闘り合った方が、勝てる可能性や逃げられる可能性があった。
「・・・・・・よし、やろう。」
そこまで考えた俺はブレスレットの機能を操作しようとして、しかしそれは突如目の前に落下してきた存在によって中断させられた。
「ブッフウウゥゥゥーーーッ!!」
「――――――なっ!?」
ドスゥンッ!という音と共に衝撃波と土煙が発生。
視界は塞がれて、落下してきた何かの姿すらも覆い隠していた。
「・・・い、一体何が・・・・・・!?」
「――――――可愛らしい乙女の声が聞こえた。」
「――――――ッ!?」
ケホケホッ!と舞い上がった土煙のせいで咽ながら状況を確認しようとすると、不意に野太い声が聞こえて来た。
「うら若く、美しい乙女のいる所に私あり。困り果てた女性の元にも私あり。」
何者かの腕が振るわれることによって宙に霧のように舞っていた土煙が吹き飛んでいく。
俺は土煙が晴れた先に見えた光景に――――――否、そこにいた人物の姿を見て絶句した。
腹部がちょっとだけ膨らみながらも鍛えられた筋肉が確認できる肉体は黒いボディースーツに覆われ、首元には赤いネクタイがビシッ!と締められ、下半身にはワンポイントにも見える白いブーメランパンツを履いている。
頭頂部には女性物のショーツを被り、目元にはマスク代わりのつもりなのか、ブラジャーが当てられていた。
「例え呼ばれずとも、華麗に参上!怪人、レディースジェントルメン!!・・・・・・御嬢さん。なにかお困り事かな?」
顔の中で唯一隠されていなかった口元がニッ!と清々しい笑顔を形作り、そこから見える白い歯がキラリッ!と光った。
「・・・へ、へへ、へへへへ、変態!変態だぁーーーッ!?」
俺は目の前に現れた存在を見て、唐突に姿を見せたことによる驚愕と湧き上がってくる生理的嫌悪感からくる叫び声を上げた。
まさしくそれは、誰が見たとしても断言出来る、紛う事なき変態の姿であった。




