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残された希望

 

 ダグバルムから協力を求められた際に、ジョン=スミスが出した条件は二つある。


 一つは『剣聖アラン=スミシィとして身の証を立てられるように助力をする』ことで、もう一つは『連邦と帝国の代表生徒たちを中立国内で保護する』ことだった。


 前者については、中立国からウェスタリア国へと戻る直前にしたためさせた文書がそれにあたる。


 右頭直筆の文書があるとないとで、相手に与える印象や信ぴょう性も違ってくる。自分は剣聖だ、と与太話にしか聞こえない言葉にシャイアが耳を貸したのも、この文書があればこそである。


 また後者については、イヴァンが裏切った時点でダグバルムも考慮していた、あるいはジョンから条件として提案されたことをきっかけに固まった、中立国の方針だった。


 優秀な能力者である各国の代表生徒たちを本国に戻せば、まず間違いなく両軍の戦力として組み込まれてしまう。


 もしそのまま開戦して、生徒の内の誰かが命を落としたとすれば、大人は『若い命が――』などと理由をつけて、その戦火を広げていくだろう。そうでなくとも誰かが命を落とした時点で、の話になる。


 そうなれば最後、七十年前の繰り返しは免れられない。


 果たして、帝国の宣戦布告から間もなく。


 アイゼオン共和国は主要行政区画の首都ドラシエラにて開催していたアルカディア騎士武闘祭を中断し、連邦と帝国との一般交通を閉鎖する。


 各国の生徒や関係者に首都内での生活を保障して、首都外への移動に制限をかける。今後の彼らの自由を首都内に限定することで、その保護を図る。


 それから数日ほど経ってはいるが、まだ目立った混乱は起きていない。


「ジョン教官……これから、どうなるのでしょうか?」


 神樹の広場で、ホロロは難しい顔で神樹を見上げていた。


 帝国の協定反故を止められなかった。それと示し合せたように、何ら前触れもなく、ジョンが月下美人を持ってどこかに消えた――ネネに伝えられてわかったこと、わからなくなったこと、考えてしまうことがある。


 中途半端にしか事情を知らないために、戸惑い方は複雑になる。


 一番その事情に詳しいネネもネネで、すべては把握できていない。


「ホォロロ君。どうしぃたの?」


 ふと前触れもなく、その場を訪れたアイリーズから声をかけられた。


「……アイリーズさん。いや、少し考えごとをしていたんだ」


 彼女が同じように神樹を仰ぎ見始める、そんな様子を一瞥する。やや遅れ気味に、何とは言わずに返事をして、ホロロはまた神樹を仰ぎ見ながら考える。


 そうやってしばらくの間は、ただ二人で肩を並べている時間を過ごした。


「ヒヒッ。当ててあげましょうか?」


 やがてアイリーズに切り出されて、ホロロは黙って首を傾げた。


「ずばり……女の子に振られて落ち込んでいるんでしょ?」


「へぁぶっ!?」


 あまりにも想定外な言葉に、鼻から口から虹色の体液が噴き出る。


 これは単に予想を外されて驚いたわけではない。彼女がその紛れもない事実を知っていることに、若い傷を抉られたことに、彼は大きく衝撃を受けてしまったのだ。


 そうである。ミュートに告白したホロロは、実のところ振られている。


「あらあら大変。はい、これ貸してあげる」


 アイリーズに可愛らしいハンカチを差し出される。


「な、何で? え? 何で知っているの?」


 受け取って体液をふき取ったホロロは、しどろもどろに聞き返した。


「風はワタシのお友達よぉ。ホロロ君が死にかけて大変だったって教えてくれるしぃ、綺麗な夕日の差し込む病室で『僕のそばにいてください』って真顔でキメたことも教えてくれるしぃ」


「覗いていたんだ、盗み聞きしていたんだ!?」


「いやん、それは心外だわ。お友達に居場所を探してもらって、お見舞いついでに寝顔でも舐め舐めしちゃおっかなぁって思っていたら、偶然そこに行き当たっちゃっただけよ」


 ぷりぷりとした調子で、アイリーズが口を尖らせる。


「変態、アイリーズさん変態だよ!」


 目の前の少女に覚える危機感に、ホロロは顔を青ざめさせた。


 ともあれ、それも考え込んでしまっている要因の一つではあった。今の情勢を難しく考えるのは、そうしている間はある程度の現実逃避ができるからだ。


 この状況を自分はどうしたいのか、彼はもう心の中で結論を出している。


 それでも、それがあるから繰り返し考えるのをやめられない。


 優しい騎士は初めての失恋に参っていた。


「どうして振られてしまったのだったかしら?」


 アイリーズも気がついているから、あえてその話題に触れるのだ。


「あれ、聞いていたんじゃなかったの?」


「ヒヒッ。自分で改めて口にしてすっきりしたらいいわ」


 少し悩んだ末に、ホロロは小声で打ち明ける。


「いや、その『そんなの今はずるい』って……ね。ははは……はぁ……」


「そうそう……それまでに何があったのかはワタシも知らないけれど、見ていた感じ、きっと彼女も気持ちの整理がついていないだけよ。この次に告白したら上手く行くわ」


「そうかなぁ? ……そうだといいけれど」


 声の具合を変えたアイリーズが「まぁ、それはそれとして」と続ける。


「これからどうするか、もう決まっているの?」


 自信なく肩を落とすも、ホロロは普段の笑顔を取り戻して「うん」と頷いた。


「自分にできることを探して、それをやる」



2018/09/14 一部重大なミスがあり修正しました。

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