剣聖再来⑤
一月六日。決闘から一夜が明ける。
この日の午前中に再開された会議にて、剣聖アラン=スミシィの再来は真実だったと伝えられた。またこれにともない、帝国の宣戦布告に対しては最後まで講和姿勢を絶やさないとして、連邦議会はその意思を統一した。
抗戦派の要だったウィンデの失墜にてトレヴィロが発言力を損ない、もともと多数を占めていた講和派の声が大きくなった結果と言えた。
この時には、抗戦を唱えていた代表者が講和を唱えなおす場面も見受けられた。
現連邦軍の中でもずば抜けて戦闘能力が高かったウィンデの大敗と、それに赤子の手をひねるかのごとく勝利したアランの実力は、見識のない代表者たちでも理解が及ぶところであった。
その様子を見ていた彼らが何を覚えたかと言えば、それは危機感においてほかならない。
聞けば布告文にある剣帝は、それに匹敵する力の持ち主らしい。それほどの人材を用意した帝国と開戦するかもしれない状況の中で、いかに自分たちの見通しが甘かったのか痛感して、彼らも意識を改めたのだ。
何より唯一の対抗戦力が講和を唱えるのでは、追従しないわけにもいかない。
より大きな力を用意した人間が上に立つ――腐敗した連邦の組織体制に胡坐をかいていたことが、さらに大きな力によって飲み込まれる今に繋がったのだから、彼らにとっては皮肉な話だろう。
かくして四日間に渡った会議は終わった。
翌々日。一月八日。雪雲に覆われた白い空が広がる午後。
これまで伝説とされてきた剣聖の実在を認めるために、略式的ではあるが任命式が執り行われた。
この剣聖再来という事柄は、連邦傘下にある各国各方面に、多くの事情を知らない関係者に、そして帝国に認知させる必要があった。
これには、不安になった味方の軽挙妄動を戒める、戦力を整えたと帝国に警告するなどの意味合いもこめられている。
軍本部敷地内に設けられた屋外会場。
その石畳が敷き詰められた200メィダ四方の空間には、古めかしい立派な壇が構えられている。
壇上には元帥であるシャイア以下マルティカなど八騎士団長の顔ぶれが並び、その下にある広間には軍本部で活動している数万の騎士や兵士が整列する。彼らの出で立ちは一様に正装である。
前日までに積雪は取り除かれて、今は幸いにも降雪がなく――とはいえ気温も氷点下に近いから、いるだけでも寒いことに変わりはない。
この任命式に関して、上級騎士以下にある階級者は基本的に自由参加で、当初は屋内会場にて行うと予定されていた。しかし参加者数が見込みを大きく上回り、その会場には収容しきれないとなれば、より広い屋外会場が選ばれたのだ。
こうなっても参加者の数は変わらなかった。
たとえ寒い思いをしても、自分もその場所で見ていたい……。
この先の歴史がどう転がっていくのか誰にもわからない。それでも、のちの歴史において転換点とされるだろう瞬間に立ち会っていたい。
そう思う彼らの心は、それしきの寒さには怯まなかった。
「アラン=スミシィ。前に」
シャイアの声に従い、アランは控えていた袖から姿を現す。壇上中央にいた彼の前で足を止めて、その場に片膝を着いて構えると、静かに次の進行を待った。
「今この場この時をもって、連邦軍元帥シャイア=ストランドの名において、貴公に連邦軍・剣聖の称号を授ける。今後の貴公の活躍に期待する」
「……謹んで拝命いたします」
壇上に取り付けられたフォトンストーンの拡声器が、二人の交わす言葉の一字一句を拾い、壇から遠くに離れている騎士や兵士の耳まで届かせていく。
おぉという感嘆の声がそこかしこからこぼれ、やがて慎ましく拍手が起こった。
「さぁ、お立ちになってくださいアラン様。これで今日からあなた様は剣聖です……連邦の未来を、この太平の命運をあなた様に委ねます。それで、よろしければお言葉をいただきたい」
兵士たちに目配せするシャイアから、そう小声で挨拶を求められる。立ち上がったアランは広間の方に向き直って、その場から拡声器に声を通した。
「あぁ、一言。……そうだな。何と言って良いのやら」
間を持たせる言葉が響き渡り、兵士たちが自然と大人しくなる。
「人間の心とはとても奥深いもので、歳を重ねたからとわかるものではないらしい。そうかと思っていれば、七十年経ってもわからなかったものが、たった半年でわかりかけるまで、なったりもする。いや、ただ単に、そのすべては人の営みの中にあったのだ」
中立国に残してきた彼らに思いを馳せて、言葉を続ける。
「このような形をしておるが九十になる……半年ほど前だった。私には弟子ができた。その弟子は、優しい騎士になりたいと言った。人を殺めない、人に殺められない、人を殺めさせない――人を護る願いがあると言った。それはこれからの時代にこそ必要なものに違いない」
そう断言して笑みを浮かべたアランは、その最後をこう締めくくった。
「あの子の願いを、子供たちの願いを護る……私はそういう騎士になりたい」




