名残惜しむ夜
今年の上位十六位が決定して、武闘祭はいよいよ大詰めを迎える。
二十二日からこの日まで、連戦を重ねた代表たちの慰労をかねて大規模パレードが行われてきた。
毎年恒例の行事として催される三日間を目的とする人々も多くいて、パレードの初日から会場周辺の大通りには何千何万と、数えきれない人だかりができた。
美麗かつ多種多様な花火が夜空を彩る。大型の馬車に乗せられた上位十六の代表たちが、踊り子や楽隊に紛れて大通りをゆっくりと行進する。
華やかさに財布の紐が緩くなった見物人たちをねらい、商人たちが飲食物を振る舞い、また見物人たちが一段と浮かれて――。
「あっ、いた。……また独りだなんて、声をかけてもらえたら付き合いましたよ?」
独りそんなパレードを見物していたジョンは、ふとネネに声をかけられる。
自分を探していたらしい彼女から、冗談めかして文句をつけられた。
そこには昏睡していた気配も感じられず、もっとも翌日には大飯を食らっている姿を見ていたが、しかし改めて彼女の回復具合を見れば安堵する。
今あるものとしては、それが最後の心残りになっていたのだ。
と――そんな心の動きを自覚しながら、彼はここ半年の出来事を思い返す。
「ネネ殿。……ありがとう」
「ホロロ君とミュートさんが目を覚ましました。まだ絶対安静ですが、ともあれ経過は良好みたいで……ジョンがあの状態の二人を抱えて戻ってきた時は、本当に卒倒しそうでしたよ」
「すまない。……何もできなかった」
「いえ、ジョンを責めているのではなくてですね……夕方頃に様子を見に行ったら、二人とも何やら借りた猫のようになっていましたが、精神は安定して思えましたし、結果的に連れ戻すことは叶ったんですから、その……そうだ、これ食べませんか?」
話題を変えるようにして、その手に持っていた揚げ菓子を差し出される。
これは何ぞ? と半信半疑に一切れ摘まんで、
「果実を揚げたものか……うむ。悪くない」
ジョンはその味わいに目が細まった。
「わ、わかりますか、この味が!?」
ネネがやや食い気味になる。
「ど、どうした急に?」
「え? あぁ……突然すみません。実はこれってパレード期間中だけ露店に出されるもので、子供の頃から食べていた好きな味なんですよ。でも世間では、ごく一部のもの好きが親しむ味と評判で……あら? そういえばピコニスも好きだって言っていたかしら?」
ネネが顎に手をやって記憶をさかのぼる。
「……来年もまた、食べられると良いな」
聞きながらパレードの様子を眺めて、ジョンはぽつりと呟いた。
ちょうどウェスタリア代表の行進を目の前にする。彼らに向かって大きく手を振っているネネが、視界の端に映り込む。彼女に気づいた彼らから、また同じように手を振り返えされる。
「上位十六位に連邦の代表校が十一。……これで開戦にも大きなためらいが生じるはず。彼らがこのまま優勝まで辿り着けたなら、もっと意識を改めるはずです。やりましたね」
ネネがそう言えたのは、剣帝の存在を知らないからだ。
彼がどれだけの力を持っていて、彼が何を企んでいるのか、ジョンは彼女に伝えなかった。もとい彼女だけではなく、ほかの関わり合いのない誰かには、一切伝えようとはしなかった。
剣聖と剣帝の因縁に巻き込むことは、どうしても避けたかった。
おそらく事情を知れば捨て置いてはくれない――若返って半年が経つ今は、自分が関わりをもった相手はそんな人々なのだと、心確かに感じることができている。
だからこそ、それだけはできない。したくない。
「ネネ殿」
「はい、どうしましたか?」
パレードに夢中になっているネネに、さりげなく呼びかける。
「……あとを頼む」
そして普段よりも柔らかな声をして、小さく言い残した。
訝しく思うネネに顔を振り向けられた時、ジョンはそこにいなかった。誰にも気づかれないまま、もうその場から離れたあとだった。
×
数日後。
神聖カルメッツァ帝国よりメオルティーダ連邦へ、宣戦布告がなされた。
ミュート編 完




