水泡に帰した二十年
ジョンは、ドラシエラの管理局施設を訪れていた。
イヴァンの行動に関する事情を知るため、右頭に取り次いでもらうつもりだった。しかし受付には相手にされず、門前払いのような扱いを受けた。
その受付が管理局でも表側の人間であれば、自分の素性も、右頭との関係性も知られてはいなかった。
「こちらに勤めるネネ=ベルベッタの義弟です。やはり叶いませんか?」
『本当であったとしても、正しい手順を踏んでもらいます。また後日お越しください』
もう一度だけ「どうしても?」『どうしても』という問答がある。
「やむを得ぬか……すまぬが、少し急ぎたい要件なのだ」
ジョンは施設の中に押し入った。背中にかかる制止の声も聞かずに、その奥にある階段を目指す。受付を飛び出してきた局員に追い越されて、行く手に立ちふさがられる。
腰に下げた剣の柄に、手を構えて見せられる――一連の動きをしたのちに、彼は語気も強く警告された。
『止まれ! 拘束されたいか!?』
騒ぎを聞きつけて、あちらこちらから局員が集まってくる。
施設内にはたちまち厳戒態勢がしかれて、中にいた民間人の避難誘導も始められた。こうなっては今さら、もはや単なる言い逃れでは済ませられない。
「……通せと、申しておる」
立ち止まる。
伏しがちになった顔を、ゆっくりと上げる。
ジョンは表情を失くしていた。
×
管理局総本部施設。右頭の私室。
『ダグバルム様! お逃げにぁっぎゃっ!』
政務を行っていたダグバルムは、慌ただしくしてきた局員に許可なく扉を開け放たれた。
何かしら脅威が近づいていると知らせるものだと、向けられた声から察する――直後、その局員の身体が何かに弾かれて、廊下の死角に消えていく様子を見る。
そこに賊と思しい誰かが現れるまで、彼は眉一つ動かさなかった。
「やはり、おいでになられましたな」
やや険しい面持ちで、ジョンが扉口に差し掛かってくる。
もうじき彼が会いに来るだろうと、ダグバルムは予想していた。彼が何を目的としているのかも、およそ見当がついていた――彼は会わないという選択肢も持っていた。
「ここまで手練れの局員が、かなりいたかと思いますが?」
「ネネ殿の義弟を名乗っても通してもらえなかった。手荒になったが誰も死んでいないはずだ。……あの彼らが本当に手練れだというのならば」
来た側を一瞥して、ジョンが申し訳なさげに述べる。
「さすが、ですかな。……あなたも、そして彼も、現代の騎士では相手にならない。あなたの前では一国の軍隊でさえ、ただの有象無象に成り下がそうですが、想像も及びません」
「果たして、この力は今の時代にあって良いものなのかな? ……初めからこうなる算段か?」
「……彼だけは、私の思いどおりにならなかった」
観念したような溜め息を吐いて、ダグバルムは続けた。
「本来なら。帝国の宣戦布告はもっと先の話だった。開戦の企てを協定反故として、また例の虐殺を中立国に対する攻撃として、アイゼオンは戦時中立を放棄。連邦と同盟を結んで帝国を征伐する……あなた方の力があれば叶えられたことだ」
「あの男はお主を裏切った、か?」
ダグバルムはうなずく。
「初めて会った頃の彼は――いや、私は彼の心変わりを見抜けなかった。征伐を成し遂げたあかつきには、連邦とアイゼオンで帝国領土を統治。いずれは統一国家として――それも、これも、どれも、たった一つしくじって水の泡だ。……この二十年は一体何だったのか」
自分を惨めに感じたダグバルムは、話し終えると小さく頭を抱えた。
「あれも自分にだけ従っている男だ」
「……お言葉の通り。彼は二十年かけてこの舞台を整え、自らを主役に、あなたという最高の助演を引きずり出し、そして世界を観客に復讐劇を見せるつもりだ。私には理解しかねる」
「今後どうするのか決まっておるか?」
そうジョンに尋ねられて、ダグバルムは苦笑いをした。
「あなたも意地の悪いお人だ。もはやあなたに頼るほかにない。あなた以外に彼と戦える者は、今のこの世のどこを探しても見つからない。すべての生殺与奪権はあなたの手の中にある」
「ならば条件を出そう。よいだろうな?」
「私にできることなら、なんなりとご助力いたしましょう」
席を立って、ダグバルムは深々と頭を下げる。
「では手始めに……一筆したためてもらおうか?」
大きな息を一つして、ジョンが言った。
2018年1月26日 全文改稿。




