失恋やけくそ乱舞
こうなるとは、随分と前にわかっていた気がする。
初めは弱いくせにと思っていた。実際その通りで弱かったのに、あたしよりも小さな身体の内側にあった芯のような何かはとても強くて。
あと、妙に頑固なところが父様に似ていて――そんな風に、思ってしまってからだっただろうか。
あたしに対して、特別な感情は持っていないと知っていた。それらしいものは、もう出会う前から一人を向いていたらしくて、向けられていた方も満更じゃあないようだった。
実質的には、あたしはそこに横恋慕をした女……でしかなかったに違いない。
生まれたのが一年早いだけのくせに、条件が同じだったら――なんて、みっともない負け惜しみをどれくらい考えただろうか?
選抜大会で負けて、あたしは同じ条件でも負けていたに違いないって思い知らされたのは、今となっては良い思い出だ。
美人のくせに剣の腕も強いなんてずるい。でも友人としてはそう悪くない……。
好き勝手に妬んだり、憧れたりもしていたけれど、裏側にあった理由を聞いてしまったら、そんな考え方はしていられない。
自分に堪え性がないだけなのに、腹の中に何か隠しているのが気に食わなくて、強く当たってしまったことが恨めしい。
それでも、まだ救いはある。
あの優しくて強い存在が、きっと救いになるはずだ。
×
――森林区画・拠点争奪戦。
この拠点争奪戦では、制限時間内の拠点制圧数が競われる。区画内、計九カ所の拠点に設置された赤と青、二色二個の発光系フォトンストーン照明の点灯にて制圧、消灯にて奪取となる。
例えば制圧された拠点に、相手の色である赤色の照明が点灯していたとして、奪取するには赤色の照明を消灯し、青の照明を点灯させなければならない。
この『消して点ける』の手順を踏み、初めて奪取に成功する。
因みに点灯時に籠気されたフォトンの量に比例して、消灯時にかかる手間と時間が大きくなる。過去には『最後まで消しきれなかった』例もあった。
拠点の位置は事前に知らされない。開始時点ではどれも点灯しておらず、終了時点で両方の照明が点灯していた場合は制圧と数えられない。
同数で終了した場合は一拠点だけ設置した延長戦になり、これを先に制圧した側に軍配が上がる。もしくは相手を全滅させる形での決着もある。
攻めに徹しては拠点を守りきれないし、守りに徹しては拠点を奪いきれない。
隠密の情報収集能力、剣兵の遊撃性、弓兵の奇襲性、騎兵の突破性、指揮の状況判断力――それはすなわち、十人の総合力が問われる試合だった。
ホロロ欠場の埋め合わせに弓兵補欠枠から一人を加えて、ウェスタリア代表たちは試合に挑んだ。
しかし主戦力として差し違いない剣兵二人の抜け穴は、容易く埋められない。想定していた立ち回り方と勝手が違えば、全体の行動能力も低下して、指揮伝達にも不慣れが生じた。
相手に個々の能力で勝るものの、彼らはこれまでの試合以上に劣勢を強いられる。
「補欠の彼は脱落しましたか……ワトロッド君。今で拠点はいくつ奪えていますか?」
「発見できている拠点は五つ。ここを含めて三つ制圧できている、はずだ。しかし奪取されていないとも言い切れない。区画東側の比較的距離も近い二つはティハニア君、西側の一つをゴランドル君が見張っているけれど……弓兵の一撃で伝達する間もなく即死、なんて可能性もある」
今しがた相手の制圧拠点に奇襲をかけて奪取成功したキュノ、ジャンゴ、ナコリン、ワトロッドの四人が、その場で作戦を練っている。やや肩で息をしながら、要約された言葉が早口に交わされる。
とはいえ普段から極度に無口なその一人は聞くだけである。
「ほか六つは相手の拠点と思って行動すべきでしょう」
「ほかの二つは溶かされた様子があるかい?」
「今の所そういった感覚はありません。……かといって私の氷も万能ではありませんので」
「保険としてはこの上ないよ。これがなければ状況は思わしくなかった」
今回の劣勢を受けてウェスタリアがとった作戦は、制圧した拠点を氷の元素化で丸ごと封じ込めるというものだった。
氷に阻まれている限りはフォトンストーンに触れられないし、消灯されない――そうすることで確実に一つ一つ制圧していく算段だ。
ただし、そんな時間も足りそうにない今は、さらなる策が求められていた。
「……残り十五分。これ以上は方針を変える機会もありません」
「このまま探索、制圧、氷結で押し切れるか? あるいは……」
「それなりの硬度の氷で覆うには、最低でも一分かかると思ってください」
「すまない。考えているから急かさないでほしい。判断が鈍る」
一分一秒を争う状況に、わずかな苛立ちを含んで沈黙が流れる。
ふと決断を迫られていたワトロッドの耳に、異なる観点から導かれた提案が入る。笑いまじりの、思い返すような声音で発していたのは、ジャンゴだった。
「なんかこのバラバラな感じは、会ったばかりの頃を思い出すな……」
ほか三人に眉をひそめられるが、はばからずに続けられる。
「俺たちを繋げてくれた、俺たちの頼れる騎士は大事なお姫様を迎えに行った……なら俺たちなりに繋がってみようじゃないか? まどろっこしい作戦もやめようぜ。数千の木人を相手に馬鹿みたいに突っ込んでいった俺たちの方が、たぶん今の俺らよりも強いさ」
「いや、それはさすがに……」
「何より、それが野獣っぽくて美しい!」ふぁさ。
制服の前を引きちぎり、胸板を大きくはだけさせて、ナコリンとワトロッドを圧倒する。あまりに間が抜けて思えるジャンゴの言動は、理屈屋な二人に絶句と顎のしゃくれをもたらした。
「ふふっ。ははは……あははっ」
そしてキュノのつぼを押さえて、彼女に貴重な笑いをもたらした。
別所。
ルナクィン、ボージャン、ブリジッカの三人が、相手側三人の防衛する拠点に仕掛ける。
降順に遊撃、奪取、援護または指示と役割分担している。
遊撃の彼女は双剣の攻撃力と防御力が、奪取の彼は潜在フォトン量の多さが、援護と指示の彼女は狙撃力と大胆さが、この場にあたる人選においてそれぞれ評価されていた。
「ぅわちょっ、また射線に……こらぁ! だから一人ではしゃぐなって!」
日頃から温和で気さくなブリジッカが、二桁目になる叱咤を飛ばした。
決まってルナクィンに向けられたものである。
彼女の立ち回りに独断先行が目立っていたからだ。消去法ながらワトロッドに現地指揮を一任された、とはいえブリジッカにとっては不満で、苛立ちを積もらせるものにほかならなかった。
「負けるもんかぁあああっ!」
ブリジッカの声は、ルナクィンには届かなかった。
ほかの代表たちに相談もせずホロロを送り出して、彼に『自分が二人分になる』とも宣言して――劣勢の責任を背負い込もうとする心が、彼女に音を拾う余裕を与えないでいる。
注意力も散漫で、それが仇となって相手の弓兵に不意打ちを許した。
20メィダほど先にある樹木の上から鋭く矢を射られる。青白い尾を引く矢が深々と肩に刺さる。その勢いに身体を持って行かれそうになるが、彼女はどうにか持ちこたえる。
片側の双剣を地面に突き立てて手放して、激痛に耐えながら刺さった矢を引き抜く。傷口から血が溢れるが煌気による治癒はしない。その煌気はすべて、牛の精霊気に変えた。
「っ……こ、のっ!?」
もう片側の双剣に精霊気をのせて、その矢が飛来した方向に投げつける。
手から離れていく直前に相当の重量をもった一振りが、残像で正円を描くように風を切る。弓兵が登っている樹木まで一直線に向かっていく。その幹を直撃して、ぼんと木端微塵にする。
倒れていく樹木の死角から、弓兵と思しい誰かの悲鳴が響き渡った。
『えぃやぁああっ!』
これで息を吐く間はない。ルナクィンは新手の剣兵から背後に仕掛けられる。肩から腰まで斜めに剣を叩きこまれて、浅くない裂傷を負う。彼女はこれも歯を食いしばって耐えた。
「いっ……たい、な、もうっ!?」
手に残っていた矢を背後に回し向ける。振り返りざまに相手の太ももに突き立てる。相手が怯んだ隙に地面から双剣を引き抜き、相手の胴を斬りつけると、最後は怒声をかけて蹴り飛ばした。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ルナクィンは生き急いだような戦い方をしている。
相手を蹴散らして奪取こそ叶ったが、二度も三度も同じようにはできない――理解はしていても、この期に及んで自分大事な戦い方をしている自分が、想像してみれば許せないと感じた。
自傷行為に等しい働きをしていなければ、彼女は自分に納得できなかったのだ。
「ちょっと、やばい、かも……」
傷は治癒したが、失血が祟って意識がもうろうとする。
ふらついて、ついには前に倒れ込む。視界が地面に近づいていく。
「おっと……おーい? 生きているか?」
不意に声がして、ルナクィンは誰かに抱きとめられた。
少し経って意識が戻ってきた彼女は、慌ててその誰かの顔を殴りつけた。なにせ、
『ははっ仕方ない。ここは俺の美しい王子様リップでお目覚めだ……んーっ』
などと言って、ジャンゴから尖った唇を近づけられていた。
「あ、あんた何してんのっ!?」
顔を押さえてうずくまるジャンゴに、ルナクィンは詰問する。
「……やっぱりそれがいい。俺の頭の中じゃあそんな顔をしているのがお前だ。そんな風に眉毛を吊り上げる意味は、痛みを我慢する感じとは違うんだなぁ、これが」
「は? 何を言っちゃってんの? き、気持ち悪い……」
言いながらも、ジャンゴの言動には不思議と嫌悪感を抱かなかった。
そんな自分に対する困惑をよそに、ルナクィンは誰かから通りすがりに頭を撫でられる。
「ほら落とし物。よぉしよし……自分を振った男のためにとか、可愛い奴だな」
投げた双剣を握らされて、あわせて声もかけられる。
返事をする間もなく走り去っていくのは、見ればブリジッカだった。
「彼を送り出してくれたこと、僕たちは感謝している」
「後輩、力抜け」
「きっとみんなの問題だよ」
「ここに来て男女のあれこれか。大いに結構じゃないか!」
「負けたら負けたで、私と一緒に文句を言いましょう」
「あたしも愛に燃えるわよぉおおお!」
ワトロッド。キュノ。ティハニア。ボージャン。ナコリン。ゴランドル――いつの間にか集まって来ていた味方から、ブリジッカと同じ方に走り去るようにして、また代わるがわる声をかけられる。
彼らの言葉は励ますもので、それでいて一様に慰める声をしていた。
「だってさ。一人で気張って無理するなよ」
最後はジャンゴから、こつんと額を小突かれる――その醜態をさらしていた理由が理由なだけに、ルナクィンはいっそ消え去ってしまいたくなった。
かといって、やはり彼らを追い駆けないわけにもいかないのだ。そうするべき舞台に立っているとは、もう言われずとも自覚がある。
赤面して、頬を膨らませて、大泣きして、吠え散らかして、
「ぅあぁああああああああっ! 失恋したてに優しくするなぁあああ!」
そうして踏み出す足は、しかし思いのほか軽やかだった。
ウェスタリア代表たちは一切の防御を捨てた。
拠点の制圧ではなく、相手代表を全滅させる手段に出た。力にものを言わせて、制限時間いっぱいまで逃げ切ろうとする相手を追い回し、確実に一人一人を潰していく。
主旨を外れた試合は、もはや絵面としては非常に醜悪で、ひどく陰惨に見えた。
拠点争奪戦で殲滅戦をやらかした国がある……。
後世まで語り継がれるだろう試合は、残り時間一分になって相手の戦闘能力を奪いきったことで、ウェスタリア代表が勝利する。
それは何か一つ違えば勝敗が逆転していた、紙一重の勝利だった。
2018年1月26日 全文改稿。




