食材屋
石鹼は、雑貨屋にあるのかな。
巨大オオカミの買い取りは、ギルドカードが発行されてからのほうがいいだろうな。
まだ出来上がっていない今では、減額されてしまう。
クエストクリアでランクが上がるようなのだが、巨大ボスのような魔物の場合は、買い取り依頼でも上がることがあるかもしれないからね。
まぁ、ないかもしれないけど。
「お金も手に入れたことだし、服を買いに行きましょう」
夕見さんが、さっそく服を買いに行こうと急かしてくる。
「やっと服が……」
松崎さんも、だるそうな声で答えた。
さきに石鹼を買いに行くように誘導して、時間稼ぎだ。
「あ、その前に、石鹼! 石鹼だよ。
体をキレイにしてから服を買ったほうがいいよ」
「……」
「でも……」
もう少しだ。
僕は、石鹼の素晴らしさをアピールした。
「石鹼で洗わずに服を着たらせっかくの服が汚れてしまうし、皆石鹼が恋しいでしょ?
あの泡で洗えたら気持ちいいよ」
「そうよね」
「そだね」
なんとか納得してもらえたらしい。
石鹼も服も同じ店にあるようだった。
なんだか小さな店だ。
ほかにも客がちらほらいる。
先に石鹼を見に行って、それから服をということになった。
さすがに皆、石鹼が恋しいようだ。
石鹼は右か。
ちなみに服は左である。
なんだか品揃えが乏しい上に商品もあまり残っていなかった。
石鹼を店番のおばちゃんに渡してお金を払う。
無事石鹼を一つ購入することができた。
「ふぇぇぇ、70銅……」
「残り28銅で買えるのかしら、服」
結構高いんだね。
これでやっと服が、と服の売っている場所へと移動することになった。
もう駄目だ、と目をつぶり、僕は頭を抱えた。
しかし財布の残りはあとわずかしか残っていないし、万一買われてしまっても、人数分は買えないだろう。
僕は一縷の望みに賭けた。
売り切れか、値段が高くて買えない可能性に。
「すみません、つい先ほど売り切れになってしまいました」
申し訳なさそうに言ってくる店員さん。
僕達は、同時に息を吐いた。
夕見さんと松崎さんは落胆のため息で、僕はほっとした安堵の息である。
グッジョブ店員さん。
なんでも昨日、北の町から馬車で商人が衣類などを持ってきたのだが、あっという間に売れてしまったのだそうだ。
今残っているのは、昨日の争奪戦の売れ残りで、置いておけば今日中にすべて無くなるらしい。
馬車がこの町へやってくるのは大体、1か月に一回程度らしい。
商人は昨日やってきて、今日の朝発ったそうだ。
来るときに見かけた馬車は、服などを運ぶ商人だったのか。
腕のある冒険者は、自分で町まで行って買いに行く。
だが、冒険者でない者やランクが足りない者は、商人が持ってくるのを待たないといけない。
なので、商人が持ってきた日はすごい行列ができて、その日のうちに無くなることが多いのだそうだ。
石鹼1つ買えただけでもラッキーだったってことか。
石鹼ではなく、服を最初に見に行っていれば、買えたのは服かもしれなかったが。
つまりは、服が買えるのは1カ月後というわけだ。
石鹼を手に、僕達はいったん広場で落ち着くことにした。
「買えなかったんだから、しょうがないよ」
「「……」」
二人とも落ち込んでいるようだ。
こういうときは、何かおいしいものを食べれば元気が出るだろう。
食材屋へ、食べ物を買いに行くことにする。
食べ物は何とか残りのお金で買うことができた。
食べ物が高かったら餓えてしまうので、価格は抑えられているようだ。
地味に嬉しい。
毎日少しずつ、お金を貯めて武器などを買っていれば、そのうち1か月経つだろう。
町の近くでは、見つかるかもしれないので、少し歩いた。
位置的に言うと、さらに南だ。
川の近くまでやってきて、人がいないことを確認する。
誰もいないことが分かり、隠蔽を解いた。
ふぅ、初めての町で少し疲れたかな。
ハッピィを褒めて、寝られそうな場所を探す。
整えられた道からほどよく離れた位置。
ちょうど木で視界が隠れるところがあったので、そこで夜を迎えた。
――翌朝
昨日、石鹼が手に入ったが、洗う暇がなかった。
普通に町中で洗うわけにもいかず、町はずれまでやってきた今なら洗うことが可能だ。
まぁ昨日寝る前に洗えばよかったんだけど、松崎さんも夕見さんも疲れてすぐに寝ちゃったから僕も洗わずに寝たんだ。
川で水浴びをした後、石鹼で洗った。
4人で使うと、あっという間に小さくなる石鹼。
ハッピィも1人と数えていいだろう。
ジェスチャーは完璧だったからね。
今後の予定はというと。
僕達はオオカミなどを倒して、買い取ってもらい、次の商人が来る日に備えることにした。
僕には立派な槍があるので大丈夫だが、夕見さんには武器が必要だ。
お金がたまったら、弓か剣を買うことにしよう。
松崎さんは、まぁいいか。
松崎さんには立派な胸(武器)があるし。
倒したものとかを運んでもらっているし。
それに戦闘とかあんまり得意そうじゃないからね。
――10日後
順調に魔物――特にオオカミ――を倒し、僕達はお金を稼いでいた。
LVも6上がり、新たなスキルを習得している。
シリングステイ(30)――平らな場所に張り付くことができるアクションスキル。壁の側面や天上に張り付くことができるようだった。
床に隠れることができない場合に備えて、習得することにした。
まだ試したことはないが、今後お世話になるだろう。
残りのスキルポイントは、保留だ。
なにか必要になった時のために残しておくのだ。
夕見さんと松崎さんはというと。
なんとか二人ともふっきれたようだ。
ふっきれたというより、諦めたと言ったほうがいいかもしれないが。
いままで集めたお金で弓を買って、夕見さんも稼ぐのに加担している。
ここで少し問題があった。
僕達がいる、この南の町は小さい町だ。
小さい町というのは、各々の結びつきが強い。
田舎のおばあちゃんは、どうしてここまでおせっかいというか、なんというか。
つまり、ハッピィが町の住人に可愛がられるようになってしまったのだ。
初めのころは少し警戒されていたのだが、無害だと分かると途端に可愛がられた。
良く行く食材屋のおばちゃんには、名前を覚えられて、たまにお菓子なんか貰ったりするようになってしまった。
噂をすれば、だ。
食材屋のおばちゃんが現れた。
今は、ギルドへ買い取りをお願いしに行った帰りだ。
位置は食材屋から、2軒分くらい離れた場所である。
「ハッピーちゃん。
いつも買いに来てくれてありがとうね。
おばちゃん、とびっきりの食材を仕入れて待ってるから」
柔らかい口調で話しかけてくる食材屋のおばちゃん。
あれから毎日食材を買っているので、すっかり常連さんの仲間入りだ。
「あ、ありがとうございます」
気押される松崎さん。
ハッピィは右手をぱたぱたさせている。
「あらあら、可愛いわねぇ。 魔物って聞いたから少し驚いたけど良くできたお嬢さんじゃない」
右手を口の前で、手首を動かしほほ笑むばっちゃん。
「あははは……じゃぁ私はこれで」
苦笑いで乗り切り、そそくさと退散しようとする。
「あ、ちょっと待って。
いいものあげる。
おばちゃんの取っておきよ。
ハッピィちゃんは良く食べるからね、特別に3つあげちゃう。
甘くて、おいしいわよ。
気に入ったら、今度来た時、ついでに買って行って頂戴ね」
僕達が食べる分――3人分+ハッピィの分なので、大食いだと思われているのだ。
おばちゃんに見えるのは、ハッピィだけだからね。
ハッピィは飴のような物を受け取った。
「はい……どうも」
おばちゃんの笑顔の見送りで、僕達は町の外へと歩いて行った。
僕達は見られてはいないはずなのだが、どうにも見られている気分だ。




