初めての町
ハーピィを先頭に僕たちは、町へと向かっていた。
動くたび大きな胸がぱゆんと揺れる。
ハーピィは魔物だ、魔物が本来の姿でいても何の問題もない。
みられても大丈夫だ。
魔物は普段と同じ格好で過ごしているわけだからね。
野良猫が目の前を通るようなものだ。
誰も気にしない。
僕たちのほうは、見られて顔を覚えられてしまうと危ない。
つかまって奴隷に落とされたり、牢屋に入れられたりするかもしれない。
だが隠蔽スキルで姿を隠し、ゆっくりと歩けば、大丈夫だ。
隠蔽スキルが僕達の姿を隠し、サイレントウォークが足音を消してくれる。
魔力探知にだってかからないはずだ。
僕の魔力は抑制されているし、夕見さんも松崎さんも魔法は使えないのだから。
しかし、ハーピィは話すことができないので、意志の疎通ができなければ襲われるかもしれない。
だがこれも、声を当てれば問題ない。
ハーピィの外見からいって、夕見さんの声が個人的に良く合いそうなのだが、今はぐっとこらえる。
ここは松崎さんの声を当てることにする。
ふっ、いつも夕見さんを僕から取っていくおかえしだ。
はははは、ははは……ついに借りを返す時が来たようだな。
「松崎さん、ハッピィは喋れないから代わりに喋ってくれないかな?
松崎さんが適任なんだ」
「で、でも」
松崎さんは不安げにうつむいた。
「僕じゃ、ほら、ハッピィの声にあわないよね。 だからお願い」
僕じゃできないことをアピールする。
片目で夕見さんに目配せして、応援を頼む。
夕見さんも乗ってきてくれた。
「めぐみ、私からもお願いするわ」
「うん、やってみるよ」
予定通りだ。
夕見さんは僕の言う事をちゃんと聞いてくれるのだが、松崎さんは僕ではなく、夕見さんの言うことを聞いているようなのだ。
だが、これで……。
大きな町が遠目に見えてきた。
そろそろ使っておくとしようか。
槍をしまってもらってから発動する。
隠蔽!
僕達の姿が半透明になって見えなくなった。
「ね、ねぇ、ほんとに大丈夫なの?」
夕見さんが不安そうに僕だけに聞こえるように言ってくる。
「大丈夫、大丈夫だから」
僕はそんな夕見さんをやさしくなだめる。
「ほ、ほんとよね」
「ああ」
近付くと、門があって左右に1人づつ兵士が立っている。
僕達に先んじて、狐の顔をした獣人が何かを見せて中へと入っていくのが見える。
この世界には獣人がいるのか。
獣人がいる世界だ、喋るハーピィがいてもおかしくはない。
3人でハッピィを先頭に、門へと近づいていく。
ハッピィには、黙っているように指示してあるので、松崎さんが喋る手筈だ。
「ごくろうさま」
ハッピィは、右手を挙げて松崎さんが声を出した。
そして、僕達は進んでいく。
「ちょっとまて」
左の門番が声をかけてきた。
何だろう?
ひっ。
あへっ。
彼女達が動揺している。
「なんです?」
ハッピィは首をかしげて、松崎さんが疑問そうに答えた。
「通行証を見せてもらおう」
ん? 通行証? そんなものが必要なのか。
さっきの獣人がみせていたのは通行証だったわけか。
「持ってないと入れないの?」
不安げに答える松崎さん。
「そうだな、残念だが入ることはできない」
「ど、どこで手に入れるの?」
「ん~そうだな、ここから南にある町のギルドで身分証明を行って、
そこで審査のあと簡単なクエストに完了するとギルドカードが発行される。
ギルドカードでランクがDまで上がれば、通行証を発行してもらえるだろう」
親切に教えてくれる門番Bだな。
だが、えらく面倒な条件を言ってくれる。
このまま入れそうにないので、出直すことにしよう。
「そう、ですか。 出直しますね」
「ああ、すまんな」
そして僕達は来た道を戻ることにした。
帰り道、松崎さんが走ろうと、かけ足になる。
裸で見知らぬ男の人と会話をしたせいか、顔が真っ赤だ。
夕見さんが小声で語りかける。
「めぐみ! 走ったら……足音が聞こえてしまうかもしれないわ。
は、恥ずかしいけれど、ゆっくりと歩いて、遠ざかるしかないわ……」
「あ……ぅ、うん。 そだね」
うぅ、ぐすん。
松崎さんは、ゆっくりと歩き出した。
そうして僕たちは川へといったん戻った。
川について、兵士に言われた町へ向かおうとする。
南へ向おうとしたが、南が分からない。
聞いておけばよかったね。
「松崎さん、悪いけど、さっきの町へ行って南がどっちかきいてきてくれないだろうか。
ハーピィも頼むな」
「ギャゥィィィ」
「う、うん……わかった」
「町の近くだから安全だと思う。
僕たちはなにか食べ物を探しに行くよ。
じゃぁ、またここで合流しよう」
ご飯の用意を終え、しばらくすると、湯だったように顔の色を変えた松崎さんが返ってきた。
松崎さんが指をさす。
どうやら向こう――川の流れてくる方向――らしい。
1人で行って、相当恥ずかしかったらしい。
ハッピィもいたんだけどね。
どうやら言われた町は、川沿いに下に行けばいいようだな。
山から見たときは見えなかったので、きっと小さな町なのだろう。
川から言われた町へ歩いていると、上の道――整備された道――を馬車が通って行った。
僕達が入れなかった町へ向かっているようだ。
道中、あのオオカミに出くわしたが、サクッと倒す。
巨大オオカミの群れからはぐれた個体なのかな?
倒したオオカミは、松崎さんに保管してもらって町を目指す。
オオカミがいるとは思わなかったので、槍を出すの戸惑ったが、それだけだった。
川沿いにしばらく歩き、町が見えてきた。
槍をしまってもらう。
「町に、は、入るわ」
「ぅん……」
「ああ」
町に着くと門に兵士が1人いたが、とくに何も言われずに通ることができた。
やっぱり小さな町だったな。
小さな町だからか、検問とか門番とかはないようだ。
「何か、着るもの……服を買いに行きましょう」
真っ先に服と言い張る夕見さん。
「そうだね」
やっと服が着られるという感じの松崎さん。
だが、そうとは問屋が卸さない。
「夕見さん? 僕達お金持ってないよ?」
「あ……」
「あぅ」
お金がないので買えないと分かりうなだれる二人。
「まず、言われた通りに、ギルドへ行ってみようよ。
そこでオオカミを換金できるかもしれないし」
「そうね」
「うん……」
言われた通り、ギルド登録するためにギルドを探した。
どこへ行ったもんかと思ったが、一つだけ大きな建物が見えるので行ってみることにした。
きっとあれが、ギルドだろう。
彼女たちは、まだなれないのか、顔をしかめながら胸を隠しきょろきょろしている。
すこし猫背っぽい、かわいいぞ。
到着すると、ギルドであっていたらしい。
『 冒険の館 』という看板がぶら下がっていた。
中に入ると、汗くさそうな男がぞろぞろといてなんだか怖い。
冒険者ってこんなんばっかりなの?
そうだったら嫌だなぁ。
夕見さんと松崎さんは周囲に複数の男性がいることに怯え、僕の腕を二人が左右から掴む。
受付は満員みたいだ。
綺麗なおねぇさんが対応している。
しかし、一か所だけあいているぞ。
男の受付だからかな?
隅にいるお兄さんの場所が、不自然にすいていたのでそこへ向ってみる。
「と、と、ととと、登録したいんですけどできますか?」
松崎さんが、ハーピィの後ろから尋ねる。
激しい動揺から始めの言葉はなかなか出ず、一旦言葉が出ると早口だった。
もちろん3人とも隠蔽で姿を隠している。
「ふ、ふふふ、冒険者、登録。
この用紙に、ククッ、記入、お願いしします、ね。ニヤリ」
奇妙な笑いを混ぜるお兄さんの案内に従って、名前と出身、使用武器を書いた。
出身は、山。
名前はハーピィの名前――ハッピィ――でいいだろう。
使用武器は……僕が槍を使うから、槍と書いておいた。
出来上がるのはだいたい3週間後らしい。
お金を払えばその場でもらえるのだが、払わないと後回しにされるようで、代金を払った人が先に割り込んで行われるので遅くなるのだそうだ。
どんどん後回しじゃ、順番がこないんじゃないのかとも思ったが、大丈夫だった。
受付の彼は「ふふ、ふふふふふふ、3週間、最大引き伸ばし、期限、クックック、優先」と不敵な笑みを浮かべたからだ。
最大引きの伸ばし期限が3週間で、それを過ぎると優先的にしてもらえるのだろう。
意味不明な言動の受付なので、空いているようだ。
まぁ言葉が通じるからいいよね。
「買い取り頼めますか」
早口で松崎さんが質問する。
「ふふ、買い取り、表」
そう言って、表を渡してきた。
ハーピィが受け取り、それを後ろから眺める。
へー、魔物名、毛皮、肉、骨、牙と項目が分かれているんだな。
さっき倒したウルフは、っと。
ん~どれどれ。
レノウルフってこれかな?
レノウルフ、10、8、20、16となっている。
骨は頑丈そうだったから一番高いのだろう。
単位は何だろう。
一番上に(銅)とあった。
つまり、全部揃っていて54銅か。
やっすい。
先ほど狩った2匹分のオオカミを丸々もってきているので108銅貰えるはずだ。
あれ? 松崎さんが戸惑っている。
アイテムボックスを開けずにいるようだ。
もしかしてアクティブスキルは同時に扱えないのかもしれない。
そのことを松崎さんに伝える。
「松崎さん。 ごめん、どうやら隠蔽スキルを解除しないとアイテムボックスが使えないみたいなんだ。 職員さんの机の下に隠れる場所があるから、そこで解除して狼を取り出して欲しいんだけど」
ギルドの受付は、テーブルを挟んで対面式なのでその下に隠れることができるのだ。
「えっ!?」
大声で驚く松崎さん。
「大丈夫。見つからなければ大丈夫だから」
安心させる僕。
受付のお兄さんを横目で見ると、ニヤリと笑うだけだった。
買い取り金額で驚いていると思ってくれたのかな。
「うぅぅぅ」
「ほら、机の下に隠れてアイテムボックスを開けば大丈夫だから」
「わ、わかったょ……」
少し過呼吸になりながら、元気のない声で了承する松崎さん。
ハッピィの後ろで待機する僕と夕見さんから離れ、いそいそと机の下へもぐりこんでいく。
うるうるとした瞳でこちらを見つめ、キョロキョロと左右を見渡す。
周りの冒険者はかわらず美人のお姉さんの列に並び、同パーティと思われる仲間内で話し込んでいる。
雑談スペースもあるのだが、このお兄さんは一番端なので遠く離れている。
近くにあるのは冒険者の列と壁、後ろにはすでにほとんどが空白になっているクエストカードの張り紙が掛けられたクエストボードである。
隠蔽スキルを解除すると、アイテムボックスが使えるようになったみたいで、オオカミを取りだすことができたらしい。
オオカミが何もないところから一瞬で現れる。
松崎さんは目をつむり、胸に手を当て大きく息を吸っている。
小刻みに息を吸う松崎さんに近づき、隠れることを伝える。
「ひゃぅ」
ドン!
「ぁぅぅぅぅぅ」
驚いてテーブルに頭をぶつけた松崎さんが、声にならない声をあげる。
「キシシシシ」
驚いた店員さんがテーブルを覗き込もうとしている。
僕と夕見さんが慌てて、松崎さんの手を引き左右へ引っ張ってしまう。
手がせわしなく動きあいた手でジェスチャーを取り合う。
僕のほうへと引っ張り壁の角へと誘導する。
机の下を見た店員さんは何もないことを確認して疑問そうな顔を浮かべる。
壁際にいくつもある物書き台の下に松崎さんを押し込み、うつ伏せに大の字で僕は倒れていた。
夕見さんから見つかっていないことを聞き安堵する。
僕は起き上がり、松崎さんに隠蔽スキルを使って隠れてもらった。
松崎さんは隠れると僕に抱き着き、荒かった呼吸がゆっくりに戻り始めた。
移動するとき並んでいた女の冒険者に見られたような気がするのだが気のせいだと思いたい。
テーブルの上には92銅が並べられている。
あれ? すこし足りなくないか?
二人に話すが松崎さんはまだしゃべることが出来なさそうだった。
「少し、足りないみたい」
それを察した夕見さんが、松崎さんの声真似をして問いかける。
「クックック、非メンバー、減額」
ふむ、よく見たら下のほうに書いてあった。
まぁいいか、金も手に入れられる事が出来たわけだし。
カネの単位が知りたいな。
銅の次はなんだろうか。
夕見さんに小声で伝える。
夕見さんが、銅が何個で次になるか聞いたほうがいいと小声で伝えてきた。
ああ、いくつでなるかも聞いておいたほうがいいな。
さすが夕見さんだ。
いくつで銅の次なのか聞いてもらう。
「銅の次は……、銅いくつで次の単位なんですか?」
「ふふ、ふふふふふふ、1銀、100、金、クックック、同じ」
100銅で1銀で、100銀で1金らしい。
持ち運ぶのに大変そうだ。
話が終わり、僕達はほっと息を吐いた。
挨拶を忘れている。
教えてあげると、恥ずかしそうに別れの言葉を告げた。
「ま、またね」
それを受けて、お兄さんはニヤリと不敵な笑を浮かべた。
ハッピィは、ちゃんと右手を振ってくれている。
良い子だ。
ギルドを後にする。
ギルドから出ると、松崎さんがへたり込んでしまった。
夕見さんも胸に手を当てうつむいている。
僕はハーピィの頭をなで、次にどうするか考えるのであった。
さて、石鹼を買いに行こうか。




