20. それぞれの思惑
誤字報告をありがとうございました^ ^
隣国D&D商会
「父は王家転覆のために、貴族内の味方を増やすことに奔走した。エリナ嬢、僕と君との婚約も父にとってはその計画のうちの一つだった」
デヴィッドは過去を思い出すように、遠くを見た。
「父はエリナ嬢の性格や性質を知るにつれ、ストッケル公爵家乗っ取りを王家転覆計画の基軸に据えることができると考えるようになったようだった。
俺は君との婚約の前から、妻であるダニエラと恋人関係にあった。だから婚約を受けるわけにはいかないと、何とか父の圧力をかわしていた。
ダニエラと逃げればよかったんだけど、学園の卒業資格があるのとないのとでは、平民となったときに就ける職の種類が変わる。男の意地で、稼ぐ手段を持つまでは逃げるわけにはいかなかったんだ…」
エリナは言葉を失っていた。
まさかここまで壮大な背景があるとは考えてもみなかった。
エリナに飽き、恋人と逃げたわけではなかったのだ。
デヴィッドはチラリとエリナを気まずそうに見た。
「そうこうしているうちに、婚約が整いはじめた。君を傷つけるから断ろうと思っていたけど、俺の悪い心が、どうせ学園卒業まで父の圧力をかわすことは無理だろうと考え出した。
婚約して父の機嫌を取ってお金を引き出し、学園在学中に事業をはじめて軌道に乗ったところで逃げれば良いのでは、と悪い考えが頭をよぎり出した。
父がストッケル公爵家乗っ取りを王家転覆計画の基軸に据えるのであれば、俺が逃げることで計画が頓挫するだろうことも痛快だった。
だけど、それは君を傷つけることだ。俺の良心だけが、君との婚約を拒めと言い続けていた」
デヴィッドはエリナの目を見た。
「そんな時、ロイド殿下が現れたんだ。僕が婚約破棄しても、ロイド殿下が君を迎えにいくのであれば、君も幸せなんじゃないかと勝手に考えたんだ」
「ロイド殿下?」
エリナはわけがわからず、戸惑った声で呟いたが、デヴィッドには聞こえなかったようだ。
「ロイド殿下はあんなに良くしてくださったのに、俺はある意味殿下も裏切った。
たしかに殿下は、俺がなぜ隣国に逃れたいのか聞かなかった。だけど俺の方も、ダニエラと一緒になりたいことだけが婚約破棄と隣国に行く理由だと思ってもらいたかった。
ロイド殿下が父の計画を知ってしまえば、俺はダニエラと逃げられなくなると恐れていたんだ」
デヴィッドは頭を下げた。
「本当にすまなかった。自分たちだけの幸せを優先して、残されたエリナとロイド殿下のことを蔑ろにした」
エリナは真っ青になっていた。
「デヴィッド様。ロイド殿下はいったい何をされたのですか?」
デヴィッドは目を見開いてハロルドを見た。
ハロルドは気まずそうに顔を逸らした。
「エリナ嬢は何も知らないのか?!」
*******
アンソニーは夜会会場でタマラを探していた。
タマラはまだ同級生たちと話しているようだった。
「タマラ、少し外の風に当たらないか?」
アンソニーは強張った声でタマラを呼んだ。
タマラはアンソニーの様子がおかしいことに気づき、一緒にバルコニーに出た。
「あなた、顔が青いわよ。いったいどうしたの?」
アンソニーはタマラをじっと見つめた。
気の強そうな美しい顔。
しかしアンソニーは、その気の強さの下に優しさがあることを知っていた。
「タマラ。俺はタマラを信じてる。マクイーン家がどんなに後ろ暗いことをやってても、タマラは関係してないと思ってる」
タマラは目を見開いた。
「後ろ暗いこと?アンソニー、あなた何を言っているの?」
「ロイド殿下がマクイーン家を見張ってるんだ。たぶん、エドモンドが悪いことをしているせいで」
「ロイド殿下ですって?それにエドモンドって…」
タマラは、エドモンドとの会話を思い出していた。
「あの子、まさか本当にエリナ様に何かしようとしてるの?」
「エリナ嬢だって?!」
今度はアンソニーが驚いた。
「俺はてっきり麻薬捜査かと…」
「麻薬捜査?!ちょっとアンソニー、あなたが知っていることを全部話して。私もエドモンドが考えていそうなことを話すから…」
******
タマラとアンソニーがお互い知っていることを話し合った結果、エドモンドはエリナに麻薬を盛ろうとしているかもしれないという結論に至った。
そしてロイドがそうしたエドモンドを警戒しているということも。
「このままでは、私のせいでエドモンドが犯罪者になってしまう…」
タマラは泣き出した。
「タマラ、二人でエドモンドを説得しよう。俺とタマラが関係を築き直しつつあるとわかれば、エドモンドもおかしなことをしないはずだ」
「アンソニー、あなたは私がロイド殿下をお慕いしていることを何とも思わないの?」
タマラは驚いたようにアンソニーを見た。
アンソニーは真っ直ぐにタマラを見た。
「タマラは美しい。素直で良い子だ。今はそれで十分。それにタマラは何だかんだ俺のことが好きだ」
タマラはパッと目を逸らして赤面した。
「ほら、タマラはロイド殿下に憧れてるけど、俺のことが好きなのは間違いない」
アンソニーは優しく笑った。
*******
チェンバレン侯爵家夜会会場
控室をあとにしたロイドは(ペーター・フォン=ブルグとして)、夜会会場に戻ってきた。
招待客はそこそこいい具合に酔っていて、口が軽くなっていそうに見えた。
『さて、侯爵とビーディー教との関係を掴ませてもらおうか』
夜までにもう1話更新頑張ります!