竜神アルカナ
随分とお待たせしました。
しれっとあげておきますねっ!
選択肢などあってない状況だったが、ヴァルは「そうか」と息を吐いてゆっくりと地面へと降ろす。
勇者の殺意を受けて緊張に身を固めていたワイズ教皇と巫女のルイーズが密かにホッと力を抜く。
ヴァルの前に腕を組んだ仁王立ちのアルカナは、ふんすと自慢気だ。
観客席は勇者を相手に謎の美少女が行った『仲裁』に、大喜びで拍手喝采で受け入れる。
誰にとっても祭りで死人を出すのは気が引ける。
ごくごく短い間とは言え、腹を割いて血を流すような凄惨な試合を見せられた反動かもしれない。
今度こそ気を抜くヴァルは『はぁ、しかし疲れたなぁ』と盛大な溜息を零した。
「アルカナ、こいつを治してやってくれるか?」
「うむ、お安い御用だ」
うつむいてへたり込んでいるイルマを指さして頼む。
戦力として当て込むなら、傷や後遺症もなく完治させないといけない。
いくら脳筋の神殿が誇る治癒士でも、万能の竜神様に適うはずがない。
「あ、ちょっと待t――「癒しの御業」…………ぁー……やっちまった……」
問題に思い至って出した制止は間に合わなかった。
アルカナが魔法名のみで顕現したのは、最早独自魔法と等しいくらいの難易度を誇る、過去を紐解いても数名しか至らなかった境地だ。
しかも文献によるとこの魔法を扱った術者は誰もが短命で、莫大な魔力消費に寿命を縮めたと記されている。
えぐれたとはいえ脇腹のかすり傷を癒すには余りにも過剰で不適切な魔法にしか思えない。
というのも、効果を発揮できなかった余剰分の魔力が拡散して燐光のように降り注いだからだ。
まさに過剰演出の言葉に相応しいありえない光景。
観衆たちは勇者をやりこめた見ず知らずの謎の美少女に、度肝を抜かれて万雷の歓声や口笛、拍手に太鼓のような打撃音で応じる。
興奮と驚きと祝福を表現するこれらのアピールを、当のアルカナは『何を盛り上がっているのだ』と首を傾げるのはとても滑稽だった。
しかし患者の状態を気に掛けるアルカナは「イルマ・ユーリ、何処か不調はあるか?」と問いかけている。
周囲を気にしないその平然とした姿に、場内はさらにヒートアップし、煽ってしまったヴァルは落ち着かせる手段に心当たりが無い。
助けを求め、すすすと移動した先で「なぁ、ルイーズ、少し相談なんだが……」とヴァルが切り出した。
「ヘンライン様がこんなにも浅はかだとは思いませんでした」
冷めた視線を寄越し、ルイーズはふぅ、とこれ見よがしに溜息を零す。
ヴァルの心を鋭利な刃物で抉るように。
「急に辛辣だな!?」
「ともあれ、ただの個人がこんな奇跡を実現させたのは大問題ですね……」
「だよなぁ……魔法名の聞き間違いとかどうだ?」
「観客席までは聞こえなかったとは思いますが……余剰魔力の拡散がすごいですからね。
誰かからの伝聞ならともかく、この場で見聞きした者を納得させる理由を考えるのは難しいのでは……」
ルイーズが向けた視線の先には、露出した肌に引き千切られて痛々しく主張していたはずの傷や、殴られた部位の腫れや痣が跡形もなくなり完治したイルマ・ユーリの姿がある。
何だったら元々痩せ型だったイルマは、少しふっくらとして血色が良くなり、ハリツヤが増して健康そのものにしか見えない。
他の魔法でも似たようなことはできるかもしれないが、だとしてもあれだけの魔力を消費できる存在となると……。
「であれば、この場で公開いたしますか」
ヴァルとルイーズの内緒話に教皇が割り込んで来た。
嫌な予感しかしない切り口だが訊かないわけにもいかない。
ヴァルは背に冷や汗が流れるのを感じながら「何を?」と問いかける。
「当然、アルカナ様の本性です」
「……その件については先日答えが出ています」
「いえ、でも口止めするには最適の環境ですよ?」
「どういう意味です?」
「この場に居るのは信者のみです。つまり『竜神様の意向』を伝えれば従う者ばかり。
元々は混乱を生まないために先の決定を飲みましたが、こうなった以上は逆に秘密を共有させた方が信頼できますよ」
一理ある、と納得してしまう反面、それでも口に戸を立てられないのは間違いない。
知る者は少ない方が良いはずだ、とヴァルの中で対立する。
とはいえ、まさかこの期に及んで『全部がやらせでした!』では誰も納得しないのも事実でもある。
「私もワイズ様に賛成します」
「理由は?」
「大きな事実ですが、公表した瞬間に口止めまで含めてしまえば良いのです。
竜神アルカナ様の名で下される『神託』に逆らう者は居ないでしょうし、出れば『異端扱い』されても文句など言わせません」
「たしかに。その程度のことも守れない信者はいりませんな」
「居ません、じゃなくてか……」
つまりルイーズの意見では、最悪吹聴する信者の元に異端審問官が訪問することになるようだ。
ワイズも頷いている辺り、ただの方便ではなく実現しそうで恐ろしい。カルオットの信者数が激減しないことを祈るのみ。
もうカルオットが魔族戦に参戦したら戦況がひっくり返るかもしれない武闘派宗教なんじゃないのか、とヴァルは苦笑いする。
「何なら『ヘンライン殿vsアルカナ様』の特別試合でも組みますかね?」
「いやいや、待ってくれ。癒しの御業を片手間に使うアルカナと戦え、って命がけなんだが……?」
「勇者様なら大丈夫ですよ!」
「おまっ……こういうときだけ勇者の肩書で押してくるのやめろよ……」
「どうなされますか?」
そんな雑談はともかく、ワイズがアルカナの身を預かるヴァルに最終確認を求めてくる。
正直に言えば、非常識で人目を惹きつけるアルカナを連れ歩く時点で、ずっと隠し通せるとも思っていない。
どこかで露見することは確実で、それならば今後に備えて一番どうにでもできそうなこの場で予行練習も良いかもしれない。
「……アルカナさんや」
「何だその気持ち悪い話し方は。変なものでも食べたのか?」
「お前もきついな!? いや、それはともかく。この場で竜のことバラすことにしたわ」
「それが最適なら従うが……」
「それなら後で竜の幻影でも適当に出してくれ。多分それで事足りるから、タイミングだけミスらないでくれ」
「ふむ、分かった」
アルカナの了承を得たヴァルは、まだまだ賑やかな観衆に向けて気付けを行う。
注目を集める為にやったことは、軽い敵意を叩き付けて威圧しただけだが、その発信源が勇者であれば誰もが押し黙る。
静まり返った会場で一歩前に出て「少し聞いて欲しい」と前置きを入れた。
「はしゃいでいるところすまない。つい今しがた、勇者イルマを癒した彼女のことを聞いて欲しい」
この場に限り恐怖の対象に等しい勇者が声を上げ、立ち止まるのに慣れていないアルカナを隣に呼ぶ。
中央に立つヴァルの傍まで歩いたアルカナに「少し待ってくれ」と制して続ける。
「このカルオットにおける神は、かの山を守る竜に他ならない」
何を言い出すのか、と疑問符を浮かべる者。
思いが逸って今にも叫びしかねない表情の者。
はたまた内容を察して高揚感に顔を赤らめる者。
色々の顔を眺めながら話を続ける。
「『強くなりたい』。その一心で火山を通った俺に、かの竜神は人語を介して声を掛けてくれた」
わぁっと感心する声が上がると同じく、ざわざわと疑問を話し合う声も聞こえてくる。
一方に意見が偏ることはなく、賛否両論が入り混じる。
枢機卿以上の首脳陣ですら信じられなかった内容だ。
「竜神の声は彼女から聞いてくれ」
「何だヴァル、最後まで演説すれば良いではないか」
「いやいや、むしろここは貴方の独壇場だ。この場の誰もが君が声を上げるのを切望しているはずだ」
「急に言葉遣いが変わって気持ち悪い……。ともあれ、我の口から告げた方が良いのならしてやろう」
後光すら背負ったように見える美少女は、得意気にふんすと一つ鼻息を吐く。
話の流れで既に察しがついているだろうが、それでも説明や宣言は本人からさせた方が良いはずだ。
「我はこの隣に立つ勇者、ヴィクトル・ヘンラインの片翼を名乗ることになったアルカナだ」
何の気負いも無く淡々と告げる。
アルカナの雰囲気に惹き込まれて息を呑むのが見ていて分かる。
この場の誰もが『出来損ない』の意味を知らないが、それでも並び立つ意思表示は伝わっていく。
ぼそりと囁かれた「竜の幻影出すと雰囲気出るぞ」との耳打ちに、アルカナは視線だけを送って返事をする。
次の瞬間、彼女の背後にふわりと本体とも言える混沌竜の姿が浮かびあがっていた。
「そしてどうやら我は、このカルオットで『竜神』と随分と大層な肩書きを得ているそうだな?」
繰り出される衝撃の事実と背後に浮かぶ幻影に、この場に詰め掛けた信者の誰もが沈黙を守る。
今まさに歴史的瞬間に立ち会っている。
百年ほどの後世には、今日この日のことが神話に組み込まれていることだろう。
信者ですらないヴァルでも、アルカナに始めて話しかけられたときはびっくりしたのだから。
「この竜神アルカナは火山を去る」
竜神の宣言と共に告げられた、絶縁を意味しかねない刺激的な言葉に、信者たちは涙を流してひれ伏す。
漏れ出る声は「あぁ」や「おぉ」やら「竜神様よ……」といった懺悔と悔恨が混じった嘆き。
神に見捨てられる絶望を味わう信者を前に、アルカナは慈愛に満ちた声色で語りかける。
「しかし我はいつかこの地に還る。
だからこの火山にいつでも戻れるよう、我のことはこの場に居合わせた者達だけが知る秘密にしたい。
―――これはたった一人に異を唱えられれば途端に破綻する危うい秘密だ。
故に我を祀るカルオットの各位に、信者たる其方等に、こうして頭を垂れて『還る場所を守る手伝いをしてくれ』と願おう」
背後に見える幻影と共にアルカナの頭がわずかに下がる。
命令でも指示でも宣託でもなく、神と祀る強者が人に願う。
心酔する相手からの頼まれ事を……誰がこんな甘美な言葉に逆らえるというのだろうか。
一拍静寂の間を置き、ただの武祭は今まさに正しくお祭り騒ぎへ移行し、大観衆がひしめき合う。
これでヴァルとイルマの引き起こした凄惨なやり取りは過去になり、治療から始まったアルカナの説明も全てひっくるめて解決した。
隣に立つヴァルに、アルカナは「こんな感じでよかったのか?」と鼻からふんすと得意気に息を吐き出し問うた。
「俺が考えてた以上だよ。演説なんてしたこと無いのにすごいなアルカナ」
「ふふん、もっと褒めても構わんのだぞ」
「何か態度が気に食わないからこの辺にしとく」
「なっ! それは酷いぞ! ヒトの世界では成果に対する報酬が約束されていると聞いているぞ!」
「あー、はいはい、とりあえず裏行ってからな。一応この場じゃ『竜神様』やってないとダメだからな」
「分かれば良いのだ。しかしヒトとは何と面倒な生き物なんだ」
「大雑把な竜に比べれば結構何でも面倒な生き物だと思うけどなぁ……」
思わずぼやいた言葉は、突撃してきたルイーズの対応に忙しいアルカナには届かない。
後はカルオット側が信者に向けての説明を重ねてすれば、それこそ異端審問官の仕事は無いだろう。
予期せぬイルマ・ユーリを抱えてではあるが、これでようやくカルオットから出て行ける。
お祭り騒ぎの信者たちを眺めるヴァルは、今まで何を心配して悩んでいたのか、とアルカナに視線を向けて息を吐いた。
ブクマ、評価お待ちしていますよー
他の作品もあるので、そちらもぜひっ!




