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片翼の竜  作者: もやしいため
第三幕:カルオットの願い
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人族の叛逆者

今日は節分ですね。

恵方巻きは食べました?

 ―――ガシャンッ!!


 周囲に響くのは防御魔法がわずかに削れた音だ。

 咄嗟に剣の腹を叩いて逸らした攻撃は、腕を痺れさせるには十分な威力が乗っていた。

 そう、ヴァルの体を両断するほどの威力が、だ。


「何を、しやがる」


「――――ッうるさい! こっちの気も知らないで勝手なことばかり言って!」


 勝利宣言を聞いたヴァルは明らかに気を抜いていた。

 しかし常在戦場の心得も同時に持つため、警戒を一段引き下げただけであり、防御が間に合う余地が生まれていた。


「もう防御魔法は剥がれ落ちた。お前は負けたんだよ、イルマ・ユーリ」


「そんなもの、わたしに関係があると思っているのか!」


 何とも気疲ればかりする相手だ、と―――瞬時に身体を反転させて剣を抜く。

 バシャン、と自分の鞘が展開する音を聞きながら、ヴァルは剣で身を守って返す刃を振り上げた。


「……はぁ、いい加減にしろよ? 反応できなかったら死んでるだろうが」


 ヴァルの剣に掬い上げられたことに呆気に取られているイルマに溜息しか出ない。

 剣の間合いよりも少し内側に入り、お互いの手が届くような距離に身を置いたまま睨み合う。

 イルマはただ、不機嫌な顔で「うるさい」とまた呟くだけだ。

 語彙という言葉を知らないらしい。


「……勝負はまだ終わってない」


「そうか、提示されたルールで納得いかないのか」


「当たり前だ!」


だったら(・・・・)最初からそう言ってくれ。お前は最初から『競い合い』じゃなくて『殺し合い』がしたかったんだろ?」


 思えば最初の試合もそうだった。

 手加減とかそんな次元の話ではない。

 寸止めの概念もなく、躊躇い無く振り下ろした剣は、ヴァルが止めに入らなくては絶対に対戦相手は死んでいた。


 それでもヴァルは、自分よりも遥かに高い技量だったり、逆に低すぎたがゆえの手違いかと思っていた。

 だが、目的が違うと分かればヴァルも優しくしてやる義理はない。

 むしろ人族にとって害悪になりかねない勇者(バケモノ)を、今の未熟な内に刈り取っておくのは必要だ。


「なぁ、イルマ、最後の(・・・)問答だ」


「…………なんだ?」


「今すぐ負けを認めるか、それともお「お前が負けろ!」……」


 最後まで聞くことなくイルマが叫び、カルオットの闘技場が凪ぐ。

 そして


 ――なるほど、それがお前の答えか


 底冷えするような重苦しいヴァルの意思表示が、周囲全てに伝播する。


 ――お前への考えを改めよう。

 ――ここから先は『討伐』の時間だ。

 ――目の前の人型の魔物(バケモノ)を狩り、未来に訪れるだろう人族の損耗を最小化させよう。


 そうして、ヴァルは『勇者』を執行する(・・・・)


 ・

 ・

 ・


「……そうか。後悔するなよ」


「後悔するのはそっちガッ!?」


 問答は終わった。

 だからだらだらと喋ってるイルマの横っ面を、拳を水平に振り抜き殴り飛ばした。


 手にした剣を使う?


 バカな。

 手の届くこの間合いで剣なんて重いものを振る時間がもったいない。

 最速で叩き込め、なおかつ距離を取れる拳打が最適解だ。

 足が浮いたイルマを追って大きく一歩踏み込み、ゆるりと持ち上げた剣を振り下ろす。


 踏み込みと剣の重み、コンパクトに振られた腕のしなりは、イルマの剣速に迫るほどの鋭さに至る。

 直線的に放つなら、こんな風に回避できないタイミングで最速の攻撃を入れるのが必須だろ?


 ―――ギィイン!


 宙に浮いた苦しい態勢の中で、イルマが俺の剣を辛うじて防ぎ、あまつさえその腕力で外へと弾いた。

 俺は右側に弾かれる剣に逆らわず、むしろ同じ方向に重心を乗せ換えながら左の拳を振り切る。


 ――ドッゴン!


 宙に浮いたまま、背後に衝撃波を撒き散らしながら右のわき腹辺りに狙い通りに直撃する。

 イルマの身体がくの字に折れ曲がり、反射的に出た「ぐぇっ!」と呻き声を聞いて肺が空っぽになったことを確認する。

 そのまま腹に着弾した左拳を開いて服を掴み、遅れて届いた拳打の衝撃に吹き飛ぶ身体を引っ張り込む。

 掴んだ服がミシミシと悲鳴を上げるのも構わず、態勢を整えるような時間を与えず、巻き込むように背後の地面へと叩き付けた。


 殴られて息を吐き出せば力など出るはずも無い。

 弛緩した身体に息が戻る前に叩かれれば、吸うこともできずに痙攣が始まる。

痙攣する身体で新しく息を吸うのは辛かろう?

 だがすぐに楽になるから大丈夫だ。


 服を握り締めたまま地面に固定し、背後に開いていた右半身をイルマへ急旋回させて剣を横薙ぎに振る。

 逃げ場の無い攻撃に、まだ息が残っていたらしいイルマは「ぐぅっ」と呻きながらも剣を攻撃に差し込んで何とか身を守った。

 なんとも往生際の悪い……受けさせた剣をギリギリと押し込みながら声を掛けた。


「イルマ、最後の言葉はあるか?」


「……ヒッ! た、たすkぎゃぁぁ!」


 押し込んでいた剣を角度をつけて奥へと滑らせ、左の脇腹をズブリと突き刺す。

 さすがに魔剣(これ)ならこいつの防御も貫くか。


 話しかけたのはお前の気を逸らして命を刈り取るためだよ。

 会話が通じるんだ、こんなにも簡単な方法を使わないのはもったいない(・・・・・・・)だろ?

 何を弁明しようがとっくの昔に遅い。


「あ゛ぁぁぁああああ!!」


 無表情で剣を返してえぐり、外へと肉を千切るように引き抜く。

 べちゃり、と血が飛び散るが……中身は出ない。

 最初から首を差し出せばこんなにも苦しむこともなかったのにな?

 無駄に生きが良いのが悪い。


「おなかっ、やぶれっ! いたいいたいたいたいっ!?」


 少しでも逃げようと泣き叫びながら暴れるイルマと、淡々とそれの(・・・)身を削る俺。

 余りの情けなさに冷めた目で見下ろしてしまうのは不可抗力だよな?


 握り込んだままの左手を引き寄せて吊り上げる。

 イルマは敵を切り裂き身を守るための剣を、とっくの昔に手放していたからな。


「おやめください、ヴィクトル・ヘンライン殿」


 声を掛けたのはまさかの人物。

 大会のVIP席から見下ろしているだけだったはずの、イクス・カルオット・ワイズ教皇。

 闘技場中央(こんなところ)まで降りてきたかの老人に、俺は思わず胡乱気な視線を送ってしまう。


「こいつの鼻をへし折れって言ったのはあんただったはずだぞ」


 暴力装置たる勇者(バケモノ)がその機能を果たす際は、誰にも……相手が国であっても気を使うことはなく、当然敬語もなくなる。

 そんなことは役職が上がるほどに理解し、無慈悲な暴力に晒される覚悟を要求される。

 故に世界が認定した勇者が下す決定は重く、また権能を行使するだけの戦力を携える。

 そんな俺の鋭い視線に臆する事無く教皇は続ける。


「いかにも。組織として舐められるわけにいかないのはどこも同じでしょう?

 故に同じ勇者たるヘンライン殿にお願いしました……しかしこれは些かやりすぎではありませぬか」


「こいつは人族に害を及ぼす。

 巨大な暴力が個人の感情だけで振るわれれば、魔族との戦争どころか内部から食い破られる。

 そんな分かりきった『未来の損失』を見過ごすほど、勇者(おれ)の頭は幸せではないし、だからこそこの場で切り捨てる決断を下さなくてはならない」


「貴殿の決断に反論があるのではありません」


「では何が問題だ?」


「先ほどお伝えしたようにこの場では(・・・・・)やりすぎでしょう」


「…………なるほど、そうきたか」


 俺は思わず溜息を吐く。

 確かにこんな衆人環視の中、それも祭りの最中で公開処刑する必要はない。

 今更遅いかもしれないが、裏に引っ張ってからでもまったく遅くは無いが、誤差ほどの違いしかない指摘をするために来るわけがない。

 あの言葉の本音は間違いなくイルマの延命だ。


 このご時勢に楽しめるイベントをぶち壊すのは心が痛むのも事実だ。

 俺に吊り上げられているイルマを見ても、ただぐずぐず「いたいいたい」と泣くばかり……大戦力を持とうがただの子供とも見えてしまう。

 そしてこの程度の戦力で俺が寝首を掻かれることはありえない。

 なのにこのまま首を刎ねたら、いくらなんでも勇者(おれ)の立場……いや、この場合は心証か。

 一方的に悪くなりかねない……まぁ、とっくの昔に手遅れな気もするが。


「ヘンライン殿」


「次はルイーズか。一対一で殴り合う戦場に千客万来だな。だが俺の決定は覆らん。あとは何処でいつ行うか、だけだ」


「そのことについてなんですが……」


「我が素晴らしい解決策を与えてやろう」


 胡乱な視線を回せば、俺の片翼である竜神アルカナが最後に颯爽と現れた。

お読みくださりありがとうございます。


お遊びの試合から一気に殺し合いにシフトチェンジにさせたイルマにも思うところがあるのでしょう。

しかし暴力装置たる勇者の肩書きを持ち出したヴァルとの戦力差は歴然でした。


次回のアルカナの提案とは?

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