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片翼の竜  作者: もやしいため
第三幕:カルオットの願い
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イワンの勇者

 何だかんだと気付けば数日も足止めを食らっていることにヴァルは苦笑する。

 しかしそれも今日までである。

 新しく戦術兵器(ゆうしゃ)になったらしい、イルマ・ユーリとかいう問題児(バカ)を殴り倒して出発する。

 決意を新たにググッと拳を握るヴァルは、ふと思う。


(いや、待て……どうしてこうなった?

 いくら竜神(アルカナ)が『やれ』と言っても、勇者は軽く喧嘩できる役職じゃないぞ。

 むしろ国家間の協定で決まった特務的な役職だから、それこそ外交問題に……まさかイワンが手に負えなくて勝手に推してるだけじゃないだろうな……?)


 とても今更だが、現実的な思考がようやく仮説に至る。

 結局イルマ・ユーリとは一度も逢わず、誰からも追加情報を貰えていないので事情など分かるはずがない。

 とにかく何故か強制参加させられるカルオット信者の武祭の最後で、優勝確実のイルマとやらを殴り飛ばせばこの茶番からは解放される。

 きっと、それだけは確実だ。

 さすがに世界協定で認められた勇者をいつまでもおちょくるわけがない。



 ――続いての入場はイワン国にて認定を受けた勇者、イルマ・ユーリ!

 ――カルオットの長い歴史において我が武門を初めて叩く者!




 この武祭は本当に内々のものらしいが、それにしては本格的な設備やら運営やらが整っている。

 当然なのか何なのか、この武祭は熱狂的なものになりやすい。

 一応賭博の(たぐい)は禁止しているが、個人間でのものは黙認する方針である。

 ただし揉めた場合は関係者丸ごと袋叩きにするらしく、寛容なのか結局脳筋なのか判断に困るところだった。


(……イワン国で……一国だけで認められた? 世界協定の(・・・・・)勇者が?)


 貴賓用に設けられた席に勇者のヴァル、御付きとしてアルカナ、ルイーズが左右に座っている。

 一段高い場所には教皇のワイズと復帰した枢機卿たちが雁首揃えて見下ろす。

 実らない仮説や賭け情報を放棄して、戦術兵器としての思考に立ち戻ったヴァルは、


(まぁいいか。そういや新勇者はどんなタイプなのかね? 戦う以上、せめて傾向くらいは知っておきたいな)


 イルマ・ユーリの一回戦を見るために、脳筋方向へシフトしていた。



 ―――はじめ!



 合図とともにズダン、と勢い良く踏み込んだイルマは、腕を持ち上げラリアットの態勢を取る。

 目にも留まらぬ速さで迫る攻撃。

 だが、対戦相手は完璧にタイミングを合わせて迎撃の姿勢を取っていた。

 攻撃に意識が向いた状態で受けるカウンターとは、非力な者ですら強者を妥当しうる威力を発揮するが、それでもイルマは気にせずそのまま腕を振り切った。

 巨大な魔獣や馬車に轢かれたように吹き飛ぶ信者から、パラパラと光が零れ落ちる。


(あー……脳筋(そっち)系のタイプかぁ……)


 ヴァルは無言で頭を抱える。

 確かに彼我の強度に隔絶した差があるなら、気にせず突っ込んでしまった方が手っ取り早い。

 体当たりは体格差を無視しても攻撃範囲は広く、簡単でなおかつ威力も高い。

 回避されたとしても、先程のように手を伸ばせば攻撃範囲は広がり、威力が伴えば相手を轢ける。

 合理的ではあるものの、技術も何もあったものではない。


(うーむ……身長はアルカナより少し低いくらい。

 肉付きも大差なくて華奢な見た目であの威力……は、あまりないのか?)


 吹き飛ばされて地面を転がる信者は、姿勢を整え膝をつきながらも立ち上がった。

 痛みは感じているようだが怪我は無いらしい。

 あの勢いで吹き飛んだのに随分と頑丈なものである。


(そういえば……この闘技場には特殊な魔法が施されているんだったか)


 ルイーズが事前に説明したのは、出場者の耐久力(タフネス)に依存する防御魔法の存在だ。

 すべての負傷(ダメージ)を防御魔法が身代わりに請け負ってくれるが、衝撃や痛みはそのままなこと。

 また、負傷(ダメージ)を受けるほどに魔法が剥がれ落ちて魔法の残滓が光り、耐久限度を越えれば負けとなる。


 こうなると怪我や死ににくいだけで、意外とあっさり致命的な攻撃をもらいかねず、大して安心ができない。

 たとえば防御魔法を越える攻撃力が急所に直撃すれば一発であの世に行くし、それこそアルカナと相対した時点で放たれる全方位魔法の前では死ぬしかないだろう。

 それでもただの平野で殴り合い、斬り合いするより遥かに安全と言えるが。


 膝をついて痛みに耐える信者に、腰に佩いていた剣を鞘に入れたまま横凪ぎに振り抜いた。

 改めて吹き飛んだ信者は、受け身も取れずにゴロゴロと転がっていく。


(うわぁ……片膝付いた相手に躊躇も寸止めも無しか。なかなかバイオレンスなやつだな)


 そのまま終了の合図かと思ったが、防御魔法がまだパラパラと剥離しているのを確認したイルマはさらに追撃に走る。

 突撃の威力を乗せて振り降ろされる鞘を、地面を転がり天地も不確かで虚ろな視線の信者に防ぐ手立てはない。


「やめなさい、イルマ・ユーリ!」


 審判員の静止の言葉も遅く、振り下ろされる鞘は止まらない。

 瞬間、ヴァルは貴賓席から闘技場中央に置かれた一段高い戦場(アリーナ)へ飛び込む。

 どう足掻いても間に合わない距離、速度を無視し、振り下ろされる鞘の下に滑り込み、気絶している(・・・・・・)信者を抱え、鞘を合わせた。



 ――ズガン!!



 盛大な音を立て、受け止める。

 何とか間に合ったはいいものの、信者を庇うように抱えた膝立ちでは衝撃を殺しきれず、ゴンと足元がくぼんでいた。

 ギリギリと鞘で鍔迫り合いもどきをしながら、ヴァルは『いちいち殺意たけぇなこいつ』と嘆息する。


「やりすぎだ」


「なんだお前は。まだ試合の最中だろうが」


「審判が止めてんだから一旦攻撃をやめろよ」


「戦場に、審判なんていんのか?」


「はぁ……居るに決まってるだろ。じゃないと誰が撤退を決めるんだよ。とりあえず剣を下げろ。お前の勝ちだ」


「…………ふんっ」


 剣を腰に戻し、軽く悪態をつきながら背を向けるイルマ・ユーリを見て、もう一つ溜息を零しながらヴァルも剣を腰に吊り直す。

 若干の痺れを残す腕に視線を落とし、奇しくもイワンで敵なしの事実を確認してしまった。


 目をまわしたままの信者を地面に寝かせていると、救護員が「ありがとうございますヘンライン様!」と礼を言いながら駆け寄ってくる。

 華奢な身体ですさまじい力を振り回すイルマに対し、寝かせた信者はがっしりとしたおっさんだ。

 こうした試合に出てくる以上、十二分に鍛えているはずなのに、才能の差はあまりにも大きい。


 何とも世の中は不条理だな、とヴァルはやはり溜息をこぼす。

 勇者が口にするのはさすがにお門違いであるため、心に秘めるだけにして。


「ヘンライン様、助けていただいて心苦しいのですが、次の試合がありますので……」


「あぁ、邪魔したな。すぐに退()くよ」


 今度は飛び込むようなショートカットはせず、順路通りに貴賓席へと戻る間にヴァルが考えるのはやはりイルマのことだ。

 いくら戦力さえあれば認定されるとはいえ、あれが新しい勇者とは思いたくなかった。

 他に居る勇者も気ままではあるが、暴力面であそこまで振り切れている者は居ない。

 無差別な暴力がどのような扱いを受けるかを知っているからだ。


(魔王相手に前途多難すぎないかね?)


 頭をガシガシ掻きながら席に戻っていく。


 ・

 ・

 ・


「ヴァルが急に出て行ったな」


「えぇ、そのおかげで命を一つ拾うことができました」


「うん? あれだけで人は壊れるのか?」


「……ヘンライン様にはお伝えしましたが、勝敗は防御魔法の有無にあります。

 すでに防御魔法が剥がされて意識を失くしていましたので、あのままでは無防備に攻撃を受けておそらく即死していました」


「なんだ、ヴァルは介入する権利があるのか」


「えっと……そういうわけではないのですが、おそらくヘンライン様以外だと間に合いませんでしたね」


「あとは我くらいか」


「えぇ、もちろんですとも!」


「しかし無傷で勝負が決まるとは面白い仕組みだ。展開された魔法式は視た(・・)が、改めて最初から見せてもらえるのか?」


 興味本位で訊くと、ルイーズは一瞬の停滞を挟み、わざわざ我を見つめて「必ずや期待に添います」などと言ってきた。

 ヴァルと話すのとはまた違ったルイーズの反応に、何か都合が悪いことでもあるのか、と疑問が沸いた。

 とはいえ、ヒトの世界は『察する』とやらが重要らしいので、この場は適当に頷き、後でヴァルにでも問い詰めることにするとしよう。


「この姿になってから知ったが、ヒトはたった二本の足で器用に走り回るものだな」


「……この動き方が人にとって普通のことなのですが……」


「いや、どう考えても四つ足の方が安定性は高いし速度も出る。

 たとえば方向転換の時に地面を掴む(・・・・・)のが後ろ足だけなど非効率にすぎる」


「そういえばアルカナ様は急転換の時は手もついてましたっけ……」


「いっそのこと魔法操作の方が早いんじゃないかとこの二日の訓練で考え始めたわけだが」


「いつ魔法を封じられるかわかりませんからダメですよ!」


「そ、そうか? 我の魔法を封じられるような規格外が居るならそれはそれで面白そうだが……」


「えぇ、その時のために鍛えねば!

 まだまだ身体の動きはぎこちないですから……あぁ、魔法なんて絶対にいけません!」


 我の不自由な動作を揶揄する発言のはずが、空気に乗る感情には特段嫌悪感はないように感じる。

 あぁ、いや……我の背筋を軽く悪寒が走っているか。

 何かの直感だろうか、などと考えていると、止めに入ったヴァルがすごすごと引き下がっていた。


「追い出されたのか?」


「次の試合が始まりますからね。

 予選なんかは何日もかけて行いますが、武祭は一日で終えるので、時間が足りなくなってしまうんですよ」


「そうなのか? ヴァルの介入を含めても割と早く終わったようだが……」


「そりゃそうでしょう。勇者相手に十秒と持てば英雄の仲間入りですよ」


「やはりヴァルはヒトの中では上位者だったのか」


「勇者とは、節目にある負けられない戦いに投入される兵器(・・)です。

 その称号は非常に重く『勝利者』を強制されるがゆえに多くの権限を持ち、だからこそ敗北は許されない(・・・・・・・・)とされています」


 ふむ……敗北を許されないと来たか。

 我相手に負け続け……撤退してるから引き分けになるのか?

 まぁその辺りは些細な話か。

 ともかく、それでヴァルは『強くなりたい』と言ったのか。


 少しずつヴァルのことを知るのは良いが、何故か理解が進むのは本人が居ない時ばかり……どれもこれも自分から語らないあやつが悪い。

 しかしこの催しの最終目的はなんだったっけか?


「ルイーズ、一つ質問があるのだが」


「何でしょうアルカナ様」


「結局、これは何をするために争っているのだ?」


 誰かに聞けば疑問が解決する。

 何とも便利な世界に降りて来たものだ。

お読みくださりありがとうございます。


初お目見えの問題児でした。

少し先の直接対決までお預けですよー。

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