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片翼の竜  作者: もやしいため
第三幕:カルオットの願い
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カルオットの秘術

 ヴァルが貴賓席に戻れば、むっつりとした顔でアルカナが出迎えた。

 特に何かしたわけでもないのに、ヴァルの背にはじっとりと汗がにじんでしまう。


「ど、どうした? アルカナ」


「我に『大人しく座っていろ』と言ったくせに、開始早々飛び出していくやつがあるか」


「あのままじゃ対戦相手が死んじまうだろ?」


「争えばそうした結末もあり得る。ヴァルこそ何を言っているんだ?」


「あー……これは『模擬戦闘』って言ってな、死なない程度の競い合いなんだよ」


「ルイーズも不可解なことを言っていたが、縄張り争いとはまた違うのか?」


「権力争いではあるかもしれないが、殺し合いじゃないことだけは確かだな」


「ふむ……ヒトというのは存外、暇なのだな」


「ひま、だって?」


「だってそうだろう? 糧を得るために生を懸けて狩るのが獣の定めだ。

 それが競い合うためだけにリスクの高い傷つけ合いをするなど道理に合わない」


「……なるほど、いきなり戦場に放り込まれないだけ恵まれてる、という考え方も確かにあるな」


 アルカナと話すと話が自然界全体に及び、いかに人族と魔族との争いがちっぽけかを思い知らされることが時折ある。

 それでも直面する絶滅を防ぐため、ヴァルは魔族にあらがう手を探し続けるのだが。


 席に座り、今度こそヴァルたちは信者同士の競い合いを眺める。

 武の神殿の名は伊達ではなく、国家に属する騎士と比べても練度は高い。

 しかし彼らはあくまで個人の技量を磨いているので、集団戦闘で力を発揮する騎士たちとは根本的なところで用途が違う。

 それでもやはりイルマのような鮮烈さはなく、地味で無難な戦いに見えてしまう。


(まったく、あいつは本当に勇者という立場を理解していないな)


 とても深い溜息を吐き出すヴァルは、粛々と対戦が進む間にも『耐久力(タフネス)に依存する』とされた、カルオットが秘匿する防御魔法の解析に努める。

 説明を真に受けるなら斥候職(スカウト)なら革鎧、護衛騎士(ガーディアン)なら全身鎧(フルプレート)くらいの差が出てくるはずだ。

 本人の資質に左右される上に痛みを伴うとはいえ、一定の負傷を無効化させるならば『一度死ねる』と同等で、あまりに有益だ。

 勇者として是非とも解析して持ち帰りたかった。


 しかし一介の剣士程度の知識しかないヴァルの解析力では分かるはずがない。

 むしろ勇者はいかに相手を武力によって攻略するかを問われるため、防衛よりも攻撃に特化していく傾向があるのだ。


「アルカナ、あの術式再現できるか?」


「どれのことだ。まさかそれぞれが身にまとってる強化のことじゃないだろう?」


「いや、防御魔法の方だ。やっぱり難しいか?」


「簡単だぞ」


「「え゛っ……」」


 眼下の戦闘を眺めながら、竜神はこともなげに返答する。

 対する勇者と巫女は秘術を解き明かしたアルカナに視線が釘付けだ。


「聞き取れなかったか? あの魔法は簡単に真似できるぞ」


「あ、アルカナ様……まさかそんな?」


混沌竜(カオスドラゴン)なら初見の秘術を見抜けるっていうのか?」


「何に驚いているのか知らんが、単に規模が大きすぎて分からないだけだ。大した術式ではないぞ」


「規模が大きすぎる?」


「うむ。出力先(こうか)ばかり見ているから煙に巻かれる。魔法の本体は、この闘技場とかいう建物自体なのだ」


 ルイーズがわなわなと震えているあたり、アルカナの指摘に心当たりがあるのだろう。

 しかしヴァルはぐるりと視線を巡らせるも意図を何一つ読み取れなかった。


「我の魔法式は多層に組まれていただろう?

 この場に施されているものも似た構造で、たとえば柱の内側なんかに記されているはずだ。

 一番大きいのは地下に描かれている。ルイーズには後で案内を頼む予定だったから、ヴァルも共に来ればいい」


「アルカナ様、あまり外部に公開したい情報ではないのですが……」


「そうなのか? まぁ、効果が欲しいのなら……ほれ、こんな風に魔法を起動するだけで使える」


 ふぃっとアルカナが指を揺らしただけで、ヴァルの周囲にカルオットの誇る防御術式が宿る。

 ヴァルが驚くのは当然だが、むしろ奪われたルイーズこそが「アルカナ様?!」と悲鳴のような声を上げてしまう。


「む……これもダメだったか」


「どうやって起動式を!」


「大本の魔法式をいじるならともかく起動自体は簡単なものだ。

 いざ使う場面で手間が掛かるなら、最初から建造物を使ってまで魔法式を用意している意味がない」


「み、見破られたことは無かったと聞いているのに……やはりアルカナ様は別格でいらっしゃる」


「それは少し持ち上げすぎではないか?

 むしろこんな魔法式が存在しているなら、やはり我が扱う立体型も人族由来だろう?」


 恍惚とするルイーズを諌めながら、ヴァルに視線を投げかける。

 現実に存在しているのでヴァルも否定できない。

 そうなるといつのころか失伝したか、あるいはカルオットのように秘匿されているのかもしれない。

 ともあれ、ヴァルは「……持ちだせない?」と言うところにしか興味はなかった。


「ヴァルは闘技場を建ててから毎回戦うのか?」


「くっそ……初撃で殺される可能性減らせるのに……」


 ヴァルはがっくりと項垂れる。

 優秀な魔法はそれだけ大きな容量や魔力が必要となる。

 この防御魔法も、場所を限り、効果を絞り、見合うだけの巨大な魔法式を用意するから強力なのだ。

 分かっていたことだが、技術の限界突破(ブレイクスルー)は容易ではないと思い知らされるばかりである。


 対戦は順調に進み、当然のようにイルマの優勝で幕を閉じる。

 怪我はもちろんなく、元気は有り余っている様にしか見えない。

 どうせイルマも最初から巫女や神巫(いちこ)といった称号にも興味はないのだ。

 付き合わされた信者たちは辟易していることだろう。

 奪われた機会に対し、どうやって補填するのか……カルオットの運営は難しそうだった。

お読みくださりありがとうございます。


インターバルを挟んで次回激突です!

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