カルオットの意趣返し
単独で攻城戦すら成立させられるほど戦力の桁が違う勇者は、辺境の一宗教と敵対したところで敗北することはありえない。
いっそ大きな障害となるのは、むしろ『皆殺しにする方法』といえるくらいの戦力差がある。
だからヴァルはアルカナと敵対しかねない相手に対し、十分な猶予を与えた末の結果に、先延ばしにしていた見切りをつけ始めてしまう。
「まず先に宣言しておきますが、俺には竜神を祀る信仰心は無ありません」
「ふ……ふざけるな!!! 貴様それでも火山に登る修験者か?!」
「ふざけてなどいません。俺は力を得るためにカルオットに来ただけですから」
「図々しいにもほどがあるぞ!」
「恩義や義理も感じますが、目的を履き違える気はありません。
しかし確信していることはある。このアルカナが竜神と呼ばれるに値するだけの力を持つことです」
勇者の一翼を担うヴァルが告げた『認める』の言葉は、こと武力の面では非常に重い意味を持つ。
宗教だろうが国家だろうが、明確な理由もなく勇者の言葉を曲げられない。
翻せない言葉だからこそ覚悟と信用が伴うわけだが、その勇者も信じられないというのなら、そもそも人族に属していること自体が間違いだった。
ヴァルから言わせれば、すぐにでも庇護から外れてのたれ死んで欲しいものだった。
そしてあくまで紳士に淡々と説明するのは、ヴァルの『武力行使させないでくれ』という無言の願いから。
破格の武力を持つがゆえに手を出すのをためらう勇者の優しさでもあった。
「そして俺は竜神だからではなく、アルカナだから協力を仰いでいます。正直に言えば、カルオットとは無関係の話です」
「……ヴァル、それは同じ意味じゃないのか?」
「何だアルカナは賢いのに馬鹿だな。俺の中では全く違うぜ?」
「む……茶化さずきちんと説明しろ」
「俺が戦い、ついぞ勝てなかった『竜神』は、人の姿を模して言葉を交わす『アルカナ』になった。
気ままに暴力と厄災を振りまくようになれば、勇者も竜神も変わらない。
ただ『制御されている』という一点でのみ、人は理解を示して寄り添える。
お前は一番の暴力を放棄してまで俺との『誓い』を違わず、共に歩んでくれる『アルカナ』と『竜神』は、俺の中ではとっくに別の存在なんだよ」
「ふむ……ヴァルにしてはややこしいことを言っている」
「いや、この短い間に俺の何がわかるんだよ」
「だがその言葉はなかなかに良いな。我の嫌いな『片翼』を誓いの言葉に使う馬鹿勇者とは思えないな」
「そうか、お気に召したようで光栄だ」
アルカナとのやり取りに、ヴァルはにししと笑う。
尊大に振舞うだけの力を持ち、天上天下唯我独尊を貫き、恩恵と災厄を振りまくのが竜種といえる。
だからヴァルは竜種でも竜神でもなく『アルカナ』を欲してしまう。
気分を良くしたアルカナは、怯む外野を含む重鎮たちに向けて「というのが、勇者とやらの意見らしいぞ?」などとすまし顔で止めを刺した。
空気が読めないのか、それとも交渉事に強いのか……いや、年季の入った引きこも竜であれば前者だろう。
「否定する言葉などありませぬな。
それにすでに答えは出しています。無粋な茶々を入れたことを深く陳謝いたします」
「理解が及ぶのならば構わぬよ。では我らはすぐにでも出立しようか」
そそくさと撤収作業に勤しむ竜神に続き、勇者も「そうだな、まずは内陸にでも行くか」と相槌を打つ。
後のことはカルオット神殿内部の話であり部外者には関係ない。
出鼻をくじく絶好のタイミングで「お待ちください」と声を掛けるのはルイーズだ。
「わたしもお供いたします」
「アルカナの世話したいのはわかるが、カルオットの巫女が出歩くと目立つだろう?」
「ではすぐにでも返上いたします」
「誰がそんなことを望んでんだよ。どう考えても問題しかないだろうが……」
「何ですかヘンライン様。アルカナ様と二人きりが良いとでも仰るのですか! うらや……不潔なっ!」
「ワイズ教皇、この巫女は絶対に置いてい――「問題ありません」……は?」
消化試合と決め込んでルイーズとじゃれていたヴァルは、ギギギと首を回して教皇へ視線を送る。
人同士のやり取りを退屈そうに見ていたアルカナとは裏腹に、ワイズはにこやかな笑みを浮かべ、
「このカルオットは、勇者ヴィクトル・ヘンラインを全力で支援いたします」
決められていた台詞のように淀みなく告げた内容に、様々なデメリットが頭をよぎるヴァルは「は?」と開いた口がふさがらない。
組織の支援……それも宗教絡みの特別待遇は軋轢を生みかねない。
だから『世界から認められる』などという、お為ごかしが必要になるというのに、何を言っているのだろうか。
特に辺境のカルオットでは表立っての支援をしたことがないのも周囲の目を引いてしまう。
それでもなお、勇者に肩入れするとなると何かしらの裏があるはずだ。
事情を知らない傍に立つアルカナは「ふむ、よかったなヴァル?」などと能天気にヴァルの横っ腹を小突いて小さくよろめかせていた。
自身で戦況を切り開き続けたヴァルは、訝しげに「俺は神を信じませんよ」と教皇へと告げる。
「ふふ、構いません。むしろその竜神が貴方を選んだのですから」
「…………ですがそれでは誰も納得しないでしょう?」
「ふむ……それもまた確かですな。
ではこうしましょう。明後日、この神殿にて『武闘大会』が開かれますので、そこで優勝していただけますか」
「何を――」
言い出すんだ、と口にしかけて止まるももう遅い。
条件も訊かずに素直に受け取っておけば良いものを、ヴァルは『誰も納得しない』と否定してしまっていた。
そう、この小芝居は、大会に出てもらいたかった教皇が言質を取るために仕掛けたものだったのだ。
そして言質を取られたヴァルは抜け出すためにさらに言葉を重ねるしかない。
その先が泥沼であろうとも、だ。
「いえ、その大会は信者限定でしょう?」
「問題ありません。門戸は広く開いておりますよ」
「ですが『戦術兵器』が参加しては勝負になりませんよ」
「それを是非とも証明していただきたい」
「なんとも恐ろしい……大した自信ですね。
もしも万が一勇者が負けてしまえば肩書きを返上させられますし、やはり遠慮したいですね」
「それが優勝者の特別枠であってもでしょうか?」
何が何でも一戦はさせたいようで、風向きを一気に変えてきた。
まさか竜神を連れ去る勇者に一泡吹かせたい、なんて事じゃないだろうなと邪推していると、追加で新しい情報が与えられた。
「実を言いますと現在ヘンライン殿以外の勇者が逗留されております。
どうやら祖国であらかたの実力者と対峙してからカルオットに身を寄せたようなのです」
「……それで?」
「どうしても『カルオット神殿の実力を知りたい』と仰られまして……」
「…………………………は?」
「いくら武を掲げる神殿とはいえ、さすがに世界に認められた『勇者』と対等な戦いができる者など居ませんからな。
何度も断ったわけですが、あまつさえ『臆したか』や『権威が知れるな』などと言われては我々カルオットも引くこともできません」
「え、待ってください」
「それに神殿と言えども勇者を邪険にすることもできず……ましてやヘンライン様と同様に『竜神様への挑戦権』を求められました」
「……世界の戦力バランスを担う勇者が、ですか?」
「その通りです。同時に二人もの挑戦者を火山に上げるわけにもいきません。つきましては例外的に武闘大会への参加も協議しておりました」
「だから評決議会を開かれていたんですね」
「えぇ。そしてカルオットは山頂が空になる上にアルカナ様を迎えられません。
かの勇者が火山を諦めさせるために、どうしても大会参加を飲むしかなくなったのも付け加えておきます」
ルイーズが納得の声を上げるが、勇者を掲げるヴァルは信じられない話を聞かされて固まっている。
つまり教皇は迷惑な勇者を、同格の化け物を当てて黙らせようとしているという。
組織的な対処と思えば適正だろうが、使われる側のヴァルはたまったものではない。
そもそも戦況を覆す勇者同士が本気で戦えば、余波だけで戦略級の被害が出かねない。
そこまで含めて竜神を連れた勇者に問題解決を願っているなら、大した経営者である。
「イワン国の勇者、イルマ・ユーリ。……俗にいう問題児でして、是非とも叩き直してくれませんか?」
「誰だよ、そいt――「ふむ、良いだろう」……うぉい!?」
「我もヴァル以外の『勇者』がどんな者か気になるしな」
「だからって勝手に了承すんなよアルカナ! そんなのは殴り合わない別の機会に取っておけば良いだろうが!」
「しかし我らの言い分ばかりを呑ませて何も無しではヴァルも気持ちが悪いだろう?」
指摘はもっともだが魔族に押し込まれて危機に瀕しているのに、身内同士で争うなど素直に頷けない。
そもそもヴァルがそのイルマ・ユーリなる勇者を知らないことからして異例だった。
背後に何がうごめいているかも分からない案件だが、竜神の名の下にカルオット内で宣言されては勇者と言えど覆すことは難しい。
というより、アルカナの機嫌が斜めったときに対応しきれる自身などヴァルにはない。
「ではよろしくお願いします。これでカルオットも『意にそぐわない相手への援助』はしなくて済みます故」
「うわぁ……竜神様の権能やべぇ。ホントに一瞬で決まっちまったよ」
頭を抱えて嘆くヴァルにルイーズは微笑を浮かべ、アルカナは自慢気にふんすと鼻から息を吐く。
ようやく神殿から出られるはずが、思惑と外れて進む事態にヴァルは溜息しか出ない。
竜神と出逢った勇者は『巻き込まれるタイプ』にシフトしたようだった。
お読みくださりありがとうございます。
一難さってまた一難というわけで、カルオットから出るのはお預けですね~。




