カルオットの裁決
三人が足を踏み入れた議場は落ち着きを取り戻しており、まだ喧々諤々とやっていることを想像していたヴァルは面食らうほど。
昨日アルカナの粛清を受けて四人に減っていたはずが、参加者は七人に増えている。
ただし議場に用意された席には座っていなかった。
「ほう、一日で起き上がる者も居たか」
さしもの竜神も、まさかたった一日で三人も精神攻撃から復帰するとは思っていなかったらしく、小声で感心を示す。
ヴァルは腐っても枢機卿に君臨する者達なだけある、と失礼なことを考えていた。
「大変お待たせいたしました。細かいところはまだ纏っておりませんが、取り急ぎ方針を決定しました」
議場の中央に進み行くヴァルたちに向け、ワイズが僅かに疲れを滲ませ告げた。
さまざまな反応が予想される中、方針が決まっただけでも御の字である。
よくぞまとめたものだとヴァルが感心していると、隣に立つ竜神が「急がせてすまぬな。それで如何様な結論に至ったと?」とふてぶてしく問うていた。
厚顔無恥という言葉はこういうときに使うのだろう。
「はい、アルカナ様。私共カルオット神殿は、貴方様が『竜神様である』との共通認識に至りました」
「なるほど」
火山に棲まう『力ある竜』を祀る神殿である。
極端な話、竜でさえあれば何でも良く、なおかつ会話までできるのならば望むべくも無い。
そもそも竜違いを起こしたところで、人側の都合で勝手に祀られている竜神が気にすることもないだろう。
逆に竜のアルカナを放逐すれば、空席になった座に代わりの『竜神』を用意する必要が出てくる。
誰がそんな代役を用意できるというのだろうか……結局、出るべくして出た、非常にまっとうで妥当な判断だといえる。
「つきましては身の振り方についてのご相談が……」
「みなまで言うな」
教皇の言葉をアルカナは軽く手を上げて遮る。
軽い打ち合わせはしていたが、こうまで最初から竜神扱いされるとは想定していなかった。
だからここからはアルカナのアドリブで、ヴァルは彼女の采配を興味深げに見守っていた。
「我は竜神として応じよう」
「おぉ、それでは!」
「うむ、変わらず今まで通りだ」
「えぇ……は? それはどういう意味でしょうか?」
「さしあたり我は『ただのヒト』として振舞うとしよう。主等は空っぽの火山を見上げ、今まで通り竜神を祀っていてくれ」
『なっ!?』
ヴァルとアルカナで交わした筋書きでは、認定されようがされまいが『一般人扱いさせる』のを目的にしていた。
神殿が竜神と認定した以上、アルカナの言葉は全て『竜神の言葉』として言い聞かせられるに違いない。
だとしても。
言い方・伝え方はあるだろう。
アルカナの配慮の無い言葉に怒号が飛んで来ないのは、きちんと竜神として認知しているからだろうが……ざわつくのは仕方ない。
ルイーズとのやり取りで気を抜いていたヴァルは、頭の幻痛を感じながら「アルカナの言葉を補足します」とフォローを開始する。
ちなみに件のルイーズといえば、恍惚とした目でアルカナ見ており、声を当てるなら『アルカナ様カッコイイっ!』といったところか。
もう少しアルカナの巫女の仕事をしっかりやってもらいたいところである。
「今回の件でご理解いただいたかと思いますが、事実をこのまま発表しても碌なことがありません」
浮き足立つ議場で、ヴァルは断言的に告げる。
即座に立て直したのは議場の席に座る四人だけで、外野はうろうろとせわしない。
アルカナの精神攻撃から復帰したとは言え、器の大きさはどうにもならないらしい。
「神殿の首脳陣ですら方針を決めるだけで一日も掛かる内容です。
外に出せば『本物派』と『偽物派』の二つ分かれるだけで済めば御の字でしょう。
最悪『神殿の工作派』や『他勢力の陰謀派』なんてものまで出かねませんからね……単に多くの者を混乱させるだけです」
「つまりこの巨大な事実を伏せておけ、と言うのですか?」
「その通りです。ワイズ教皇。
知らせても良いことは無い。しかし知らせなくても悪いこともありませんからね」
「なるほど……」
昨日教皇が話したように、竜神はあくまで『現実に存在する力の象徴』でしかない。
わざわざ名乗り出た竜神が神の扱いを望まないのは、やはり神殿としては想定外でもあるのだろう。
いや、信者からすると迷惑極まりないとさえ言えるだろうが、そこに理由が添えられれば納得するしかないのも事実である。
何より――
「どちらにせよ、だ。我が偽物だと言うなら今まで通りでしかない。
本物だと言うなら『今まで通りに振舞うこと』を竜神が要求する。
……結果は変わらぬのだから、これ以上の議論など不毛なだけだろう? そら解散だ」
ダメ押しに竜神が宣言する。
オーバーキルでしかないが、こうでも言わないと頭の固い首脳陣はわからない。
ただ、一日もの時間をかけて出した答えを否定されれば立つ瀬が無く、それなら最初から言えよ、というのが首脳陣たちの偽らざる本音だろう。
「だから言ったではありませんか!」
「わたしは反対だと!」
「これは失態ですぞ!?」
だから外野からこうした野次が飛ぶ。
それも復帰した三人がそれぞれ別の言葉で同じことを、だ。
「ふむ、教皇。我の何処に失態があるのだ?」
「いえ、この場合は私にあると言いたいのでしょう」
「意味が分からんな。どちらに転んでも『結果は変わらない』のは理解しているのか?
だったら何処に失態があると言いたいのだ? それともその程度も理解できない、とわざわざ頭の悪さを披露しているのか?」
「アルカナ様が求めたのは『表向き』の話で、神殿の最高決議の場で竜神だと認められました。
その『神からの要請』が枢機卿という立場で受け入れられないのなら、今すぐに破門もされても文句は言えませんよね?」
「ルイーズ貴様!」
「枢機卿……いえ、ただのスヴェンですか。信仰していたアルカナ様直々に破門していただくなんて感涙ものですね?」
「ぐっ……うぅ……も、文句など、ありません」
「そうですか。失言申し訳ありません。スヴェン枢機卿」
途中参戦したルイーズは、巫女の立場での発言であっさりと一人の野次を握りつぶす。
宗教上の破門は死刑宣告に等しく、このままなあなあで終わることなどありえない。
それはもちろん正論という武器で指摘した巫女のルイーズではなく、スヴェン枢機卿側の責任問題に発展しそうで大変そうである。
昨日一日中アルカナにはぁはぁしていた同一人物だと思えないくらい凛とした姿に『いつもそれでいてくれ』と切に願う男が一人居たが、叶うことはなさそうだ。
「ヴァルも何か言え。お前が我を火山から引っ張り出したのだろう?」
身内にも厳しい竜神は宗教にも政治に強くない勇者を弁論の場に引っ張り出す。
明らかな采配ミスに、呼ばれた当人は溜息を零しながら一歩前に出た。
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