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片翼の竜  作者: もやしいため
第三幕:カルオットの願い
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竜神の歩み

さて、新章です。

そろそろ重鎮たちとの話し合いを終わらせたいものですね。

 昨夜の巫女の暴走に勇者は何度もひやりとさせられ、舌戦に持ち込まれるたびに敗走を演じていた。

 アルカナの世話を怠ることなく、合間に示した実力行使にしても出力差を技量で補うなど、巫女としての力を遺憾なく発揮していた。

 非常に残念な形での発揮だったが、間違いなく『神の従者』の領分を超えることはないだろう。


 本日はアルカナのリハビリに当てることになっている。

 といっても何処か悪いわけではなく、単にまだ扱いに慣れない人族の身体を使いこなすことが主眼になっている。


 この脳筋の神殿(カルオット)には、闘技場のような作りの場所がある。

 そこでは毎年、巫女と神巫(いちこ)の座を奪い合う武器・魔法ありの『任命式』が行われる。

 つまりルイーズはこの任命式で巫女を勝ち取ったカルオットの頂点の一人なのだ。


 その場を借りてまず行うのは、アルカナの歩行訓練だ。

 アルカナも竜としてなら四足でも二足でも歩けるし走れる。

 跳びはねるのも、やれといわれればダンスだって思いのままだ。


 そして人の姿のアルカナも筋力も骨格もしっかりしているので、立てるし手を引けば歩けて走れる。

 しかしそれでも今のアルカナは人の動きがまったくと言っていいほどできていない。

 それは膝を曲げていたり、指の力で身体を固定したりする動物と、直立で二足歩行する人族とではバランスの取り方が絶望的に違うからだ。

 この辺りは最初から人族をやっているヴァルやルイーズには分からない感覚だろう。


 アルカナが言うには身体を覆う衣服は、小さな風でも巻き込んでバランスを崩しにかかってくるとのこと。

 しかも地面と足裏の間には靴という邪魔者も挟まってくる。

 高い位置に重心がある身体を、たった二つの足の裏という狭い面積で全身を支えるとなるとかなり絶妙なバランス感覚を求められるのだ。


 ヴァルがアルカナの手を引いて訓練するのもありだが、ここには巫女(ルイーズ)が居る。

 闘技場を貸しきって行う訓練で変なことなど始めるはずがないと頼み、ヴァルは一人でストレッチから始め、訓練の負荷を徐々に上げていっていた。

 いかな竜神アルカナと言えども、すぐに歩けるようにはならない――。

 そう思っていたのに……。


「走ってやがる……」


 ルイーズの「勇者様、アルカナ様の成長速度が異常なんですが」という泣き言を聞いたヴァルが半眼で眺める。

 赤ん坊が初日で立ち上がり、歩き始めたと思えば走り回っているような感覚だ。

 いや、初日の時点でヴァルの袖を掴みつつも半日近く山頂から歩ききったことを思えば自然なことかもしれない。


 最初は平地でもふらふらしていたはずなのに、気が付けば平気でトコトコと小走りしている辺り学習能力が高すぎる。

 恐らくルイーズは歩行の難しさを刻み込むため、一人で立たせて歩かせたのだろう。

 大きな壁にぶつかったときに絆が深まる現象を利用するつもりが、すぐに縋れる場所が無くなったから一気に伸びてしまうことになった。

 ヴァルは『この神殿ホント大丈夫かよ』と、がっくりとうなだれる不純な巫女(ルイーズ)を見て感じていた。

 どちらにしても、飲み込みが早いのはとてもありがたい。

 さすがは混沌竜(カオスドラゴン)と褒め称えたいくらいである。


「で、いきなり戦闘訓練?」


「人の壊し方を知っていれば、そうそう致命傷を負わせることもなくなりますからね」


「……何で対人なんだよ?」


「これ以上変な虫が近寄ってこられても困ります!」


「その虫扱いに俺入ってるよな?」


「あ、アルカナ様、そこはこうですよ、こうっ!!」


「都合の悪いことだけ無視すんなよ!」


 ルイーズによるアルカナとヴァルへの態度はあからさまに違っていた。

 勇者も武の頂点だが、やはり竜神に勝るものではないのだろう。


 アルカナが習う護身術に近いそれは、勇者が見ても十分に実践的で、その辺のゴロツキ相手なら余裕でのたうち回させられるようなえぐさだ。

 そもそも彼女の耐久力と膂力があれば、何をされても怪我一つ負わずに『ちょっと本気で押す』だけで大概の相手がミンチに変わる。

 ヴァルも疑問を持ちはしたものの、否定したり止めたりしないのは、そうした事故死を防ぐ意味でかなり有用だと理解していたからだった。


「アルカナ、自分のここ押してみろ」


「ここか?」


「おう、そこを少し握るように……」


「いだだっ」


「うん、ちょっとくらい手加減しような?」


「……どれ、ヴァル。ちょっと試させてもらえるか?」


「今さっき自分で試したろ? 俺はアルカナよりも貧弱だから致命傷になるから大丈夫だ」


「やってみないと分からんだろう?」


「やってみたら死ぬんだよ!」


 くだらないやりとりをしながら、動作の基点となる部位……つまり簡単な急所の一つを教えた訳だが力加減を間違えたらしい。

 アルカナは自身で握りこんで少し涙目になって声を上げていた。

 それを見て何処からともなく「なるほど、そんな方法が……」などと聞こえてきたヴァルは努めて無視する。

 関われば損するのは目に見えている。


「もしかして……力加減が下手なのか?」


「そんなことは無いはずだが……」


「いや……むしろ『人の身』が耐えられる限界が、本来の力に比べて小さすぎるのかも?」


「む……?」


「ほら、体長は五分の一、体重なら二十分の一以下くらいになってるだろ?

 流石に竜のときと同じだけの力が出せるとは思えないが、半分も使えれば人としては明らかに外れる(・・・)


「今の我は『竜がヒトの形とサイズになっただけ』だからな……」


「んん? どういう意味だ?」


「あの術式は、精神まで剥いて肉体を構築し直すからな。

 だから本質は同じで能力の総量も変わらない……今まで持っていた能力が振り直されるようなものか」


 つまり『アルカナは人型の竜である』と言っている。

 最初に説明されてはいたものの、なかなか怖気を感じる発言だ。

 ヴァルは違うと思いつつも恐る恐る「それは筋力的な意味で?」と尋ねてみる。


「感覚的になるが……筋力は落ちて魔力はむしろ凝縮されているように感じるな」


「え、()の時よりも?」


「体格が縮んでるから仕方ないが……そうだな、やはり体感でしかないが肉体面が十分の一に激減してる」


 デメリットを先に挙げたアルカナに、ヴァルは「そんだけ?」と驚いて問いかける。

 何せ竜の巨体はトン単位であるのに、片足で跳ねて着地し、片翼の羽ばたきで急制動をかけられてしまう。

 アルカナはそこまで自由に翼を使えないが、そんな巨体を動かす筋力が十分の一になったところで誰も『減った』とは感じない。


 たとえば片腕一トンの腕力だったとしても十分の一で百キロ……握力でそれだけあれば、人体など簡単に握り潰せてしまう。

 もちろん、竜の巨体がその程度で支えられるわけもなく、その数倍以上はある計算だ。

 アルカナの非力そうに見える身体は、勇者の出力すら凌駕する筋力が備わっている、と彼女は平然と口にしたのだ。


「いや、十分弱ってはいるんだがな。

 その溢れた分で魔力の保有量が七倍、最大出力が八倍、処理力が十三倍くらいか?」


「おい、何だその切り捨てた能力値に見合わない意味不明な上昇率は!?」


「そんなこと言われてもな……我の本質は『魔力への適正が高かった』としか言いようが無い」


「そういうの無意識なのか?」


「竜の特殊能力は元来備わっているものと聞く。となれば、ヴァルたちが普通に歩いているように、それらの技能も無自覚に扱えるはずだ。

 体格に見合うだけの非力さ、という訳なのだろうが、我は『高い魔力適性』で肉体面を強制的に強化していた可能性が…………そうなるとますます情けないな」


 予想でしかないが、竜の状態でさえ手の着けられなかった魔法は、人型になってさらに磨きが掛かったという事実に、アルカナが味方でよかったとヴァルは心底思う。

 まさしく竜神に相応しい強者を見せ付ける反面、魔王に対して少しの哀れみも持ってしまうほどだ。

 もちろんアルカナを相手に敵対してしまうことへの、だ。


「流石アルカナ様ですね」


「うん、お前そればっかだな」


「え、それ以外に説明が必要ですか?

 仕方ありませんね……では一つずつ魅力を挙g――「は今度な」……途中で止めるなどッ!!」


 ルイーズの暴走を適当に流してアルカナの様子を見る。

 そもそも人と比較できる魔力量ではなかったので、どれだけ上がっても観測不能には変わりない。

 だがその魔力の安定感と統率力は見ていて安心するほどだ。


 人の扱う魔力は水溜り、勇者でようやく川になり、竜なら広大な運河といえるだろうか。

 対するアルカナは測定不能の大海に等しいほど隔絶した差がある。

 普段は優しい海原も、一度暴れだせば手が付けられず、全てを粉砕して押し流す強さを持つ。

 人族ではせいぜい地を濡らすのが精一杯なのだから、その差は分かりやすいだろう。


「アルカナ様ぁ!」


「うぉっ、やめろルイーズ! 我はまだ急激な動きに耐えられなっ!?」


 結局いろいろと台無しにされながら、アルカナが与えた猶予である夕方の五時まで訓練で時間を潰す。


 そして神殿の存在意義が問われる答えを聞くため、議場へと足を運ぶ。

 世話係を務めてくれた巫女も一緒だ。

 片付けるには余りにも短い期間だったが、先を急ぐ勇者と竜神には関係ない。


 巫女は神殿内の権限でいうと特別枠で、枢機卿より一段劣る程度の高官だという。

 たしかに議場に顔を出したのはルイーズだけだし、期限を決めた場にも居たわけで、十分に判断材料は多かったはずだ。

 それらを見逃したヴァルは、もう少し状況に疑問を持たないといけないと心に刻む……残念ながら対応できるとは言えないが。


「ではお二方、よろしいでしょうか」


 神妙な態度でルイーズが先導し、扉の前で二人に向き直り確認する。

 ヴァルは『アレはちょっとダメな時』とルイーズの豹変振りに頭を振る。

 いちいちこの巫女はインパクトが強すぎるのがいけない。


「あぁ、問題ない」


「面倒ごとは手早く済ませよう」


 二人はそう言って促せば、ルイーズは「そうですか、では」という言葉と共にくるりと扉へと向いて押し開いた。

お読みくださりありがとうございます。

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