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片翼の竜  作者: もやしいため
第二幕:始まりの一夜
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カルオットの巫女

 考えていたよりもアルカナがまともで助かった、と胸を撫で下ろすのは偽らざるヴァルの本音だった。

 半年もの長期間に渡って殴り合いを繰り広げていたものの、言葉を交わしたのはまだ半日にも満たない。

 いくら肉体言語を経てからの和解とはいえ、こんな短期間で分かり合えれば戦争など起きようはずもない。


 とはいえ、枢機卿を一度に九人も眠らせたのには変わりない。

 アルカナの戦力から考えれば最小限(気のせい)でも、権力者が相手では大問題だ。

 教皇を始め残った枢機卿が目を瞑ってくれたから良いものの、今後は『アルカナを頭の弱い(・・・・)権力者の前に出すときは気をつけよう』とヴァルは心に刻んだ。

 学習とはことすばらしきものである。


 それはそれとして


(にしたって……精神すら突破した上で九人同時干渉って無茶苦茶だな)


 ヴァルはアルカナの手際に感心していた。

 身体への干渉なら物理的で分かりやすい。

 最も負傷頻度が高く、見た目に痛いために治療方法もある程度確立している。

 争いでまず被害を受けるのが肉体面だ。


 そんな肉体に守られている精神にだけ(・・)干渉するのは非常に難しい。

 たとえるならゆで卵を作る際に、肉体(から)に負担を掛けず精神(なかみ)を茹で上げるような方法だ。

 精神的な拷問もあるので一概に不可能とまでは言えないが、それを短時間かつ九人同時となると難易度は尋常ではない。


(先に身体を眠らせてから精神干渉を起こしたのかね?

 それなら難易度は多少下がるか……ただ結局はあの異常な発動速度はまさに『神業』ってやつだけどな)


 ヴァルは先ほどの謁見の間での出来事を脳裏に浮かべて検証していると、めきょっ、と左の脇腹が悲鳴を上げた。

 足が床を離れて右側の壁まで吹き飛び、びたん、と受身も取れずに潰れる。

 あぁ、そうそう、こういう『肉体的な攻撃』ってのが一番手っ取り早いんだよな、と当人は現実逃避していた。


「起きたか、ヴァル?」


「だからもう少し手加減してくれませんかね!?」


 絶妙な手加減をされているのか、それとも身体が頑丈なのか。外傷はほとんどない。

 ただ痛みはホンモノで、ヴァルは軽く身体強化を施して回復を早めて立ち上がる。

 何もしなければ膝が笑う程度のなかなかのダメージだったのだ。


「何度も呼んでいるのに無視をするからだ」


「う……そりゃすまん。さっきのことを考えてた」


「あの失礼な者たちがそんなに大事か?」


「いや、魔法のことだ……って、枢機卿なんだからきっと必要な人材なんだろ」


 もう少しで口から『どうでも良い』と零れそうだったヴァルはギリギリ踏みとどまる。

 ここにはルイーズも居るわけで、不用意な発言は首を絞めかねない。


「そうなのか? 残った者の判断力はマシみたいだが、他は似たり寄ったりだろう」


 アルカナはふむふむとヴァルの腕に掛ける反対の左手で顎を撫でて不思議そうに応える。

 信仰する神に初対面で無能を見抜かれる枢機卿(じゅうちん)の立場はない。

 今後の人事が非常に楽しみである。

 神殿に着てから苦笑ばかりを浮かべるヴァルは「まぁそういうなって」とフォローに回る。

 既に十分手遅れだが、誤解だろうが本音だろうが、信仰との敵対は泥沼になりやすいのだ。


「ワイズ教皇も『信仰心を管理する』って言ってたろ?」


「あぁ……真ん中(・・・)か? そんな目に見えぬ物差しを飾っても仕方あるまいに」


「神様が信仰を全否定すんなよ……」


「我は我、ヒトはヒト。それを繋ぐのが『信仰』なのだろうが、我を無視した一方通行では破綻するのが目に見えている」


 勝手に焦がれている程度の片思いなら構わないが、見過ごしているからと度が過ぎてストーカー化しては迷惑だ。

 そもそも気を回して規律(ルール)に沿うよう努力しているのに、相手が反故にするのなら知ったことではない。

 アルカナが話すことは立場を無視すれば一々真っ当である。


「お話中のところすみません、ご案内する予定の部屋に到着したのですが……」


「あぁ、そうだった。ヴァルが無視するからそこの……「ルイーズと申します」そう、こやつが困ってたんだぞ」


「む、、、それはすまな……いや、『ありがとう』と言ったほうがスマートか?」


「ふふっ、勇者様も意外と普通なのですね。あ、この言葉は不敬に値するかもしれませんね」


「絶対思ってないだろ。それにさっきの着替えの方がよっぽど不敬だと思うんだがなぁ……」


 ヴァルは疑いの眼差しを向けて応戦するが、「ふふふ」とあっさり口元に手を当てて笑って逃げられ、そのまま部屋へと招かれた。

 二人は中央にあるソファへと座らされ、きょろきょろと周囲を確認していると部屋の奥へと消えたルイーズはお茶と焼菓子が乗せられたトレイを抱えて戻ってきた。

 準備のよさと隙のない所作にヴァルが感心していると、笑みを深めただけで対応されてしまう。

 メンタルの強さを見せ付けられ、用意されたお茶を黙って口にした。


「なんだ、着替えが気に入らなかったのか?」


「そうだけどちげぇよ。何でお前はそうピンポイントで変なところばっかり拾うんだよ!」


「ヴァルが思ったことを口にするからじゃないのか?」


「んっぐ……くそぉ、腹芸の達者なやつがうらやましい……」


 ヴァルはわりと本気でそんなことを思うが、前線に立つ者は士気を上げるのが得意な方が喜ばれる。

 今のように神殿の重鎮と言葉で腹の探り合いをするようなことは、ヴァルから一番遠い分野でもあった。


「それで、よろしいでしょうか?」


「なんだ?」


 部屋の案内と給仕が終わったので、席を立つはずのルイーズが発言を求めてアルカナが促した。

 ちょくちょく話を聞いていないヴァルに向けては、視線に『お前ちゃんと聞いとけよ』と険が混じっていた気もするが、本人は極力無視してうなづいた。


「では。現在教皇、枢機卿十二人全員による、評決議会が行われています。

 これはカルオット神殿で下される決定の中でも最大規模のものになります。

 とはいえ実際は枢機卿の九人が居眠りのため退出。残りの四人によるものですが、評決は十三人で行われた扱いになります」


「我が来ただけで大騒ぎだな」


「いや、お前ここの神様だからね?

 分かってる? 自覚は……無いよなぁ……勝手に祀られてた側だし」


「うむ、あるわけがない」


「自信満々で言うことじゃないけどな」


 方向性もなく二人が話すと脱線していってしまう。

 いつかは戻ってくるとはいえ、ルイーズは「続けます」と咳払いを一つ入れる。


「頂いたお時間は今から明日の夕刻まで。念のための確認ですが、以上の決定でよろしいでしょうか?」


「構わん……が、話を聞いたらすぐに夜になるな」


「どのような決定があろうと、アルカナ様を追い出したりはいたしません」


「つまり?」


「いつでも、いつまででもカルオットにいらっしゃってください」


「……構わないのか? その最大規模の話し合いを無視する可能性もあるだろう?」


 ヴァルはともかく、アルカナの立場が明確化されていないこの段階で口にして良いことではない。

 教皇の好意的な対応を見ているとないとは思うが、たとえば『アルカナを神敵とみなす』ということになれば、近付くどころか排除・攻撃される。


 いくら神殿の戦力は小さいと見積もっても、それは国家単位で見た時の話である。

 人員としては千人規模を集めるのが難しいわけはなく、やろうと思えば『信者を派兵する』こともできてしまう。

 それを侍女が勝手に……いや、この場合はむしろ教皇などに類する立場であると考えたほうが自然だろう。


「確かにその通りです。ただ、そんなことがあれば『わたしも出て行きます』ので」


「え、ルイーズって『何様』なの?」


「……何だかニュアンスが気に掛かりますが」


「あ、すまない。別に見下してるとか、そういう意味じゃないんだ。

 ワイズ教皇が呼んだから『侍女』だと思っていたけど、それ以外の立場があるんだろうか、と思ってだ」


「わたしは間違いなく侍女です。

 ですがもっと正確に表現するなら『竜神様の侍女』……巫女(・・)、という役職です」


 アルカナは最初から適任者を付けられていたことになり、それはつまり教皇は最初から『竜神だと認めていた』ことと同意だ。

 であれば、これから交わされる議論の行方は決まっているはずだ。


「ほう、我の侍女、とな?」


「えぇ、その通りです」


「だが我が『神かどうか』を決めている最中なのだろう?」


「アルカナ様を見ればすぐに分かりそうなものです。

 あんなもの……頭の固い上層部が、周りに『言い訳』するためだけの会議です」


 ルイーズを教皇が呼んだのにも関わらず、誰一人反論していなかった。

 なのに都合九人もの枢機卿がアルカナに黙らされている。

 いったいどういう状況なのか、ヴァルには本当に分からない。


 少なくとも今現在の神殿幹部は必死に信仰心に亀裂を入れないための方法を考えている。

 しかもこの人の世どころか『外出初心者』の神様(アルカナ)に配慮するっていう超難易度を抱えながら。

 神の機嫌を取りつつ、信者の爆発を抑えるっていう黄金比(バランス)を模索している相手に、頭が固いとは少々手厳しいのではないか。

 ヴァルが冷や汗を掻いていると「そこの勇者様もそう思いますよね!」というびっくりするような無茶振りに思考が遮られた。


「お、おぉ? まぁ……アルカナは竜神だしな」


「えぇ、巫女の権限をフルに使ってお世話させていただきます」


 反射的ではあるものの、ヴァルの返答に機嫌よくそして満足気にルイーズが大きく頷く。

 竜神が目の前に存在し、信仰を捧げるに十分に値し、さらには世話までできる立場だ。

 とろけるような表情でアルカナを見る姿はヴァルの知る『狂信者』とは別物だが、たいした違いが有るとも思えなかった。

 要は甘やかせる気満々の顔なのだ。

 下手をすると同行を申し出て来るかもしれない。


「巫女というのがどういうものかは我は分からぬが、我のように『押し付けられるもの』ではないのだな?」


 ルイーズの雰囲気からすると世話を焼きたくて仕方がないのだろうが、アルカナには分からない。

 欲したものか、わけもわからず渡されたものかで意味はまったく異なる。

 今まさにアルカナとヴァルが直面しているのが後者のシガラミなのだから、警戒するのも仕方ないだろう。


「『神に選ばれる』という意味では、確かにわたしに適正は無いかもしれません。

 少なくともアルカナ様にお会いするまで、『神の言葉』など聞いたことありませんから」


 先ほどのテンションからすると幾分神妙に語る。

 アルカナに求められていないと知っているからこそ、真摯に思いを打ち明けていた。


「ですがカルオットにおいて明確な基準がございます」


「基準?」


「勇者様もご存知ありませんか……」


「部外者の俺は『強くなれる』という部分だけでこの地に来たからな」


「強くあること……これが教義の全てです」


 あまりの脳筋具合に唖然とする内容だった。

お読みくださりありがとうございます。

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