竜神の一助
実を言うと教皇のワイズは、既にアルカナを神として扱っていた。
カルオットが祀る竜神とは別種であっても、相手は『神に等しき者』で、神殿の教皇の身であっても膝を折るに値すると心のどこかで確信していたのだ。
当然無理な注文は『教皇として』否定することになるが、一個人としてならばアルカナの言葉は最大限聞くべきだと思っていた。
故に即応し、対応もブレず、神殿関係者を言いくるめる方法を模索し続けていたのだ。
それなのに勇者と竜神は、体よく濁していたはずの本質を掘り起こして制限時間を提示した。
先を急ぐ二人だとは理解しているが、神殿の情勢を落ち着かせるのに『半日』はあまりにも短く、この場の重鎮たちに言い聞かせることすらできないだろう。
元々ヴァルの滞在期間は一年を予定していた。
半年で切り上げられるのはアルカナという切り札を得たからであり、それならば、と教皇は口を軽く開き……すぐに思い直す。
先を急ぐヴァルが口にした「二、三日」という期限も、神殿側を憂慮して出した『最大限の配慮』であったのだ。
これでは教皇が口を挟む余地は無い。
しかし天地を揺るがす大事件が半日で決着できないのもまた事実だ。
いっそこの場合はどれだけ時間があっても足りないため、適正な期間など決められない。
ワイズは何とか落としどころを模索して沈黙するが、その思いを共有できる枢機卿は非常に限られていた。
「馬鹿を言うな!」
「そんな時間で決められる訳が無い!」
「対策の検討も必要なのだぞ!」
「取りまとめる時間が短すぎる!」
そうした声が枢機卿から上がるのは当然だ。
内容自体はヴァルを含めた全員が思っているので構わないが、今それを口にするリスクを承知しているとは思えない。
既に随分とアルカナの怒りポイントを押さえているため、いつ暴発するか分からない。
それを実力行使に及ばず話し合いで済ませてくれているのは、勇者の介在があったとしても十分な忍耐力だろう。
これでは暴動を起こす民衆と何も違わない……枢機卿ともあろう者が浅慮に過ぎる。
声を上げる枢機卿たちには、是非とも『権力の通じぬ強者』の扱い方を知ってもらいたいものだ、とワイズは頭を抱える。
「ふむ……『意見を纏めるには時間が掛かる』ということか」
「信徒の全てを納得させるだけの理由を出さねばならぬ!」
「この数でも難しいのだぞ!」
「……なるほど、よく分かった。我の話が『聞けない』というヒトは立って示せ」
明らかにまずい展開へと突入しているというのに、熱中する枢機卿たちは止まらない。
状況をまとめるために思考を回しすぎてしまった教皇は、慌てて「ま、待ってください!」といった制止の声も届かない。
席を立つ面々を諌める言葉を放つも既に遅く、各所でゴトリと重いモノが落ちる音が耳を打っていた。
「アルカナさん!? ちょっと過激すぎやしませんかね?!」
「我は敵対者には少し厳しいからな」
任せて静観を決め込んでいたヴァルもさすがに慌てるが、行動に移したアルカナは動じない。
立ち上がった者は例外なく地面に伏して微動だにしない。
圧倒的な暴力、脅威の暴風が吹き荒れたとは思えないほどの静寂が議場を包む。
「……まぁやったもんは仕方ない。一応訊くけど死んでないよな?」
「さぁて、まともな思考回路さえあれば死にはしないんじゃないのか?」
ヴァルの発した『死んでいない』という言葉に、神殿側の残った面々は絞られるように早かった心臓が落ち着きを取り戻し始める。
よくよく考えれば、アルカナが神であろうとなかろうと、この場で刃傷沙汰を起こせばたちまち手配書が回ってしまう。
同様に権力者相手に手を出せば弾圧の対象へと変化する。
それは教皇であっても勇者であっても止められず、人族は新たな天敵を作り上げてしまうに他ならない。
そうなれば二人の行動は著しく制限されてしまうので、余程のことが無い限り強攻策は取らないはずだ。
ただそれだけの確信に欠ける思いを支えに、教皇は口を開く。
神と同等ならば、そもそも人ごときが反抗して良い相手でも無いのだから。
「驚かせないでください。こちらには荒事へ耐性のある者は少ないのですよ?」
「少しは居るのか? 宗教家を舐めてたな……」
「逆だろうヴァル。思慮深い者は座っているだろう?」
「あぁ、なるほど。脳筋が寝てるって訳か」
「脳筋とは何だ?」
「あー……肉体労働の専門家的なヤツ? 普段頭使わない感じの意味だな」
「あの丸さで身体を使うのか?」
「……きっと椅子に座るような大事なお仕事があるんだと思うぜ」
「今は地面で寝てるが大丈夫か」
「場所の問題でもそういう意味でもねぇよ。というかアルカナがやったんじゃないか……って、本音で話しすぎましたすみません」
「ヴァル、ヴァル。それではただの追い討ちだ」
「…………うん、俺もこの状況は予想外だからな」
安全が担保されてさえいれば気にすることですらないらしい。
死を押し付けあう戦場に立つためらいのない二人にとって、この程度の事は日常なのだろう。
気楽に語っているが、残りはワイズ教皇、シエブラ枢機卿、ベルナール枢機卿、キール枢機卿のたったの四人だけ。
ベルナールは神殿の内政官で主に財務を、キースは外交をそれぞれ担当していた。
残るシエブラは神殿の力を悪用する者を取り締まる『神罰戦団』と、その行き過ぎを監視する『破戒戦団』の出身者である。
要は腕力によってのし上がった武官型の枢機卿で、言うなればこの場の誰よりも『脳筋タイプ』と言える。
神殿内の派閥は大きく教皇派、ベルナール派、シエブラ派に分かれているが、誰もが周囲に担がれただけでしかない。
意見が異なることも多いが、当人同士の仲は良好でバランスの良い関係を築いていた。
いや、むしろ勝手に『派閥に属している』と居直る者たちの後始末に奔走する仲間とさえ考えるほどだ。
権力が絡むと本当にろくなことにならない、と派閥の各トップは常々嘆いていた。
ちなみにキースは表面上教皇派に属しているものの、特に気にせず他の者とも交流を持っていた。
「とりあえず寝てるのは分かったが、どれくらいで復帰するんだ?」
「二、三日程度か。頭が良くて素直ならもっと早く復帰するはずだ」
「何したんだ?」
「夢幻魔法を掛けた。夢の中で『答え』を見付けないと起きない。逆に言えば見付ければすぐにでも起き上がる」
「……『答え』って何?」
「要はヒントのある迷路だな。分岐に問題を用意してあり、最適解に辿りつけばめでたく起床となる」
「最悪は……?」
「衰弱死。眠り続けるというのは身体に悪いからな」
さも当然かのように口にする。
組織や権力者ではなく、単なる個人としてしか見ないアルカナらしさが前に出ていた。
「だがその甲斐はあったろう?
先ほど『数が多くて纏まらない』とは、つまり『少なければ捗る』という、我への進言だろう?」
はっきり言えば混ぜっ返す者だけが消えたため、話をまとめるにはありがたい。
しかも神に近しい相手からの手出しなので、誰もが文句を言えず非常に好都合だ。
何かあれば『神の怒りを買った』と言って最悪破門しても構わないとさえ教皇は考えていた程なのだから。
「ワイズ様、この四名で決を取るならばすぐに始めましょう」
最初に口を開いたのはベルナール。
決めきる前に何かの手違いで起き上がり、参加されては迷惑極まりないとの判断だ。
「こちらも同意です。既に時間が限られた以上、無駄に使えませぬ」
続くのはシエブラ。
戦団という集団で動いていた彼は時間に厳しい。
たった一人が遅れたことで機を逃す可能性もあるのだから仕方ない。
「同じくです。
すぐに『お休みの方々』を運び出して軟禁しましょう。神かどうかはともかく、我々は『選別された側』ですので」
そんな危険な意見を出すのはキール。
選別などと言って『神と認める』のが見え隠れというか、隠す気すらないらしい。
「アルカナ様」
「何だ?」
「今から半日の猶予を頂きます。すぐに答えを出せず申し訳ありません」
「無理を言ってすまぬな。ただ今から半日となれば早朝すぎるので、明日で構わんぞ」
「一日、くださると?」
「あぁ。火竜の来訪を含め、今日は色々と珍しいことがあったからな」
そんなことを言いながらアルカナはヴァルを眺める。
本人は「ん?」と不思議そうにしているが、アルカナに変化を及ぼしたのは間違いなくヴァルだろう。
「少し余韻に浸りたく思う。無茶を言うがよろしく頼む」
「承知いたしました。すぐに部屋を用意させます。本日はゆるりとお過ごしください」
結局ヴァルの求めた二、三日よりも期間は短くなっていた。
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