竜神の猶予
二人の侍女は、ヴァルの知らない間にアルカナ付きに任命されたらしく、議場へ戻る二人の後ろをついて来た。
左手にアルカナ、背後に侍女二人の陣形を部外者が見れば、勇者が女性を何人も侍らせているように見えてしまう。
個人単位で行動することの多いヴァルからすると、何だか気恥ずかしく感じるが、談笑を交わす侍女たちが状況を変えてくれない。
そんな微妙な苦痛を感じつつ議場に戻ると、相変わらず雰囲気はざわついていた。
(罵り合っていないだけマシ、と考えるべきかね、これは)
そんなことを思っていると、ヴァルの背後で侍女の片方が場を後にした。
重鎮ばかりで構成される議場に入るには、やはり一定の身分が必要なのかもしれない。
「お待たせしました」
「遅いぞッ! 話が進まぬでは無いか!!」
ヴァルの声が議場に広がるのを聞いて、開口一番返答してきたのは天引き枢機卿のガンドールだった。
口を開く度に他者の不快感を刺激するのが上手すぎて、いったいどうやって今の地位に上ったのか不思議で仕方ない。
特にご機嫌だったはずのアルカナが目に薄い殺意が宿っている。
鈍感って最強かもしれないと呆れるヴァルも、いい加減ガンドールにはご退場願いたい思いで一杯だ。
「やめなさいガンドール。彼等は教皇が出した指示に従ったのですよ」
「ですが……」
「従者の選任、服装の手配もこちら。これで彼等が『遅らせる方法』があるのならば意見を聞きましょう」
「ルイーズッ!」
ヴァルの背後に付き添っていた侍女が、ガンドールの叫びに静かに「はい」と返事をする。
短いながらも直接話した相手の名前をいまさら知ったことにヴァルは軽い衝撃を受ける。
同時に『こんな馬鹿でも枢機卿になれる?』と神殿の人材不足具合に不安がこみ上げてくる。
顔に出さないつもりが教皇に拾い上げられたらしく、牽制のようにヴァルに微笑み「彼女も教皇が任命しましたからね」と封殺する。
「ただガンドールの指摘ももっともです。わたしから皆に謝罪いたしましょう」
「い、いえ……そんなつもりは……」
ただの言いがかりが教皇に謝らせるという予想外の方向に転がり、ガンドールは二の句も言えない。
不正が発覚したガンドールの評価は地を抉るほどに下降し、器の違いを見せ付けた教皇は「そうですか? では話を進めましょう」とさっさと話題転換してしまう。
固執しても神殿自体の品格を下げるし、ガンドールの私怨を受けかねないからだろうが、それにしても所作に嫌味がない。
「ヘンライン殿が仰ったように、現状では確認の術はありません。
火竜の目撃を募る形で情報を集め、平行して山頂へ少数を派兵して事実確認いたしましょう」
予想通りの答えではあるものの、短い間でよくぞ取りまとめたものである。
ただ現地を確認しても『たまたま居ない場合』や『目に見えないだけ』など、混沌竜を相手にすると可能性は無限大。
不在の証明をするのはもとより難しく、特に人族は『竜神は何でもできる』と考えているのも大きかった。
「それだけでは不十分です」
「えぇ、確信が持てるまでは神殿として認める訳には…」
「それに確認されても告知することは難しいのでは?」
「真実だとすれば『神に見放された神殿』となりませぬか」
口々に上がる意見。
やはり教皇が妥当な意見を述べただけで、たった一時間で『議論を尽くす』には内容が重すぎる。
時間が足りないのは承知するが、ヴァルたちもそれほど待っていられないのも事実だった。
「ヴァル、我も口を開いても構わぬか?」
大人しく見守っていたアルカナが口出しの許可を貰いに来たことに、ヴァルは思わず「お?」と感心する。
アルカナは人社会に疎いために間の抜けた発言も多いが、決して馬鹿ではない。
むしろ精緻な魔法の本質を見抜き、真似るどころか扱いこなす竜神は、人と比べるまでもなく聡明だ。
でなくては人の技術など盗めない。
「煽らなけりゃ良いよ」
「煽る、とは?」
「……そうだな、今日の火竜みたいな感じじゃなけりゃ良いぞ」
「なるほど、アレは確かに頭にくる。
ヴァルがあと数秒遅ければ我が前に出ていただろうからな」
すぐに不機嫌になるのは知ってたが、手を出されなくても敵を滅ぼすほど怒るらしい。
神と祀り上げているのは人側の勝手で、本質はただの竜種である、と当然のことにヴァルは思い至る。
改めて『アルカナとの喧嘩はヤバイ』と心に刻んでいると、アルカナはよく通る声で告げた。
「真偽などどうでも良いのだろう?
主等の本音は『どちらの方が利益になるか』では無いのか」
アルカナの言葉にざわついた議場が凍りつく。
未だ神と認定するのに拒否反応があるが、まさか直々に『どうせ信仰とかどうでも良いだろ?』と信者が問われるとは思っていなかったはずだ。
神殿存亡の危機という、ある意味歴史的瞬間に立ち会ってしまったヴァルは天を見上げる。
「否定はしませぬ」
その言葉を発したのは教皇であり、周囲は目を剥いている。
神殿のトップが信仰心を無視する発言をすれば当然そうなる。
逆に部外者のヴァルは、この場でそんな返事ができることに感心も追加する。
たとえ事実だとしても神相手に認められるような内容ではないはずだ。
「しかしその『利益』はわたし共に留まりませぬ。竜神様を信仰している『信者全ての利益確保』がわたし共の使命ですので」
「ふむ、ヒトは集団でこそ力を発揮する『群る種族』だからな。その言葉は理解しやすい。
だがそれはそれ。議論を先延ばしにするほどに、『神の疑惑』が掛かった『神かもしれない相手』の機嫌が悪くなるのだが気付いておるのか?」
自称神・他称神は過去に幾人も居ただろう。
しかし世界的に認められる、それも半年も山に通った『勇者』が連れてくるのは想定外だった。
加えて紹介されたアルカナに漂う『ただ者では無い気配』を見れば、どれだけ疑心を持っても信憑性だけは無駄に高い。
極め付けがアルカナが指摘したように、あまりに事態がオオゴト過ぎて『すぐに決められない』のは確定している反面で、判断に時間は掛けられないという事情だ。
何故なら真実であれば『神を待たせる』ことになり、虚偽なら『見分けられぬほど神に近い』と神殿が認めるようなものだからだ。
どっちに転んだところで神殿側は痛い目しか見ない。
傷を浅くするためには即断即決で対応するしかないが、素直に受け入れるには準備と事実が足りず堂々巡りを繰り返す。
たった二つの選択肢しか求めていないのに、その二つだけで割れてしまいかねない危険な状況だ。
勇者のちょっとした親切心で顔を出すだけで神殿が傾きかけている事態に、無自覚な張本人たちが呆れているのはとても酷な扱いだった。
ともあれ、頭の良い彼らがどういった結論を見出すのか、ヴァルは部外者の位置から興味を示すに留まるのだが。
「そ、そんな脅しには屈せぬ!」
「対処法も無いのに決められるわけがない!」
「議論を尽くさねば納得などできぬ!」
口々に上がる否定の言葉に、アルカナは静かに続ける。
それも微笑むような表情を乗せて。
「つい先ほどその教皇が認めたではないか。
ぬし等は『利益のために動き、見定めるために時間を欲している』と。
だから我が忠告してやろう。今すぐに本質を探す努力をせねば、その慎重さの為に『機を見逃す』とな」
「馬鹿に……」
ヴァルが『煽るような言葉』を制したが故に嫌味のように聞こえてしまう。
正論で図星を突かれるのが人に最もダメージを与える手段なのだ。
「『本質を見よ』、と我は言ったぞ?
この問題は既に『我の真偽など無関係』だと主等が証明した。
であれば我等がこの場に縛り付けられる理由もまた無くなったはずだ」
議論に夢中な者は見失っている。
結局のところ、アルカナどころか竜神などどうでもよく、神殿は『どうやって利益を得るか』が問題なのだ。
もちろん勇者と自称竜神の取り扱いも協議の内に入ってくるが、それを含めても方針が固まってからでしか二人も対応できない。
空転していた議論に一筋の骨子を打ち立てたアルカナは言うだけ言って背を向ける。
強めに引かれる手にヴァルは『このフォロー誰がするんだろなぁ』と溜息を零すも教皇以外にできるわけもなく、そして彼はやはり優秀だった。
「いえ、それは違います。今後どのような決断を下しても、アルカナ様には一定の協力をお願いしたいので」
「ほう、面白い冗談だ。『勝手に竜神を祀る神殿に疑われてなお協力しろ』だと?」
戦闘を生業としていない者ですら空気が変わるのを肌で感じるほどのプレッシャー。
猛獣を捕らえた檻の中に放り込まれたような、恐怖に竦む心と逃走のための準備を始めるように早鐘を打つ身体……。
行動指針にズレを生じさせるほど異常事態を感じ取る。
「アルカナ抑えろ」
「異常なのはあちら側、我は平静だ。
言っていることの整合性も取れず、どれだけ『押し付けているか』を理解していない」
「それでもだ。人族を敵に回しても面白く無いぞ。
別に我慢し続けろとは言わないが、反抗した者を狩って歩いてもただ殺伐とするだけだ」
神殿の首脳陣を前にそんなことを言い合う。
ヴァルからすると信仰心というのは大きな力だ。
こんな小競り合いで神殿が壊滅して戦力が失われるなど、敵側の魔族しか喜ばない。
ただ、人族の勇者としてヴァルは制止するものの、これ以上の難癖をつけてくるなら、神殿を無視して出奔するつもりだ。
当然の話だが、この場で最も優先度が高いのはアルカナに違いなく、助命を願って機嫌を損ねるくらいなら喜んで全員の首を刎ねてまわる。
その程度の覚悟なくして『人族の勇者』などと呼ばれない。いっそ神殿ごと切り捨てる覚悟さえ持っているほどだ。
もちろんわざわざ下界に出てきたアルカナも、屍の山を築きに来たわけではない。
威圧を抑えて「それは貴重な意見だ」と同意したアルカナは、この茶番を終わらせる方法を考え始め――
「ならばいっそのこと我を『偽』だと断定してくれぬか」
元々二人は挨拶に寄っただけで神扱いされたいわけではないが、神殿側は認定されるために来たと考えていた。
正反対とも言える認識のズレと、改めて神かもしれない相手に見捨てられる瀬戸際に立たされた神殿関係者の口がぽかんと開く。
二の句が継げない状況にありながらも教皇は言葉を振り絞る。
「それを含めて少し時間が欲しいのです」
「……ヴァル、どれくらいなら許せる?」
「二、三日までなら」
「よし、後半日だ」
「アレ!? 俺の意見とか必要だった!?」
竜神様のマイペースは変わらない。
お読みくださりありがとうございます。
議論ばかりですが、大組織を相手にすればこんな感じで堂々巡りしてしまいます。
確認や根回しが必要なので仕方ない部分ではあるのですが、あくまで内部の話でしかない内容を部外者に押し付けるのもまた、大組織の悪癖でしょうね(。。
まぁ、アルカナは無視するんですが。




