第十話
結論としては、僕らはそろって昨日のことには口をつぐむことにした。
そのほうがお互いのためだ。
僕は朝食を取るために食堂へ向かう。
京子さんは一度部屋に戻るそうだ。
僕が食堂につくとほどなくして、京子さんもやってきた。
残る2人を待つ間、僕らは今日の予定について話をする。
「今日はどうするの?」
「うーん、理恵ちゃんたち次第かな。俊也君は?」
「僕はもう少しここでゆっくりして、そのまま帰るよ」
「あれ、山口君はいいの?」
「ああ、たぶんあいつの予定でも僕と別れることになってるはずだよ」
そんな会話をしていると、残る2人がやってきた。
「おはよう、中村・京子ちゃん」
「おはよう、山口君・理恵ちゃん」
「ごめんね、もしかして待たせちゃった?」
「いや、そうでもないよ」
そうしてみんな席に着く。
「昨日はお楽しみだった?」
山口が女性陣に聞こえないように囁いた。
どうやら昨日の僕らがあの後どうなったのか気になるらしい。
「結局酔いつぶれて寝ちゃったからよくわからない」
あらかじめ用意しておいた答えだ。
「あら、そうなのか」
山口は不思議そうな顔をした。
僕が酒に酔っても記憶をなくすことはそうそうないからだろう。
これ以上詮索されるのは好ましくない。
「はぁ、お楽しみだったのはそっちだろう」
よって、僕は話題を山口たちの方へと向けた。
途端に山口が言葉に詰まる。
どうやらほんとによろしくやっていたようだ。
2人の話が途切れたタイミングで、仲居さんが料理を運んできた。
山口に至っては、まさに救われたという表情をしている。
「ごちそうさま」
4人での朝食はすぐに終わった。
やはりこの旅館の料理はおいしい。
「それで、理恵ちゃんたちはこの後どうするの?」
京子さんが話を向ける。
「京子ちゃんたちには悪いけど……」
山口とふたりっきりで行動したい、と。
うん、予想通りだ。京子さんもそう思ったのか、僕の方に視線を向ける。
「そう、僕はここでゆっくりしたら帰るよ。そもそも温泉に入りに来たからね」
僕の答えに、山口はさもありなんという表情だ。
「京子ちゃんは?」
小川さんが、京子さんの答えを促す。やはり友人を1人にするのは気が咎めるのだろう。
「私も俊也君と一緒に帰ろうかな」
「そう、それなら安心ね」
小川さんはそれで納得したようだ。
その間山口がこっちに「どういうことだ?」と聞きたげな視線を向ける。
たぶん下の名前で呼ばれたからだろうけど、全力で無視する。
「それじゃあ中村君。京子ちゃんのことよろしくね」
「うん、任されたよ」
まあ、女の子を1人にはできないからね。
ほんとは1人の方が気楽なんだけど、この際仕方がない。
あんなことがあってすぐなのだからどうしたらいいのかわからないけど……。
こうして僕らは旅館に残り、山口たちは先に旅館をあとにした。
僕たちはそれぞれお風呂に入った後、僕の部屋に集まった。
お互い荷づくりは済ませてあるため、あとはのんびり過ごすつもりだ。
京子さんは、窓から外を眺めている。
雲一つない青空の下で、蝉たちがしきりに声を上げていた。
ふと目線を彼女に向けると、上気した肌が、ほんのり赤く染まっている。
昨日はそれどころじゃなかったため気付かなかったが、どうしてどうして、風呂上がりの彼女はとても色っぽい。
「ねぇ、俊也君」
「うん?」
「俊也君って、好きな人いるの?」
藪から棒に何を言いだすんだこの子は。
「いきなりどうしたのさ」
「いいじゃない、減るもんじゃないし。誰にも言わないからさ」
このパターンは、言ったら最後知り合いという知り合いに言いふらされることになりそうだけど。
「いやいやいや、どうしてそうなる!?」
「うんとね、ただ単に気になったから」
あ、さいですか。
好奇心は猫をも殺すということを教えてあげよう。
「あのね、そういうこと言うと、自分も吐かなきゃならないんだよ?」
「あ……」
「まあ、僕はいないから被害はないんだけどね」
「っ!! そう」
彼女はなんだかえらくほっとしたようだ。
どうやら自分が掘った墓穴に嵌らなくて済みそうだからだろう。
(というかあれか、僕に付きまとわれて迷惑してる女の子がいないか確認か)
もしそうだとしたら全く以って心外なのだが。
「いっ、いや、そんなつもりじゃないんだけど」
おっと、どうやら口に出ていたようだ。
危ない危ない。
「それで、京子さんは教えてくれるのかな?」
「へっ!!!!」
「いやあ、一応僕は教えたわけだからね」
対価を要求するのは当然の権利でしょ。
「ううっ、ごめんなさい」
「まあいいよ」
人を困らせて悦に入る趣味はない。
朝の一件? なんのことかな。
結局なんだったのかわからないけど、女の子はコイバナが大好きだというし、ほんとに出来心だったのだろう。
僕らはそうやってチェックアウトギリギリまで駄弁った後、電車に揺られて自宅まで戻ったのだった。




