第34節:雷神
黒の一号が飛行場についた時点で、ジンは善戦していた。
雷撃をうまく操り、持ち前の体術で二人の猛攻を捌く。
それでも、性能と損傷の差は歴然だった。
「だぁ、クソ!」
遠く、ジンの悪態が耳に届く。
ミスター・サイクロンの一撃を喰らい、元々損傷していた装殻が解除されたのが黒の一号の目に映った。
バイクに追加展開されたスラスターでフェンスをバイクごと飛び越えた黒の一号は、大きくアクセルを吹かして自分の存在を誇示する。
シープがこちらに向けてアサルトライフルを連射するのを加速して避けながら、大きく回り込むように飛行場の中を走る黒の一号。
それに一瞬だけ目を向け、ミスター・サイクロンは大鎌を振り上げた。
「残念だが、間に合わなかったな」
ジンに、対抗手段はないように見えた。
だが。
ミスター・サイクロンの刃が振り下ろされるのと同時に、ジンは笑みを浮かべる。
「―――限界機動」
そして、ジンの姿が掻き消えた。
アサルトライフルの届かない距離で動きを止めた黒の一号の横に、靴底の擦れる音と共にジンが現れた。
「間に合って良かったよ」
「無茶をするな」
いつも通りの快活さで笑うジンに、黒の一号は苦言を呈しながらバイクのサイドバッグを開け、中から取り出したものを放った。
「ベアーの頼みを聞いて、無駄に時間を使わせた」
「お陰で、Eg工場と奴らの居所を正確に把握出来たろ。逃げる手段まで完備した。元はあんたが、逃げないとか我侭言ったからだろ」
放ったものを受け取りながら弾丸のように言い返して来るジンに、ハジメは頭部外殻の下で眉をしかめる。
「……やるべき事だ」
「分かってるよ。俺にも関係のない事じゃねぇから、ちゃんと乗っただろ」
ミスター・サイクロンは動きを止めてこちらを見ており、シープが跳んで彼の横に移動する。
飛行場の中心線を挟んで丁度向かい合うように、黒の一号らとアンティノラ達は対峙していた。
「はっは、見ろよハジメさん。あいつら、自分がやったのと同じ事されて間抜けヅラしてやがるぜ?」
挑発するように言うジンに溜息を吐きながら、ハジメはバイクを降りた。
「限界機動、だと……?」
ミスター・サイクロンが言い、最大限の警戒を滲ませる。
「まさか、貴様は」
「言ったろ? 考える事は皆一緒さ」
ジンは受け取ったもの……ゴツいベルト型の装具を手に、一歩前に出た。
ニヤ、と笑って、ジンは装殻具を腰に叩き付ける。
がしゃん、と音を立てて固定される装殻具。
「俺は【黒の装殻】の中でも特殊でね。コアのみを内蔵してる人体改造型だ。肉体的には人間だから、コアを休眠させれば他の装殻も装備出来るし、ただの人間にも擬態出来る……Dgがなくても、な」
ベルトに埋め込まれた、中心と両腰にある3つの出力増幅核が、蛍光灯の光を浴びて黄色にきらめく。
「生体移植型補助頭脳に、大出力の心臓核。この二つの技術を秘匿した事が、ハジメさんを含む俺達が指名手配された真の理由だ」
黒の一号がそれらの技術を独占しようとしている、と、人体改造型装殻者を恐れる米国の首脳部は判断したのだ。
実際は、ジンに施された改造技術を広める事を良しとしなかっただけなのだが、力を求める者達にはあまりにも魅力的な技術だったのだろう。
この技術を悪用すれば、他国内に強力な装殻者をバレることなく送り込める。
コアの内蔵されていない装殻具に、危険を覚える人間はいないのだから。
「危険過ぎるんだよ、この技術は。だが、この研究に対して公の支援を受けられなくなった事で、それを理解出来ない一部の研究者は『黒殻』から離反して暴走した」
アンティノラ達は、向かって来ない。
下手に踏み込めない事を、理解しているのだ。
「研究者なんて、どんなに巧く善人面してたって、一皮剥きゃ倫理観のない狂人だよな。自分の研究を進める為なら平気で牙を剥きやがる。技術を持ち出して……何人もの人らとアイリが一人、犠牲になった。ハジメさんに助けられて、今は幸せに暮らしてるみたいで良かったけどな」
ジンは淡々と、しかし侮蔑した様に続ける。
「お前らの持つEgの基礎技術も、元は生体移植型補助頭脳を人体に適合させる薬物だ。研究資金の為に売り払ったんだろうが、そっからアシがついて、実験施設はハジメさんが潰した。……生体移植型補助頭脳は、表に出したらいけねぇ技術だ」
ジンの声音が、怒りに染まる。
「だから、あんたらに落とし前付けさせるのに、俺も一枚噛みたかった。俺が預かった力を、勝手に改造して利用する奴は許さねぇ!」
彼は、両手を大きく開いて叫ぶ。
「ハジメさんの作り上げた次世代人体改造型装殻者の力……目に焼き付けて、くたばれ!」
ジンは広げた両手を握って拳を作り、右腕を縦に、左腕を右腕に当てるように横に構える。
空へ向けて真っ直ぐに立つ、逆十字。
「装殻展開!」
『命令受諾』
ジンの生体色型補助頭脳が応え。
闇に溶ける外殻を纏う、悪意への反逆者が顕現する。
胸郭と両肩が分厚く盛り上がった、艶のある黒色の外殻に、全身を走る黄色に輝く出力供給線。
そして頭部にそびえる、先端が二股に別れた一本角。
雷の色を持った双眼を苛烈に輝かせて、ジンは両腕に雷鳴を走らせる。
「この力は、人を守る為の力だ。見返りを求めず、ただ人を守る為に―――その目的の為に生きてきたハジメさんが作り上げた力だ」
「……ジン」
友人を黒の一号に殺され、最初は牙を剥きながら、やがて彼の考えを理解し、受け入れてくれた男の言葉に思わず呼び掛けるが、ジンは答えない。
「人である事まで捨てて、疎まれ、それでもハジメさんの歩む苦難の道は、一歩踏み外したら容易に悪に転じる細い道だ」
誇り高く、堂々と、ジンは立っている。
「その道を歩く者は、盲信する『正義』の為に、すぐに意識せずに他者を踏みつけるようになる、そういう道だ」
ジンは、拳を顔の前に構えて、まっすぐ天に向けた。
「でもハジメさんは踏みつける罪を理解し、未だに、道を踏み外す事なくそこに在り続けている。ハジメさんが死ぬ時は、道を踏み外して俺に殺される時だ。だがそれは、今じゃねぇ。今くたばるべきは、お前等の方だ」
復讐を堂々と口にし、友人を殺された怒りが未だ絶えていない事を黒の一号にも告げながら、ジンはなおも言い募る。
「―――俺が従うのは、黒の一号!」
天を指差し。
「天を従え!」
地に親指を向け。
「地を降し!」
横に腕を払う。
「人を欺く!」
握った拳を、今度は、高く頭上に掲げて。
「蔓延る邪悪に制裁を!」
ジンは、高らかに名乗る。
「俺は〝憤怒の雷神〟―――名を黒の伍号・大甲!」
一条の雷鳴が、轟音と共にジンに突き刺さった。




