第35節:激闘
黒の一号は、ジンと肩を並べるように足を踏み出した。
頭上に広がる夜空は薄く翳り、星もない。
闇に沈む存在同士の闘争を浮かび上がらせるのは、飛行場を照らす人工の無機質な光だけだった。
月は、赤みを帯びて大きく空に掛かっている。
これからの、血塗られた闘争を暗示するようなその空の下で、黒の一号は逆十字を切る。
「―――強纏身」
『実行』
それは、罪に塗れた己を鎧う修羅の外装を顕わす言葉。
黒の一号の声に、補助頭脳が答え。
強襲形態の上に、さらに両手足を肥大させる大型のスラスターが四基、形成される。
背部に鋭い両翼とバックパックが現れて、最後に頭部を、角を持つ強化頭部外殻が覆う。
『装殻状態/巨殻形態』
既に、黒の一号が己の力を隠す必要も、後の事を気にする必要もなかった。
全ての兵装を展開した過重質量を支えるために、黒の一号のコアがその本来の性能を発揮し始める。
黒の一号が内蔵するのは、重力場形成心核と呼ばれるもの。
全ての装殻コアの基礎となったコアであり、その瞬間エネルギー出力は全ての装殻を超える。
周囲の霊子すらも取り込んでエネルギーに変えるグラビティ・コアの制限を解放するのは、暴走する危険と常に隣り合わせだった。
「―――行くぞ、アンティノラⅦ」
黒の一号が、悪夢にも等しい殺気圧を発しながら短く呟くと。
「地獄に叩き落としてやるぜ!」
雷電を全身に纏った状態で、ジンも苛烈な闘志を放ち始めた。
「ふん、簡単に出来ると思うなよ」
ミスター・サイクロン……アンティノラⅦ改は、シープに目配せして鋭い悪意を放ちながら、大鎌を地に伏すような姿勢で構える。
シープは一歩後ろに下がり、アサルトライフルをもう一丁形成した。
「先の戦闘と違い、こちらも力を増している。黒の一号……貴様の命を、ここで刈り取ってやろう。再改造の祝いにな」
「悪いが、もう手加減してやる気はない」
「今まで手加減をしていた、と? そうやって出すべき時に力を出せないから、むざむざと大事なアヌビスを殺すハメになるのでしょう。彼女も可哀想な事です」
明らかに挑発するようなシープの言葉に、ジンが乗った。
「責任を人に押し付けるなよ。お前等がいなきゃ北野シュリが死ぬ事はなかったんだ。……これ以上害を撒き散らさないように、ここできっちり始末してやらぁ!」
ジンが、アスファルトを炸裂させる程の勢いで地面を蹴るのと同時に。
黒の一号も、構えたまま静の威圧を放つアンティノラⅦ改へと、引き抜いた双銃の内、殻弾機関銃を連射した。
「俺を相手に、銃弾に牽制以上の意味があると思うのか?」
アンティノラⅦ改は、大鎌を最小の軌道で振り回して銃弾を弾きながら、黒の一号に肉迫した。
元々、装殻相手に銃弾は効果が薄い。
コア・エネルギーが、人体から離れる程に拡散する性質を持つ為だ。
しかし逆に言えば、たとえ銃弾であっても至近距離で喰らえばエネルギーは装殻を引き裂く程の威力を発揮するという事でもある。
黒の一号は、殻弾散弾銃を連射する機関銃と重ねるように構え、放った。
だがそれは読まれていたようで、アンティノラⅦ改は高く跳躍する。
「出力解放……」
『実行』
空の赤い月を縁取るように、アンティノラⅦ改の構える銀の刃が輝きを纏った。
「―――出力解放」
『実行』
黒の一号は、アンティノラⅦ改が跳躍すると同時に双銃を空中に放り出すと、深く膝を曲げて腰の斬殻大刀に手を伸ばす。
「《偃月の刃》―――」
「―――《黒の反撃》」
黒の一号は、首を狩るように振り下ろされるアンティノラⅦ改の刃に対して、居合の構えから大刀を抜き打ちして迎え撃った。
湾曲している刃同士が交錯して、お互いに振り抜いてすれ違う。
キィン、と澄んだ音を立てて、お互いの刃は中ほどから断たれて弧を描いた。
武器の技量は、全くの互角。
黒の一号は、自身の背後に着地したアンティノラⅦ改に、更なる追撃を仕掛けた。
宙に放った双銃が落ちて来るのを手にして、その二つを縦に連結してバックパックからせり出した砲身に接続。
一瞬にして狙撃砲となった双銃……対装殻狙撃銃をアンティノラⅦ改に向けて構える。
振り向いた先に居るアンティノラⅦ改は、損傷した銀の大鎌に流動形状記憶媒体を追加して元の姿に戻し、両手で振りかぶるように肩口に構えていた。
「「出力解放」」
お互いの声が重なり、それぞれの獲物にエネルギーが注ぎ込まれる。
「《円月の刃》……!」
「―――《黒の狙撃》」
ブーメランのように投げ放たれた銀の大鎌がエネルギーに包まれて輝く軌跡を描き、黒の一号の狙撃銃が凶悪なエネルギーを込めた一条の銃弾を放つ。
銀の大鎌は反動を利用して体を反らした黒の一号の狙撃銃と胸元の増加外殻を引き裂き、狙撃銃の弾丸はアンティノラⅦ改の左腕を吹き飛ばした。
お互いに後ろに下がり、連続した出力解放の影響で内に籠った熱量が許容限界を超えた黒の一号に、自動冷却が発動。
精製された気化冷却剤の白煙が、黒の一号の全身から吹き出す。
『警告』
「出力解放―――!」
補助頭脳の言葉を無視した黒の一号は、膝をたわめて前傾姿勢になるとさらに出力解放を宣言する。
右の拳に宿る灼熱のエネルギーを凝縮し、自身の撒き散らした白煙を割って、スラスターを後方へ向けて噴射しながら一直線にアンティノラⅦ改へ猛進する。
白煙の向こうで、アンティノラⅦ改も同じように残った片腕を腰だめに構え、こちらへ向けて迫っていた。
「《破壊の拳》ッ!」
「―――《黒の打撃》!」
お互いの拳同時が衝突し。
二人の間で、凄まじい爆発が起こった。
拳を撃ち合わせたまま、全身ボロボロの状態で、しかし黒の一号とアンティノラⅦ改はお互いに耐え切る。
「黒の一号……!」
拳を引かず、さらに押し込んで来るアンティノラⅦ改に対し、黒の一号も引かずに応じる。
「あの時、ラボで貴様を殺しておくべきだった……まさか、ここまで俺の前に目障りに立ち塞がるとはな……!」
「……貴様らは、やり過ぎた」
苛立ちと憎悪を滲ませるアンティノラⅦ改の言葉に、黒の一号も押し殺した怒りの声で応じる。
「小賢しく罠など張らず、コウくん達がいないあの場でなら、勝機もあっただろう」
これほどの頭脳と実力を持ちながら、と黒の一号は思った。
「貴様らがここまで追い詰められたのは、人の心を踏みにじる事に腐心するあまり、踏みつけられた時の人の心の強さを舐めたから、だ」
「踏みつけられた心だと……? 俺達を最初に踏みにじったのは、貴様の方だろうが、黒の一号!」
不意にアンティノラⅦ改の拳から力が抜け、視界から消えた、と思った瞬間に黒の一号は胸にアンティノラⅦ改の後ろ回し蹴りを喰らっていた。
切り裂かれていた胸部の追加外殻がついに砕け散り、基本形態の胸郭が露出する。
「貴様が弐号と共に人体改造技術を作り出したせいで、アンティノラシリーズは生まれた。人としての肉体を自らの意志と関係なく奪われた俺に、貴様は何を償った!?」
「……ッ!」
黒の一号はアンティノラⅦ改の蹴り足を掴み、力尽くで持ち上げるとそのまま地面に叩き付けるように投げ落とした。
「俺とシープは既に人ではない。人ではなくなり、遂に人体改造型は存在するだけで悪だとされた。それは貴様が、そして《黒の装殻》が、好きに振る舞った結果だ」
投げ落とされ、地面に手をついたアンティノラⅦ改は、逆の足で黒の一号の顎を蹴り上げて拘束を抜けると、後転して四つん這いに近い程低い姿勢で構える。
「俺が好きに振る舞って、何を悪い事がある? 俺から最初に全てを奪い、それからも生きるべき場所を奪い続けたのは貴様だ、黒の一号!」
アンティノラⅦ改の言葉は、黒の一号の業そのもの。
人を守る為に力を得て、その力で意識しない者達から全てを奪い続ける。
それが、黒の一号が正義ではない事の証左だ。
「謝罪しよう、アンティノラⅦ改」
黒の一号は、自身に向けて吐かれるアンティノラⅦ改の憎悪の言葉を、受け入れた。
彼に救われたと思う者達……アイリやコウは、黒の一号に感謝を述べた。
だが、救われたと思っている彼らは、その実、彼が作り出した技術の実験体にされ、姉を殺されたのだ。
救われた者など、どこにもいない。
アイリは、黒の一号が伍号を生み出さなければ、実験体にはならなかった。
シュリは、アンティノラⅦ改がいなければ死ななかった。
全ての原因は、自分自身にある。
「だが、それでも俺は」
黒の一号は、折れない。
始めから分かっていたのだ。
それこそ、自分を改造する前から、この歪な自分自身を生み出す前から、それが幾多の悲劇を生む事を、黒の一号は知っていた。
「どれほどの罪を背負っても、『あの人』の代わりに、人類を救うと決めた」
黒の一号は、己の決意を揺らがさず、アンティノラⅦ改に向けて拳を構える。
「我は、正義を騙る修羅―――名を、黒の一号」
全ての罪を呑み、受け入れ、覚えたまま。
人を救ったその時に、自らも消える覚悟を持って、黒の一号はこの場に立っている。
「アンティノラⅦ。俺は、貴様を殺す。そして覚えておこう。……地獄で再び出会う、その時まで」
「まるで俺を殺せるかのような物言いだが、先に地獄へ行くのは貴様の方だ」
片腕を失い、それでも引く意志を見せないアンティノラⅦ改。
「貴様は、俺と変わらぬエゴイスト。その願望共々、この世から消え失せろ!」
アンティノラⅦ改が吼えるのと同時に。
彼の背後で、視界が染まる程の雷光が弾けた。




