第10話
仕事を終えた人達でにわかに賑わい始める夜六時の繁華街、亜香里が通う美大から歩いて十五分と少し程歩いた場所にある居酒屋が今回の飲み会が行われる場所だ。
現地集合の約束だったので亜香里が黎と一緒に向かうと、既にあつまっていた友人とその先輩や同級生と思われる人の姿を見て、やっぱりデザイン科の人達は私達《油絵科》とは違うなぁ、と内心で少しだけひるむ。
実を言うと亜香里は大学内でもデザイン科には少し苦手意識があった、具体的に何かをされたとかそういう訳では決して無いがどことなく自分たちとは違う人種であると感じてしまうのだ。
デザイン科の人達は他の学科と違って服装から立ち振る舞いまでどことなくお洒落というか洗練されているというか、要はなんとなくチャラい印象を受けるのだ。
もちろんこれは亜香里の偏見でしかない訳だが、周りにいる同じ油絵科の人に聞いてみると同じ事を感じている割合はそれなりに高かったので結構あるあるなのかもしれない。
「あっ! 亜香里ー」
友人が亜香里の存在に気づいて手を振るので亜香里も手を振り替えして答えると、その近くにいた大学の先輩と思われる人達が明らかにザワついた。
「おいおいマジで来たぞ」
「うっそぉ、信じらんなーい」
「俺ぜってぇ何かの間違いだと思ってたのに」
先輩達は突如現れた亜香里の圧倒的な美貌に感嘆の声を上げる――訳もなく実際はその後ろにいる黎を見て驚いているのだ。
それもそうだろう、こと亜香里達の通う大学に限って言えば黎はその辺の芸能人なんて泣いて逃げ出すレベルの有名人なのだ、それが目の前に現れれば騒ぎもするだろう。
やっぱり黎は凄い。でもこうして騒がれている彼女を見るのは誇らしいような面白くないような、少し複雑な気分になる。
やがて予約した時間となり入店していく先輩達に続いて亜香里達も居酒屋の中へと入る。
曰く大学の学生御用達らしいその居酒屋はほどほどに広くほどほどに素朴な印象でいかにも若者が羽目を外すにはうってつけと言った雰囲気のお店だった。
掘りごたつ式の座敷に案内され特に席順も決めず成り行きで着席していく面々だったが、なぜかそれを尻目に黎はどこか別の場所に向かって歩いていく。
「あれ? 黎どこに行くの?」
「トイレ」
それだけ言って黎はお店の奥に消えていった、席に着くこともなくいきなりトイレとか相変わらず自由すぎる。
「なんかすみません」と誰に対してか分からない謝罪をしながら亜香里が席に着いた途端。
「初めまして、君たしか油絵科の一年だったよね? オレはデザイン科三年の――」
うわぁーちょっとちょっと、なになになにー!
隣に座ってきた金髪の先輩がずいっと体を寄せながらまくしたててきて軽くパニックに陥る。
友人はただの親睦会を兼ねた飲み会だと言っていたが、年頃の男女が集まる以上大なり小なりそういう場になることは覚悟していた、しかしまさかお酒を飲む前からこんなにグイグイ来られるとは思ってもいなかった。
「あっあの、すみません! 私今回そんなつもりは」
「おいコラ止めねぇか、ボケ」
「イデッ!」
その時言い寄ってきていた先輩の脳天に手刀が振り下ろされる、結構容赦ない勢いのそれを放ったのは空色のボウズ頭にお洒落な刈り込みを入れた男の人だった。
「いきなりがっつきすぎだ、怖がってんだろうがバカ」
「ッテ~、だからって思いっきりぶつことないでしょうよ!」
「いいや今のはあんたが悪い、ごめんねウチのバカが。こう見えて無害な奴だから許してあげてね」
向かいの席に座っていたショートカットに赤いインナーカラーを入れた女の人がそう言って片手で拝みながら亜香里に謝ると、言い寄ってきていた金髪の先輩がふて腐れるみたいに頬を膨らませる。
「なんだよ! よってたかって人のことバカバカ言いやがってさぁ、お前らだって気になってたくせによ」
そうしてなにやら言い合いを始める先輩達、降って湧いた和やかな雰囲気に亜香里がさっきとは違う意味であっけに取られていると手刀を入れた人が事情を説明してくれた。
「悪いな急に、だけど俺達三年からしたらあの春夏冬黎がこういった場に出てくるってのはそれくらいの事件でさ」
「そう、なんですか?」
「そうなんだよ!」
さっきのダメージからもう復活したのか金髪先輩が声を上げる。
「春夏冬さんって言えば入学当初で既に結構な有名人だったしそれにすっげぇ美人じゃん、だから当時の同級生や先輩方はお近づきになるため皆して飲み会とかに誘いまくった訳よ」
「あんたも含めてね。あれだっけ? 五回くらい誘って名前すら覚えて貰ってなかったんでしょ?」
「はいそこうるさい。とにかく誰が何度誘ったところで別にいいとか興味ないとか塩い対応ばっかでさぁ、その内みーんな心が折れて誰も誘わなくなったって訳。だがそんな春夏冬さんが今日この場に来てる! 一体どんな魔法を使ったのかって気になんないのは嘘でしょう」
「そうなんですか? でも私、別に特別な事なんてしてませんよ。なんとなく誘ってみたら来るって言うから」
「え~うっそだぁ、そんな簡単にいくならオレだって今頃」
「なんの話してるの?」
いつの間に帰ってきたのか気がついたら後ろに立っていた黎に声を掛けられて、亜香里と金髪先輩の肩が同時に跳ねる。
「あっお帰り黎、早かったね」
「ただいま」
言いながら黎は亜香里と金髪先輩との間に割って入る様に席に着いた。
「それで何の話をしてたの? なんだかわたしの名前が聞こえた気がしたけど」
「あ~いや、こういう所に春夏冬さんが来るって珍しいからどうしてなのかな~って気になったていうか」
「どうしてって……」
その時、黎が横目で亜香里の事を見る。
一体何だろうと訝しむけれど結局それ以外は何も言うこともなく黎の視線は戻っていく。
「……なんとなくかな、それがどうかした?」
「あっいや別にそういう訳じゃないっすけど、そっすか、そうっすよねぇ~あはは……はぁ……」
「……六回目~」
「だからうるさいってのっ」
全員が席に着いたとろころで銘々にお酒を注文し始める、例のごとく黎は何でもいいというので亜香里と同じ生ビールの中ジョッキを注文してあげた。
全員にお酒が行き渡り申し訳程度の音頭と乾杯を合図に飲み会は始まった。




