2. 初異世界と金髪美女の母
――視界がぼやける。
体が思うように動かない。
やがて目が慣れてくると、見慣れない木の天井が映った。
(ここは……どこだ?)
周囲を見渡す。
木造の小さな部屋。俺はどうやら、その中のベッド――いや、ゆりかごの上に横たわっているらしい。
(……本当に、異世界に来たのか)
手を顔の前に持ち上げた瞬間、俺は悲鳴を上げたくなった。
――手が、赤子みたいに小さい。
いや、違う。俺は本当に赤ん坊になってる……!?
呆然としていると、立て付けの悪い扉がギィと開く。
「カナデちゃん、起きたの〜?」
そこに現れたのは、俺のドストライクな美女だった。
透き通るような長い金髪、整った顔立ち。……ただし、着ているのは古びた服だ。
「シルヴィア、赤ん坊って何食わせればいいんだ? ステーキとかいいもん食わせてやりてぇんだが」
は? と呆れた顔で美女――シルヴィアは、後ろから来た男を振り返る。
「赤ちゃんは母乳、ミルク、離乳食って段階があるんですから、そんなもの食べません」
「そうなのか? よくわからんが、俺にできることはないか?」
シルヴィアはドアを指さした。
「母乳あげますから、この部屋から出てってください。テイラー」
しょんぼりした顔でうなずいたテイラーと呼ばれた男は、扉を静かに閉める。
(……この二人が、たぶん異世界での俺の両親か)
(って、母乳……? ま、待て待て待て、心の準備が……!)
シルヴィアは俺を抱き上げると、服をめくり、胸をあらわにした。
「カナデちゃん、いっぱい飲んで元気になりましょうね〜」
赤ん坊の体では逃げることもできない。
俺は観念し、シルヴィア――母親に身を委ねるしかなかった。
(異世界転生一発目からこれかよ……!!)
⸻
ベビーベッドに寝かされ、羞恥心とともに天井を見つめる。
すると、頭の中に直接声が響いた。
(奏、聞こえるかの?)
(……サティスか?)
脳内に響く声は、あの煉獄の魔神だった。
(少年、よかったではないか。若い女の胸を吸えるなど、前の世界ではなかったであろう?)
(うるさい! 見てたのかよ!?)
姿は見えないが、にやにや笑っているサティスの顔が脳裏に浮かぶ。
(妾はそなたの中におるのだ。見た物、聞いた物はそのまま妾に伝わるぞ)
(……なんて屈辱だ)
サティスはくすくす笑いながらも、話を本題に戻した。
(さて、そなたは貧困街のこの夫婦から生まれた子のようじゃな。ちなみに訳ありかもしれんが……夫からは勇者の血の匂い、女人からは王女の血の匂いがしたぞ)
(は? じゃあなんで貧困街に住んでるんだよ)
(だから訳ありかもしれんと言ったであろう。とりあえず覚えておけ。――これから、この世界を簡単に説明してやる)
⸻
サティスの説明によると――ここは魔術都市エンデュミオンと呼ばれる国。
俺がいるのは、その外れにある小さな村レミオンらしい。
この魔術都市では、日々魔族の侵略に備えて魔術師を育成している。
そして――
本来の「魔法」は貴族の一部しか使えないと言われているが実際に使える物は確認出来ていない。今では失われた魔法と呼ばれており、術式を使用した魔術が一般的らしい。
要するに、この世界は魔術社会だけど、真の魔法は絶滅したと言っても過言では無い。