116 急転直下
ネイトに情報を吐かせたヒューレックは「下エーギル村で栽培させていた世界樹の葉を使ったに違いない、契約違反だ!」と激昂し、基礎研究室の室長は「やはりあの2つの村の者たちは不要だな」と断じ、ネイトの上司は、ネイトを「機密情報に不用意に触れた」として謹慎処分にした。
「…確認なんだがハンス、この村じゃ、世界樹を栽培してんのかい?」
ナターシャの問いに、ハンスはガシガシと頭を掻く。
今更秘密にするのも難しい。とはいえ、契約書には守秘義務について明記されている。
少なくとも、もう一人の契約者であるポールと相談しないと、他者に話すかどうかは決められない。
「あー…、一応、『下エーギル村全体でやってるわけじゃない』とだけ言っとく。…状況によっちゃ、後で詳しく話すけどよ」
「…分かった」
マークの戸惑い混じりの顔が、『村全体の話ではない』というハンスの言葉に信憑性を持たせる。
ナターシャはハンスをジト目で睨みつつも、一旦、険を引っ込めた。
話を王立研究院に戻すと──彼らにとって予想外だったのは、ネイトの行動力だ。
寮の自室に閉じ込められたネイトは、ドアは見張られていると判断し、窓から脱出した。
──4階の窓、そのすぐ外の木を伝って、である。
「…とりあえず、脱出した時に落ちなくてよかった。お前、意外と体力あるんだな」
ハンスの言葉に、ネイトはわずかに笑った。
「僕も、この村の出身ですから」
そうして何とか街に出たネイトは、すぐにラキス商会に駆け込んだ。魔石鉱山の換気システムを作る際、素材の調達で色々と手を貸してくれたナターシャのことを、頼りになる相手だと認識していたからだ。
丁度その頃、ナターシャの方でも上エーギル村と魔石を取引している大商会──カロッツァ商会の不穏な動きを掴んでいた。
明らかに堅気ではない者たちに、声を掛けて回っている。その理由を探ろうとしていたところに、ネイトが飛び込んできた。
ナターシャの持っていた情報とネイトの証言、2つを合わせれば答えは自ずと出る。
結果、ナターシャはネイトを保護し、他の全ての仕事の段取りを商会員たちに任せて、急遽、下エーギル村へ馬車を飛ばした。
いつもの馬車でなかったのは、相手にこちらの動きを悟られないようにするためだ。
(…急転直下、ってやつだな)
ハンスは内心で呻き、ネイトを怖がらせないよう、こっそりと小さく溜息をつく。
まさかここまで安易に強硬手段に出るとは思っていなかった。よほど腹に据えかねたのか、それとも村の一つや二つ、滅ぼしたところで構わないと心の底から思っているのか──多分両方だな、と冷静に判断する。
「──知らせてくれてありがとうな、ネイト、ナターシャ」
できるだけ穏やかな声で告げ、ハンスはネイトに視線を向ける。
「…けどよネイト。良かったのか? 謹慎を命じられたのに勝手に出て来ちまったら、その…」
どう考えてもクビだろう。そう口に出せないハンスに、ネイトは微笑んだ。
「承知の上です。僕は王立研究院の職員である前に、この村の──父さんと母さんの息子ですから」
「…そうか」
「ネイト…」
迷いのない表情は、マークにそっくりだ。なるほど2人の息子だなと納得するハンスと、目を見開くマークの視線を受けて、ネイトはぽりぽりと頬をかく。照れているらしい。
「それで、そっちはどうするんだい?」
ナターシャの声に、場の空気が再度引き締まった。
「私が調べた限りじゃ、連中の動きはまだ準備段階って感じだったんだが──ネイトが逃げたことは、そろそろバレてるだろ。まず間違いなく、予定は早まるよ」
「ああ」
「…すみません、僕が迂闊なことをしたばっかりに…」
ネイトが再び俯いた。違う違う、とハンスは大袈裟な身振りで否定する。
「ナターシャの話じゃ、連中がならず者を集めてたのは結構前からだろ? 遅かれ早かれこうなってたんだよ。…お前は、自分の将来を投げ打ってまでオレたちに危険を知らせてくれたんだ。オレは感謝してるんだぜ──なあマーク?」
ハンスが話を振ると、マークも大きく頷いた。
「ああ。危機が迫っていると分かれば、対策も打てる。防御するなり戦うなり、やりようはいくらでもあるさ」
「あんたたち、戦う気かい?」
一見大人しそうなマークの口から飛び出た好戦的な発言に、ナターシャが目を見開く。
「ならず者っつったって、結構な実力の冒険者崩れなんかも居るんだよ? 避難するなら手筈を整えるけど──」
「…そうですね」
ですが、とマークは静かに続ける。
その目には、いつになく強い光が宿っていた。
「下エーギル村も上エーギル村も、その土地に根差した生活を送っている村です。それに、先の騒動の際にハンスが言っていた『村の乗っ取り』が彼らの最終目的なら、我々が村を放棄するのは悪手です。相手の思うつぼでしょう」
「それは…」
「なにナターシャ、心配すんな」
ハンスは敢えて軽い態度で、力こぶを作ってみせる。
「こっちだって伊達に冒険者やってねぇよ。それに、ウチの村にも上エーギル村にも、オレよりずっとヤバい連中がゴロゴロしてるからな」
「は?」
ワイルドベアを素手で殴り殺すポールに、巨大な丸太を一人で軽々と運ぶジャン父子。他の村人たちも、農具を持てばワイルドベアを狩れる猛者揃い。
上エーギル村の鉱夫たちも最近は冒険者ばりに魔物を狩りまくっているし、魔素中毒から脱した身体はハンスよりよほど体力がありそうだ。
「……あの話、冗談じゃなかったのかい…」
ナターシャが顔を引き攣らせた。
以前、冒険者ギルドユグドラ支部にワイルドベアの素材一式を持ち込んだ際、ハンスは立ち会ったナターシャに「上エーギル村の住民にとっちゃワイルドベアの討伐は小遣い稼ぎ」と教えていた。
あまりにも理解の範疇を超えた話を、ナターシャは冗談だと脳内処理していたのだ。
《冗談でもなんでもないぞ。ハイランドシープのメリーさんだって、体当たりでワイルドベアを吹っ飛ばせるしな》
モクレンがキリッとした顔で胸を張った。
《もちろん、俺らケットシーも参戦するぜ! ナワバリを侵す無法者には、俺らの真の恐ろしさを教えてやろうじゃないか!》
「なんだ真の恐ろしさって」
《ん? 例えば肥溜めの中身を充填した落とし穴にご案内するとか》
「何でケットシーの恐ろしさを表すのが落とし穴になるのか分からんが、肥溜めの中身はやめとけ。糞まみれになった侵入者を縛り上げるのはウチの連中だぞ。それとも、ケットシーが丸洗いしてくれるのか?」
《むう…それは面倒。じゃあ、あの地底湖ばりに冷たい氷水にしとくか》
「そのへんが妥当だな」
頷きながら、ハンスは思う。
ネイトが謝る必要はない。上エーギル村の人々を救うためにエリク草や世界樹の枝葉を使うと決めたのは自分で、上級回復薬を「作れる」と漏らしてしまったのも自分。
その決断は、欠片も後悔していない。だが、もっと上手いやり方があったのではないか。あちらが村を滅ぼすという決断に至る最後の一押しは、自分の行動だったのではないか──
(…言っても仕方ないな)
沈みそうになる思考を、無理矢理現在に引き戻す。
「まずは、ウチの村と上エーギル村、全員に知らせないとな」
「ああ。緊急会合を招集しよう」
「私も同席させとくれ。力になれることがあるかも知れないからね」
「助かります」
「僕も…!」
ネイトが声を上げるが、マークは首を横に振った。
「ネイトは家に戻って──いや、ここの部屋を一室借りるから、そこでちゃんと休むんだ。その顔、ほとんど眠れてないんだろう?」
会合となれば、集まるのは下エーギル村の村長であるマークの家だ。ネイトの自室もあるが、そこでは気が休まらないだろう。
でも、と焦りを含んだ声で反論しようとするネイトの肩を、ハンスは軽く叩いた。
「落ち着け、ネイト。お前のお陰で、オレたちは準備ができるんだ。まずは疲れ切った身体を休めてこい。体力が回復したら、たっぷり働いてもらうからよ」
戦力から除外しているのではなく、アテにしているからこその休息の指示だと強調する。
ネイトが勢いを失った。
「……分かり、ました」




