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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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114/117

114 予定外の来訪


 夏の花が短い盛りを終えると、エーギル山の空気は急に冷え始める。


 下エーギル村では、ワタリシロトビと呼ばれる鳥が群れを成し、北へ向けて旅立つのが夏の終わりの合図だ。


 ワタリシロトビは白い尾羽が特徴の小型の猛禽で、春から夏にかけてエーギル山中腹の森林地帯で営巣し、子育てをする。その後、巣立った幼鳥と共に下エーギル村付近に集合し、エーギル山の山麓から吹き上がってくる夏の終わりの季節風──巨大な上昇気流に乗って舞い上がり、北へ向かう。

 行き先はこの島国の北端、最も温暖な平原地帯。点在する林を宿に、広大な穀倉地帯を餌場として、ワタリシロトビは冬を越す。


 そんな彼らが上昇気流に乗り、螺旋を描きながら上空へと向かうさまは、下エーギル村の風物詩となっていた。


「おー…今日が本隊か」


 発酵が終わった堆肥を台車に乗せて運びつつ、ハンスは空を見上げる。


 涼しくなり始めた空は高く、刷毛でサッとはいたような雲が所々に浮かんでいる。その中を、ワタリシロトビの影が大きな円を描きながら舞っていた。

 全体的に茶褐色で尾羽だけが白いのが成鳥、腹部にも白い羽毛が残っているのが今年生まれて巣立ったばかりの幼鳥だ。

 幼鳥は2、3羽ずつ固まって飛び、その前後を成鳥が守っている。きちんとした隊列があるわけではないが、みな時計回りに飛んでいた。


 時折幼鳥が明後日の方向に向かおうとすると、ピュロロロロ、という独特の鳴き声が響く。風の流れに上手く乗れないと、長距離飛行ができない。成鳥はそれを教えているのだ。

 バサバサと猛禽にあるまじき必死さで翼を打ち、流れに戻って行く幼鳥を見て、ハンスは苦笑した。


「大変だな」


 呟き、気を取り直して台車をひく。


 そろそろ勢いの落ちた夏野菜を片付け、冬に向けた支度を始める頃合いだ。

 最優先は、冬の間の家畜たちの食糧になる牧草の収穫。それから、冬越しして春に収穫する野菜類の準備。特に成長に時間がかかる玉ねぎやニンニクは、植え付け時期を誤ると収量が望めないので要注意──ポールの教えを反芻しながら、ハンスは畑への道をゆっくり進む。


 堆肥を畑に()き込むのは、作物の植え付け前。それも鋤き込んでから土に馴染むまでしばらく待たなければならないから、先を読んで予定を立てる必要がある。

 しかし、天候次第でいくらでも予定は狂う。ままならぬものである。


(オレの場合、冒険者稼業との兼ね合いもあるからな…)


 上エーギル村の鉱夫たちが自力である程度の魔物退治をできるようになったとはいえ、依頼がゼロになったわけではない。だからハンスは、3日農作業をしたら1日冒険者としてエーギル支部へ行く、という生活を続けていた。

 ──もはや『休日』という概念はない。


《いよっ、ハンスー!》


 通りの横、柵で囲まれた放牧地から陽気な念話が響いた。

 ハンスが足を止め、顔を上げると、至近距離にクリーム色のケットシーの顔。


「なんだ、モクレンか」

《もうちょっと驚けよな》

「今更だろ」


 ハンスが仏頂面で応じると、ハイランドシープの頭の上に乗ったモクレンが、つまらなそうに耳を伏せた。


《ハンスのくせに生意気だ》

「くせにとか言うな」


 ──メェ。


 メリーさんより一回り小さいハイランドシープが、頷きながら小さく鳴いた。どちらに同意しているのか、実に微妙なタイミングである。

 ハンスは溜息をつき、で、とモクレンに向けて首を傾げる。


「何か用か? 今日の夕飯には鶏ハムが出るらしいが」

《おっ、マジか! そりゃあ早く帰らなきゃ──じゃなくてだな》


 一瞬ぱあっと顔を輝かせたモクレンは、すぐにビシッと前脚を掲げてセルフ突っ込みをし、


《さっき牧場の外れに行って来たんだけどな、何か下の方から結構なスピードで馬車が上って来るのが見えたんだよ。アレ多分、ナターシャじゃねぇかな。馬車の見た目は全然違ったけど》

「なに?」


 ハンスは思わず眉を寄せた。


 ナターシャ率いるラキス商会は、定期的に下エーギル村の野菜や加工品の買い付けに来て、ついでに生活用品を販売している。つい数日前に来たばかりで、次の訪問は来月だったはずだ。

 このタイミングで来るのはおかしい。ハンスは表情を引き締めた。


「モクレン、一応それ、マークに伝えてきてもらえるか? オレも堆肥を置いたらすぐマークの家に行く」

《分かった、任せとけ!》


 モクレンがハイランドシープの頭から飛び降り、柵をすり抜ける。

 駆け出すケットシーの背中を見送り、ハンスは台車のハンドルを持ち直した。


「お前さんも、ありがとな。群れに戻ってくれ」

 ──メェ。





 ハンスが堆肥を畑に運び、ポールとスージーに軽く事情を説明してマークの家に向かうと、丁度マークとモクレンが中から出て来た。


「ハンス」

《遅かったな》

「畑が遠くてな、スマン」


 素直に頭を下げると、いや、十分早いさ、とマークが苦笑した。


「モクレンから状況は聞いた。これから村の入口で馬車を待とうと思うんだけど──」

「ああ、それが良いな」


 予定外の来訪。その時点で、トラブルの予感がぷんぷんする。


「マーク、何か心当たりはあるか?」

「いや…。でも正直、あまり良い予感はしないな」

「奇遇だな、オレもだ」


 そんな会話を交わしつつ、モクレンを肩に乗せたハンスはマークと共に村の入口広場へ向かう。


 ハンスたちが到着して程なく、見慣れない馬車が坂道を上って来た。

 一応箱馬車ではあるが、塗装もなく木肌がむき出しで、補強の金属パーツも錆びついている。見るからに古ぼけた印象の一方、それを()く馬はがっしりした体格で若々しく、速度もかなり速い。

 というか──


(…あれ、ナターシャんトコの半魔馬だな…)


 いつもの馬具ではないため印象はかなり違うが、どう見ても既知の馬だ。

 どういうことかとハンスが眉を寄せていると、馬車は進路を変え、ハンスたちの方へ近寄って来た。

 よく見ると、御者はラキス商会のベテラン商会員だ。モクレンの見立て通り、ナターシャ率いるラキス商会が手配した馬車で間違いない。


 馬車はハンスたちの前で止まった。落ち着かなげに荒い息を吐き、前の蹄で地面をえぐる半魔馬を、御者がどうどうとなだめる。


「マーク村長、ハンス」


 馬車の扉が開き、現れたのはラキス商会の商会長、ナターシャだった。いつもと変わらぬ声色にハンスは一瞬目を細め、顔を作って「よう」と応じる。

 ──いつもよりほんの少し、顔色が悪い。それに、扉を開ける動作が妙に急いていた。


「急に呼びつけて悪かったな」


 あえて軽い口調でハンスが言う。

 ナターシャはわずかに目を見開き──ニヤリ、いかにもやり手の商会長らしい笑みを作った。


「なに、対応の速さがウチの売りだからね」


 無論、実際にはハンスがナターシャを呼びつけたわけではない。だがこのやり取りで周囲の者たちは納得し、何事かとハンスたちに注目していた視線が、三々五々、逸らされていった。

 ハンスは内心で安堵の溜息をつく。


 焦りを押し殺した態度ナターシャの態度。どう見ても緊急の──相当ろくでもない案件だ。

 今ここで変に騒ぎ立てて、住民の不安を煽るのは得策ではない。ナターシャもそれを分かっているからこそ、咄嗟にハンスに合わせた。


 ハンスたちが急に呼びつけてナターシャが応じたという体なら、ハンスとマークが出迎えても、ラキス商会がいつもと違う馬車で急いでやって来ても、それほど不自然ではない。







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