外伝:筋肉と出発前日
「ディー達は、元気にしているでしょうか」
ペクトは実益を兼ねた趣味である農作業の傍ら、空を見上げ独りごちた。
◇◆
「お願いしますお父様。私達がテイラー様の旅に同行することをお許しください」
私の可愛い一人娘のディーは、私にわがままを言ってきたことは二回しかなかった。
魔法の本格的な勉強をしたいと頼んできたことと、錬金術の機材を買って欲しいと頼んできたこと。
どちらも、わがままを言われた時にはむしろ嬉しく感じた。ディーのわがままは、どちらも人の役に立ちたいという優しさが根底にあったからだ。
そんな彼女のわがままだ。できる限り聞いてやりたい。
「しかしディー、旅は決して楽なものではないですよ。道半ばで野垂れ死にすることは、決して珍しくない苦難の道です」
「覚悟の上です」
ディーの決意は深い。ディーの思いは否定したくはないですが、意地の悪いことでも言わなければ。
「無事に戻ってくるとしても、ディーが旅に出てしまうと、母さんも、もちろん私も悲しむでしょう。家が寂しくなってしまう」
ディーがかぶりを振って答える。
「申し訳ありませんが、私はそれでも同行したいのです。お父様とお母様には心配をおかけします」
「……まずは、旅に出たい理由を聞きましょう」
観念して、まずはディーの話を聞くことにします。
「どうやらテイラー様は無属性魔法に才能があるようでした。私が得意な無属性魔法が、恩人の助けになるのならと思ったのです」
「それだけですか? 旅に同行せずとも、助けになることはできるでしょう」
ディーは手を胸に当て、私の方を向いて思いの丈を言葉にしていく。
「私は、屋敷を飛ばすというテイラー様の作戦を聞いた時、山賊の方達を屋敷ごと空から落として解決するものだと早合点したのです。
テイラー様が屋敷に飛んで行った時、私は困惑しました。単身屋敷に乗り込んでしまったら、正面から殴り込むのと変わらない。何でそんな無駄に危険を犯す真似を、そう思ったのです」
「それで?」
ディーのなかなか怖い発想に感心しながらも、私は先を促す。
「今考えてみるとあれはただ、彼らに力を示して降伏させるための、やけになった彼らが周囲を巻き込む被害を出さないようにするための作戦だったのでしょう。
私よりもテイラー様はずっと強く、そして優しかったのです。
私にもし同じ力があっても、お父様やテイラー様のように彼らを助けることは出来なかったでしょう。
だからこそ、テイラー様と共に旅をすることで、その強さを、優しさを学びたいのです」
「それなら私が……」「お父様は私を甘やかすから駄目です」
けんもほろろに断られてしまう。
しかし、本当に、流石は私の自慢の娘だ。
「分かりました。そこまでの覚悟があるのなら、大丈夫でしょう。ただ、母さんと、テイラー様にはディーからお願いすること。説得は手伝いませんよ。説得出来なければ、すっぱり諦めることです」
「ありがとうございます。お父様」
◇◆
ディーはその後直ぐに両者の承諾を得て戻って来た。
今思えば、二人にはもう承諾を貰っていたのだろう。私の条件を聞いてこれ幸いと思ったのだろうか。
何にせよ抜け目がないのは良いことだ。
いつになるか分からないが、ディーと、その隣を任せる者に家督を譲る時のことを考えても、抜け目がない方が安心できる。
「もしかすると、旅の途中でテイラー様と良い雰囲気になっていたり……いやいや、ディーにはまだ早いです!」
そんな想像をしていると、部下がこちらに向かってきた。
「すみませんペクト町長、三番街の水利権の件で来客です」
「良いでしょう。私の筋肉が出番を求めて唸っているところでした」
「いや口論の仲裁に筋肉うならせないで下さい!」
「冗談ですよ。それで、双方の代表者はどちらに?」
「一階の応接間でお待ちいただいております」
畑から見える位置の町長屋敷を一瞥し、ペクトは答える。
「分かりました。直ぐに服を整えて向かいます」
傷一つない屋敷、壊れていてもおかしくないはずだった屋敷を見て、ペクトは思う。
「本当に、大きな借りを作ってしまったものです。
願わくば、彼の先行きに幸運のあらんことを」