ラッキースケベは水気の多い場所でよく起こる
人にはそれぞれ好むものがある。
俺の場合は屋内で聞く夏の雨音(車内だと尚良い)だったり
冬に聞く革靴の足音だったり。
そしてこの場合、広い風呂を好むということだろう。
狭くて困るよりかは広い方がいいと思うのだが。
「では、椎名様。お風呂の準備が出来ておりますので」
エシリアさんに促されて普段はまだ風呂に入る時間じゃないのになぁと思いつつ
「ご案内させて頂きます」
という言葉と共に風呂の前までやってきたわけだ。
「一緒に入るのには狭すぎましたので少々改装させて頂いております」
「一緒?」
不穏な言葉が聞こえた。
「御覧くださいませ」
「……銭湯じゃねぇんだから」
どこの匠だ。
そもそもウチの土地でどうやってこんな広い風呂作ったんだよ。
「いい質問です。
このお風呂には次元境界空間を利用しております。
ですがご安心下さいませ。
決して次元の歪みに引きずられて闇を永遠に彷徨うなどということはございません。
マーカーが着いておりますので仮に何があったとしても安心設計でございます」
「心を読むんじゃない」
「じゃあ、入るデス!!」
突然王女様がふんすと息巻いて脱衣所に入ってきた。
「待て待て!クラニーちゃんは後で入ったらいいだろ」
「何を言ってるデス?一緒に入るに決まってるじゃねーデスか。
親睦を深めるためには裸の突き合いが必要不可欠デス。
こまけーこと気にするんじゃねーデス」
「お前は気にする気にしないのラインがよくわかんねーな。
クラニーちゃんが気にしなくても俺が気にするの!
突き合いの字が違う、俺は風呂って孤独な空間だからいいと思うんだ」
「早くするデスー!」
まるで聞いちゃいねぇ。
「ちょ、タオルか何か巻いてくんない!?見えちゃうから!!」
俺が目を覆っていると、ペタペタと足音が近づいてきた。
「何言ってるデス?風呂は裸で入るものデス。
見られても仕方ねーデスからこっちも気にしねーデス。
早く脱いでゆっくりするといいデス」
「だから、俺は見たくないの!!
お願いだから何か来て!犯される!」
「失礼な!!私の裸はそんなにきたねーもんじゃねーデス!!
よく見るデス!!」
「そういうこと言ってるんじゃねーから!!」
「では、クラニー王女はこれを着てはいかがでしょうか」
いつの間にかエシリアさんが何か用意してくれたようだ。
最初からそうしてくれればいいのに、わざとやってるだろこの人。
「む。水着デスか」
「水着?それでいいから早くしろ!」
「わぁーかったデス。そこまで言うならしゃーねーデスね」
衣擦れの音がする、後なんかパチンパチン言ってる。
女の子が水着に着替える瞬間その場にいることなんて初めての経験だが
確かにああいう身体にフィットするものを着るとそうなるか。
「着替えたデス。お前も目を開けていいデスよ」
「助かるよ……白スク水」
どこに売っていたのか知らないが
学校指定の紺のスク水ではなく、王女の褐色の肌色がよく映える白いスクール水着だった。
「エシリアさん、これは」
「マナーです」
俺の言葉を遮ってエシリアさんがよくわからないことを仰ってやがる。
「マナーって何の?」
「よくお似合いですクラニー王女」
無視された、この人こういうことだと説明する気無いよな。
「機能美ってやつデス!」
「もうそれでいいや、俺も水着持ってきますから先に入ってて」
「椎名様の水着でしたらこちらにございます」
「何で持ってきてんの!?」
準備いいなオイ、こうなることわかってただろ。
「……ありがとう、じゃあエシリアさんも一緒に入ろうよ」
ちょっと意地悪してやるつもりだったのだが。
「勿論そのつもりです、私も水着を着ますのでお先にどうぞ」
「もう何も言わない」
俺は諦めて三人で風呂に入ることにした。
あんまり見ないように心掛けよう。
相手が嫌がってないのが当然といえば当然だが助かる。
けど白スク水って透けないのかね、ちょっと気になる。
「おせーデス!早く背中を流すデス!」
「クラニーちゃん、子どもじゃないんだから一人でやるんだよそういうのは」
「そういうこっちゃねーデス!裸の付き合いなんだから交代でやるデス!
こっちの文化を体験するのも務めデス、早くやるデス」
「もう何も言わない」
全てを諦めた俺はクラニーちゃんの背中を流すことにした。
クラニーちゃんとエシリアさんを納得させるように説得するのは至難の業だ。
「これくらいでいい?水着越しだけど意味あるのかねこれ」
「いい感じデスねー、きもっちーデス~」
ちょっと恥ずかしかった。
こうしてみると、というか普通に見ても女の子なんだけど
少しアホの子であることを除けば大きな蒼色の瞳に整った顔
不遜な態度を除けばバランスの良い身体。
褐色の肌に白いスク水が妙に艶めかしい、やめよう。
「終わったぞー」
言いながら俺はクラニーちゃんの身体にお湯をかけた。
「じゃあ今度は私の番デス!!ありがたく思うデス!!」
「はいはい」
クラニーちゃんに促されるままに座る。
「じゃあ、ちょっと待つデス。えぇとこれをお湯に混ぜて……むぅ」
ちゃぷちゃぷと何かをかき混ぜる音がするんだが。
後ろをわざわざ見るのもなぁ。
「じゃあ行くデスよー。とりゃ」
「うわ、何だこれ!!!何すんだ!!」
ヌルヌルした液体を背中に垂らされた。
もしかして未知の生物スライムとか持ってきたんじゃねぇだろうな。
「何ってローションデス。風呂の時は美容のためにコレ使って」
「お互いの身体を密着させて擦り合わせるようにこう……するんですよ」
「そんな文化はねぇよ!?エシリアさん間違ったこと教えないで!!
クラニーちゃんも簡単にそういうことしようとするなよ!!」
いつの間にか自分は普通のビキニを着たエシリアさんが
誤った知識を誤ったフリをして教えようとしていた。
「ワタシはいつもそんなHENTAIチックな真似してねーデス」
クラニーちゃんが呆れた顔で呟く。
「面白くないですね」
「風呂を面白くしようとしてない、俺は普通に入浴したいんだよ」
違和感なく受け入れてしまう王女にも問題はあると思うが
たまにこの人悪ノリするよな。
初めて会った時もクラニーちゃんを失神させてたし。
「む、なんだデス。このヌルヌルしたのきもちーのにやらねーデスか?」
「それは何というか、塗り合いをするようなものじゃないから。多分」
よく知らないけれど間違ってはいないと思う。
「だから身体を擦り付けるなんて真似しねーデス。
しゃーないデスね、じゃあエシリアに塗ってやるデス!!そこに座れデス!!」
「遠慮させて頂きます」
「どうしてデス!?オメーが言い出したデスよ!?」
クラニーちゃんの叫びがこだました瞬間
自身の手から滴り落ちていたローションを踏んで足を滑らせた
「アブなっ!!」
「ひぃんッ!!!」
クラニーちゃんの身体を受け止めようと手を伸ばしたが
間に合わず身体で受け止める結果になってしまった。
二人の身体がぶつかるように倒れてしまったが
クラニーちゃんが身体に塗りたくっていたローションの『せい』で
俺の身体を滑るように上方へ移動し、小さな体が俺の上半身に覆いかぶさった。
「……大丈夫?」
何も気にしていない、コリっとした何かが当たるとか
ちょっと透けてる気がするとか、ヌルヌルするとか俺は気にしない。
何も言わない。
「すまんデス。ちょっと素っ頓狂な声を挙げてしまったデス、失態デス」
「危ないからもう流しちゃってよそれ」
「わ、わかったデス」
「危ないところでしたね、クラニー王女」
「う、ちょっと調子こいたデス。っていうかエシリアも見てるだけじゃ無くて助けるデス」
「いえ、その必要は無かったと判断致しましたので。
ありがとうございます、椎名様」
わざとか。
「怪我がなかったならそれでいいよ、俺は何も言わない感じない」
全身についた物を洗い流すとしよう。
「ツルツルだな」
「何言ってるデス?」
「ん?いやこれ、洗い流した後肌がツルツルになったなと思って」
「そちらは特別に配合した薬用のローションとなっておりますので。
怪我の即治性を高めたり肌荒れを治すのに効果があります」
「へぇ、悪いものじゃなくて良かったよ」
まぁそんなものを王女に塗らせたりは流石にしないか。
「じゃ、皆で風呂に浸かるデス!!裸の付き合いデス!!」
「気に入ったの?それ」
「最初はどーかと思ったデスが、悪いもんじゃねーデスね!
気に入ったデス!」
「毎回一緒には入らねーよ?」
とはいえ、上機嫌なクラニーちゃんを見るのも悪くはないな。
自ら一緒に入ろうとは言い出すつもりは無いが。
「風呂に入るのに水着は邪魔デスけどね~」
「それを脱ぎたいなら俺じゃない誰かと一緒に入る時にしてくれ」
ただでさえちょっと透けてる気がするんだから。
「オメーもよくわかんねーヤツデスね。
普通女の裸が見れるっつったら男は喜ぶもんじゃねーんデスか?
素直に黙っときゃいいデス」
「喜ばせようとしてくれてたの?」
「……、勘違いすんじゃねーデス!ワタシが言ったのはあくまで一般論デス!
ちょっと迷惑かけてるとか思ってねーデス!!」
「気にしてたのか」
「うっ、ついちょっと本音が漏れたデス……」
「まぁ、ちょっと風呂に浸かろうか」
嘘がつけないタイプなのかね。
とりあえず身体が冷える前に湯船に入ろう。
「お~、遅かったっすね~!何それ!クラニーちゃんマニアック~!!」
「どうしてゆずがいるんだよ!?」
俺は壁に向かって叫びながら手を叩きつけた。