プロローグ①
ダチョウの頭が悪過ぎる
転生者の召喚。
かつて、強大な魔族に対抗するため、偉大なる召喚師によって生み出された人類の切り札。
彼らの持つ未知の知識と、転生時に獲得する不可思議な加護によって人類は魔族との戦いに勝利した。
しかし、それも今や昔の話。
今、転生者はただの資産だ。
彼らの強大な力を目にした王侯貴族は、競うように召喚師を雇い、儀式を行わせて転生者をこの世界に引き摺り出した。
そして混乱する彼らに無理矢理服従の契約を結ばせ、政争の道具として使い潰す。
転生者の召喚には莫大な対価を必要とする。
黄金、生贄、そして膨大な魔力。
木端貴族なら一度の召喚で家の財産が丸々吹き飛ぶ。
だが、時に転生者は1人で一国の軍すら相手取る。
それを思えば、実に割のいい賭けである。
転生者トーノもそんな賭けの犠牲者の1人だ。
王国六大貴族ーーブルムラシュ候。
その男に召喚されてから実に5年が経つ。
この5年間、トーノは命令に従って殺し続けてきた。
敵対貴族。
密偵。
反乱者。
そして時には、罪のない市井の人々。
殺して、殺して、殺して、殺した。
人を殺すたび、彼の心は適した形へと変わっていった。
他人を心ある人間として認識しないようにする。
決して親しくならないように距離を取る。
いつでも誰でも殺せる心積りをしておく。
そうやって少しでも罪悪感を減らし、楽になるよう努めてきた。
それでも、ふとした時に思い出す。
殺した人の顔を。
彼らは皆驚くほどに普通の顔をしている。
貴族も、兵士も、市民も、罪人も、皆普通のどこにでもいる人間の顔だ。
それを思い出すたびに胸の奥底で何かが軋む。
ーーこれは罪だ
どれだけ自分を騙そうと、彼らを人でないものと認識しようとしても、理性がそれを拒む。
一度自覚すれば罪の意識は津波の如くトーノの心を押し流し、真っ黒に塗りつぶす。
己の犯した事への悔悟と恐怖に震えながら、彼はただ只管に時が流れるのを待つ。
そうやって今日を生き延びていく。
それが、転生者トーノの日常だった。
「魔女狩り、ですか」
呼び出された執務室でトーノは淡々と問い返す。
無駄に広い部屋の中、豪勢な造りの机の向こうで彼の主人ーー王国六大貴族、ブルムラシュ候は無表情で頷く。
「そう、魔女狩りだ」
魔女狩り、この言葉の持つ重みをこの世界で知らぬ者はいない。
魔女。
人でありながら魔導に身を落とし、理から外れた異形ならざる化け物。
彼女らは姿形は人間と同じだが、食事を取らず、睡眠をとらず、歳を取らない。
そしてその魔法は一国を救うことも滅ぼすこともできる。
かつてこの国は、そんな魔女とともに発展を遂げてきた。
王国は彼女らに棲家と資源、それから幾ばくかの心付けを与え、その対価として魔女の魔法による恩恵を授かってきた。
その共生関係こそ王国が大国として名を馳せた所以である。
しかし、共生には別の側面もある。
魔女が国を去ろうとする時。
或いは、国と袂を分かった時。
その時、狩りは行われる。
国の機密を知る魔女が、もしも他国の手に渡ればどうなるか。
その悲劇を回避すべく、彼らは速やかに魔女を始末する。
そしてその汚れ仕事こそが転生者の最大の役割。
一国を揺るがす魔女の相手は同じく一国を揺るがす転生者に。
それが王国の決まりだった。
「今回の相手は、長く我が国と協力関係にあった魔女だ」
椅子に背を預けながらブルムラシュ候は続ける。
「先の大戦でも随分と力を貸してくれた協力的な魔女だったのだが、どういう訳か国を出たいと言い出してな。国王陛下から討伐命令が出ている」
トーノにとって魔女狩りは比較的嬉しい仕事だ。
死んだ魔女は魔力の塵となって消えるので死体が残らない。
死体を見ずに済めば、その死に顔を夜な夜な思い出し苛まれることもない。
だから、魔女狩りは気が楽でいい。
「貴様にはいつも通り、魔女を掃除してもらう」
いつも通りの命令。
だが、今回は妙に雰囲気が違う。
普段であればもっと無機質に命を下すはずのブルムラシュ候からどこか怯えのような感情が漏れ出ている。
「ただし、今回は少し事情が違う。此度の狩りには私も同行する」
その言葉に思わずトーノは視線を上げる。
「ブルムラシュ候、自らですか?」
驚きが声に混じる。
魔女の力は並の魔術師を遥かに凌駕する。
その魔法は転生者を優に殺しうる。
その脅威を知るからこそ、これまでの魔女狩りは全てトーノ1人に丸投げされていた。
「そうだ、私自らだ。なんとも忌々しいことにな」
怒りか恐怖か、やや震える手でブルムラシュ候は懐から葉巻を取り出し自ら火を付ける。
「此度の魔女狩りは相手が相手なだけあって、陛下は信頼できる者が確実に死を確認することを望まれている。そしてその信頼できる者に、大変名誉なことに私が選ばれたわけだ。なんとも馬鹿馬鹿しいことにな」
実に苦々しげに、不満を隠しもせずブルムラシュ候は煙とともにそう吐き出す。
いくら私的な空間とはいえ王への不満をこれほど堂々と口に出せるのはまさに六大貴族といったところ。
しかしどれだけ力があろうと、王の勅命に背くことはできない。
王の権威を笠に着て好き勝手振る舞う貴族が王を蔑ろにすればどうなるか、それが分からぬブルムラシュ候ではない。
「無論、私兵も連れて行く。騎士20人、我が領が今すぐに出せる最大数だ」
騎士20人ともなれば、それに付属する従者を含めればそれなりの隊となる。
これがもし戦ならば実に頼もしい戦力だが、魔女という個を相手取る場合にはそうではない。
むしろ、対人戦の訓練しか積んでおらず、その上魔女の力を知らない彼らの存在など邪魔でしかない。
とはいえ、それを口に出すほどトーノは愚かではない。
「トーノよ、貴様の役目はあくまで魔女の討伐だ。だが、最優先が何かは分かっているな?」
「候の御命でございます」
わざと大仰にトーノは応えてみせる。
自分でも下らないパフォーマンスだと内心思うが、貴族的な主人にはこういった仕草が効果的だとこの5年で学んでいる。
トーノの思い通り、彼の返答にブルムラシュ候は満足そうに頷く。
「その通りだ。夢忘れるなよ、貴様の命は主従の契約によって私が握っていることを」
「はい、肝に銘じております」
主従の契約が定めるところは2つ。
1つは主人の命令に背けば従者は命を落とす。
もう1つは従者は主人を害することが出来ない。
単純にして強力、そして理不尽なこの契約は契約者のどちらかが死ぬまで続く。
今のトーノに自由はない。
ただ、契約を言い訳にして淡々と任務を遂行するほかない。
「出発は明朝だ。魔女の居場所と能力については追って人をよこす。いつも通りつつがなくだ」
全てを伝え終えたブルムラシュ候の表情はいつも通り無機質なものへと戻っていた。
いつも通り、つつがなく、その言葉でどれほどの血が流れるのか、それに対していささかの興味もないといった風に命令する。
「承知しました」
一礼してトーノは部屋を後にする。
廊下に出ると、城の空気は妙に静かだった。
また1つ、心を蝕む罪が増える。
それを仕方ないことと自らに言い聞かせながら、トーノは歩を進める。
それがアホみたいな身体能力と奇跡的な頭の悪さを兼ね備えた生き物、ダチョウなのです。




