027 我が正義の剣を見よ!(後編)
「父上と同じ騎士団に入ろうとは思わないのか?」
アルトリスの隣を歩くガウルが問いかける。
彼女は足場の悪い獣道だろうとお構いなく、まるで祭典の行進でも行っているかのように堂々と歩む。木々の合間から漏れる陽光が、彼女の白銀の鎧を眩いほどに煌めかせていた。
「当然、考えたさ。しかし、より広く、あまねく人々を救うことこそが、我が家名にふさわしいと思ってね」
「ううん……」と唸りながら、ガウルは何とも言えぬ相槌を打つ。
背後ではジグとアルスがサジンと何やら言葉を交わしていた。あの、気配すら凍てつかせる忍びとよく普通に会話ができるものだと、ガウルは内心で二人の物怖じしない性格に感心する。
「では……今、ご両親は?」
「はは。二人とも元気さ。今は王都に近い所で土地を買い、農業に励んでいるよ。これが中々上手くいっているみたいでね」
そうだろうな、とガウルは思った。
何か確かな稼ぎがなければ、サジンのような熟練の忍びを雇い続けることは叶わないはずだ。
確か彼女の父は、騎士団にいた頃から手先だけは妙に器用だった。王都の喧騒を離れ、博打からも遠ざかったことが、かえって土を耕すという新たな仕事への集中に繋がったのだろう。
アルトリスはガウルと会話しながら、鞘に納めたままの剣を取り、慈しむような目で眺めた。
森はさらに深くなり、鳥たちの声もささやきのように小さくなっていく。
「旅に出ようと思っていることを両親に伝えた時に、この剣を譲り受けてね。サジンまで同行させてくれたのだよ」
「その剣をか」
「ああ。父はよく、この剣で数多の悪漢をなぎ倒したと聞かせてくれた。他にも様々な逸話をね。父が領地を手放して王都を去った時、私はまだ幼子だったから、当時のことは覚えてはいないのだが」
「ん……んん……」とガウルは低く唸り、顎を手でさすりながら困ったように思案する。
なるほど、とおおよその察しはついた。おそらく彼女の父は、娘を喜ばせるためか、あるいは己を正当化するためか……、かなり話を盛り、あるいは創作を交えて自らの「武勇伝」を聞かせてきたのだろう。今のアルトリスの理想主義的な騎士像は、間違いなくその影響下にある。
彼女はそんな裏事情には気づかぬまま、いつしか父を純粋な憧れの対象として描くようになったのではないか。
(……その剣もおそらく、かつての天馬賭博の景品だろうな)
ガウルは内心でそう確信するが、決して口には出さなかった。
きっかけが何であれ、彼女の剣の腕が確かなのは先ほどの戦いで証明されている。それに……、父へ遥かな憧れを抱くという点において、ガウルとて彼女と同じであったからだ。信じるものの基盤がどうあれ、それを誇りとして生きる本人の姿勢こそが重要なのだ。
それと、先程から首筋に何か冷たい気配を感じ、背後に潜む「警告」を察知してもいたからだった。
「……では、少しの間なら姿を消すことも出来るのですか?」
「左様。修行の賜物にござる」
「どうやってるんだ?」
「……い、一族の秘密だ。答えられぬ」
二人の後方では、忍びがジグとアルスの尽きることのない質問に窮していた。
この飽くなき探求心は、自らも見習わねばなるまい……と、熟練の忍びは密かに彼らから学びを得ていた。もっとも、目下の切実な問題は、この質問攻めをいかにして躱しきるかであったのだが。
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「おお……、こいつは中々だな」
五人がしばらく荒れた道を進み、不意に視界が開けた先に現れたのは、文字通りの「根城」だった。
周囲の木々を強引に切り倒して組み上げたであろう木造の建物は、その粗野な作りゆえに、かえって賊の住処としての禍々しさを存分に醸し出している。建材が周囲の森と同化しているため、遠目には森の一部に見え、隠れ家としてはこれ以上ない場所であった。
「ふむ……、ここから見えるだけでも六人はいるか」
「中から、もっと多くの人がいる気配がしますね……」
ガウルが鋭い眼光で敵影を数え、アルスもまた精霊たちの囁きに耳を澄ませて内部の気配を感じ取る。
「この辺の悪党どもがつるんで一塊になったって感じだな……。結構厄介だぜ」
ジグが木陰に身を潜めながら、苦々しく呟いた。
当初の見積もりでは首領を含めて五人程度と思っていたが、現実はその数倍は下るまい。しかも、周囲を豊かな森林に囲まれている以上、魔術で派手に燃やし尽くすわけにもいかないのが難点だった。
「なるほど……。ではここは正々堂々、正面から行くべきだろうね!」
「……へ?」
どう攻略したものか、ジグが難しい顔で思考を巡らせていた矢先だった。アルトリスの清らかすぎる声が、あまりに場違いな正論を放った。その演劇のような宣言に、ジグは虚を突かれたような間抜けな声を漏らす。
「父は常に『勝負は時の運、しかし信念を曲げた方が負けだ』と言っていたからね。仲間の帰りを待って油断している今こそ、正義を示す好機さ!」
「あ……おい、待てって!」
アルトリスはそれだけ言い残すと、躊躇なく根城の正面へと駆け出していった。白銀の鎧が木漏れ日を反射して煌めき、その姿はまるで神話に記された聖戦へと赴く騎士のような、神々しい気高さを放っている。
調子を狂わされっぱなしのジグは、慌ててその後ろ姿を追いかけた。
(……それは、賭け事であの男が負けが込んだ時によく口にしていた言葉だがな)
彼女の背中を見送りながら、ガウルは腕を組み、一人密かに思う。記憶というものは不思議なもので、一度その端を掴めば、次から次へと鮮明に蘇ってくるものらしい。
気づけば、傍らにいたサジンの姿は影も形もなかった。主の「正面突破」を成立させるため、音もなく漆黒の闇に紛れて仕事に向かったのだろう。中々大変な仕事だな……と、ガウルは同情にも似た感慨を覚えた。
「大丈夫でしょうか……」
「まあ……奴らの毒矢だけは気がかりだが、先ほどと違い開けた場所だ。遅れは取らんだろう」
心配そうに戦地へ向かう二人を見つめるアルスに、ガウルが落ち着いた声で返した。
ざっと根城を見やる限り、防衛の陣形が整っている様子はない。寄せ集めの賊が急造した拠点特有の、脆い緊張感があるだけだ。問題は人数だけだろう。
「俺たちも行くか。アルス、俺の後ろにいろよ」
「はい。ガウルも気をつけて」
「はは、心配ない。俺も結構、正面突破は嫌いじゃない方でな」
ガウルとアルスもまた、腹を決めて駆け出した。
彼らの背中を力強く押すように、森を揺らす風が吹き抜け、走る二人のマントを鮮やかにたなびかせた。
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「頼もう!」
野卑な者たちの集団に向けて、場違いなほどに凛とした声が響き渡る。
雷に打たれたかのように唖然としていた賊たちは、すぐさま我に返ると、殺気を剥き出しにして武器を取り、その場は騒然となった。
「なんだお前は……、騎兵の差し金か!?」
かろうじて入口の門らしき形を整えている所に、門番らしき男二人がアルトリスに睨みをきかせて進み出る。彼女の背後から、ジグが肩で息をしながら追いついた。
「た……頼もうって、道場破りじゃねーんだから……」
「お前たちのことは分かっている! 罪なき人々から簒奪をするその蛮行、今ここにて成敗してくれよう!」
ジグの言葉など耳に入らぬ様子で、アルトリスは朗々と口上を述べ、華麗に剣を抜き放つ。粗雑な砦に、一触即発の空気が流れた。
「おもしれえ……、隊も組まずに乗り込んでくるとはな……」
門番二人の奥、根城の中から一人の男が姿を現した。狡猾そうな相貌に、俊敏さを感じさせる身軽な体つき。顔に走る古傷が、その野卑な威圧感をより深めている。
「フ……力なき者たちを獲物にする輩など、我が正義の剣一振りで充分だ。お前たちも仲間と同様、更生の一歩を踏み出せるこの機会に、いずれ感謝することだろう!」
アルトリスが水のような流麗な動きで剣の切っ先を男に向け、高らかに宣言する。サジンはいつもこのやり取りを聞かされているのだろうか……と、ジグは隣で同情に近い感慨を覚えるのだった。
「仲間たちだと……!? テメエ、兄貴たちをやったってのか!!」
男が剣を抜きながら激昂する。
(兄貴たちってことは……、さっきのあいつらがここのリーダーか)
ジグは周囲を観察しながら分析を深める。
先程の大男以上の手練れがいないのであれば、案外楽に片付くかもしれない。彼は冷静に戦いの準備を整えた。
「安心しろ、命までは取っていない。まもなく巡回の者が彼らを回収し、一足早く救済の第一歩を踏み出すことだろう!」
「ぐ……っ! ふ、ふざけやがって……!!」
挑発とも取れる言葉に突き動かされ、我慢の限界に達した弓兵二人が、アルトリスへ毒矢を放つ。
彼女は流麗な剣捌きで矢を打ち落とすと、そのまま流れるように踏み込み、門番二人の腕と足を斬りつけて戦えぬようにした。
サジンが影で援護しているとはいえ、その剣筋は侮れない鋭さを持っている。一挙手一投足が芝居がかっていることを除けば、実に確かな腕前だった。
「さあ、来たまえ! 人の道に迷いし者たちよ!」
「どーいう決め台詞だよ……」
隣でジグが困惑した声を漏らしながら構える。
周囲は森ゆえ、派手な火や雷の魔術は控えるべきだが、既に正面から乗り込んだ以上、手加減の必要はあっても隠れる必要はなかった。ジグの掌に、魔術の光が静かに灯る。
「おめえら! やっちまって構わねえぞ!! こいつらを片付けたら、騎兵共もぶちのめして兄貴たちを取り返すぞ!!」
首領の留守を預かっているらしい男が怒号を上げると、砦の中から悪漢たちが次々と溢れ出してきた。戦いの熱量は最高潮に達し、通り抜ける風すら生温かく感じるほどだった。
「んん……もう始まってしまっているな」
ガウルは木陰に身を潜め、遠巻きに戦況を見つめていた。
賊の数は全部で二十人ほど。際立った手練れは見当たらず、今すぐ加勢に出ても容易に制圧できるだろうが……。
「ガウル、こちらから回り込んでみますか?」
「……ん?」
ガウルは軽く眉を上げ、意外そうな顔でアルスの提案を聞いた。いつの間に彼は、このような実戦的な作戦を立てるようになったのか。
「ああ、そうだな。奇襲をかけてやろう」
ガウルは不敵に口角を上げると、アルスと共に砦を迂回して背後を突くべく、険しい獣道へと踏み出した。
ジグや俺と一緒にいる影響だな……と、ガウルは内心で苦笑しつつ、その足取りは力強く、迷いなく進んでいくのだった。
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雄たけびのような粗野な声を響かせ、賊共がジグたちへ突撃してくる。
ジグを目掛けて放たれた毒矢を、彼は後ろに飛び去って鮮やかに避けた。そして着地と同時に地面に手を突き、魔力を一気に走らせる。戦場に逆巻く風と魔力の奔流が、ジグの赤髪を激しくなびかせた。
「この人数だからな、派手にやらせてもらうぜ!」
「我が剣技、その目に焼き付けるがいい!」
ジグの言葉が終わるが早いか、悪漢たちの足元の地面が爆ぜた。衝撃で木造の砦の一部が粉々に砕け、礫となって男たちに襲い掛かる。吹き飛ばされ、降り注ぐ木片に打ち付けられた男たちが、次々とその場に崩れ落ちていく。
アルトリスもまた、賊の振り下ろした武器を剣先で軽くいなすと、そのまま腕を斬りつけ無力化する。続けて襲いかかる賊の攻撃を身をかがめて避けると、流れるような動作で腹を斬りつけ、その場に伏せさせた。相変わらずサジンが影で援護しているのだろう、彼女の間合いに入った賊は、一様に動きを鈍らせていた。
「チッ……まずあの赤髪野郎からだ!!」
遠くの物陰から、弓を構えた賊がジグを狙う。
矢尻に塗られた毒は禍々しく、先端が怪しくきらめいている。
しかし男が矢を放とうとした瞬間、死角から伸びた拳がその頬を深く抉った。男は砦の壁へと吹き飛び、体をしたたかに打ち付けると、そのまま意識を失った。
「……悪いな。体を真っ二つにされなかっただけありがたく思え」
砦の裏手から現れたガウルが、気絶した男を見やりながら言った。
彼の剛腕で人間相手に大剣を振るえば、無事では済まない。ゆえに彼は賊を拳で殴り飛ばしたのだが、それだけでも常人にとっては相当な衝撃であった。
「クソ! まだ仲間がいやがったか!!」
賊が言い終わらぬうちに、アルスが光球を放って彼らの視界を奪う。
突然の眩光にうろたえる賊のもとへガウルが駆けていき、一人の顔面を殴り飛ばし、もう一人の腹を重く蹴り飛ばして沈めた。
周囲では音もなく敵が倒れていく。サジンが主の援護の合間に、確実に敵を間引きしているようだった。
「舐めるなよ!!」
「……! 魔術が使えるのか、こいつ!」
一人の男が両手を振り上げ、森の延焼などお構いなしに火球を放つ。
ジグはすかさず地面に手を当てて土の壁を競り上げさせ、それを受け止めた。魔術が衝突する衝撃で、土の焦げるような匂いが辺りに漂う。
「へ……! 悪くねえが……、相手が悪かったな!」
ジグはそう言うと、自ら作り上げた土壁へ風の衝撃波を叩きつけた。
粉砕された土壁が土石流のごとき勢いで相手に降り注ぎ、全身に衝撃を受けた男はそのまま気を失った。
「あいつは……! ガウル、魔術師がいるぞ!」
「砦の奥です、ガウル!」
ジグとアルスが同時に警告を発する。
ガウルは即座に相手を捉えた。放たれる火球を視認すると、彼は即座にマントを翻してそれを受け取り、霧散させた。手に熱が伝わり、布の焦げる匂いがしたが、火球は消え失せた。
ガウルは相手が二度目の術を編むより早く、胸元からナイフを投擲した。刃は正確に男の肩を射抜く。
男は短い悲鳴を上げ、刃に塗られた痺れ薬の効果でその場に縫い止められた。
「ほう……貴様、中々やるようだな。我が正義の剣とまともにやり合うとは」
「うるせえ! テメエ……たたっ切ってやるからな!!」
混戦の中、アルトリスは首領の留守を預かる男と対峙していた。
己の流麗な剣捌きを凌ぐ男の実力に、彼女は称賛の声を漏らす。大人数を相手にするサジンの援護が、この時ばかりは僅かに遅れていた。
「面白い……! 貴様と私の生きる正義、最後まで立つのはどちらか……見極めさせてもらおう!」
アルトリスが宣言しながら剣を一閃する。男もまた剣を振り、二人の刃は激しく噛み合い、互いに火花を散らして睨み合った。力の拮抗を示す金属音が響き渡る。
「お前に勝てるか、私の剣に。この父の剣に! この世で最も尊き剣に!」
「な、なんなんだよテメエはああ!!」
最高潮に達したアルトリスの気迫に押され、男は力任せに剣を弾き飛ばすと、横薙ぎに切り払った。アルトリスはそれを華麗に後ろへ飛び退いて避けると、胸の前で剣を構え直す。その姿は、神への誓いを立てる高潔な騎士そのものだった。
「よろしい……! ならば父より受け継ぎし我がローゼンタール家の秘剣、その身に刻むがいい!」
アルトリスが高らかに言うと、剣を握る彼女の右手が赤く輝き始めた。
その光は豪奢な宝剣へと伝播し、刀身は眩いほどに、灼熱を孕んで煌めく。
「あ……あいつ、魔法剣が使えたのか?」
ジグが呆気に取られたように声を漏らす。
神聖王国出身ならば多少の魔術は心得ていると思っていたが、その底知れぬ実力に、彼は少々の恐ろしさすら感じていた。
「奥義! 紅花流水斬!!」
清らかな声が戦場を圧する力強さで放たれると、アルトリスの剣筋は滝を流れる水流のように赤い軌跡を描いた。舞い散る花弁が風に運ばれるような優雅さで、刃は男の両手足を斬り裂き、身に着けていた防具を一瞬で粉砕する。男は信じられないといった顔のまま、激痛の果てに崩れ落ち、意識を失った。
三人は、まるで劇の一幕でも見ていたのではないかと、呆然とその光景を眺めていた。
特にガウルは言葉を失っていた。彼女の実力は本物だ。しかし己の剣技に名前を付けるのは珍しくないとはいえ、高らかに叫ぶその姿……。一体彼女の父親は、どんな武勇伝を聞かせて彼女を育てたのか。
離れた場所では、忍びのサジンが腕を組み、どこか満足げに主の活躍を見守っていた。
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「サジン殿」
「…何用か?」
戦火の余韻が燻る中、兄貴分を回収しに来た巡回の騎兵に、根城の残党たちも引き渡される。その喧騒の傍らで、ガウルはサジンに歩み寄った。
巡回の者達の話では、この賊共は近頃この辺りを転々として勢力を拡大していた盗賊団であったらしい。一網打尽の功績を認められ、ジグとアルトリスは通常より色を付けた報酬を手にしていた。
「いや、何というか……彼女にはいずれ、本当のことを話すべきでは……と」
ガウルは、慎重に、かつ恐る恐る切り出した。言葉の選択を一つでも誤れば、音もなく首が胴から離れる。そんな戦慄が背筋を走るのを禁じ得なかった。
「…心配無用。主は全て知っておられる」
「…知っているのか? 父上のことを」
意外そうなガウルの声が漏れる。アルトリスは、虚飾に彩られた父の背中を、眩しすぎる理想として追っているばかりだと思っていたのだが。視線の先では、彼女がジグ達と今回の勝利を賞賛し合っている。もっとも、その光景は彼女の独壇場と化していたが。
「左様。いかなる国にも政の影は生まれるもの。その欲深き影に絡め取られたならば、それもまた政争の一部にござる」
「う…ん、そうなのか…?」
ガウルの耳には、それは些か強引な暴論に聞こえた。だが、氷のように冷徹な声で言い切られてしまうと、それ以上の追求を許さぬ空気があった。
あるいは、あの男の無様な失態の数々も、この忍びが影で支え、娘には「高潔なる敗北」として語り聞かせていたのではないか。そんな疑念が胸を掠めるが、命の保証はないため、ガウルはそれを深く沈めた。
「サジン殿は、何故そこまで……」
「…忍は簡単に主を変えぬもの。そういうものにござる」
簡潔な答えだった。
そうか、とガウルは合点がいった。アルトリスの父は、騎士団にいた頃、その器用さを買われて密偵を任されていた時期があったはずだ。
おそらくサジンはその時の部下。騎士団を追われた後も影として付き従い、土を耕す主を助け、そして娘が旅に出るという段になって、再びその守護を任されたのだろう。その技が微塵も錆びついていないのは、人知れず熾烈な修行を続けていた証左であった。
「本当に、今回は勉強になったよ。やはり正しき道を行くには、常に学びがないとね」
「ああ…うん、凄かったぜ、あんたの魔法剣」
ガウルがサジンの武人としての佇まいに畏敬を抱いていると、アルトリス達の朗らかな声が届く。
「さて…、私達もそろそろ行かなくてはね。サジン、何か噂話はあるかい?」
「連合の東部に暗雲ありとの噂が」
「よし…ならば近くの街で休み、そのまま東へ向かおう! サジンも今日は疲れただろうからね」
「御意」
主従の呼吸は、長年の月日が育んだ鋼のように強固だった。
ジグは、先程の魔法剣の残光が網膜に焼き付いているのか、呆然とした面持ちで何かを考え込んでいる。魔術師としての探求心が、あの驚異的な技の理を求めて彷徨っているようだった。とはいえ、彼女に尋ねれば夜通しの講釈が始まるのは明白で、口を開く勇気は持てなかったが。
「では、ここでお別れですね」
「フフ…、共に正義の道を歩む限り、また再び相まみえる日もあるだろう!」
「まあ…そうかもな…」
挨拶を交わし、一行はそれぞれの方向へと歩み出す。
(父上、か……)
去りゆく彼女の、白銀に輝く背中を見つめながら、ガウルはふと思った。
「ガウル、どうしたんですか?」
「ん…? いや、なに。少し、国が懐かしくなってな」
ガウルは微かに口角を上げると、力強い足取りで二人と共に次の目的地へと向かった。
アルトリスはその後、大陸各地で世直しを続け、数年後、大農家として名を馳せた実家へと帰還した。数多の逸話と共に現れた娘に、両親はさぞや度肝を抜かれたことだろう。
サジンからの定期的な文で状況は把握していたものの、眼前に立つ立派な騎士の姿に、父も母も涙して喜んだという。
女騎士と忍びの二人連れは、その後も世直しを続けたとも、外海を越えた群島諸国にまでその名を轟かせたとも伝えられている。
その劇的な活躍と彼女の独特な口上は人々の語り草となり、やがて魔導帝国の帝都劇場にて、最も華やかな演目の一つとして幕を開けることになるのだが……それはまた、別のお話。




