011 ごうつく商人の見果てぬ夢(後編)
「すぅーーー………はあ……、ええ匂いや。金のなる匂いやで、これは……」
「体にわりいだろ、そんなに深く吸い込んだらよ……」
二種類の毒草(あるいは秘薬の原料)でパンパンに膨らんだ袋に顔を突っ込み、マードックは未来の利益にうっとりと陶酔していた。
ジグは呆れ果てていたが、先ほどマードックが口にした「古の魔術」という甘い響きが、遅効性の毒のように己の好奇心をじわじわと侵食してくるのを必死に振り払っていた。
「……で、三枚目はどこだ?さっさと終わらせるぞ」
「あの丘の向こう、少し開けた場所ではないでしょうか」
アルスとガウルもまた、三枚目の地点に何があるのか、隠しきれない期待を抱き始めていた。自分の持っていた知識が、マードックの手を経て「誰かを救う薬」に変わるかもしれない。その予感は、戦いとはまた違う、静かな達成感を二人の胸に灯していた。
「この調子なら三枚目も期待できまっせ……!」
マードックは期待に胸を膨らませ、足取りも軽く丘を登る。
かつて、彼がまだ幼い子供だった頃。たまたま拾った奇妙な鉱石が高値で売れた時、彼は震えるような高揚感を覚えた。
それから数年。自ら見つけた素材を加工し、工夫を凝らして付加価値をつけて売った時、両親は我が子を誇らしげに見つめた。その瞬間に、商人マードックの魂の扉は開いたのだ。
いつか、大陸中の誰もがその名を知る商品を作り上げること。それが彼の、不器用で強欲で、けれど純粋な夢だった。
「もしかしたら……もしかするかもしれへん。グフフ……」
今回の「宝探し」が、人生の大きな転換点になる――。そんな予感に、思わず笑みがこぼれる。もっとも、彼が今大事そうに抱えているのは、猛烈な苦味と幻覚作用を持つ草の袋なのだが。
「ああ!? てめえは、さっきの守銭奴!!!」
「ひゃっ!」
だが、夢の実現には困難が付きものである。
丘を越えた先、三枚目の地図が示す場所に陣取っていたのは、なんと先ほどのごろつき共を含む野盗の集団だった。彼らはマードックの顔を見るなり激昂し、殺気立った怒声を上げた。
「てめえ……わざわざ用心棒を引き連れて、俺たちの根城まで乗り込んできやがったのか!」
「知らへん!ワシらはお宝を探しとるだけや!」
「やっぱり乗り込んできてるじゃねえか!!」
一向に噛み合わない会話が、野盗たちの苛立ちに火を注ぐ。彼らは一斉に武器を抜き放ち、四人を包囲するように動き出した。
「……仕方ねえ。アル、おっちゃんと一緒に離れてな」
「はい。二人とも、気を付けてください」
「はは、案ずるな。こんな奴らに後れは取らん」
短く言葉を交わすと、ジグは不敵な笑みを浮かべて魔力を練り、ガウルは岩のような威圧感を放ちながら大剣を抜いた。アルスは今なお野盗たちと口角泡を飛ばして言い合っているマードックの首根っこを掴み、素早く後方へと避難させる。
西日が平原を赤く染め上げ、影が長く伸びる中。
お宝の眠るはずの地で、ごろつき共との「二度目の、そして決定的な」戦いが幕を開けようとしていた。
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「うらあ!!」
怒声と共に斬りつけてきた野盗の刃を、ガウルは片手で構えた大剣で軽々防ぐと、隙だらけの野盗の腹に強かに拳を打ち込んで気絶させる。
そして後ろから斬りつけてきた野盗の武器をそのまま大剣で弾き飛ばすと、無防備になった野盗の首に鋭い蹴りを叩き込み、これも沈めた。
「まあ、寝てなって」
ジグはそう言うと、向かってくる野盗二人へ向けて、威力を手加減した雷撃を放った。
地を這う紫電が二人を襲うと、彼らは呆気なく白目を剥いて倒れ込んだ。所詮はごろつきの集まり。ジグやガウルとの間には、埋めようのない実力差があった。
「……クソっ!こうなったら……!」
残された一人が、逆転を狙ってジグたちとは別の方向――アルスとマードックが待機する方へ走り出した。
「お、アル!そっち行ったぞ!」
「ひゃっ!こっちきたで兄ちゃん!」
野盗は魔術師や重戦士を相手にするよりも、非力そうな二人を人質に取れば勝機があると踏んだのだ。だが、それは彼にとって更なる不運でしかなかった。
「マードックさん、目を閉じてください」
アルスが落ち着いた声で言うと、眩い光の魔術を炸裂させ、野盗の視界を奪った。思わぬ反撃に目を覆いよろめく野盗。その隙を見逃さず、いつの間にか背後に回り込んでいたガウルの手刀が野盗の首筋を打ち、彼は崩れるように気絶した。
「うーん……なんもあらへんなあ……」
「本当に、何もありませんね……」
ジグとガウルが野盗たちを縛り上げ、後で巡回の騎兵に見つかるよう街道脇へ置いて戻ってくると、アルスとマードックは懸命に地面を這いずって怪しい場所を探していた。
「最後だけハズレってことか?」
「まあ、こんだけ稼がせてもろたし、ええんやけどなあ……」
ジグはようやくこの奇妙な宝探しから解放されると安堵していたが、マードックはまだ名残惜しそうに唇を尖らせていた。彼の欲望の泉は、どうやら底というものを知らないらしい。
「……あのごろつき共は、ここが根城だと言っていたが」
「住んでいたにしては、生活の気配が薄いですね……」
ガウルが不審に思い、辺りの地面を一歩ずつ踏みしめる。すると、ある地点で足裏に妙な違和感を覚えた。土の下に空洞があるような、僅かに反響するような感触。
ガウルはその場に屈み込み、生い茂る茂みを力強くかき分けた。するとそこには、周囲の景色に溶け込むよう精巧に偽装された、地下へと続く石造りの階段が隠されていた。
「これは……。よく分かりましたね、ガウル」
「おお〜っ! 大手柄やで、戦士の兄ちゃん!!」
マードックが、割れんばかりの歓喜の声を上げる。
隠し階段など、もはや「ここにお宝があります」と叫んでいるようなものだ。彼は再び、はち切れんばかりに期待を膨らませた。毒草の詰まった重い袋を、まるで恋人のように抱きしめながら。
「仕方ねえな……。ここまできたら、毒食らわば皿までだ。ガウル、行けそうか?」
「まあ……なんとかなる」
ジグは観念したように溜息をつき、マードックに続いて階段を降りていく。
だが、階段は人一人がようやく通れるほど狭く、岩のような巨躯を持つガウルにとっては、這入るだけで一苦労の難所となるのだった。
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「これは凄いで……!闇市の跡や……!!」
先に地下へ降りたマードックの、歓喜に震える声が石壁に反響して戻ってくる。
ジグたちが一段ずつ慎重に階段を下り、ようやくその全貌を見渡したとき、そこには驚くべき光景が広がっていた。中々の広さを持つその空間は、つい最近まで人の熱気がこもっていたことを示すように、重く澱んだ空気が漂っている。地下にひっそりと根を張っていた、闇市の跡地だった。
「すごい……。こんな地下に、市場があったんですね……」
「違法な代物や、まともな店には置けぬ危険なものを密かに売り捌く奴らの溜まり場だがな。……騎士団の摘発でも入って、慌てて逃げ出したんだろう」
ガウルは辺りを見回して言った。跡地はひどく散らかってはいたが、建物の状態は悪くない。あの野盗たちも、ここ数日の間に住み着いたばかりなのだろう。騎士団が去った後の火事場泥棒といったところか、主たちが持ち出しきれなかった商品が、あちこちに手つかずのまま残されていた。
「凄いでこれは……!秘蔵のお宝も、もはや夢やないで……!」
マードックはといえば、もはや千切れんばかりの勢いで毒草の袋を抱きしめ、感激に打ち震えている。法の目を盗んで開かれるこのような場所なら、彼の渇望する「秘蔵の一品」が眠っていても不思議ではなかった。
「……ん?なんだ、これ」
ジグが足元に転がっていた小瓶を一つ、指先でつまみ上げた。中には見るからに毒々しい色をした液体が揺れている。周囲を見渡せば、似たような怪しい小瓶がいくつも転がっており、そのすぐ側には、今日マードックがせっせと仕入れたあの二種類の毒草が、無造作に積み上げられていた。
「……これは解熱剤ではなく、おそらく幻覚成分だけを抽出した幻覚剤だと思います」
「……こっちのも、軟膏ではないな。飲ませるための毒薬だろう」
アルスとガウルがそれぞれ小瓶を検分して告げた。自分たちが知る「活かし方」とは真逆の、悪意に満ちた使い道。同じ植物であっても、扱う者の心一つで、それは薬にもなれば恐ろしい毒にもなるのだ。
「なるほどな。……つまりあの三枚の紙は、この闇市の場所と、ここで売り捌くためのヤバい薬を作る材料の採取場所を記したものだったってわけか」
ジグはようやく全ての合点がいったという風に吐き捨てた。マードックが首都で地図を買い叩いた相手も、おそらくは摘発から逃れる途中の悪党だったのだろう。捕まる前に、少しでも逃走資金をこしらえたかったというわけだ。
「なんや……こないな体に悪いもん作ってからに、情けないのお……!」
マードックは憤然と呟くと、おもむろに懐から小ぶりのハンマーを取り出した。普段、珍しい鉱石を見つけた際にその場で採取するための愛用品なのだろう。彼にとっては、道具を取りに帰る時間すら惜しい。
「商人なら、まっとうに商売しなはれや!!」
マードックは叫びながら、次々と毒薬の小瓶をパリン、パリンと小気味よい音を立てて割っていった。
三人は、その背中を黙って見守った。マードックという男――扱う商品が真っ当であるかどうかはさておき、彼には彼なりの、曲げられぬ商売の理念がある。少なくとも、毒を売るような真似は、彼の「浪漫」が許さないのだ。
「ふー!スッキリしましたわな。……じゃ、心置きなくお宝を……」
「つっても、金目のもんは殆ど持ち出されてると思うがなあ」
ジグのそんな言葉も耳に入らぬ様子で、マードックは鼻息荒く奥の小部屋へと消えていった。
だが、数分もしないうちに。
「お宝や! ほんまもんのお宝があったで!!」
地下の空間を震わせるほどの喜びの声が響き渡った。三人は顔を見合わせると、急き立てられるように彼の元へと駆け出した。
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「なにがあったんだよ、おっちゃん」
「聞いて驚いたらアカンで……! ゴーレムや! ゴーレムの魔術書や……!」
「なっ……!」
その言葉を聞いた瞬間、ジグがさっきから必死に押し留めていた「古の魔術」への好奇心が、ついに決壊した堤防のように溢れ出した。
「ゴーレム、とは?」
「魔力で命を吹き込まれた土人形のことですね……。今ではもう、失われて久しい術だと聞いていますが」
ガウルの素朴な疑問に、アルスが記憶の隅にある知識を静かに手繰り寄せて答える。
かつては隆盛を極めたと言われるその呪文は、いつしか伝説の影に隠れ、あるものは「山より巨大な巨人をも生み出した」と語り、あるものは「神の領域を侵す禁忌」と呼んだという…。ジグにとっては、それこそが追い求めて止まぬ「古の魔術」そのものであった。
「すごいで兄ちゃん……。これ、ほんまもんや……!」
「ああ、間違いない……。術の構成も、理に……適っている……」
大興奮するマードックの真横で、ジグは吸い寄せられるように地面に膝をつき、書物へ食い入るように見入っている。その背中はいつもの皮肉屋なジグではなく、かつて魔術の深淵に焦がれ、寝食を忘れて勉強に明け暮れていた少年そのものだった。こんな偶然、奇跡に近い出会いがあっていいのか。ジグは瞬きも忘れた様子で、マードックが捲る頁を隅から隅まで己の眼裏に焼き付けていく。
「……俺には価値のほどは分からんが、文字通りお宝があって良かったな」
「ええ。それにジグにとっても」
二人の会話など耳に届かぬかのように、ジグとマードックは一つの書物を挟んで、熱烈な師弟のような親密さで読み耽っている。
「ほ……ほんまもんじゃ……!こ、こうしてはおれん。実際に使えるか試さへんと!!」
感動に目を潤ませていたマードックが、弾かれたように立ち上がった。彼は毒草の詰まった袋と魔術書を大事そうに抱え直すと、一目散に地上へと駆け出していった。今の彼は、水平線の先に新大陸を発見した船長そのものであった。誰よりも早く、その未知の土を踏みしめたくて堪らないのだ。
「あ!おい!無闇に使ったら危ねえだろ!」
ジグが叫ぶが、マードックの姿は既に闇の先へと消えていた。
山をもしのぐ巨像を生み出したと言われる強大な魔術。お世辞にも魔術の練度が高いとは言えない彼が、勢い任せにそれを使えば、一体何が起こるか――。ジグは顔を青くし、弾丸のような勢いで彼の後を追った。
「俺たちも、行くか」
「そうですね、行きましょう」
「……あの出入口は、どうにも身体がつかえてしまうんだがな……」
「私が上から引っ張りますよ、ガウル」
取り残された二人は、そんな穏やかな会話を交わしながら、ゆっくりと階段の方へ歩み出した。
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ジグがマードックに追いついたとき、彼が天に掲げた指先から、鮮やかな魔術の光がほとばしった。
「おっちゃん!その術がどんくらい難しいかまだわかんねえってのに!」
ジグの制止も虚しく、近くの砂場へと奔流のような魔力が注ぎ込まれる。次の瞬間、なんと術が発動した。
一体、何が起こるのか。ジグは、心のどこかに潜む不安と、それを上回るほどの期待を込めて、砂が渦巻く様子を凝視した。魔術書の内容通り、そこには「それ」が姿を現したのだが……。
「……んん……、こいつは……」
「おお……!まさしく、ほんまもんじゃあ……!」
後ろからアルスと、狭い出入口を無理やり通り抜けて砂まみれになったガウルも追いつき、その光景に目を丸くした。
そこに現れたのは、山をもしのぐ巨人などではなかった。彼らの足元ほどしかない小ぶりの、掌サイズのゴーレムが二体。それらが、腰を左右にクネクネと躍らせるという、なんとも奇妙な踊りを披露していたのである。伝承に謳われた土の巨人とは、似ても似つかぬ代物だった。
「こいつが、その……『山のような巨人』なのか?」
「ううん……そうか。巨人を作るには、それに見合うだけの材料と魔力が必要なんだ。人の出来る範囲じゃ、こうなっちまうのか……多分俺が作っても…」
「……つまり、実用的ではないから廃れた魔術、ということか?」
「……おそらくな……」
ガウルの率直極まる感想に、ジグはがっくりと肩を落として答えた。期待が大きかった分、現実との落差が彼の胸に冷たく染み渡る。
「す、すごいでこれは! ほんまに動いとる、ワシの魔力で動いとるんや!」
「ふふ、結構この子たち、可愛いですねマードックさん」
マードックは長年の「浪漫」が形を成したことに、子供のような興奮で喜びの声を上げている。一方のジグは、長年の夢がなんとも締まらない形で目の前に現れたことを、噛み締めるように見つめていた。
四人の足元では、生まれたばかりの小さなゴーレムたちが、ジグの落胆など知らぬように、いつまでも不思議な踊りをクネクネと踊り続けていた。
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「今日はほんまにおおきにな兄ちゃん達……。あんさん達に頼んでよかったわ……」
あの後、三人はマードックを近くの町まで送り届けた。
闇市の跡地から追加で拝借した毒草で、はち切れんばかりに膨らんだ袋を背負い、ゴーレムの魔術書を両手で大事そうに抱えるマードックは、まるで親から最高の贈り物をもらい、感動に打ち震える少年のようだった。
これからの大儲けへの期待に目を細める「強欲な商人」と、生涯の家宝にしようと誓う「夢追い人の少年」。今の彼は、その二つが不思議な調和を見せて同居する、唯一無二の存在となっていた。
「……いいのか?魔術書もあげてしまって」
「まあ……内容は、全部頭に入れたからな……」
「商売繁盛、祈っていますね、マードックさん」
ガウルの問いに、ジグは半分魂が抜けたような虚脱した声で答えた。失われた古の魔術が、まさか「腰をクネクネさせる小さな人形」止まりだったという事実は、彼にとってあまりに衝撃が強すぎたのだ。明日になれば、またいつもの毒舌な皮肉屋に戻るだろうが、今夜ばかりはこの余韻に浸らせてやるべきだろう。
「ほんま、おおきに……。ワシ、明日からより一層頑張らせてもらいますからに……!」
マードックは約束通りの――いや、それ以上の色をつけた報酬を三人に手渡すと、夢見心地のまま活気ある街中へと消えていった。アルスとガウルも、項垂れるジグをなだめ透かしながら、今日泊まる宿の灯りを目指して歩き出した。
それからしばらくして、マードックはアルスとガウルに教わった通りの製法で薬を作った。これらはたちまち評判を呼び、飛ぶように売れた。
そしてジグが危惧した通り、彼はこの二つに独自のアレンジを加え、効果のほどは定かではないが口上だけは立派な『マードック印の秘薬』を作り出し、得意の捲し立てる売り文句で大陸中に売り捌いた。
さらに「結構かわいいですね」というアルスの何気ない一言は、彼の商魂に火をつけた。
彼は粘土で人形を焼き、そこにゴーレムの魔術を封じ込めて、魔力を注げば左右に揺れて踊り出す『不思議な踊り人形』を売り出したのである。その珍妙にして愛らしい動きは、稀代の土産物として爆発的な人気を博し、彼はついに一財産を築き上げたという。
「ゴーレム使いの商人がいる」
そんな噂が風に乗って広がるたび、大陸中に自らの名声を轟かせるという彼の青臭い夢は、少しずつ、けれど確実に形を成していくのだった。




