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五行の花嫁  作者: 石田空


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軟禁と救出

 玄冥邸はあちこちに術式を敷いている。屋敷をまるまる異界に送り込んでいるように、移動手段やら防犯やら全てに札や術が使われている。

 つまりはここで働いている使用人たちも、ほとんどが陰陽師の家系の出であり、そうでなかったらまず部屋に辿り着かないのだ。

 その中、ほのかは歩く。


(……陰陽寮の学府そっくり。いや、違うか。学府の大量の術式を敷いて教室の移動手段を構築したのは、玄冥家か)


 五行の一族の中でもっとも術式に優れている以上、陰陽寮の建物やら陰陽師の邸宅の結界やらを考案するのは、仕事のひとつになり得るのだろう。

 ちなみにほのか、門から歩き出してから、一向に黒耀を見つけることができず、迷子になっているが割と平然としている。


(呼び出したのはそっちだし、呼び出された人間が朱明の人間だとわかっていたら、普通に迎えを寄越すでしょう。寄越さなかったらそれはそれで嫌だけど! うん!)


 紛いなりにも息子の婚約相手なのだから、無下なことはしないだろうと踏んでのことだった。そう思いながら、永遠に続くかと思われた長い廊下をやっと擦り抜ける。

 中庭を突っ切った先には、桃の花が咲き誇る場が広がっていた。


「……季節が間違ってる」


 氷売りがいて、かき氷屋が盛況になっている今、初春の花が咲いている訳がない。その艶めかしい花を、ほのかは胡散臭い顔で眺めているときだった。


「水蜜桃はもうしばらくしたら得られるだろう。今、この花が咲いて見えるのは名残を思い出させているだけに過ぎん」


 その中庭で座っている狩衣の男を見て、思わずほのかは腰に提げていた刀の柄に掌を添えた。今のほのかは怪我をしているため、刀を抜いても満足に振り抜くことができない。だが威嚇くらいならばかろうじてできる。


「……お久し振りです、玄冥の方」

「早く座れ」

「……失礼します」


 出されていたのは洋風の丸テーブル。そこに腰掛けると、使用人たちから「失礼します」とお菓子が配られた。和菓子にお茶。餡を求肥で包んだそれは、桃を思わせる色と形をしていた。お茶は綺麗な水色をしている。匂いからして玉露であり、淹れ方が難しいそれはかぐわしい香りを放っていた。


「……それで、あたしをここに呼び出したのは?」

「いつになったらあれとまぐわう」

「……直接的過ぎやしませんか」

「いい加減痺れを切らしたところだ。あれには才能があるからな」


 黒耀の言葉に、内心ほのかはイラリとした。

 言葉尻だけ聞けば、厳しい親が子に向ける感傷と「早く孫の顔が見たい」という親馬鹿に捉えかねないが。

 電話から今まで、黒耀の言葉には一度も人間らしい感情が伴っていない。それはさながら「明日の天気は晴れか雨か」「雨ならば傘を差そう、晴れならば新しい靴を降ろそう」程度のものであり、その声には全く温度が篭もっていなかったのだ。


「……黒斗に才能があるのは承知の上です。あたしの欲しかったものを全て持っているのがあれですから」

「なぜまぐわわない」

「言い方。物の言い方。あれはあたしに優しいだけですよ」


 ほのかはなんとか努めて冷静に話そうとするが、黒耀の苛立ちを肌で受けながら、内心焦っていた。


(この人は……多分五行相剋の突破方法を知ってる)


 だからさも平然と非道なことを言えるのだし、それをあからさまな下ネタとも思っていない。子作りは義務と思っている、昔ながらの貴族階級にありがちな考えだ。

 だからこそ。ほのかは彼と黒斗に会ってはほしくなかった。


「……黒斗になにも伝えないで」

「……あれがそちに我慢を重ねていると?」

「あれは知りません。五行相剋を突破する手段を」

「……伝えてないというのか?」


 黒耀は心底呆れ果てた顔をした。温度も情もない男からしてみれば、珍しい表情であった。

 ほのかは続ける。


「あたしが伝えます。ですから、今回は」

「……そちがそこまであれに我慢を重ねさせるのはなんだ? 保身か? あれが憎いか?」

「あれのことは嫌いです。でも……悪くはないと思っています」

「さようか」


 黒耀はそのまま立ち上がった。


「この席に座っていろ」

「……あたし、ひとりではここを出ることすらできないんですけど?」

「知らぬ。あれに迎えに来てもらえばいい」


 そのまま黒耀はぽつねんと消えてしまった。どこかで移動の術式を使って移動してしまったのだろう。ほのかは警戒して、和菓子にもお茶にも手を付けなかったが。ただほのかは嫌な表情で空を仰いでいた。


「……黒斗、真相を知ったらどうするつもりだろう」


 黒耀からしてみれば、才能溢れる嫡男の血筋をなんとしてでも残したいと、ほのかを詰める気持ちもわかるが。頭では理解していても、感情が拒絶していた。このもやもやとした気持ちを持て余したまま、ほのかはその席に突っ伏した。

 わかっていたものの、ほのかひとりではここから抜け出すことはできない。だから大人しく助けを待つしかできない。


****


「どうして止めなかった!?」


 別荘に戻ってきた黒斗の、本当に珍しい激昂に使用人たちはプルプルと震えていた。一方、日頃から勝手場でほのかを匿っていた使用人の一部は抗議する。


「止めました! ですが朱明様は、このことを玄冥様に漏れるのを嫌がったのです!」

「彼女は今怪我している! その中で父に捕まればどうなるか……最悪毒を盛られて……」


 自分との子がつくれないならいっそと、父がよからぬことを企んでも仕方ないと黒斗は苛立つが、その中で勝手場のものが声を張り上げた。


「というよりも、お父上は玄冥様と朱明様の心配をしただけは?」

「なに?」


 口を滑らせた使用人は当然ながら使用人仲間から「この馬鹿!」「お馬鹿!」と背中をベシベシと叩かれていたが、ふんすふんすと抗議する顔をしたままで、「自分悪いことしてません」と主張していた。

 黒斗は息を吐く。


「……父は残念ながら、その手の情は持ち合わせてはいない。当主なら世継ぎを産ませろ孕ませろ、それしか考えてない。だからほのかを父に会わせるのが嫌だったんだ。出かけてくる」

「どちらに……?」

「どのみち父のことだ、ほのかを軟禁している。彼女が術式を使えないのを知っている以上、放っておいても我が家に来たら迷う」


 言いたいことを言って、運転手に頼んで再び車を走らせて、実家へと戻る黒斗。やがて到着した実家を見たら、門番たちが慌てた。


「……坊ちゃま! お帰りなさいませ!」

「……妻はどうしている?」

「朱明様ですか? 中にお通ししましたが」

「……彼女は優秀だが、朱明の人間だ。術式は使えない。誰かが介添人とならなかったら、ここで迷うぞ」

「あ……申し訳ございません!」

「いい。連れて帰る」


 黒斗はイライラしながら、札をあちこちに飛ばした。途端にバチンッ! バチンゥt! と大きな音を立てて破裂音が響き渡る。監視の術式の書かれた式神があちこちに飛ばされまくっているのだから、油断も隙もなかった。

 ほのかは術式が使えず、当然ながらこの屋敷の仕掛けを全く起動させることはできない。長い廊下を歩きながら、ときおり監視の術式の書かれた式神を破壊しながら進んでいけば、だんだん季節外れの桃が見えてきた。

 そこでほのかがふて腐れて丸テーブルにもたれかかって眠っているのが見えた。

 黒斗は溜息をつく。


「おい」

「……お帰りなさい。遅かったのね」

「勝手に行くなとあれほど……なにも盛られてないか?」

「なにも飲んでないし食べてないよ。出されたものにも口を付けてない」

「そうか……よかった」

「よかったの?」


 ほのかにじっと見つめられ、黒斗は目を逸らす。


「……あれのことだから、世継ぎのためにお前を座敷牢にでも放り込むんじゃないかと気が気じゃなかった」

「あんたん家、まだそんなものあったの」

「朱明邸にはないのか?」

「ないね、そんなの。誰か罰するなら、まずは殴るから。拷問するなら吊すし」

「おっかないこと言うな」

「座敷牢が普通にある家はいいの?」

「それはまあ、そうだ」


 武闘派の朱明家のことを思えば、わざわざ脱獄するおそれのある座敷牢に閉じ込めるよりも、皆の見える場所に吊したほうが、たしかに逃げられないだろうと察することができる。そもそも朱明邸を遅うような物知らずはそこまでいないのだから、たしかにわざわざ座敷牢を残しておくような真似はしまい。

 黒斗は「ん」と彼女に手を差し出した。それに彼女はコテリと首を傾げる。


「なに?」

「帰るぞ」

「……黒斗、玄冥の方に会わなくっていいの? お母様には?」

「父には先程会話してきた。母はまあ、壮健だろう」

「変な家」

「それをお前が言うか」


 五行の一族が歪んでいるのはさんざん思い知っている。自分たちがおかしいというよりも、そもそもしきたりが歪みまくっているのが現状だろうということくらいは。ただ、自分たちではなにがそこまで問題があるのか、俯瞰することもまた難しいのだから、おかしいのだろうと推測を立てること以外できなかった。

 ほのかが手を取ると、黒斗は彼女を引っ張り上げて立ち上がらせる。彼女の顔がわずかに歪んだのだから、まだ手の痛みは消えていないのだろう。


「帰ったらまた、薬を塗って湯浴みに連れて行く」

「やだ。湯浴みは嫌だ」

「なんでだ」

「……薬と給餌は許すから、それでいいじゃない」

「よくない。薬を塗るのだから、体は綺麗に清めたほうがいい」

「いーやーだー」


 何度目かわからないやり取りをし、ほのかはパタパタ黒斗の手から逃れようとしたが、黒斗は離さなかった。

 そもそも刀があったほうが強いが、刀がなくても対処ができるほのかがしてない時点で、気を許してもらえている。そのことが今の黒斗にとってはなによりもの僥倖だった。

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