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五行の花嫁  作者: 石田空


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無理心中の行方

 洞から脱出した黒斗とほのかは、ブランコ乗りを陰陽寮の諜報員たちに任せる。


「すみません、瘴気は黒斗が祓ってくれたんですけど、奪われた体力までは回復できなくて。よろしくお願いします」

「かしこまりました。救護班!」


 慌ただしく救護班へと彼女が連れて行かれるのを見送りながら、黒斗は洞を封鎖すべく、札を貼る。札は貼っても貼ってもすぐに真っ黒になって燃え尽きてしまう。瘴気が強過ぎて、なかなか一朝一夕で浄化しきれないのだ。

 結局は式神で人払いの結界をつくり、人がここに立ち寄らないようにした末に、何重にも札を貼り付けた。


「何度も焼き付いたけど、これで大丈夫なの……」


 ほのかにおずおず声をかけられるが、それにブスリと黒斗が答える。


「一応、人払いを済ませた上で、何年もかけて浄化できるように札は貼り直した。これで浄化は完了できるはずだ」

「それまでにここ、売りに出されないといいよね」

「こればかりは大家の良心に祈るしかできない。俺たちがやれるのはここまでだ」


 どのみち、若旦那の身勝手が原因で呪われてしまった御店だ。手は尽くしたのだから、そのあとは浄化が完了するまで放っておくことしかできまい。

 浄化作業は継続中とはいえど、既に陰陽師がやれることは終わったことを大家に伝えてから「さて」と黒斗が切り出した。


「問題の妻を探しに行くか」

「……あのさ、この人は無理心中で亡くなったんじゃ。若旦那だった天狗もやけに固執していたけど。そもそも、駆け落ち自体、死刑じゃない」


 女は不倫をしたら最後、死刑にかけられる。だからこそ駆け落ちが推奨されるし、心中は究極の愛と褒めそやされるが。普通に女の不倫で死刑にならないようにしたらいいだけではとは、ぼんやりとほのかは思う。

 不倫をいい文化とも思えないが、若旦那が追いつめた末の駆け落ちならば、普通に妻のほうに肩を持ちたくもなる。

 だからずっとそれをほのかは怪訝に思っていた訳だが。黒斗は首を振った。


「例外が存在する。とりあえず話を聞きに行くか」

「聞きに行くって……誰に?」

「向かいの店主に」


 そういえば、やけに店主に話を聞きたがっていたなとほのかは気が付いた。


****


 向かいの店主は、煙管をくゆらせながら出迎えてくれた。


「これはこれは陰陽師さん方。お疲れ様です。そちらの天狗騒動、決着つきましたか?」

「おかげさまで。なんとかブランコ乗りは救出しましたし、天狗退治もできました」

「本当に……それはよかった……」

「……一応確認したいんですが、店主さん。俺たちにまだ隠し事があるでしょう?」

「はて? 聞かれたことには全て答えましたが」

「……ならば、最後の質問になりますが。あの無理心中に巻き込まれた奥さん、まだ生きてらっしゃいますよね?」


 店主は黙り込んだ。煙管の煙が天井に立ち昇る。黒斗の問いに、ほのかはぎょっとした顔でふたりの顔を交互に見る。


「えっ……えっ!?」

「おかしいと思ったんですよ。店主さん、あなた向かいの痴情のもつれに詳し過ぎる。そしてあの天狗、女ばかりを付け狙う。まるで……今度こそ心中を成功させようとしているように」

「……陰陽師さんだとお伺いしましたが、探偵小説でも読んでらっしゃるんですか? 大したものですね。よね、よね」

「はい」


 店主に呼ばれ、女性が出てきた。夜会巻きに髪をまとめ、最近流行りの派手な花柄の着物を下品にならないよう美しく着こなした若い女性であった。


「妻のよねです」

「これは……どうも」

「よね、この方々は先日のサーカスのブランコ乗りを探してらした陰陽寮の方々」

「まあ、陰陽師さんですの! お若いおふたりなんですねえ」


 ほのかはこのやり取りの意図が掴めず困惑しているが、黒斗だけは「やっぱり」とでも言いたげな顔でふたりを眺めていた。


「初めまして、玄冥です……奥さん、あなた記憶喪失ですね?」

「……よくご存じですねえ」

「確証があった訳ではないのですが、あなたの足下おぼつかない動きを見て、察しました。記憶がないということは、過去がないということ。過去がないということは、歩みがおぼつかなくなること。そう受け取っております」

「……はい。旦那様と結婚する前のことを、私は覚えてないんです。目が覚めたときは病院にいて。途中で警察にも連れて行かれましたけど、なにも覚えてないと伝え、嘘発見器にもかけられましたが、それが本当だとわかると釈放されました。途方に暮れていたら、旦那様に出会って、いろいろ教えていただいたんです。私は、無理心中事件での生き残りだと。それより前のことをなにも覚えてないので、これからどうしようと途方に暮れていたら、うちで働かないかと言われて。一生懸命働いていたら、そのまま身を固めることとなったのです」

「なるほど……それで」


 実際問題。当事者が死んでしまったり記憶喪失になってしまったりしたら、もう彼女の不倫も駆け落ちも立証できない。それでは死刑にかけられることもない。あの若旦那がやらかしたことが、結果的に薄幸な妻を助けたのである。

 店主は煙管をくゆらせながら、首を振った。


「こうでもなかったら、彼女をあそこから助けることはできませんでした。奉公人ときちんと逃げられたら、あの家も呪われなかったんでしょうが……」

「いえ。あの洞は完全に浄化できるまで消えないでしょうし。お話、ありがとうございました」


 店主に頭を下げると、黒斗とほのかは店を出た。

 ほのかは何度も何度も、店のほうに振り返っていた。


「あの店主さん、結局いい人だったのかな、悪い人だったのかな」

「というと?」

「……横恋慕していたようにも思うから。たまたま先に奉公人さんが駆け落ちしたから、若旦那が暴走して勝手に皆殺してくれたから、なんとかなったけど……彼女が記憶喪失にならなかったら、彼の元にも彼女は嫁ぐことがなかったんだよなと」

「わからん。彼女はわかってあそこにいるのか、記憶喪失だから過去のことはどうでもいいのか。ただ、彼女は目の前で話を聞いても、まるで他人事だったからな。彼女にとってはもう過去のことはどうでもいいことなんだろう」


 思い出さないほうが幸せなこともある。

 少なくとも、記憶喪失になった末に助け出された小間物屋の妻は、そうだったのだろう。

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