人を呪わば
ここで起こった凄惨過ぎる修羅場のせいだろうか。
そこは魑魅魍魎の吹きだまりとなっていたために、ほのかが大きくなった魑魅魍魎を突き刺しつつ、黒斗が札や式神を使って浄化する羽目になっていた。
「よくもまあ……ここまで放置してたもんだ」
「でもたしかに魑魅魍魎が大量に湧いてるけど、これで天狗隠しの手がかりになるとは……」
「まあ、そうでもないな。ほら見ろ」
「……んげえ」
魑魅魍魎がポコポコの噴き出る吹きだまりは、真っ黒な洞ができていた。
この手の洞は、だいたい異界へと通じてしまっている。そもそも神隠しやら狐隠しやら、その手の異形がどうして人を隠せるかというと、異界やら地獄やらに勝手に接続して、そこに気に入った人間を引き摺り下ろして、二度と現世に帰れないようにするためだ。
そしてそもそもただの拝み屋であったのなら、異界の瘴気に当てられたらなすすべもなく死に絶える。それこそ、血縁統制を続けて、一定の血筋を管理してきた五行の一族でなければ、間違いなく死ぬ。
「これ見つけたのあたしらでよかったじゃない。こんなもん野放しにしてたら……」
「どれだけの人間が巻き込まれていたかわからんな。なによりも、この店がきちんと閉め切られて、他の人間が現れなかったのもよかった。それじゃあ、行くか」
「そうだね」
隠されてしまった人を回収しに行くのもまた、五行の一族の仕事だ。黒斗は異界を発見した旨と、他の輩が間違って紛れ込まないよう、店の閉鎖を式神に書いて、捜索中の人々に飛ばすと、そのまま真っ黒な洞に飛び込んだ。
****
足下になにもないという感覚は不安定だ。
そもそも何度も異界に出かけては、隠された人々の保護をしてきた黒斗とほのかではあったが、そう慣れる感覚でもあるまい。
「ブランコ乗りさん大丈夫かな」
そうポツンとほのかが漏らす。黒斗は式神を飛ばして指示を出しながら、地面を見ていた。
「さあな。遺体であったとしても連れ帰らなきゃいけないが」
「薄情だね、あんたも本当に」
「うるさい……ところで、麒麟の巫女になにか言われたのか?」
「……んー。別になんにも」
まさか言えなかった。体液を浴びせられたら大丈夫だから、気にせずまぐわえとなんて。それを言ったら最後、黒斗がどう反応するのかがわからなかった。
汚いものを見る目でほのかを蔑むのか、淡々と作業のようにするのか。どちらにしろ、ただでさえ仲が不明瞭なふたりだから、歪な関係がより一掃溝をつくって続く未来しか見えなかった。
(黒斗が傷付いてたけど、これ言っていいのかな……)
なにもしなかったら、五行相剋は起こりようもなく、ほのかが腫れ上がることもあるまい。ただそれは夫婦の関係とは遠く及ばない、一緒に住んでいるだけの赤の他人と等しい。
(……駄目だ、切り替えよう。先にブランコ乗りさんを助けないと)
どうにか首を振って気持ちを切り替えると、ふいにほのかは刀の柄に手を添えた。
「なにか見つけたか?」
「一番奥。そこ。灯り出せない?」
「出す」
黒斗はほのかの指示した場所に札を飛ばすと、札からは雨だれのような雷が落ちる。その稲光で照らされた場所。そこに気絶したブランコ乗りと、修験服に長い鼻の男が立っているのが見えた。背中には黒い大きな羽根。どう見てもそれは天狗であった。
「あそこにいたか……」
「でも……本当にどっちなんだろう。あの天狗は」
「どっちにしろ、祓うしかあるまい。でなけりゃ彼女を連れ帰れない。倒すぞ」
「わかってるってば」
黒斗は足場になる場所に次々と札を飛ばすと、その札が風をぶわりと巻き起こす。その札を踏みながら、時には体重で破りながら、ほのかは駆け下りると、一気に飛び降りて刀を掲げた。
「いい加減、観念なさい……!!」
ギャンッという音で受け止めたのは、天狗の持つ錫杖だ。その錫杖に、ほのかは体重をかける。
「あんたが、町で沸いてた天狗か……!」
──憎い。憎い憎い憎い。憎い。
既に天狗に墜ちた男の言葉は支離滅裂だ。そもそも。天狗が若旦那なのか奉公人なのかはわからないが、無理心中してしまった以上、既に薄幸の妻はどこにもいない。だというのに、たまたまそこにいたというだけでさらわれてしまったブランコ乗りがあまりに可哀想だ。
「身勝手なことばかり言うな……!」
──我の妻はどこだ。我の妻ではないな
「なにを言ってるのよ……!?」
──憎い。あの男と逃げた妻が憎い! 憎い! この手で捕まえて……この手で殺してやりたいのに、どこにもいない!!
「あんた……若旦那のほうか」
ほのかの声は呆れが混ざっていた。
身勝手極まりないのだ。妻を放置して放蕩三昧。それで妻が苦悩の果てに奉公人と駆け落ちしようとした途端に我が物顔で奉公人を殺した挙げ句に、妻と無理心中。だが、妻を殺したはずなのに、今もなお、妻を探して妻の面影を追いかけ続けている。
迷惑極まりない。
「なんなの! もうあんた死んでるでしょう!? もう奥さん解放してあげなさいよ! 自分のことばっかり!!」
──うるさい!
錫杖がギャンッと音を立ててほのかの刀を押し出す勢いで力を込める。それにほのかは歯を食いしばって受け止めた。
──あれは自分のものだ。自分のものが自分の思い通りにならないのに腹を立ててなにが悪い?
「勝手なこと言うな……! だから、奥さんは奉公人と逃げたんでしょうが!」
──死ぬほど嫌だったというのか!?
「嫌に決まってるでしょ!? 嫁に行ったらずっと放置されて、ひとりぼっちで寂しいのに! 放っておいて、手元から離れたら自分のものだと言い張るなんて子供のすることでしょうが!!」
ほのかががなり立てている中、シュルシュルと彼女の刀の刃になにかが絡みついた。黒斗が血を滴らせて書き足した札だった。
「黒斗……」
「……いささか耳が痛い話だが。その天狗、さっさと祓え」
「ありがとう!!」
ほのかは黒斗の言葉に思うところがない訳ではないが、一旦流して刀を構える。
天狗はだんだん腹を立てたのか、錫杖にしゅるりと風をまとわせてきた。対してほのかが与えられたのは、雷の力。刀身にビリビリと稲妻がほとばしっている。
──くどい、お前の話はつまらん
「うるさい! いいから彼女を解放しろ!!」
風で一気にほのかを吹き飛ばそうとしたが、その風はすぐに散らされてしまう。雷が風を散らして一気に巻き上げたのだ。
「いいから、くたばれ!!」
天狗を一閃。その血は飛ぶこともなく、崩れ落ちて消えていった。
それにほのかは「ちっ」と舌打ちをした。そして慌てて気絶しているブランコ乗りの元へと向かっていった。
「ああん、大丈夫かな。この人は……」
手首を掴むが、瘴気に当てられてやや脈が弱くなっている。それを冷静に黒斗が札を貼って彼女の浄化をし、式神で鳥を召喚して、三人をぶらさげて元来た洞へと飛んでいく。
「一応応急処置をしたが、これ以上はきちんとした医者に診せたほうがいい」
「そっか。ありがとうね」
「しかし、あの天狗」
「あれは旦那だったね。死んでもなお奥さんにひどいことしようとして」
「いや、言い方がおかしくなかったか?」
「なにが?」
「あの天狗、妻に固執してたが……あれだけ妻に固執していたら、怒りで魂が天狗に墜ちることがない。共に死ねたのだから、そこで嫌がらせの溜飲が下がっていたはずだ。ところが、天狗になって妻を探していた。おかしくないか?」
「死んだ認識がないとか……」
「それだったら、あれだけ恨みの形を定めてはいないだろう。まるで、妻が死んでないみたいな話だ」
それにほのかは「あれ?」と言った。
「というか、あのさっきの店主さん……やけにここの店の修羅場に詳しかったけど……当事者?」
「それはない。あの店主は代々あの御店を営む家系の人だ。外からやってきた奉公人ではない」
「だとしたら……どういうこと?」
「……これ以上はあまりに余談になるが、ひとまず完全にあの店の浄化を済ませて洞を塞いでから、もう一度だけ確認に行くか。もし仮に奥さんが生きているとして、また天狗が現れてよそ様に迷惑をかけたらかなわない」
「……それはそうだね」
ひとまずは地上へ。ブランコ乗りの治療を任せたら、自分たちは浄化作業を終えてから、話を聞かないといけない。




