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上:氷の公爵、婚約破棄される



 私、エリナの主人こと、我らの公爵閣下が婚約破棄された。

 いずれ、されると思ってたのだ、あのツンデレ野郎。

 愛情表現は下手すぎるし・・・・・・いや、下手どころじゃないな。

 あれは、きっと壊滅的というのだろう。

 此方から見れば無言で睨む行為を、自分では愛情深く温かい目で見守っていると思っている。

 誇張ではなくて本気でそう思っているのだから、救いようがない。


 そこそこ長い付き合いである私ですら戸惑って「婚約者様の命でも狙っているんですか?」と聞いたほどである。

 ちなみにぺちんと叩かれた。

 自認がおかしいのだ、あの男、いや、ご主人様は。

 自分のことをかわいい猫ちゃんか何かだとでも思っていたに違いない。


 まぁ、というわけで、公爵は婚約者、いや元婚約者についに婚約破棄されてしまったわけである。

 ちなみにそのときの文言はこうだ。


「私は真実の愛を見つけました。どうか、婚約を破棄してください」


 そう、元婚約者が男連れで現れた時は思わず吹き出してしまった。



 真実の愛!



 いや、顔が怖くて口下手で威圧感まである、この恐ろしい公爵から逃げ出した過ぎるのは分かるが、真実の愛!

 この唐変木が婚約破棄されるだけでもおもしろいのに、その理由に流行の【真実の愛】まで持ち出すとは噴飯ものである。


【真実の愛】


 その流行の大元は話題の聖女様と王太子殿下である。

 王太子殿下は聖女様こそが真実の愛で結ばれるべき相手だといって婚約破棄をされ、彼女と結婚すると宣言した。

 その余波は広がり、今や庶民の劇にまで、その言葉が引用されるほどの流行になったのだ。

 それから、貴族間でも婚約破棄の理由に真実の愛があげられるようになったのである。


 つまりは親に決められた婚約者が嫌で、自由恋愛がしたいという意識が広がってきたのである。

 もしくは、婚約者とは合わなかったり好きではないから、この流れに乗って新しい婚約者を作りたい、ということだ。

「真実の愛」と口にして、王太子殿下でさえ、その理由で婚約破棄したのだから、文句を言うなと両親たちへ釘を差すというわけである。

 そういうわけで、最近は皆真実の愛とやらを理由に婚約破棄するわけだ。


 そして、それが結構まかり通っている。

 最近のラブロマンス小説も大概そうだ。

 まぁ、こちらはメイドや町娘が貴族に取り立てられる理由が「実は高貴な家の娘であった」というものから「貴族が真実の愛を知った」になっただけだが。

 まぁ、その、流行にふんだんに使用されたその言葉を婚約者、いや元婚約者は公爵様に面と向かって言われたわけである。

 今、まさにあの聖女様と王太子殿下の婚約破棄と、その余波の真実の愛の婚約破棄ラッシュの処理に追われて、殺気立っている公爵殿下に本人が。

 案の定、公爵はカストリ小説の裏路地に潜んでいる人肉加工職人の様な目で二人を見た。


「ひぃ」

 元婚約者は怯み、

「ぼ、僕たちは本気です!! 貴方がどんな汚い手を使ったとしても僕らの真実の愛で打ち砕いてみせる!!」

 婚約者と共に約束もなくやって来た男が高らかに宣言した。

「み、ミカエルぅ」

 元婚約者が感動で潤んだ目で、ヒシッと男の腕に縋りついた。

「彼女は僕が命に代えても守って見せます!!」

 キリッとした瞳で男が睨むように此方を、いや、公爵を見上げる。



 元婚約者、バーチェリ子爵家のご令嬢、リリィ様。

 ウェーブがかった金髪にまあるい碧眼、妖精の様な美少女。

 彼女が、また同じように金髪碧眼、そこらのラブロマンス小説から出てきたような優男に縋りついているのは、成る程、絵になった。

 見上げられているガタイのいい、銀髪に嫉妬深さを唄われる黄緑の瞳の公爵なんて、正に二人を引き裂く悪役にピッタリである。


 そして、彼も完全に、自分のことを魔王に立ち向かう勇者だと思っているらしかった。

 彼らは愚かしくも自分たちで作り上げた理想の【真実の愛】とやらに酔って、公爵という口を聞くことも許されないような立場の男に噛みついている。

 しかも、確か、この元婚約者、家の借金の肩代わりに公爵と婚約したんじゃなかったか。

 借金は返せそうなのだろうか。

 いや、返せないだろうな。

 元婚約者が連れてきた男は・・・・・・まぁ、ぎり貴族だろうけど、公爵とは比べることもできないだろう。


 で、この二人婚約破棄後に言うんだろうな「公爵が婚約破棄の腹いせに私たちに借金を背負わせたんだ」って、最初からあったものなのに。

 というか、肩代わりを辞めただけで公爵は関係ないのに。

 それとも、真実の愛に感動した公爵がこのまま借金を肩代わりしてくれるとでも、思っているのだろうか。



 あのケチが。



 自分の顔が歪んでいるのが分かる。

 いや、ダメだ、面白すぎる。

 顔が笑顔になるのを止められない。

 面白すぎる。

 本気でそうで思い込んでいるなら、本当に素晴らしい。

 今までどれだけ、ハッピーな人生を送ってきたんだという話である。



 隣に居たメイド長に肘を入れられて直ぐに顔を引き締める。

 危ない危ない。

 主人が婚約破棄された上、悪役にされている大修羅場で大爆笑してしまうところだった。




「・・・・・・では、婚約の破棄を」

 公爵はそれだけ言ってそのまま踵を返して、立ち去ろうとした。

 まぁ、約束もなく会いに来た彼らに使う時間はないだろう。

 なにせ貴族社会は【真実の愛】で未曾有の婚約破棄ブーム。

 処理しなければならないことが山積みなのである。


「あ、貴方っていつもそう!! もっと、もっと何かないの!?」

 その背中を元婚約者の声が追いかけたが、公爵が振り返ることはなかった。


 何か。

 元婚約者は一体何をして欲しかったんだろうか。

 もしかして、縋れと?

 乙女心とは複雑怪奇だ。


 私は公爵に続いてその場を後にする。

 公爵は執務室に戻って職務の続きをするのだろう。

 つまり、紅茶が必要だ。



 まぁ、そういうわけで、顔が怖い公爵様がようやく見つけた借金の形の婚約者はそうやっていなくなったわけである。




 私は紅茶セットを運びながら願った。

 どうか、気が抜けて公爵の前で大爆笑をかましません様に、と。










「ウェッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッヒ」

 無理だった。



 扉を開けて、公爵が執務机に突っ伏し、顔を上げられないのを発見した地点で、床に膝をついた。



「・・・・・・五月蠅いぞ、エリナ」

 公爵の鬱陶しそうな声にも力がない。



「ウェッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッヒ」

 本当に無理だった。

 あの俺様何様公爵様なノア・キャヴェンディッシュが、弱っている!

 女に婚約破棄されて!

 あのクソ野郎が!!





「ウェッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッヒ」

「減給するぞ」

「・・・・・・」

「よし」

 私は金の前では無力だ。



 かつて、いや前の生での私は、日本という国で程々に平和に過ごしていた女子高生だった。

 ここに来たのは、込み入った事情がある訳でも、劇的な事情があったわけでもない。

 ただ、学校へ登校しようとした道中、灰色のデカいモフモフを森の中で見た気がして「森の中でデッカいモフモフって事はさぁ! 有名アニメとかなんとかで、有名な妖精さんなんじゃないのぉ!?」と興奮して山道に入り、木の根にあった穴に落っこちてしまって、気が付いたらこの世界の赤ちゃんとしてリスタートしていたわけだったのである。

 多分、穴に落下して、そのままだったんじゃないだろうか。

 とんだ大冒険である。

 そして、女子高生という年齢で「森の妖精さんを追いかけて行ったら、穴に落ちて死んじゃいました!」なんて死んでも言えない。

 私の前世の両親も泣いているだろう。

 色々な意味で。

 かわいそうに。



 そして、裕福な家でなければ、名字も持たない今生。

 十になってすぐに放り出された私は、何とか色々な伝手を頼ってメイドの職に就いた。

 何件か紹介所を梯子して、十二の時に紹介されたのがこのキャヴェンディッシュ家である。

 ちなみに大量雇用の一人だった。

 だが、メイド長の厳しいご指導ご鞭撻と、当時の公爵のご子息であったノア様の無表情、無言、威圧のおかげで大量雇用された使用人の数は順調に減っていき、ついに私は中堅という立場にされてしまった。

 まだ、十六だというのに、中堅。

 しかも、公爵夫妻が事故で亡くなってノア様が公爵になってからは、公爵付きのメイドの様なものである。

 元々は奥様のレディースメイドとして入ってた身としては、大分話が違ってくる。

 そのため、次の奉公先を探そうと「紹介状書いてください」と公爵に言ったときは「あ”」と一言威圧されて終わった。

 ちなみにこの間の紹介状を断られたので十五回目である。

 その全ての返事が「あ”」で終わった。


 この紹介状というのは中々だ。

 紹介状がなければ、次の奉公先を探すのは難しいし、下手なことを書かれたり、言われると、やっぱり次の奉公先を探すのも難しい。


 まぁ、このキャヴェンディッシュ家はいい方だ。

 前の主人なんて「私の家に尽くせるのが一番の名誉でしょうよ」とかいって、制服代も食事代も洗濯代もお給金から引かれていたし。

 しかも、制服がダサかった。

 どピンクの制服とか誰が着たいんだよ。


 まぁ、今の時代は「主人が使用人に欲情しないように」なんて、ダサい制服を着させる流行りがあるらしい。

 このキャヴェンディッシュ家で、そんな制服が導入される流れがきた場合は、紹介状とか関係なく絶対に辞めるつもりだ。

 なんなら、公爵の部屋に馬糞を塗りたくって辞めてやる。



「エリナ、紅茶」

「はいはい」

「はいは一回だ」

 ふぅと、忌々しそうに長い息を吐き、公爵が眉間を指で押さえる。

「全く・・・・・・頭痛がしてくる・・・・・・」

「ウケますねぇ」



「クソが、絶対に後悔させてやる・・・・・・」

 公爵が憎悪の宿った瞳で遠くを睨んだ。

「おぉ、怖ぁ」

「黙ってろ、エリナ」

「はいはい」

「はいは一回」



 まぁ、貴族って舐められたら終わりだしね。

 終わったら私も連鎖して終わるから、公爵には是非とも頑張って復讐して頂きたい。

 いい、ゴシップにもなるし。



「今日のは?」

「プリンセスオブウェールズ」

「あぁ」

「スコーンも持ってきてますけど、やけ食いします?」

「置いておけ」

「やけ食いするんですね」

 ふっと笑うとジロリと公爵が睨んできた。

 咳払いで誤魔化す。

 ここで笑うと八つ当たりされかねない。

 この悪人顔公爵は結構子供っぽいのだ。


「サンドウィッチでも作って貰いましょうか?」

「俺がやけ食いすると思われるだろうが・・・・・・」

「やけ食いじゃないですか」

「お前の軽食として、お前が作って持ってこい」

「めちゃくちゃ言いますね、公爵」

「行け」

「はいはい」

「はいは一回」

「はーい」


 私は執務室を後にしてキッチンに向かう。

 そこまで人数がいない我が館であるが、それでも掃除は行き届いている。

 メイド長のおかげだろう。



 慣れた廊下を怒られない程度の早足で進み、階段を一つ飛ばしで下りる。そしてやってきた下の階の廊下を何度か曲がって、目当ての場所に

辿り着いた。


「料理長!」

 料理長、マリーさんが此方を振り返る。

「あぁ、エリナじゃないか。今、お客さんが来てるんじゃなかったかい? もしかして、料理が必要になったとか?」

「いやいや、あの人たちはもう帰っちゃったんじゃないかな。それで・・・・・・いや、その話はまた後でじっくりと。今は、サンドウィッチ作りたくて・・・・・・材料貰っても良いですか?」

「公爵かい?」

「えぇ、公爵に、です。まぁ、建前は私の軽食らしいので、そこそこでいいんですけど」

「ふん」

 マリーさんが鼻息を荒くした。

 これは彼女の癖である。

「トマトとレタスで良いかい?」

「あー・・・・・・」

 視線を動かす。

 肉も入れたいところだ。だが、メイドの私の軽食として作るのに、高価な肉を挟むのは、確かに可笑しいかもしれない。

「ソレで大丈夫です」

 脳内の公爵が文句を言っているが、仕方がない。

 我慢して貰わなくてはいけない。

 だって、「お前の軽食」として作っているのだ。

 言い出したのは公爵なのだから、我慢して貰おう。



「ほらよ」

「ありがとうございます」

 無造作に投げられた材料を受け取り、キッチンの一角を借りて広げる。

 用意して貰ったバケットを摘みやすいようにスライスし、それにバターとマスタードを塗っていく。

 それから、レタスとトマトを挟んで出来上がりだ。

 それをバスケットに入れ、布を被せて埃が入らないようにする。


「よしよし」

「相変わらず、手際が良いねぇ」

「まぁ、前の所ではキッチンメイドも兼任していましたからね」

「はぁ、じゃあ、こっちに手があるときは手伝って貰わないとね!」

「勘弁してくださいよ。お給金が変わらないのに、仕事を増やしたくないです」

 はははとデカい笑い声がキッチンに響く。

 此方は笑い事ではない。

 本当に勘弁してほしい。


「さ、公爵に持って行ってやりな!」

「ねー、私、お手伝いしないですからね!」

「ほらほらほら!」

 キッチンから追い出されるようにして、廊下に出された。



「・・・・・・」

 口は災いの元である。

 本当に仕事が増やされたら、どうしよう。

 もう一回キッチンに乗り込もうか、少し迷う。

「うーん・・・・・・」

 ともかく、このサンドウィッチを持って行かなければいけない。

 公爵がお腹を空かせて待っているだろう。

 いや、やけ食いなので、本当に空かせているかは分からないか。


 ・・・・・・まぁ、でも、公爵が待っているの変わりないだろう。

 遅すぎると、何を言われるか分かったものではない。



 バスケットを肘に引っかけて、額に手を当てる。

「仕方ない、持って行くか・・・・・・」

 少し、凹んだものの、まぁ、仕方ないと諦める。

 早足でやってきた道を戻っていく。


 廊下を曲がり、階段を上がる。

 そして、二階の廊下を進んでいき、執務室の扉をノックした。



「誰だ」

 相も変わらずに、偉そうな声が聞こえてくる。

 間違いなく公爵だ。


「エリナです」

「入れ」

 名乗れば、間髪入れずに入室の許可が下りた。



 その声に従い、部屋に入っていく。


 真っ先に目に入ったのは、執務机に突っ伏している公爵。

 やはり、かなりのダメージが入っていたらしい。

 あの、氷の公爵様、鬼の騎士様が。

 いつも、全く動じない男が。

 御両親が亡くなったときでさえ、毅然として一切揺るがなかった男が。

 かわゆい女の子に振られて、死ぬほど落ち込んでいる。


 口角がムズムズする。



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」



「・・・・・・笑いたきゃ笑えよ」

 公爵の恨みがましい声が地獄の底から響いた。




「んふー!!」

「減給だ」

 思わず勢いよく出た息に公爵が素早く返してきた。





 いや、ソレは罠じゃん。





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