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<歌う風のエルファ> ログホラalt  作者: 名無之直人
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25.ミズファとザレン

25.ミズファとザレン


時を若干遡る。


 カズ彦とインティクスとその手勢が濡羽を強襲したものの敗退した姿を遠くから見届けている者達がいた。

 瞼に妖精の軟膏を塗ったミズファはつぶやくように尋ねた。

「あんたにはこれが見えていたっていうのかい?」

「あの二人は流れに逆らおうとして、押し流された。君は私の忠告を聞き入れた。その報酬だよ」

「忠告を聞き入れた訳じゃないさ。あの場に今のあたしがいれば」

「その場の勝利は手に入れられただろう。だが敗者となる結末は避けられなかった」

「・・・なんであたしを選んだ?」

「君が敗者だったから。弱者であり、世界から除け者にされ、それでも復讐をあきらめていない存在だったからだ」

「そうでなければあんたを受け入れはしなかったろうね」

「その通りだ」

 ミズファは、大地人として、抗うつもりだった。レベルを上げていけば、装備を充実させていけば、いずれ冒険者にも拮抗した実力を持てると勘違いしていた。だがその両者を兼ね備えた、冒険者の間でも抜きんでた者でも惨めに落ち延びていった姿を目の当たりにした。

「ランク4の知性体<在る者(エグジスト)>だったかい」

「だった、という表現は正しく正しい」

「あんたが見せてくれた冒険者達の記憶さね。私があんたを受け入れたのは」

「そうか」

 あれ以上の悪夢は見た事が無かった。

 それは冒険者達が元いた世界でのエルダーテイル(この世界)の姿。そこでの冒険者は、プレイヤー(人間)の操り人形に過ぎなかった。まして大地人は雑用を押し付けられ決まりきった台詞を言わされるだけの脇役(背景)に過ぎなかった。

 ミズファがこの世界に対して憤っていた構図はここから生まれたのかと怒るよりも呆れた。あまりにも馬鹿らしすぎると。自分がその大地人の中でも無名の存在に過ぎなかったのはまだしも、ミナミの十席会議の首領を含め大半の者はやはり無名の存在と知らされた時の衝撃は深刻だった。今まで自分が賭けて戦ってきた何もかもが無価値だと思い知らされたのだ。

 貧困の底から這い上がり、得る為に戦ってきた。死の刃の前に喜んでその身をさらしてきた。その高揚こそが、流し流される血の熱さこそが生の証だと信じてきた。だが、偽りの記憶に炙られていただけと知らされてその炎は消し炭となった。

「ミズファ、君は何を望む?」

「ザレン、あんたは何を望むんだい?」

「復讐だよ。何度も言っている通り」

「あんたを解体し、分解し、喰らった連中に対してかい?」

「そうだな。そしてその世界そのものに対して。連中だけが生きながらえる事など私は許したくない。いや、許さない」

「あんた達の世界の事情も少しは聞いたけどさ。要は餓えた村がくじ引きで口減らしする奴を選んで、あんたはその当たりくじを引いちまったってだけだろ」

「そうだな、私もそうやって生きながらえてきた。だがそれで復讐を諦める訳も無い」

「図体でかい奴のが大食らいだし、食いでもあるのはわかりやすい事実さね。で、ここからどうする?」

「私達の目的は一致している。そうだろう?」

「ナカスにいるっていうオルノウンは狙わないのかい?」

「インティクスに宿っている者は狙うだろう。そして失敗するだろう」

「エルファ、か・・・」

「君のナカス侵攻を阻んだ者だったな」

「気持ちの良い屈辱だったよ。完全に用意された罠にのこのこと足を踏み入れちまったのさ、あたし達は」

 九州ナインテイルへと渡る海底トンネルの出口のゾーンも、ナカスの門が接する三つのゾーンもそれぞれナカスの手の者達によって購入され、プラントのメンバーは足を踏み入れる事さえ許されなかった。

 だからこそ、最後の手段としてタウンゲートを一時的にでも使用可能として、ナカス内部からの侵攻を狙った。それこそが待ちかまえられた罠だとも知らずに。

 攻撃の主核となる筈のプラントの冒険者達は一歩足を踏み入れるや即座に地下牢へと転移させられ、続いていったミズファ達大地人兵士達はナカス冒険者に瞬く間に制圧され、作戦はあっけなく失敗した。

 ミズファは大地人側指揮官として、ナカス冒険者の盟主であるらしいエルファの前に引き立てられた。ミズファはそこで敗軍の将として勝負を挑んだ。さもなくばその場で自分を殺せと迫りもした。

「死にたがってるの?」

 そう問われ、

「違う!」

 そう答えたが、チャームにかけられ、海面に連れられ、ミズファだけが海中に没落し、窒息寸前でチャームは解かれた。無我夢中で水面に顔を出したミズファは、言われた。

「生きたがってるなら、命は粗末にしない方がいい」

 それまでミズファは、内心、冒険者を蔑んでいた。命の価値を知らない者(アンデッド)と。ミナミで強権を振るうプラントの内部でも上下の力関係ははっきりしていた。そのランクによって受けられる恩恵まで区別されていた。

 だが、その中でも強者であった筈のナカルナードはこの侵攻に乗り気でないどころかはっきりと反対し、言ったのだ。

「冒険者の矜持をあまり軽く見てくれるな」

 その意味するところを、ミズファはエルファにはっきりと見た。そして羨望したのだ。その在り方(強さ)に。


 捕虜は、濡羽がナカスをひっそりと訪問した後、まとめて送還され、作戦失敗の責は問われなかった。少なくともミズファに対しては。

 ウェストランデに協力的でないいくつかの地方領主を討つ事で功績を上げ将軍に取り立てられレベルも上げて十席会議にも入れたが満足はしていなかった。


 ゼルデュスやジェレド=ガンの研究成果を積極的に取り入れる事で軍も自分も可能な限り強化してきた。冒険者を殺し得るカズ彦の刀を打った刀工の冒険者に請い新たな力も手に入れた。その為に体を求められれば喜んで与えもした。自分にとってそんなものは一番元手がかからない餌でしかなかった。

 ザレンを受け入れたのもその延長線でしかなかった。

 腰に下げた二振りの新たな愛刀。<希望(パンドーラ)>と<絶望(アンリマユ)>。要となるフレーバーテキストは、ザレンと相談して決めた。

勝者は全てを奪い(希望)敗者は全てを捧げる(絶望)、か。私好みでいいねぇ」

「名は実を示す。早速試すとしよう」

 歪な双刀を手に入れたミズファに、ザレンは入れ知恵した。<望郷派(オデュッセイア)>という元の世界に戻る為に無謀な戦闘に挑み続け、共感子という彼らにとっての資源を積極的に提供する冒険者達で実験する事を。

 ミズファにとって望郷派の冒険者達はどうでもよいというより唾棄すべき存在として関わってこなかった。あちらにとっても自分は目障りな存在として互いに敬遠しあっていた間柄だったが、

「元の世界に確実に戻してやるよ」

 という申し出は無碍に断られなかった。

 ザレンの入れ知恵通り、相手との戦闘で一度でも傷を負うか敵対的なスキルや魔法を受ければ、殺した冒険者は間近に<北風の神殿>があろうと二度と復活してこなかった。

 半信半疑だった望郷派の冒険者達がその事実を見届けた後は楽だった。最初の一人が戻ってこなかった後、次を誰にするかで戦闘すら起きそうだったが、ミズファは言うことを聞かなければ相手にしないと諭す事で順々に彼らを殺していき、そして、全てを奪った。

 その場にいた十数人の冒険者が残り二人ほどになる頃に彼らはようやく気付いた。

「おい、あいつレベル上がってないか?」

「ああ、それだけじゃない。スキルや魔法も、倒した相手が持ってたのを使えるようになってるぞ!」

「ここからいなくなるあんたらには不要なもんだろ?手間賃として頂いてるのさ。イヤになったのならこっちは止めても構わないんだよ?」

 これまで数十度の死を繰り返しても戻れなかった二人は怖じ気付きながらもミズファに戦いを挑み、ミズファは彼らを力でねじ伏せ、彼らの持つ経験値もスキルも魔法も、併せてザレンは彼らの記憶(共感子)も根こそぎ奪った。

 他に誰もいなくなってから、ミズファはザレンに尋ねた。

「ちったぁ、腹は膨れたかい?」

「まだだ。まだ全く足りないな」

「そうかい。元の世界(地球)とやらに戻りたがってる冒険者達はまだたんまりといるだろうからね。心配なさんな」

「噂が流れるのはいい。だが目立ちすぎもするな」

「分かってるよ」

 そうしてミズファは裏でひっそりと冒険者狩りを続け、レベルは90を軽く越える直前に十席会議は欠席するようになった。

 元の世界に戻してくれる大地人がいるらしいという噂はいつしか広まり、ミナミだけでなくアキバからもナカスやススキノからもお客はやってきた。

 レベルが100で上げ止まった後も経験値は溜まり続け、ザレンはそれらを<魂魄の結晶(エクストラ・ライフ)>として管理するとミズファに告げた。

「つまり回数制限はあるけど死に戻れるって事かい?」

「殺された時の状況は続いているだろうから過信はしない事だ」

 今ならカズ彦でも誰が相手でも負ける気はしなかったミズファは、ザレンの制止も聞かずに、手頃と思われるレイドボスモンスターに挑んでみた。レベル帯としては75。100に到達した自分の敵ではないと侮っていたが、絶対的なHPの差を埋められず、一人ではボスの取り巻き達の処理も間に合わず、一つのライフを削られた後は何とか逃走に成功したものの、反省した。

「群には独りじゃ勝てないってか」

「冒険者の群には、なおさら独りでは勝てないだろうな」

「それはあんただって同じじゃないのかい?」

「私は群を相手にするつもりはない。相手にするのは世界そのものだからな」

「世界ねぇ・・・」

「君の戦う相手も似たようなものだ。世界の構図そのものを変えなければ脇役のまま、この仮初めの世界が終われば、手に入れた力も何もかも泡沫と消える」

「で、だからあのエルファってのは動こうとしていると」

「そうだ。我々でその世界を乗っ取る。そうして初めて我々の復讐は果たされる」

「相手は神様みたいな存在なんだろ。どうやって出し抜くんだい?」

「あれもいずれはいなくなる。その手が離れた時を狙う。冒険者達も少なくともしばらくは戻ってきたがらないだろう。であれば邪魔者が三者いるとして、その内の二者までは不在となるわけだ。それまでに私が航界種の間で抜きんでた存在に戻っていればこの世界の主導権を握れるだろう」

「いろいろ危なっかしくは聞こえるけどね。戦いなんてそんなもんさ。足りない物があるのは当たり前。張れるのは自分の命だけってね」

「ふふ、その意気だ。さし当たっては、今までの二、三倍、望めるなら十倍は食べておきたい」

「でかくなって目立ち過ぎやしないのかい?」

「気がついた時には手遅れになってるくらいでないと間に合わない」

「なるほどね。でもオルノウンは?」

「気付いているかも知れない。だとしても、やはりあの存在はこの世界に在る者達にその舵取りを任せるだろう」

「仮初めにしろ自分で作ったのに?」

「いずれいなくなるからさ。どちらにせよ」

「なるほどねぇ。んじゃ、がんがん攻めていこうか」

「ひっそりとな」

「ぼちぼち客足も減ってきたからねぇ。別のサーバーに出向けばまた客足は戻りそうだがどう思う?」

「エルファは全サーバーに監視の目を光らせている。油断するな」

「いいじゃないか。あっちには神様もついてるんだろ?これ以上不平等な戦いがあるもんかい。あたしらしいよ」

 くくっと不敵な笑みさえもらしてみせたミズファに、ザレンは適切な相手(パートナー)を選んだのだという確信を深め、己だけでなく彼女の願いも叶える為に、いずれ自分達だけでは越えられぬ壁を越える為の手立てもあちこちに埋め込んでおいた。


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