24.ヤマト評議会とサーバー間連絡者会議の誕生と、シロエとエルファの会合と、最後のクエストの発生
2018/4/30 おーそーらーく、本家様の方の政争は、たぶんカ○ミさんが嵐の様に飛び込んできて、元の仲間達をどーん!と何とかして収まるんじゃないかなーと想像してます。月世界の方の展開は読めないですね。それだけ楽しみにもしていますが、AltはAltとして最終局面を迎えていきます。
ミナミの政争は、濡羽側の勝利に終わったが、インティクスとカズ彦の落脱、KRの死亡、その他にクオンもミズファも姿を消しており、十席会議は実質的に崩壊していた。
「頃合いだろ」
とナカルナードは元ハウリングメンバーを率いてプラントから離脱しギルドを再結成。同じ動きは、糾合されていた他の有力ギルドにも波及し、プラントは最盛時の半分以下に規模を縮小しながらも、ミナミの顔としてアキバ使節団と交渉。平和裏にミナミとアキバの統合の象徴として、ヤマト評議会の立ち上げが発表された。
その中には新生円卓会議のメンバーだけでなく、濡羽やナカルナードやミナミの有力者達の他に、ナカスの代表としては<紅姫>の沙夜や、<三洋商会>のカナイ、<青十字>のららりあ達が加わった。
エルファの名も当然挙がりはしたのだが、当人は固辞した。その理由は公にはされなかったのだが、本当に極一部の冒険者にだけは設立が伝えられたサーバー間連絡者会議の調整役として就任し、ヤマトサーバーの代表としてはヤマト評議会の共同議長の一人でもあるシロエが招かれた。
ヤマト評議会の立ち上げに伴うごたごたが多少なりとも落ち着いた一ヶ月後に、サーバー間連絡者会議はひっそりと開かれた。
場所は、どこかの大海の遙か上空を舞う神竜の背の上。オルノウンに召還されたメンバー達は、そのほとんどがエルファの知己であり、韓国や北米や中国サーバーなどでそれぞれに名が通ったベテランプレイヤー達でもあった。
各が個別にオルノウンと話し合う時間も用意され、それぞれのサーバーの状況なども共有されてから、亜世界セルデシアに転移させられた30万人の冒険者達を代表するような立場に置かれた参加者に、エルファは現在の状況を説明した。
特別ゲストとして、エルファから相談を受けていたにゃん太や、彼が相談を共有したロデリックや櫛八玉達も追加召還され、現在までの研究成果などを発表。その内容は余興やリゾネットといった<航界種>の中でも特別な存在の付き添い達によってそれぞれに評価や判定を受けた。
「にゃん太班長がエルファさんとつながりがあるのだったら、それは知っておきたかったかもですね」
「すまないにゃあ、シロエち。余計な波は立てない方が良かろうという判断でしたにゃ」
「仕方ないですね。もし知っていたら、今の様に事は運ばれなかったでしょうし」
「カズ彦ちとインティクス達の件でもお世話になってしまいましたにゃ」
会合が始まる前に、エルファからインティクスとカズ彦がどうなったのかについての説明も二人は受けていた。
「南極探索をたった二人でって、無理があるような気もしますが」
「そういう環境の方が、気が楽かも知れませんにゃ」
「余計な事を考える余裕が無くなるからですか?」
「雑音が多すぎると、自分の声も聞きとりにくくなるものですからにゃあ」
「ぼくにはまだ、そこまで達観できそうにありません」
「心配は無用ですにゃ、シロエちには」
研究成果の発表とその反芻が参加者達の間で一段落した後で、エルファは語った。
「櫛八玉さんから提案のあった、航界種と冒険者との間で体験を共有し<共感子>を生み出していくというのは、確かに有効ですが、あちらの世界の需要を満たすくらいの量を生み出すにはとても足りない。この世界にあちらの世界の存在が全員来られたとしても、冒険者の頭数はとても足りないし、そこまでの容量はこの世界に無いそうです。
ロデリックさんから提案のあった再生可能なエネルギーに彼らの主食を転換できないかという提案は、確かに現実的に思われるのですが、彼ら自身の世界ではそのやり方でじり貧ながらも生きながらえてきたそうです。彼らの世界にまた閉じこめられたとしたらいずれ訪れる破局は避けられないとも推測されています。思い出を蘇らすアイテムの研究成果には期待が持てますが、物理的な何かはこの世界から持ち帰れないそうなので、もう一段階何らかの工夫が必要とされます。
最後ににゃん太さんから提案のあった美味しい物を食べて美味しい思い出を増やし蓄えていくというのは、余興やリゾネットさんから言わせると、意外に高評価で効率も良いそうです。ただし、彼らの世界に戻ればこの亜世界で行えるような食事は不可能となり、彼らが仮にしろ肉体を持てるこのセルデシアのような橋渡しの世界が維持される事が前提条件となるようです」
「つまりこの亜世界が維持される事が一番望ましい訳だが」
「それが一番ハードルが高い難題という事か」
「そうなります。我々の世界の時間もいつまで止められるかわからないそうですし」
「あと半年から一年と言っていたな、オルノウンは」
「短すぎないかも知れないが、決して長くもない」
「その間に一つか二つか、三つの世界の先行きを何とかしろというのは、滅茶苦茶な無理難題だな」
参加者の間にその重荷は共有されたが、さりとてすぐに答えが出る訳も無く、その後もいくつかの質疑応答が交わされた後に、一回目の会合は解散となり、一月後に二回目の会合が招致される事となった。
ヤマトサーバーからの参加者のみが残された状態で、
「少し、話せませんか?」
そうシロエに言われて、エルファは神竜の頭の鼻先へとシロエを伴い、他の者達から離れた。
高高度から見下ろす海と空の青い世界に見入ってから、シロエは尋ねた。
「答えは見えているんですか?」
「このままタイムアップを迎えた場合のくらいは」
「その場合、自分達冒険者の時間は完全に巻き戻る。上げたレベルや得たアイテムが失われるくらいじゃ済まない。こちらにいた間の記憶も全てが失われる。なぜなら」
「この世界で起こった事は全て無かった事にされるから。少なくとも、冒険者達にとっては」
「時間が経っていないのですからね。論理的整合性をもたらし得る帰結は、それしか、無い」
「でも、違う帰結の方が望ましい。そう思わない?」
「思います。でも実現できるのですか?」
「自分達だけだったら出来なかったと思うよ」
「可能だという事だけ分かっていて、方法が見つかっていないと」
「オルノウンは知ってるだろうけどね。答えを教えてもらうだけじゃ進歩は生まれないし、ぼく達も先に進めないから」
「進めるんでしょうか」
「知らないよ。進めると知ってるから進めたんじゃなくて、何とかしようとあがいてた結果として進んでたとか、そういうものじゃないかな」
「ですね。でも、エルファさんはもう」
「さあね。またどこかで会おう。月世界の土産話、楽しみにしておくよ」
「あちらにもいると思いますか?」
「なぜあちらに貯められていたのか。それが監察者達が寄り集まっていた理由だとは思うけど」
「分かりました。見て確かめてきましょう」
「楽しんできて」
シロエはふと微笑み、思いつきを口にした。
「自分もまだあちらにいて、<放蕩者の茶会>でレイド指揮し始めた頃、エルファさん達がやってたギルドベースでないレイドの存在を知って驚きました。一度、お手並み拝見したかったのですが」
「自分のはてきとーだからね。参考にならないと思うよ」
「それは残念。でも力を貸して欲しくなったらお呼びしますから」
「ヤマトサーバーの冒険者の手に余るような事態になったら、知り合い達に声かけるよ」
「その時はお願いします」
「ほい~。またね」
「ええ、またです」
そうしてシロエ達も姿を消した頃には、水平線の端から月が昇りつつあった。エルファの傍らにイサナミがやってきて言った。
「この神竜であそこまでたどり着けると教えてやらんで良かったのか?」
「一日の活動時間は十二時間、その後十二時間は再召還までに必要と伝えてありますからね。科学的な移動距離計算からはたどり着けない事になりますから」
「己の足と才覚でたどり着けという事かの」
「あちらで待っているのが大規模戦闘なら提案もしたでしょうけど、おそらくはそうならないでしょうし、その時は別の手段が開発されているでしょうから」
「だから種子島も放置したと」
「そんなとこです」
「食えぬ奴よの」
「ですかね」
「答えももう見えておるくせに」
「正しい答えかどうか、望んだ結果が出る答えかどうか知らないからです。そんなものを答えと呼べるかかなり疑問ですからね」
「人生の選択とはそういうものなのではないか?」
「選択した結末がどうなろうと、本来はその結果生まれる記憶はかけがえのない物な筈なんですけどね。今は、縛りがキツ過ぎます」
「誰かも言っておったが、一つか二つか三つの世界の行方だからの」
「航界種が陥った境遇は、遠い将来人類も迎える物かも知れませんしね。物理的な資源を宇宙に進出したとしても食い尽くしたら、後は精神的な存在になるしかないとか、物語としては新しくもない設定ですし」
「かわいげのない奴よの」
「誉め言葉として受け取っておきますよ」
「して、これからどうするのじゃ?」
「シロエ達ヤマト評議会の月世界への接触の結果待ちですかね。そこで足りなかったピースが追加されるかも知れないし」
「見つからなかった場合にも備えておろう?」
「一応は」
そうしてエルファ達は神竜ごとオルノウンの力で志賀島上空に転移して戻った。
エルファは、Windのメンバー達に最低限の情報だけ共有した後、ふらりと姿を消した。
誰にも行き先を告げず、伴わなかったので、翌日には似亜蘭が探しに出て戻らず、翌々日にはツクシはイサナミを訪れて尋ねたが、
「心配せずともこの世界から消えてはおらぬ。またふらりと戻ってこよう」
と居場所は教えてもらえぬまま寝殿から閉め出されてしまった。
フレンドリストの名前の表示は、白色。つまりヤマトサーバー内のどこかにいるのは確かだった。念話を入れるかどうか迷ったが、志賀島を出てナカスをぶらつきながら、念話で呼び出してみた。
相手は、2、3回のコール音の後に応じてくれた。
「あの、もしもし、エルファさん?」
「はい、そうですけど」
昔の電話らしい応対だとエルファがおかしそうに笑ったのにツクシもつられたが、それで緊張がほぐれて、素直に質問した。
「今どちらですか?」
「どこにいると思います?」
「ヤマトサーバーのどこかくらいしか」
「ナカスからそう遠いとこじゃありませんよ」
「そちらに、行っても、お邪魔してもいいですか?」
「野宿してますけど、それでも良ければ」
「それは、まぁ、何とか。でも、あの、今、似亜蘭さんとか奈良さんは・・・?」
「いませんよ」
「連絡も?」
「さあ」
「・・・・・、わかりました。行きます。場所を教えて下さい」
そうしてツクシはキャンプ道具などをいくらかと、食材や調理器具なども可能な限り魔法の鞄に詰め込んで、エルファが滞在しているという、長崎の西にある平戸島へと向かった。
小舟は無かったので泳いで渡るかどうか迷ったが、エルファが迎えに来てくれて海面を走り渡った。
「これ、相変わらず、便利で、素敵ですよね」
「向こうに戻ったらもう使えないけどね」
「それは、残念ですね。でも、どうしてここへ?」
見たところ、渡った先の島には小さな廃城と港があったが、どちらにも人もモンスターもいなかった。
その小城の天守閣のような高台に登ってから、エルファは言った。
「自分が、歴史に興味持ってるってのは話したっけ?」
「ええ。何度か。レイドダンジョンの位置発見するのにも役立ててたとか聞きました」
「ツクシさんは、歴史好きだった?学校の授業とかで」
「暗記科目だったから、あまり」
「はは。自分は授業とか関係なく教科書とか本とか読んでるの好きだったかな。地図見るのも好きだったし」
ツクシから見て、エルファはたいがい楽しそうにしてるか黙っている事が多かったが、今までにない表情を見せていた。
「ここね、遣隋使とか遣唐使の頃から寄港地として使われてたんだ」
「その二つくらいは、習ったの覚えてますね」
「でね、元は、この島、比良の島とかって呼ばれてたんだよね」
それが何か?とは問えなかった。
昼下がりの凪いだ海原は静かに陽光を弾いて金銀に輝いていたし、エルファは黙ったまま、ツクシが答えても答えなくても、良い意味で気にしそうには見えなかった。だから、問いかけられた。
「それに、どんな意味があるんですか?」
エルファはうれしそうに答えた。
「意味なんて、無いかも知れない。自分は、意味の無いところに無理矢理意味を加えようとしているのかも知れない。でもね、地名とか、人の思いが込められてるとも思うんだよね。それが、数千年の時を越えて伝え遺されてきたとか、自分には、どうでも良い事とは思えないんだよね」
崩れた城壁の縁にエルファは足を海側にぶらつかせながら座った。ツクシは隣に並んで座りながら問いかけた。
「それが、エルファさんが歴史を好きな理由ですか?」
「嘘も言い続ければ真になるとかって言葉は好きじゃないし、神話と歴史を混同したがる連中には辟易したりもするけど、それでもね、語り継がれるべき何かってのは、誰にも語られてなかったりするのを見い出したりすると、大切にしたい。誰かに伝えたいとは、思うよ」
「だから、この世界も、ここで生まれた誰かも?」
「そんな感じかな。身の丈に過ぎてるってのはわかってるけど」
「そんなこと・・・」
ツクシは、顔を横に振ったエルファの手に、その指に自分の指先を触れさせてみた。
中学生でもあるまいに、清水の舞台から飛び降りるという言葉が心境にぴたりとはまったが、はぐらかすようにエルファは微笑み、二人の触れ合った指先はそのまま、ツクシを見つめて言った。
「どうしてここに?」
「それは・・・」
言わせるんですか?とも言いたかったが、あきらめて素直に口にした。
「エルファさんに会いたかったから」
「毎日のように会っていたのに?」
「そうじゃなくて。だって、他のみんなもいたじゃないですか」
ふいと目をそらしたエルファが小憎らしくて、ツクシは触れ合わせていた指先をほんの少し絡み合わせて、覚悟を決めて、言った。
「このまま、この世界が終わったら、全部無かった事になるなんて、悲しすぎるんです。そんなの嫌なんです!」
「だから、そうならないよう、道を探ってるところなんだけどね」
「エルファさんは、じゃあ、私のことを・・・?」
エルファは手のひらを上にしてツクシの指を優しく握り込んで言った。
「地球だと六十億とか七十億だったかな。そんな中で距離を縮めて手をつなげる誰かと出会える確率って、こんな異世界に飛ばされてそこでそうなる可能性とかけ合わせると、とんでもなく低そうだよね。それこそ、ビックバンみたいな宇宙開闢にまで匹敵しそうなくらいに」
「分かりにくいです。もっとはっきり」
「記憶さえ無くなってしまうかも知れないけどさ。こうして互いの手を取って同じ時を過ごした思い出が魂に刻まれて残るのなら、向こうに戻ってもまた逢えると思う」
ツクシにも、なんでエルファがあちらで独りでいるのか、分かった気がした。きっと届かない。そう直感したからこそ、踏み越えたくて、身をよじって、海を眺めているエルファの横顔に顔を近づけていった。
50cmほどあった距離が30cmに縮まると、気づいたエルファがツクシの方を向いて、目標を頬から口へと変更した。20cmに縮まった頃にはエルファが困ったような止めようとするような表情を浮かべたが、ここまで来たらもうツクシも止められなかった。
互いの距離が10cmを切り、ツクシは瞳を閉じて最後の一押しを図ったが、その唇は唇や人肌にはありえない冷たく堅い感触に押し留められた。驚いて瞳を開くと、エルファの唇との間に半刀が差し渡されてその表面に口付けしていた。
エルファにゆっくりと肩を押し戻されると半刀も引かれていき、ツクシは突如として現れた人影を恨めしげに見つめながらつぶやいた。
「いないって、言ったのに」
「この島にはね」
似亜蘭は似亜蘭でツクシとエルファの間に自分をねじ込みながら言った。
「私には、独りにしておいて欲しいって言ったのに!」
「じゃなきゃWindの島からここに出てきてないよ。そもそもの最初からついてこようとしてきたから」
「だから、島の外で、対岸で我慢してたのに!」
「それも、どうなんだろ」
ツクシにはきっと一睨みをくれてから、エルファの襟首をつかんでがっくんがっくんと揺さぶりながら似亜蘭は叫ぶようにせがんだ。
「私だって、忘れられたくない!忘れたくない!そんなの、エルファさんだって知ってる筈だ」
悔しそうに涙さえ滲ませた似亜蘭を、エルファは抱きしめ、その背中を優しくさすりながら言った。
「だから忘れないでいられる方法をみんなで探そう。ね?」
なだめられ、落ち着いたように見えた似亜蘭だったが、まだ少しふてくされたまま、ツクシとエルファの間に陣取ったので、ツクシは仕方なく逆側へと回った。
エルファはそんな二人を誘うように近くの地面へと座り込み、傍に落ちていた小枝を拾って地面に何かを描き始めた。
ツクシも似亜蘭も近寄ってのぞき込むと、そこには人の姿と、もう一つの人の姿が描かれ、その二つの人物像の頭部を線でつないでから、エルファは言った。
「この世界に体は物理的に移動してきていない。それはオルノウンにも確証されている。ここまではいいかな?」
ツクシと似亜蘭がうなずいてから、エルファは質問した。
「記憶は脳に蓄えられてるよね?でも自分達はキャラクターデータには蓄えられてない、リアルの自分の記憶を保ったままこの世界に転移してきている。これはどういう事だと思う?」
「ネットワークみたいな何かで、つながれてるとか?」
「いい線いってると思うよ、似亜蘭さん」
「それほどでも、えへへ」
ちらりと勝ち誇ったような視線を投げてきた似亜蘭に対抗するべく、ツクシも質問した。
「でも、それは物理的な接続じゃない。ですよね?だとしたら」
「そうそう。例え記憶は、脳から吸い出してこの世界に投影してたとしても、人格全てがそのデータの反映かどうかって点は疑問の余地が残るよね」
「人格って、でも記憶に依ってるんじゃないんですか?」
「例えば人の技術が進んで、脳の容量全部を移し替えられる電子脳みたいのに記憶全部移し替えたら、その人のコピーがいくらでも作れてしまうかどうかっていうお話。もしかしたら作れるのかも知れないけど、それはね、記憶であって人を動かす意志とはまた違うものだと、自分は思ってる。OSってより魂かも知れないけど、その実在はまだ確かめられてないしね」
「ええと、つまり・・・?」
「向こうにいる肉体の自分と、今の自分は、つながっているかも知れないと?」
「でも、それはさっきも」
「そうなんだけどね。VM、仮想マシンとかみたいな仕組みとして今の自分達が動いてるとしたら、この世界での記憶も、元の世界の自分達に届いてその脳に書き留められてる、かも知れない」
「でも、時間が止まってるのなら」
「そう。だから、人格を展開している仮のフィールドの中に、この世界で追加された情報や記憶なんかは書き留められてて、世界の消失と共に保留されてた一時情報は全部消去される可能性もある」
「でも、そうならず、元の世界の記憶に書き加えられる可能性もある?」
「オルノウンに頼めば?」
「頼み込めばやってくれる可能性が無い訳でもないとは思っている。別の理由もあってね。でも二人とも忘れないで。この世界が用意されて、自分達が巻き込まれた理由を」
「<航界種>と彼らを創造した種を助ける為、でしたね」
「助ける為だけでも無かったと思うけど」
「一つ、オルノウンを通じてあちら側に提案した事があるんだ。まだ他のみんなには提示してないけど」
「連絡者会議でも?」
「うん」
「どうしてです?」
「その結末が、エルダー・テイルをたまたまプレイしていた人達だけで抱えきれるようなものでなくなるから」
ごくりと唾を飲み込んだツクシも似亜蘭も、地面に腰を下ろした。
「この世界で、エディフィエールとリゾネットが共存できたように、元の世界でも共存できる可能性は無くもない、らしい」
「なるほど!でも、それは・・・」
「頭の中にエイリアンを抱え込めって言われたら、断固拒否する人達のが多いでしょうし、当人は了承しても家族や恋人とかに対しても同じ判断を求める人達はたくさんいるでしょうね」
「そう。実際地中から石油を掘り出すみたく、異世界から資源を取り出す術をトラベラー側が持っていたとして、人類がそれを任意で防ぐ手段を持たなかったら何が起こったか。だからオルノウンはここへ彼らと、そして自分達を引き込んだ」
「でも、典災は記憶の譲渡に合意を必要とするとも聞いたけど」
「そうしないと質が著しく低下するとか、資源として利用できる状態で無くなってしまうとか、おそらくは善意からの積極的な理由でなくて、消極的な理由からだろうけどね」
「でも、だとしたら逆向きにするのはどうなんでしょう?」
ツクシは思いつきを口にしたが、エルファも驚いているのを見て逆に驚きもした。
「その発想は無かった・・・」
「ですか。でも、彼らの世界がどうなってるか分かりませんし、私たちのと同じ風な宇宙かどうかも知りませんけど、彼ら自身が肉体を持たない情報で構成された存在なら、セルデシアみたいな世界をあちら側に構築する事も可能なんじゃないでしょうか?」
「そして、この世界をほぼまるごと移植してしまう。移動というか往還は、こちらからあちらへとほぼ一方通行に固定する。その技術は人類には無いからオルノウンにお願いする事になるかも知れないけど」
ツクシとエルファの間で急に進んだ展開に焦った似亜蘭も、負けじと記憶をたぐった思いつきで対抗した。
「ええとええと、みんながみんなエルダー・テイルみたいなゲームやりたがってるわけもないから、いろんなアプリみたいな世界をいくつも創造できたら、地球側のみんなも、よりたくさん参加してもらえるんじゃないでしょうか!?」
「うん。いいアイディアだと思うよ。そこで施設利用料みたいな感じで、記憶を全部支払うんだと意味ないし一部でも欠けると損なわれもするから、その時だけ訪問者に同居してもらった監察者達に<共感子>を生成蓄積してもらって、それを彼ら側が利用するようにしてもらえば、どちらかがどちらかを一方的に利用している事にも搾取する事にもならない。かつ、<合致>の為に造られた<典災>や<監察者>達も使い捨てにされなくて済む」
「エルファさん・・・」
「余興さん達、助かるかも知れないんですね」
「この思いつきが実現できればの話だけどね」
「でも、彼らの世界の需要を全部満たすくらいには、足りるんでしょうか?」
「それは分からないけどね。たかだか30万人くらいがプレイしてきた思い出が、あちらの世界にとって無視できないくらいの資源量になるなら、数十億人の百分の一、数百万人以上があちらを頻繁に訪れて楽しめるようになれば、まぁ、何とかなるんじゃないかな。互いに助け合うだけの価値が無い筈も無いし」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「だって、トラベラー側にとって、ここは初めて合致に成功した異世界と聞いてる。つまり彼らにしろ人類は初めて接触した自分達以外の知的生命体って事。人類も同じだよね。特に人類側はこれから宇宙進出したり、今は持っていない資源の有効活用方法とか、トラベラー側にしたらもう死蔵されてて使い道の無い技術かも知れないけど、そんなのがごろごろしててもおかしくないし。互いにはまりかけてた行き止まりを回避できる可能性があるのなら、協力出来ると思うよ」
エルファは立ち上がると、両腕を広げてツクシと似亜蘭の肩を抱いて言った。
「ありがとう、二人とも。これで、何とかなるかも知れない」
ぎゅっと抱きしめてからすぐにエルファは身を離したので、二人の両腕は空を切った。
「さて、そしたら戻ろうか?」
エルファに問われたツクシと似亜蘭は顔を見合わせて答えた。
「いや、でも、あの、せっかく羽伸ばしに来たのなら」
「もう少し、ゆっくりしていっても、いいんじゃないかと思うんです!」
「じゃ、じゃあ二人は」
「ちーがー」
「いーまーすー!」
がしっとエルファの両腕をホールドした二人の完璧なユニゾンにエルファも観念し、二人にテントの設営や夕食の準備を頼みながら、明日の朝食のおかずとして岬の一つの先で釣り糸を垂らしつつ、数人と念話を交わして、戻った後の下準備も進めた。
夜に向けて空はだんだんと暗くなったが、ツクシと似亜蘭の目は爛々と輝きを増しつつあった。
二人はテントの設営を終え、料理した食べ物や持ち寄った飲み物をテーブルに並べながら、不穏な会話を交わした。
「いざとなれば」
「二人がかりででも」
「こんな機会が、またあるとも限らないし」
「もしも、さっきの提案がオルノウンに受け入れられて」
「トラベラー側の世界にもとんとん拍子で話が進んでしまったら」
「この世界にいきなり転移してたみたいに」
「いきなり戻ってたりするかも知れませんからね・・・」
「記憶を維持できるかも知れないのならなおさら」
「できない可能性も残るかも知れないなら、なおさら・・・」
自分よりも年上で、自分よりも入り組んだ事情を持つツクシは、やはり自分よりも思い詰めているように見えたので、似亜蘭は、意地悪かも知れない質問を投げかけてみた。そう、これは戦いなのだから、と自分を納得させて。
「ツクシさんは、別れるんですか?」
意味は、伝わった。
ツクシは水を注いだコップをテーブルに静かに置いたが、その表面は波立っていた。
「飛び込み、ます」
「命綱というか、保険は残したままですか?」
「残していたら、絶対に、あの人は相手にしてくれません。それは確かです。そんな中途半端は、しま、せん」
「言葉が途切れ途切れになってますよ?」
「それだけ、軽くない事情もあるんです。似亜蘭さんにも、その内、お分かり頂ける筈です」
「私は、何も、ためらいません。彼に受け止めてもらえたら、後はもう」
「彼が誰をどう選ぶか、私も本当に彼を選ぶのか、彼が言う通り、あちらで会ってみない事には何も始まらない事も確かです」
「だったら、この場は私に譲って」
「戻ってから誰を選ぶのかこの場で決まるのであれば、私にも譲れません」
「そんなの、ずるいじゃないですか!」
「かも知れませんね」
「かもじゃないです。ずるいです!」
「それでも、選ぶのは、私達でもあるように、彼でもあります、から」
「それでも、あなたは、彼を選ばないかも知れないのに!」
腰裏の半刀の束に手をかけた似亜蘭を前に、ツクシは一瞬ひるみかけたが、エルファの奏でる楽器の音が聞こえてきて踏みとどまった。近づくにつれ大きくなる旋律に鼓舞されるようにツクシは言った。
「それを決めるのも、彼と私です。あなたじゃ、ありません」
格闘ゲームで言えば戦闘開始のゴングが鳴り響いたような気さえしたが、実際にはエルファが姿を現した事で二人は表向き矛を収めた。
その少し前に、エルファは奈良に念話を、というより救難通信を入れてみたのだが、
「今までのらりくらりとかわしてたみたいですけど、年貢の収め時なのでは?」
と言われ、
「収めないとダメなの?」
と返したものの、
「断りたいなら断ればいいじゃないですか」
「断りたいわけじゃない。けど、今は、まだ」
「今までもそうしてきたんじゃないんですか?」
「そんな恵まれた状況を過ごしてきたわけじゃないんだけどね」
「だったらなおさら」
「本当の自分をまだ見てもらってもいないのに?」
「言いたい事は分かりますけどね。ちなみに、・・・ちょっと待ってて下さい。こちらからかけ直します」
そしてわずか二分ほど後に奈良から念話がかかってきたが、
「イサナミさんに頼んで、エルファさん達がコールオブホームで戻ってくる事も、その島から出る事も不可能にしました」
「・・・いつまで?」
「明日の朝まで」
「何でそこまでして。楽しんでない?」
「楽しんでるというよりもてあそんでるのはエルファさんでは?」
「そのつもりが無いから保留させてってお願いしてるだけなのに」
「それでも、二人を生殺しにしてていい理由にはならないです。もう、大詰めの段階に来ているんでしょう?」
「さっき二人にもらった提案が実現すれば、たぶんね」
「なら、なおさらです。詳しいお話は戻ってから聞かせて下さいね」
「自分は奈良さんのおもちゃにされてる気がしないでもないですけど」
「バカ言わないで下さい。ちゃんと向き合って」
そうして念話を切られたエルファは、豊富とは言えない釣果を魚篭に入れて天守閣跡へと戻ったのだが、穏やかとは言えない話し声を遠間から聞きつけ、少し引き返してから楽器を弾きつつ再度アプローチし直したのだった。
ちゃんと向き合う、か。出来るのかな。
でも出来るかどうかじゃなくて、そうしたいかどうかだな、自分の場合。
エルファはまだぎくしゃくした雰囲気の二人におおげさに問いかけた。
「さて、今日の晩ご飯は何かな?」
「ナカスで一番人気<まやま>の鶏の唐揚げ明太ソース絡めと」
「お、自分の好物だね」
ふふんと鼻息を荒くした似亜蘭に対してツクシは、
「エルファさんチキン南蛮も好きですよね。手作りです」
「おお、すごいね!料理の腕上がった?」
「かも、です」
ツクシと似亜蘭の間で火花が散りその他料理の説明が続く間にもすでにテーブルの上に満載になっていた料理がさらに追加されそうになったので、エルファは言った。
「冷めちゃったらもったいないよ。食べよう?」
そう言われて二人も席に着き、いただきますを三人でした。すぐさまツクシも似亜蘭もそれぞれの料理をエルファに食べさせようとしたが、一押し料理以外の物から手をつけられ、一押しの物もその間に挟むよう平等に食べ進められてしまい文句をつけられず、二人も促されて箸を進めた。
食事が済むと、エルファ一押しの秘蔵日本酒が二人に振る舞われた。
「おいしい・・・」
「向こうだとお酒飲めないけど、こっちでは楽しめるの、嬉しいです。なんてお酒なんですか?」
「三重の酒蔵の一つで、それなりに有名なところなんだけどね、酒飲みには。これはそのお酒を好きなプレイヤーの醸造手さんに造ってもらったレプリカかな」
「でも、エルファさん酒飲みって言っても」
「がばがば飲んで酔っぱらうって風じゃないですよね」
「たまたまだよ」
これも陶芸人に造られたのであろうぐい飲みを少しずつ傾けながら、エルファは言った。
「二人に、聞いてもらいたい話があるんだ」
すでに日は西の海の彼方へと進み、夜闇が辺りを覆っていた。テーブルの上に置かれたランプの灯りは三人を淡く包み、夜空の月は島々と海とを穏やかな銀色に照らしていた。
「自分が、どんな人間なのかを」
そうしてエルファは時々酒を自分のぐい飲みや、二人の杯に注ぎながら、幼い時から大人になるまで、大人になってから現在に至るまでを、どんな片思いや失恋や失態をやらかしてきたのか、つぶさに語った。
社会人になってまだ間も無いくらいの似亜蘭には、実感として受け止めるのは難しいだろうなとツクシには思える話がいくつもあった。勤務形態や給与という方面にまで、今までどれくらいの会社を経験したのかも、どうして移る事になったのかも、おそらく包み隠さず、エルファは語った。語られていないのは、彼の本名くらいだった。
どうしてそんな話を聞かせてくれたのか。月が夜空の中天に届きそうになる頃に話は一段落し、ツクシは率直な感想を述べた。
「分かりました。エルファさんは、あちらでも、エルファさんなんですね」
「レイドの指揮とかなんてしてないけどね」
「好きに生きている。それだけでしょう?」
「そゆ事。だから、自分がもし誰かと共に歩く事になるなら、その人にもやっぱり自分と同じ様に、自分の好きな様に生きて欲しい」
確かに、むずかしかったろうなと、ツクシには思えた。結婚する、家庭を持つというのは、自分の都合を後回しにする事と同義でもある。自分のしたい事を最優先するというのは独身に対してのみ許される。独身というよりは、独り身か。
らしいな、と思えたツクシは微笑んだが、じっと黙り込み考え込んでいた似亜蘭は、違う風に受け取ったのか、尋ねた。
「一緒にいたいから一緒にいる。お互いがそう思ってたら、それだけで、十分じゃ、ない、の?」
「それで十分うまくやって続いて添い遂げる二人も、それこそ数え切れないほどいると思う。自分もそう思わないでもない。自分がむずかしく考え続けてるだけかも知れない。でもね、いつも一緒にいたいが、いつも一緒にいなければならないになったら、それは苦痛になるよ」
「でも、つきあうって、結婚するって、そういう事じゃないの?」
「両方働いてたらそれだけでも互いの時間はすれ違うしね。自分は働いてもいるけど、それは自分の好きを続ける為にしている事だから」
「それは、でも、みんなしている事じゃないの?」
「同じようで、同じじゃない。生活費を稼ぐってのは重なってたとしても、将来に向けた貯金とか、自分もした事無い訳じゃないけど、優先順位の付け方が、時間の使い方も含めて、違うから」
そう、例えば、こんな話だったのだ。
自分も、かつては、似亜蘭と同じだった。
互いに好き合って、結婚すれば、そこには幸せしか待っていないと、おぼろげながらも信じていた。
相手も自分を知ろうとしていなかったかもしれないけれど、自分も相手を知ろうとしていなかった。
家事分担といった些末な話ではなく、互いの目がどちらを向いているのか、互いに知ろうとしていなかったのだ。同じ方向を向く必要は無いけれど、相手が何を見ているのか、どうしてそちらを向きたいのか、その意志疎通は必要だった筈なのだ。
今思えばはかないくらい幼く、子供はいつ頃、何人くらい作ろうかと話していた事もあったが、それすらもはっきりとした輪郭を伴った話ではなかった。
その前にもっとしておかなければいけない話は、いくらでもあったのに。
何してたんだろ、私。
頬を涙が伝い下りるのもかまわず、ツクシは自分の頭の横を小突いて言った。
「ごめんなさい、エルファさん。私も、きちんと向き合わないといけないみたいです」
「うん。それがいいと思うよ」
「だから、それまでは」
「かまわないよ」
「ありがとう、エルファさん」
ツクシは席を立ち、エルファの傍に行ってハグを交わすと、テントに先に引き上げてしまった。
「さて、似亜蘭さんはどうしますか?」
「例えば、の話なんですけど」
「はい」
「自分が今レベル50、いや、40か30くらいだとして」
「はい」
「エルファさんやツクシさんが90とか100だとしたら」
「自分はレベル10くらいじゃないかな」
「茶化さないで下さい!」
「はい・・・」
「経験値、積まないとダメなんですか?間に、誰か、踏み台挟まないと届かないんですか?今、一番欲しい誰かが、手の届くとこにいるのに。目の前にいるのに」
「RPG的に言えばそうかも知れないけど、どうなんだろうね。その時その場で巡り会ったら、それが全てでいいような気もするけど、でも」
「でも、なんですね」
「一夜限りのとか、似亜蘭さんが求めてるものじゃないでしょ?」
「・・・・・」
もしそうだと言ったら、それでもかまわないと言ったら、この人はどんな反応をするのだろう。見てみたくなくもなかったが、本当にそれだけで終わりにされたら、それこそ終わりきれないのも分かった。
回答を迷っている似亜蘭に、エルファは質問した。
「似亜蘭さんは、どんな人なんですか?」
かっと頭に血が昇ったのがわかった。意地悪な意図でされた質問でもないのもわかってはいた。エルファは自分がどんな人物なのか語ってくれた。英雄でも何でもない、知らずに通勤電車で見かけたら間違いなくその他大勢として背景に埋もれるだけの存在。
じゃあ、自分はどうなのか?
女性である。若くもある。それなりの外見かも知れない。それらもやはり背景的要素にしかならないのではと不安になった。
「自分は、つまらない人間です」
ようやっと言えた答えは、これ以上ないくらいくだらない、どうしようもない最低のものだった。
だけどエルファは、否定も肯定もせずに、質問を重ねてきた。
「最近というには適切じゃないかも知れないけど、この世界に転移する直前だと、どんな事が大変でした?」
「やっぱり、仕事ですかね。三年目にさしかかって、後輩みたいのを教える事も多くなって。就活はそんなに苦労しないで済んだんですけど」
「教えるって、大変だよね。後輩とかならともかく、先輩とか上役とかに教えなきゃいけないとか理不尽な時もあるし」
「そーなんですよ!何なんですかあれ?あんなので自分達より高給取りとか」
「納得いかない事も多いよね。会社とか、社会とか、入る前は想像も出来なかったくらいいろいろ滅茶苦茶だったりするし」
会社に特に親友がいる訳でも無かった。コンプライアンスが云々される時世も重なって、話せない事も鬱憤として溜まっていたのを、似亜蘭は少しずつ吐き出した。エルファはその嘔吐物の中から、似亜蘭がどんな事に怒りを覚え、どんな事に誇りを感じるのか、洗浄してより分けていって、目の前に並べて聞かせてくれた。
その最後に、
「やっぱり似亜蘭さんは、いい人なんだね」
と言われた事が、嬉しくもあり、悲しくも感じた。
「いい人って誉め言葉なんですか?」
「自分も言われてあまり嬉しくはならないかもね。いい人なんだけどね、とか、敬遠されてる感じしかしないから」
「だったら」
「損な役回りをさせられる事が多い人、のがぴったり来るかもだけど、長いし回りくどいし」
「それだと誉め言葉にも全くなってないですよね」
「でも、自分を曲げるのは嫌いな人でしょう?」
「あ・・・」
それは当たっているかも、という表情を読んだのか、エルファは言葉を重ねた。
「自分だけが正しいと思いこんじゃうと偏屈にもなっちゃうから、自分が悪くないのに自分も疑わなきゃいけない。社会人として求められるバランス感覚だとしても、疲れるよね、そういうの」
「みんな、そうなんでしょうか」
「もしそうなら、みんなしてそこまで苦労したり疲れたりしてないと思うよ」
会社のグチを先輩に聞いてもらった事が無い訳でもない。ミスをやらかした時に課長や部長といったクラスの、たぶんエルファからすればそう遠くない年代の人達に受けたお説教というか世間話にも、重なる部分が無かった訳でもない。
けれどそういった人達と休みの日にまでどこか行くような事も無かったし、エルダー・テイルの様な世界で出会う事も、そこで一緒に遊ぶ事も無かった。
「好きで、そうしたらいい。したく無い事も選んだらいい」
そう言われて、仕事ではそんなのいつも選べる訳無い、という言葉が口をついて出そうになったが、思い留めた。そんなのは分かった上での言葉の筈だ。そうして待ったエルファの次の言葉に、
「だからエルダー・テイルも始めたんじゃないの?」
似亜蘭の何かは溶かされてしまい、抵抗を放棄した。
自分が自分の好きなように振る舞える何処か。自分らしくいられる居場所。現実世界からの逃避だという人は少なからずいるだろう。だからどうした。自分は好きでここにいる。この異世界に飛ばされたのはアクシデントだとしても、その後<紅姫>を抜けてWindに飛び込んだのも、エルファと足跡を共にしてきたのも、自分がそうしたくてそうしてきたからだった。
そして今自分はここにいる。今の自分の気持ちがある。自分の好きで、今の自分は純粋に構成されていた。だから、
「好きです」
そう言えた。
「ありがとう」
そして、ごめんなさい、と言われるかと思った。
「自分も、似亜蘭さんの事、好きだよ。とても、まっすぐで」
自分の好きと、相手の好きが、重なっていない事は、今の似亜蘭にも分かった。
「きっと、届かせてみせますから」
「楽しみにしておくよ」
似亜蘭は、鞄からノートと鉛筆を取り出して、元の世界の住所と連絡先と氏名を書いたページを破ってエルファに渡し、
「約束して下さい。元の世界に戻ったら、私に最初に会うって」
エルファにもノートと鉛筆を渡すと、しばし悩んだ後に、メアドだけを書いて戻してきた。
「不公平です!」
「会うのに住所とか不要でしょ。名前は伝えておくからさ」
そうして耳元でエルファの本名を囁かれ、嬉しさと悔しさを紛らわす為に、その首もとに抱きついた。
戸惑っていたエルファにぎゅっと抱きしめられ、似亜蘭は彼が体を引き離す時に唇を重ねようとした。
ほとんど背丈が変わらない二人でも、エルファは立った状態、似亜蘭は座っていたせいか、狙いはそれ、唇の脇辺りに着弾した。
エルファは苦笑いして似亜蘭の鼻の頭を指で弾いてから、
「お休み」
と言い残してテントとは逆方向のどこかへと歩み去ってしまった。
これ以上の深追いは禁物かと、あきらめた似亜蘭がテントに戻ると、ツクシはまだ起きていた。
「どうでした?」
「首尾は全部聞こえてたんじゃ?見てもいたかもだけど」
「聞き耳は立ててましたけどね」
似亜蘭も自分の魔法の鞄から寝袋を取り出し、テントの床に敷いて潜り込みながら嘆息した。
「あと2センチ、いや1センチくらいだったと思うのにな~。ああいうのには照準補正かからないのか・・・」
「私のだって、あなたの邪魔が入らなければ」
「危ないところだった。邪魔して正解だった」
「かもね。もう遅い時間だし、エルファさんはここに来ないだろうから、もう寝ましょう」
ツクシが自分の寝袋のファスナーを閉じて反対側を向いてしまったので、似亜蘭も同じようにした。
眠りに落ちる前に、自分はエルファの名前とメアドを聞いたのだと、あちらに戻って最初に会ってもらうと約束したのだとツクシに伝えて優越感に浸る誘惑に駆られたりもしたが、自分が言っただけでエルファは明確に受け入れてくれてなかったようにも思うし、自分には伝えなかった電話番号までツクシには伝えられたらショックが大きすぎると思い直して、そのまま眠りに落ちる事を選んだ。
翌朝、ほとんどエルファが用意した朝食を三人で済ませると、一日一回しか使えないコールオブホームを朝方に使ってしまうのはもったいないと走って戻る事になり、そう急いだ足取りでもなくても2時間もかからずにナカスへと、そしてWindの島へと帰り着いた。
そこには、ニライやカナイや沙夜や冷麗やロード=タモンや桜姫達だけでなく、見慣れぬ一団がエルファ達を待ち受けていた。
中でも、背に大きな水晶の両手剣を携えた古来種の金髪の男性はどこかで見覚えがあり、
「もしかして、エリアス=ハックブレード?」
と似亜蘭は驚いていた。傍には蛙ヒーローのコスチュームに身を包んだ二刀流アサシンもいたし、両手に大盾を備えた重装甲メイド姿のクレリックもいた。
しかし四人組の中では一番普通そうな装備をした、しかしそのはちきれんばかりの生気に溢れた容貌からただ者ではないだろうと推測された誰かは、エルファを見つけると駆け寄ってきて言った。
「お師匠~!まーた何か楽しそうな事やってますね~!いいないいなー!」
「相変わらず元気そうだね、カナミさんは」
「へっへ~、娘も生まれてすくすく育ってますよー!もー人間ミサイルみたいにどーん、って!」
「カナミさんの娘らしいね。それはそうと師匠とか止めない?」
そんな二人を前に、周囲のWindメンバーは囁きあっていた。
「カナミって、あの、<放蕩者の茶会>の元リーダー?」
「どうしてエルファさんと?」
その疑問はやはり当人達の間の会話で解明された。
「だってー、私を最初にレイド連れてってくれたのはエルファさんじゃないですか~!」
「あれをレイドというかかなり疑問だけどね」
「あの後、エルファさんが引退しちゃったって聞いて、私心配してたんですから。私のせいなのかなって」
「そんな事無いよ。単にタイミングが重なっただけ。久しぶりにおもしろい事が出来たから、そこで区切りをつけただけ」
カナミが心配という言葉と殊勝な態度を取ってみせた事にエリアスも蛙ヒーローコス男も驚いていたが、次に飛び出した言葉は彼らをもっと驚かせた。
「良かったー!でね、シロ君から聞いたんだけど、もっとすごい事始めようとしてるって!あっちの世界とこっちの世界の往還も成功させたって!私、自分の娘をこの世界に連れてきたいの!この世界を一緒に楽しんでみたいの!」
台風の様な存在という比喩が比喩でなかったのだと、知っていた人物はその評価を改めて確認したが、エルファは特に驚きもせず、却下もせず、カナミと、周囲にいる人々に語りかけた。
「じゃあ、手伝ってもらいましょうか。トラベラー達の世界にこの一時的に作られた世界を移植し定着させ、自分達の元いた世界から往還を成功させ、トラベラー達と自分達とで<共感子>を溢れんばかりに生成していくプロジェクトを。それが、この世界にいる自分達が元の世界に戻るまでに行う最後の一仕事となります」
カナミはもちろんその同行者は否応なく巻き込まれ、Windのメンバーもナカスの仲間達も、その中心的な役割を果たしつつプロジェクトは始まり、ミナミやアキバや他のサーバーからも続々と参加者が集まり、志賀島には当然収まらず、ナカスではなくタムランを実験研究都市として、三つの世界を股ぐプロジェクトは進められていった。




