13.ミナミとの折衝
奈良と別れてからも、エルファは精力的に動いた。
自ら韓国サーバーに渡りプサンやセオウルのプレイヤータウンの状況や、その先の魔物の領域も探索。
ヤマトサーバーに戻ってからは、ナインテイルの有力者大地人達と面会しつつ、ミナミとイコマとキョウ周辺のゾーン連携図なども詳細に確認。
並行して進めていた、各プレイヤータウンに起居する冒険者の名簿も、かなりの数と精度で仕上がってきていた。
アキバでも味のある食べ物の販売が始まったのと前後するように、ミナミでの陰謀は深刻化。いつ大きく物事が動いても良いように諸々の準備を進めたり早め、その中にはオーク王やアデルハイド候の精鋭達の継続的なレベル上げもあり、そちらはWind加入希望者達にほぼ丸投げしてあった。
そして<大災害>から二ヶ月が経とうとする頃、アキバでは円卓会議が有力ギルド達によって発足。いくつかの基本方針を発布してプレイヤー間に限らず大地人との間にも人権を認めるよう指針を示した。
ミナミでは大神殿を購入していたプレイヤー、濡羽が<Plant hwyaden>を立ち上げ、ミナミにいる全てのプレイヤーは<Plant hwyaden>に加入するよう圧力をかけた。
アキバで料理に限らずサブ職業でスキルレベルを持つ者がメニュー操作に頼らず自分の手で作業を行う事で、ゲーム時代に存在していなかったアイテムまで生み出せる事が公開された為、ナカスでもほぼ同時刻にそれまでの秘密を開示した。
もちろん、準備を終えていた<三洋商会>もランディク子飼いの大地人商人達も万全の状態でスタートダッシュをかけ、アキバにもミナミにも出遅れる事は無かった。
ミナミで<Plant hwyaden>に反抗するプレイヤー勢力がいなかった訳ではないが、大神殿を先に押さえられてしまった事は大きく重くのしかかり、<ハウリング>を始めとした大手ギルドが解散・加盟した事で、流れは確定した。
<Plant hwyaden>からはナカスに起居するプレイヤー達にもミナミへ移住するように勧告され従った者達も中にはいたが、強圧的な<Plant hwyaden>の方針に賛同しかねるプレイヤー達の半数近くはアキバではなくナカスに移住してきてくれて、ナカスの人口はさほど減らなかった。その多くがどちらかと言えば新人ではなく古参以上の古株プレイヤー達の比重が高かった事も後の助けになった。
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俺も、沙夜も、ニライさんやカナイさんも日々更新されていく情報に溺れそうになりながらも何とかついていき、ウォーロードの元にも派遣された冒険者が付きっきりで情報を逐次アップデートさせた。
そして<大災害>から三ヶ月余りが過ぎた頃、俺は菫星さんからの呼び出しを受けて、ギルド会館へと向かった。
菫星さんとは言葉短く現状を確認。全ての準備が整っている事も再確認した上で、俺は相手を待たせている小部屋へと向かった。
円形の部屋は中央の間仕切りで分断され、互いの姿は見えないが、声は通るよう目の細かいスリットは設けてあった。
「初めまして、かな。<西の納言>さん」
「さて、それはどなたの事をおっしゃられているのですか?私は旅の物書きの」
「ゲーム時代には存在しなかったスキルですかね。その外装以外にいくつ持ってるか正確には知りませんが、あなたはもうここで魔法もスキルも一切使えません」
間仕切りの向こうで何かしらの効果が打ち消された音がして、先ほどとは違う声が聞こえてきた。
「なるほど。ずいぶんと念入りに準備なさっていてくださったようですね。私は濡羽。<Plant hwyaden>のギルドマスターです。あなたのお名前を伺っても?」
「あなたも下準備をしてきたのであれば、見当はついてるでしょうから名乗らないでおきます。
さて、結論から言いましょうか。ナカスは放っておいて下さい」
「ナカスだけでよろしいのですか?」
「そうですね、ナインテイルも、フォーランドも、です」
「ずいぶんと欲張りではありませんか?」
「ウェストランデの領地は十分に広いし、あなたが取り込んだキョウやイコマの連中が関心を寄せているのは西ではなく東でしょう。あなたの関心もこちらには無い。東に向いていると感じましたが?」
「何を根拠にそう仰られるのですか?」
「簡単な話です。あなたのプレイヤー歴から察するに、年寄り連中には含まれない。同世代と言って良いプレイヤー層は、ナカスよりもアキバの方が多く含まれている。単純な人口で比べてもナカスの二千に比べてミナミは五倍。シブヤを取り込んだアキバは七倍以上だ。どっちにより関心を持つかなんて明らかです」
「だからこそ、背後の憂いは断っておきたかったのですけれど」
「あなた達がこれ以上ナカスに関与してこない限り、こちらからミナミに手出しする事は無い。十分な取引条件では?」
「リュウキュウを押さえられていたのは痛かったですね」
「ええ。味のある料理に砂糖は欠かせず、ナインテイル、というよりリュウキュウだけがその特産地ですから」
「周辺海域全部を買い占めても良いのですよ?」
「<Plant hwyaden>に積み上がりつつある資力なら可能かも知れません。しかしナカスとアキバを足せばあなた達の二倍近くに及ぶ。あなたは今からアキバと敵対関係にあると宣言したいのですか?」
「ナカスとアキバには卸す。しかしミナミには卸さないか数倍の税をかけるとなれば、<Plant hwyaden>の沽券に関わってくるでしょうね」
「先手を打ってあるのがこのゾーンやリュウキュウだけとは思わない事です。あなたが今積み上げている以上の資力を年寄り連中が持っていないとも?」
「あなた様が積み上げたのはオーク達から取り上げた金貨ではないのですか?」
「維持費はそれで十分に賄えるでしょうね」
「しかし<Plant hwyaden>にも立場という物があります。手ぶらでは帰れません。ましてやミナミの1/5の手勢しかいないナカスの誰かにやりこめられたとなれば、今後の運営に差し障りもありましょう」
「ナインテイル自治領の筆頭商人のランディクさんに、<Plant hwyaden>に従うとでも公式発表させれば体面は保たれるでしょう。ミナミへ移住し<Plant hwyaden>に移籍加入したいという冒険者は止めてませんでしたしね」
「でもあなた方が我々に従いたくない者達の受け皿になっています」
「それはアキバとて同じ事でしょうに。あなたは名目上、西日本を総べたプレイヤーとなる。その肩書きを持ってアキバを統べたプレイヤーと対峙する。あなたはそれ以上の何をお望みですか?」
「名目を私に譲られて、あなたは何を得ると?」
「他の全てですよ。ああ、権力とかそういうのには興味無いのでどうぞお好きに。楽しい事は全部こちらで引き受けてやらせてもらいますから」
「そうですか。では、あなたの進言に乗ってみましょう。この場で完敗したのは私の様ですしね」
「勝ちを譲られておきますよ、この場は」
「しかし他の全ての事が終わりましたら、きっと仕返しに参りますから」
「怖いですが、それまでにはきっと全てを終えておきます。大地人の政治なんかを含めた事は、あなたやアキバを統べた人達にお任せしておきます。だから他の事は私とかに任せておいて下さい」
「それが例えばどんな事かは、教えて下さるのですか?」
「教えたら横取りしようとするでしょう?だからまだ駄目です」
「意地悪なお方。今度お会いする時は、お顔を隠されないで下さいね」
「そちらこそ」
「では、お暇したいと思いますので、拘束を外して頂けますか?」
俺は余興に伝え、間仕切りの向こう側の誰かはまた何かの魔法を発動させると、
「あなたもいつの日か」
「屈服させると?あなたはそんな事に興味は無いでしょうに」
「・・・・さようならです。また会う日まで」
「約束は、しないでおきます」
「つれないお方」
相手は扉を閉めて去った。再び大地人の姿を取り、余興のエレメンタルや似亜蘭さんの見送りも受けて町の外へ出て行ったらしい。購入されていないゾーンに出てから出迎えに拾われるなり、自分でグリフォンなり徒歩で戻るなり、好きにするだろう。
気の重い折衝を終えぐったりしていると、余興と似亜蘭さんが戻ってきた。
「あれがミナミを統べたプレイヤーなのか?」
「お前から見てどうだった、余興?」
「共感子という意味でなら、エルファ、汝のとはだいぶ違う。もっと暗く澱んでいて、痛々しくて、そういうのを好む典災もいるかも知れないが、我は違う」
「そうか」
「エルファ、さん。イズモ遠征の後に軽く説明は受けたが、この余興殿は?」
「余興でかまわない」
「余興さんは、我々と同じ人間ではないのだな」
「知的生命体ではあると思うけどね。今の自分達も本当の意味で肉体と生命を持ってるかあやしいところもあるから、そこまで大差は無いと思うけど」
「そうエルファさんが言うのであればそれはそうだとして、そんな余興にギルド会館を買わせてしまって良かったのか?」
「自分で買っても良かったんだけど、余興のが断然名前が知られていないからね。アキバやミナミの一般プレイヤーに対する一定の煙幕にはなってくれるかなって」
「そのミナミの首領との交渉の首尾はどうだったのだ?」
「相手は名目を、こちらは自由を、それぞれに得た感じかな」
「その自由に期限はあるのですか?」
「大地人の意図とかも絡んで、最終的にアキバとミナミの間の冒険者がどうにかまとまりとケリをつけるまでに、短くても一年はかかると思う。それくらいあれば、何とかなるかな」
「それはフォーランドのクエストが、という意味か?」
「それはほんの一端にしか過ぎないかもね。アキバやミナミを統べた者達じゃないと手掛けられないクエストなんかももちろん出るだろうし彼や彼女らはそれらをこなすだろうけど、でもね、世界はヤマトサーバーだけじゃないんだよ」
「・・・全世界で十三の古来種の騎士団が滅ぼされたというのなら」
「そう。最悪、フォーランドで見つかったのと同等程度のが世界中に埋まってるかも知れない。ただ元の世界に戻るだけなら、どっかの典災が持ちかけた契約に同意すればいいだけだってのは広まるかも知れないけどね。せっかくこんな異世界に来ていろいろやった思い出を根こそぎ奪われて戻っても、そんなの戻った時に空白の期間が出来ちゃうだけで何も面白くないと思うんだ」
「それは、そうかも知れませんが」
「余興、お前ならどう思う?この世界に来てから、俺達といろいろやってきた全てを失ってでも、次の世界を目指したいと思うか?」
「それが、資源の枯渇というやむを得ぬ事情でなされるのならそうするかも知れないが」
「記憶はな、自分が生きた証なんだよ。他の誰に忘れられたって、自分が覚えてたら、それは揺るがないんだ」
「証・・・・」
「お前達<航界種>て種族がどんな論理とエネルギーを元に生きてるか種を保ってるかは知らないけどな。少なくとも俺は、お前と過ごした日々を忘れないで済むなら忘れないでいたいし、そのために出来る事があるんだったら惜しまずにやるだろうな」
胸元に手を当てて押し黙った余興に、俺は言った。
「あの大戦の上空で、お前は俺達の目となり、バード達の奏でた音も紡いだ旋律も口にした歌も、俺の意図したどこかへとエア・エレメンタル達の風を束ねて送り届けてくれただろう?」
余興もはっきり覚えていた。
あの時、自らも透明化する薬を飲み、透明化したエア・エレメンタルの肩に乗って、オーケストラ上空から、エルファの指し示しつぶやいた先へとその旋律と音符とを届け、歌う風は戦場を席巻し戦いの行く末を左右し決定づけた。
余興ほど全体を通して見れていた存在はいなかったと言えるほどだが、その余興自身でさえ分からなかった。なぜこの者はこんなにも膨大な共感子をいともたやすく生み出し得るのか。それはあまつさえ偽りの生と典災には断じられる大地人やモンスター達をも巻き込んでさらに多くの共感子を冒険者達の間に巻き起こし拡散し蓄積した。
戦場で倒れた者がいなかった訳ではないが、終わった後の戦勝会に満ち溢れる共感子に余興は目が眩みそうになった。余興自身もサモナー達に取り囲まれてあれこれ聞かれて答えられない事もあって大変な目にあった。
けれど、楽しかった。
そして自分の内側にも、エルファが生み出し続ける共感子の一塊が出来ている事に気が付いた。量からすればまだ遠く及ばないが、それでも、自分にも自分の為の共感子を蓄えられるのだと知った時、驚き、頬を得体の知れない液体が伝ったりもした。
それではいけないのだ。お前の役割は違う。
そんな声も脳裏のどこかからか聞こえてはきたが、無視した。
この世界はまだ続いているのだし、続いていきそうだし、エルファ達がやろうとしている事に自分も関わり、自分だけの共感子をも築き上げていき、それがさらに何につながっていくのか、その光景をエルファ達と共に見たいと思った。
「我も、叶う事なら失いたくはない。この世界から次の合致の為に再び旅立たねばいけない時が来るとしても」
「ああ、それまでの間、よろしくな、余興」
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エルファは、ミナミとの交渉を終えた数日後、<紅姫>、<青十字>、<三洋商会>や、他のギルドや<Wind>参加希望者や低レベル冒険者達の声も拾い上げながら、連携の為の互助組織"Woof"を立ち上げた。




