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15

挿絵(By みてみん)


15、


 店から離れようとした時に、アーシュから連絡を受けた知り合いの公安特殊部隊の人が数人の警察官を連れて酒場へと乗り込んできた。

 一通りの説明をしたアーシュは「後は任せた」と言い、その酒場から離れた。

 すでにセシルはアーシュの腕から、俺の背中に背負らされ、俺はセシルを背負ったままホテルまで歩いて帰った。

 重さに慣れず、腰を曲げながら歩く俺にアーシュは「そうそう、こういうのは魔法を使わずにちゃんと己の力でやる遂げることに意味があるんだぜ。まあ、がんばれよ~。おまえが見つけた子なんだから、責任があらあなあ~」と、面白がって茶化す。

 言われなくても、セシルの世話は俺が全部やってやる。

 だって…

 俺の背中に負われたセシルは、意識が朦朧なのに俺の首を締めつけるほどの力で両腕を巻きつけて「助けて…誰か…」と、何度も苦しげな弱った声で繰り返すんだ。

 こんな可哀想な子を誰も救わなかったのかよ…と、俺はこの街の大人たちを悉く憎く思う。クナーアンの星だったら…サマシティの街だったら…どんな子供だって、こんなになるまでほっとくわけないのに…。

 セシルを犯した奴ら、全員死ねばいい…

 と、思った瞬間、ついさっき目の前で死んでいた男の姿が頭に浮かんできた。

 …本当にあれで良かったのだろうか…

 そりゃ、確かにセシルを苦しめた奴だけど、あんな形で死んでしまうほどの罪があったのだろうか…


「ほら、着いたぞ。…レイ、ぼけっとしてないで、セシルを風呂に入れてやるから、急いでバスタブにお湯を入れてくれ」

「う、うん、わかった」

 ホテルの部屋に帰り着いた俺達は、まずセシルを風呂に入れることにした。

 泡立つバスタブの中に朦朧としたセシルを二人がかりで念入りに洗う。身体を清浄にしてやることは、心の傷を癒す第一の治療になるのだと言う。

 洗い終えたセシルに少しずつホットミルクを飲ませながら、アーシュはセシルの身体の傷を魔法で癒していった。

 セシルはアーシュに触れられる度に「打たないで下さい」とか「なんでもするから殺さないで」とか…朦朧とした意識のままブツブツと呟いていた。

 その姿があまりにも可哀想で、俺はセシルを見ているうちに涙が止まらなくなってしまう。

「大丈夫だよ、セシル。なにもしないから安心してお眠り」

 アーシュの言葉にセシルは何度か瞬きをした後、そのまま寝入ってしまった。


 アーシュは俺の方を振り向き、呆れた顔で溜息を吐く。

「これくらいでおまえが感化されてどうするよ。おまえが見つけたんだぞ。同情じゃこの子は救えない。わかっているな」

「…うん」

「じゃあ、まず鼻水を拭け。それからホットミルクだ。ブランデー入りのな」

 アーシュが差し出したカップを一気に飲み干して、俺は深く息を吐く。


「これからあの子をどうするか、考えたか?」

 アーシュは酒に弱いから、なにも入れないホットミルクだけを飲む。

「…俺ができる事なんて…あの子の傍に居る事ぐらいしかないけれど…それだってアーシュや学園のみんなの力を借りるしかない。だから…お願いします。あの子を学園に置いてあげて下さい。俺が…セシルの面倒を見るから…」


 俺は天の王学園で生活する為の条件が、とても難しい事を知っていた。魔力を持つ者やカリスマ性の備わったイルトであることは当然だが、それなりの学費や生活費だって必要だ。

 俺だって、アーシュの保護がなけりゃ、ただの孤児でしかない。

 セシルの面倒をみたいって言い張る事が、俺の我儘だってわかっているから…。

 だから、俺はアーシュに頭を下げて頼むしかないんだ。


「おまえが面倒見るっていうんなら、まあ、いいさ。セシルはアルトではないが、カリスマ性の能力は充分備わっているよ。おまえがそれだけ感化されるんだからな。天の王の生徒になる資格はあるだろう」

「…」

「…おまえにだけあの子の声が聞こえたのも、何かのえにしなんだろうね。俺も昔…セキレイを見つけた時、運命の相手だって思い込んだものさ。おまえにとってセシルがそういう相手なら、俺が反対する道理でもねえし」

「…うん…ありがとう」

「だけどな、レイ。あの子がこれまで生きてきた過去は、かなり厳しいものがあるし、それを忘れさせるための魔法が必要だ。だから、おまえはここであった事は当分の間、セシルには話すんじゃないよ。あの子がマトモに生きていくには清浄な環境が必要だ」

「わかりました。絶対言わない」

「うん、良い子だな、レイは」

「…」

 俺はふと感じた。

 穏やかに笑いながら俺の頭を撫でるアーシュはこんなに優しいのに、どうして躊躇もなく人を殺せるんだろう。


「なんだ?何か聞きたいことがあるのか?」

 アーシュは俺の疑問をすでに感じ取っていた。

 きっと話さなくてもアーシュは俺が何を聞きたいのかを知っている。

 でも俺が聞かなきゃ、アーシュは答えないだろう。

 だから俺は俺の意志でアーシュに問わなくてはならない。


「あの、さ…あの男、死んじゃったよね」

「さっきのセシルを犯してた奴?」

「うん…。助けてもらっててこんな事言うのは変だと判っているの。でも…なぜ殺しちゃったの?アーシュの魔力なら殺さない選択もあったはずだ。なのにアーシュはあの男を死なせた。勿論、一番悪いのは俺だ。俺が力足らずだったから、アーシュに手を汚させた。…でもあの男が死ぬほどの罪を犯したのか…俺には疑問なんだ」

 アーシュはコップをテーブルに置くと、俺の前の長椅子に身体をゆったりと預け、両手を組んだまま、俺を見つめた。


「なあ、レイ、こういう神話を知っているか?天上には命を司る神様が居て、毎日毎日生まれてくる命と死んでいく命を天秤に乗せて、釣合が取れるよう、ちょうどいい具合に量っているんだとさ。少しでもどちらかに傾くと、必要でない命も生み出すし、死ぬ運命じゃない奴も死なせてしまうんだとさ」

「…」

「しかしこの御伽話には矛盾点が多い。地上の命は一定ではないし、戦争や災害で激減したり、医学が発達して寿命が延びたり…なあ~。だがこの話の根幹って奴はつまり、命の重さは誰も彼も同じって事なんだ。偉い王様も善人も極悪人もみんな同じ重さのひとつの命ってわけだ。わかるか?レイ、この話の重大なミスって奴が」

「…」

 アーシュの話は興味深いけれど、いつだって何層にもからくりがあって、ひとつの答えが出ても、また次の問題が用意されていることが多い。

 だから命の重さが同じってことと、あの男が死んだことがどう繋がるのが、俺は必死に考えなきゃならない。

 だって、答えを導き出すのは、結局俺でしかないから。


「…本当は命の重さは違う…ってことだと思う」

「そうだなあ。天上の神さまにとっちゃ善人でも悪人でも同じひとつの命でしかないんだ。クナーアンの俺の目線ってことだな…。だが地上の俺達にとっちゃ、自分の大切な人が一番守らなきゃならない存在で、それ以外の奴らの命とは比べ物にならないんだよ。目の前にどんなに素晴らしい聖人がいようとも、自分の恋人とどちらかを選べって言われりゃ、当然恋人を取る。それが人間の情だと俺は思う。…あの時、俺はレイを守りたかった。あの男の過去がどんなに酷いものでも、どんなに善人であろうと、俺には関係ない他人だ。まっさらに言えば、あの状況で俺はあの男を許せなかった。だから殺した。なぜなら、俺には殺す力も、その罪を背負う覚悟もあるからな。…まあ、神さま業をやってると色んなことに出くわすものだよ。クナーアンみたいなぬるま湯のような平和ボケした星でも、争い事や命のやり取りなんて相当なものさ。イールは法の神さまだから平等に裁くのが好きだが、俺は好みで決着をつける。つまりどっちがより大切に感じるか…だ。俺にとっては天秤に掛けてみたらレイはあの男よりも、随分と重く傾いたのさ。だから気に入らない奴を殺した。これが正しいかどうかなんて、誰もわからない。あの男を生かしておきたくなかったのは、俺の身勝手だろうしな。まあ、ついでに言えば、天の神様が困らない様に、あの時死ぬ命をちゃんと天秤に乗せてやっただけさ」

「…」

 違う…。アーシュは身勝手なんかじゃない。

 打ち砕く、そして撃たれる覚悟を知っているんだ。

 大切なものを守る覚悟は、自分が強くならなきゃ持つ権利なんてありはしない。

 俺はセシルを守る為に、どんな覚悟もしっかりと育てなきゃならないって事なんだ。


「アーシュ、俺、頑張るよ。セシルを守れる男になれるように…頑張る。そして大切な人たちを守れる立派な魔術師になりたい」

「その言葉、イールが聞いたら喜ぶな。でもセシルはクナーアンには住めないからな。それも承知しろよ」

「…わかってる」

「それもまた、先の話だ。今はセシルの為に強くなれ、レイ」

 俺は黙って頷いた。

 アーシュはニッコリと笑ってくれた。


「さあてっと…俺はこれからセシルを起こして過去の話を聞きだす。そして彼の暗い過去に霧をかける魔術を施す。おまえはそこでじっとしてろよ。同情してもいいが、くれぐれも俺の魔術に惹きこまれるな。これ以上面倒見きれねえからな」

「うん、わかった。…アーシュ、頑張ってね」

 俺は心からのエールを送る。

 アーシュは苦笑いをしながら

「あ~あ、…ったく面倒臭えなあ~。俺は別に人助けが趣味じゃねえんだけどなあ~。結局はこうなっちまう。つくづく運の悪い男だよ。なあ、おまえもそう思うだろ?」

 天邪鬼のアーシュの愚痴は本音であって、本音じゃないから誰も本気にはしない。

 でも、俺は知ってるから。

 アーシュがかけがえの無いクナーアンの神さまで、そして強大な魔術師だってことを。




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