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第三章 全ては理想のために 前編

日が高く昇る昼頃にネレスとガルバスはガナシアの町にたどり着いていた。ガナシアはアルバトリアの血族の者が直接統治しているだけあって今までの二つの町とは比べ物にならないまでに巨大で、周りを灰色の塀で囲まれており一種の城の様になっていた。更に武装した兵士の数もかなりの物で非常に物々しい空気を漂わせていた。

「随分と厳重な場所だな…」

「確かにそうだな。一体何に対して警戒をしているんだ? 確かにここは帝国の端っこだが敵はあの山を越えなければここに来れないのにな」

ガナシアの北側に高くそびえる黒い山脈を見上げながらネレスは言った。

いまガナシアの町にいる警備兵はつい数時間前に増員されたものであり、その目的はネレスとガルバスの監視だったが普段のガナシアの様子をしらない二人はガナシアを警備の厳重な領土の端の町だと思い込んだ。

警備兵には二人の容姿や身体的特徴が伝えられていたが発見しても接触はせずに監視のみにとどめるように通達されていた。そのため塀の上にいる者から通路の所々に点在する兵士達もただ目線を投げかけるだけで何かしらの行動をとることはなかった。

ネレスはガナシアの町を進み続けている内に帝国領土内で今まで一度も見たことのない光景を目にし、立ち止まってしまった。

それは一軒の雑貨屋だった。どこにでもあるような日用品が並んだ店で別段変わった様子もなく、普通の店にしか見えなかったがその店主だけが違った。

頭は人間の形をしているがその下にある上半身が普通の人間とは違った。腕が全部で六本ある腹足種と呼ばれる獣人。それがその店の店主だった。

―獣人が店を持っているだと? まさか…そんなことがありえるのか? 

町の中に店を持つことが出来るのは人間のみ。そんな暗黙のルールが帝国内には存在し、獣人が店を開こうものなら人間達による打ちこわしが即座に起こってもおかしくない情勢だった。中には奴隷が店主に代わって店番をしている場所もあるがそれは比較的少数でありこの店はその数少ない一つなのか、それとも本当にこの獣人の物なのかが分からなかった。

その疑問を解決するためにネレスはその店の前で立ち止まるとその腹足種に声をかけた。

「一ついいかい?」

「あ、いらっしゃい! どれにします?」

腹足種は声高らかにあいさつするとネレスに問いかけた。

「そうだな…そこのペンダントを一つ貰おうか」

「あいよ。青、黄、緑とあるけどどれだい?」

「緑を貰おうか」

「あいあい。五百レイルズだよ」

ネレスはポーチから百レイルズ銀貨を五枚取り出すと腹足種に渡した。

「まいどー」

腹足種は上機嫌でそのペンダントをネレスに手渡した。取引が終わってからようやくネレスは本題を聞くことにした。

「聞きたいことがあるんだが…いいかな?」

「ん? なんだい?」

「ここで店を構えていてどれくらいになる?」

「んーかれこれ二年ぐらいになるけどどうしてだい?」

「いや…獣人がこうやって人間の町で店を開いているのが珍しかったからね。気にしないでくれ」

「あーそういうことか…」

店主は何かを悟ったように頷くとネレスの全身を顔を上下させながら見た。

「あんたよそから来た人間だろ? 確かによそじゃ珍しいかもしれないがここじゃ珍しくないよ。周りを見てみな案外色んな所に獣人の店があるよ」

言われて通りを見回してみるとそれらしい店がいくつかあり、しかも客は獣人だけでなく人間もいた。

「あたしら獣人が店を持てるようになったのは全部ジュドー様のおかげだよ。あの人が来てからはこの町は劇的に変わったのさ」

「なるほど…ありがとう。いい話が聞けた」

「ここはいい町だから時間をかけてみて周りなよ」

腹足種は六本ある腕の半分を振ってネレスを見送った。

「何を話していたんだ?」

「ちょっとした情報収集だよ」

そう言うとネレスは町の中心部にそびえる巨大な屋敷をチラリと一瞥したがそこには向かわずにガナシアの町を散策することにした。


「つけられているぞ」

「やっぱりか…この町に入った時から視線が気になっていたがやはり気付かれていたか」

通りを歩く二人から十メートル程後ろを一人の兵士が肩に槍をかけながら歩いていた。試しに通りを左に折れてもその兵士は二人の後を追ってついてきた。

「どうするんだ? ここは人通りも少ないしやる分には問題はないぞ」

「いや、問題を起こすのはよくない。それに一人を殺した事で大量の兵士に追われるようになったのでは冗談では済まされない。そして何故あいつは僕等をつけるだけに留めているんだ? もう僕等が何なのかを知っているのなら応援を呼んで取り囲んでいるはずだ」

「確かにそうだな。私達の事を知らないのなら普通つけたりはしないよな……」

「確かめてみるとしよう。次の路地に入ろう」

ネレスはガルバスの手を引くと細い路地に入った。二人がそこに入ったのを見るや兵士は足早に路地に駆け寄ってそこに入った。だが兵士がそこで見たのは右腕を突きだすネレスの姿だった。

「君の記憶覗かせてもらうよ」

この言葉の後に兵士は白目を剥き、手に持っていた槍を取り落した。

その瞬間からネレスの脳内に兵士の記憶が流れ込み、その中からごく最近の物を選び、掬い取った。それにより何故この兵士が援軍を呼ばずにただ尾行していたのかが理解できた。

「なるほど……そういうことか」

ネレスは前とは違い、兵士を丁寧に壁にもたれかせてやるとガルバスに向き直った。

「何か分かったのか?」

「あぁ。これから行くべき場所も決まったよ」

小さく笑いながらネレスは兵士の足を跨ぎ、通路に出ると走り出した。突然だったためガルバスは慌ててその後を追い、並走しながら声をかけた。

「おい、いきなりどこに行くつもりだ?」

「何、ここの領主に会いに行くのさ」

「はぁっ!?」

その言葉にガルバスは心底驚いた声をあげた。ネレスはあの兵士の記憶を見たことによって領主の意図を理解していたがガルバスはそうでなかったため何故そうなったのかが理解できていなかった。

「ここの領主がどんなのかは知らないが僕等に会いたいらしい。だからこっちから会いに行ってやるんだよ」

「だからどうしてそうなるんだ! 領主は帝国の奴だろ? 敵じゃないのか?」

「ここの領主は人間、獣人を訳隔たりなく住まわせている。それは僕の理想とする世界だ。もしそいつと僕の理想が一致しているのならば恐らく少しは協力してくれるはずだ」

ネレスは自分が成し得なかった事を実際に成功させているこのガナシアの領主が一体どのようにしてそれを成功させたのかが知りたかった。かつて一度失敗したことのあるネレスとしては自分とこの領主の差を見極めるためにも会ってみたかったのだ。


「ここが領主の屋敷か近くで見るとやはり大きいな」

黒を基調とするその屋敷はガナシアの町の中心部にありそれを黒の鉄柵が取り囲み、門の周りだけでなく等間隔で警備兵が並んでいた。

「おいおい…警備が厳重すぎるぞ。中に入るのは難しくないか? 」

「何、大丈夫さ。確証はないがね」

ネレスはそう言うと今まで人前で決して外さなかった頭の布を外した。

「おい…何してるんだ?」

「何、こちらから正体をばらしておけば向こうとて手荒な真似はせんだろう」

「だからと言って本当にそれでいいのか? 罠かもしれないんだぞ!」

「大丈夫さ。もし危なくなればレッドドラゴンに変身して屋敷ごと破壊してやるさ」

クスクス笑うとネレスは歩きだし、槍を持って直立している二人の門番の元へと歩き出した。退屈そうにしていた門番だったがネレスの接近に気付くと槍を構え、その矛先をネレスに向けた。その目は驚愕に見開かれ、槍の先端は小刻みに震えていた。

「その槍を下ろせ。私は危害を加えに着たのではない。話し合いに来たのだ。さあ、門を開けてくれ」

「……少しお待ち下さい」

片方の門番は巨大な門のすぐ脇にある警備兵用の勝手口の鍵を開けて中に入るとバタバタと足音を立てて奥へと消えていった。自分が誰であるのかをこの二人が理解したためこれ以上変色した髪の毛を晒す必要はないと判断したネレスは麻布を素早く巻きつけて隠すと門が開くのを待った。

五分程待っていると門の中からさっきの門番と共に黒々とした毛に覆われた明らかに人間ではない兵士が一人走ってくるのが見えた。その兵士が門に到達すると同時に門番はその門から閂を外し、その巨大な門を開け、ネレスをその敷地内に迎え入れた。

「……」

ガルバスはその一部始終を物陰から見つめていたがネレスの後を追いかける事無くただ呆然とそれを見送るしかなかった。

「牙獣種の獣人と共に行動していると聞いていましたが…そちらの方はいまどこに?」

「彼女は僕と違って疑り深いらしいからここに入るのを拒んだだけで今はこの町のどこかにいるよ」

その黒々とした毛に覆われた獣人の目は四つあり、それぞれが異なる色をしていた。その獣人は左腕に取りつけてある大きな鉤爪をガチャガチャと鳴らしながらネレスを案内し、ある一室の前で立ち止まった。

「この中にジュドー様がいます。くれぐれも粗相の無いようにお願いします」

「分かっているよ」

ネレスは騎士に一瞥をくれてからドアノブに手をかけ、ドアを開けた。ドアの向こう側の部屋は広く、清潔感のあるものだった。壁にはアルバトリア家の家紋が彫り込まれた盾が飾られておりそれを見てここの領主がアルバトリア家の者であるということをネレスはようやく知った。

「やあ、君が追放者だね? そこの椅子にかけてくれ」

そう声をかけた男こそこのガナシアの領主にしてアルバトリア家の二男、ジュドー・アルバトリアであった。ネレスはジュドーと目を一度合わせてからジュドーが座る応接用の椅子の向かい側の椅子に腰かけた。

「まさか君の方からここに来るなんて思ってもみなかったよ」

「まあそうだろうね。連れは罠だと思ってここには来なかったからね」

「まああの二人に追われているのにその兄に助けを求めるなんて普通思いつかないだろうしね」

ジュドーは小さく笑ったがすぐに顔を真顔に戻した。

「さて……下らない話は置いておいて、本題に入ろうか」

その目は鋭く、表情は真剣そのものだった。

「君はどうして追放されたんだ? そして何故まだこの地に留まっているんだ?」

普通の追放者ならば発見された後に待ち受ける死刑を恐れ、間違いなく国外へ逃げる。それなのに未だにこの国に留まっているのかがジュドーには疑問でしかなかった。

「それか…。全てを話す事は出来ないがそれでもいいかな?」

「構わんさ。だが追放された理由だけは教えてくれ」

そう言われてネレスは先日ガルバスに話した事と同じことを話した。自分がかつて獣人と共に暮らし、その生活を帝国に壊された事。帝国の崩壊を目論んでクーデターを起こそうとしたが失敗したこと。その全てをジュドーは一切の口をはさむことなく聞き続けた。

「なるほど…そう言うことか…」

「こちらからも質問をさせてくれないか?」

「ん? いいだろう。何が聞きたい?」

「この町を見て思った事だ。この町には人間と獣人の格差が全く見られない。どうやってこれを成功させたんだ? それを教えて欲しい」

わざわざこの罠かもしれない場所に足を運んだ最大の理由。ネレスの目指す理想郷をどうやって作り上げたのか、かつて自分が失敗したことのあるものを成功させたその最大の違いを知りたかった。

「それか……それはね……」

ジュドーが切り出そうとしたその時だった。部屋のドアが開かれ一人の女が銀のワゴンを押しながら部屋の中に入ってきた。その女を見た瞬間ネレスは息を飲んだ。

女は有角種の獣人であった。だが片方の角は無惨にも折れ、右目には眼帯では覆いきれない程の傷があり、そして右腕が根元から存在しなかった。

女はワゴンを押してテーブルの隣に立つとワゴンの上のティーカップをテーブルの上に置き、ポットの中から紅茶を器用に注いだ。

「フラン、これから話すことは君にも関係することだから一緒に聞いてほしい」

「ええ、構わないわ」

フランと呼ばれたその女はワゴンを部屋から出すとジュドーの隣の席に座った。

「さて…私がこの町を人間、獣人の格差のない物にした方法だったね。その前に私にも君と同じように理由がある。何故そうしようとしたかという理由がね」

「それが……そのフランさんなのか?」

「そうだ。私とフランは本気で愛し合っている。だがこの世はそれを許さない。だから私はそれを可能にするためにまず私が統治することになったここを変えることにしたんだよ」

その言葉にフランは頬を赤らめ、視線を下に逸らした。

「そのためにまず私に同調してくれる兵士を厳選し、そして各地からはぐれ者や夜逃げしてきた者を集めた。はぐれ者達にはそれなりの仲間意識があり、そこに人種の差はない。それを利用しない手はない。無論、中には差別をする奴もいたがそれを抑えるのに私達は奔走し、治安の悪化を防いだ。彼等は安定を求めていたから私達はそれを提供しただけだ。恐らく私と君の違いは周りの者達の満足具合だろう。君の様な帝国内部から集めた者のほとんどはその現状に満足している者が多いはずだ。故に改革を望まずに自分達の安定を脅かす者を排除しようとする動きが必ず生まれる。私達の方は逆に安定を求める者しかいなかった。故に今の不安定な状態を何とかしようとする者が多く、私達が安定に必要な物を提示してやったことでそれを受け入れ、実行してくれたのだよ」

「なるほど……。やはり改革とは一人では成し遂げられない物なのだな。私は一人だった。同志として集めた者達は帝国軍の兵士がほとんどだった。帝国が滅べばその職をすぐに失う者達だった…だから私は裏切られたのか?」

「さあ……それは誰にも分からんさ。直接関与していない私には何とも言えないね」

ジュドーにはネレスに満足のいく答えを出すことは出来なかった。

「それよりも君はこれからどうするつもりだい? ここを離れて放浪の旅にでるのかい?」

「そうするしかないだろうな。君とて追放者とつるんでいると噂が立ったら良くない立場の人間だろう?」

「まあそうだ……。二人ぐらい匿うのは不可能じゃない。よかったら私と共にこの素晴らしい世界を広げるのに協力してくれないか?」

その申し出は嬉しい物だった。

だがそれは立場上決して飲めない物だった。

「残念だがそれは無理だ。僕は僕なりの方法で楽園を作り上げる」

楽園とは自分が作り出すものであり、誰かが作った後の物にただ乗りするのではこれまでの苦労を全て無に帰すことでありか、つて交わした約束もガルバスとの約束も破ることになりかねない。それはネレスにとって決してやってはいけないことだった。

「そうか……」「すまないね。僕にはそれを約束した相手がいるんだ。君と同じようにね」遠い昔に交わした約束、その交わした相手は既に亡くなっていたが形を変えて生き、ネレスを縛り付けている。だがその約束はネレスの存在意義そのものでその約束を破る事は相手を裏切ることに等しかった。そこまで言うとネレスは立ち上がった。

「もう行くつもりなのか?」

「あぁ。連れのことが心配だから帰らせてもらうよ」

「そうか……」

「せめて今日だけでも泊まっていかれたら? 私達は別に構わないのだけど……」

「あなた方にこれ以上迷惑をかける訳にはいかないよ」

ネレスがそう言った瞬間だった。にわかに外が騒がしくなり、続けて窓が割れる音がした。

「どうした!」

ジュドーは立ち上がるとドアを開け、外で待機していた獣人に声をかけた。

「分かりません。今から確かめに行きますのでジュドー様はここでお待ちください」

「頼んだぞ、ゾナー」

ゾナーは敬礼すると走り出し、通路を曲がって先ほど聞こえた窓の割れた音の場所に移動しようとしたが通路の陰から飛び出してきた茶色の巨大な人影に吹き飛ばされ、背中を壁に強く打ちつけた。

「君は……誰だ? ここに何の用だ?」

ジュドーは落ち着き払った声で通路から飛び出してきたそれに声をかけた。

「ネレスはどこだ? ここに来たはずだ。返してもらおうか!」

ゾナーを吹き飛ばしたのはガルバスだった。その巨体は狭い室内では更に巨大に見えたがジュドーは怯むことなく答えた。

「ネレス? ああ彼のことか。彼ならこの中にいるよ。入りたまえ」

「無事だろうな?」

ガルバスはそれを聞くと脇に退いたジュドーに対して礼もせずにドスドスと足音を立てて中に入って行った。

「ネレス! 無事か!」

「ガルバスじゃないか、一体どうしたんだ?」

「お前と別れてから町の外の様子を見に行っていたんだが奴等が来たぞ」

「何だと? 分かった。すぐに出よう」

ネレスは立ち上がると外に出ようとしたが部屋の入口を塞ぐようにジュドーとゾナーが立っていた。

「何が来たんだ?」

「僕等をしつこく追ってきている君の妹達だよ。つい昨日に連れてきていた手下を百ほど潰してやったんだがまだ追って来る元気があるようだ」

「カーラとクルスか……これは面倒なことになったな。ゾナー皆に指示を出せ、奴等にこの町を見せる訳にはいかない」

「了解しました」

ゾナーは敬礼をすると素早い足取りで部屋から出て行き、屋敷の警備をしている者に指示を出すと馬を走らせて町の中に消えていった。

「何をさせに行かせたんだ?」

「あの二人はギルト神話の熱心な信者だからな。あいつらがこの町を見たら破壊されかねん。そのために偽装するように指示を出したのさ」

「なるほど……だが僕等はいないほうが良いだろう」

「いや、ここに留まっておいてくれないか? 今から逃げたのではもう遅い。フラン、二人を君の部屋に匿ってくれ」

「分かったわ。さ、こちらに」

フランは立ち上がるとネレスの手を引き自分の部屋へと連れて行った。ガルバスも理由が分からぬままにその後を追い、部屋を後にした。

「全く……今来なくていいものを……」

ジュドーは苦々しく呟くと二人を出迎えるために準備をすることにした。


「これがガナシアの町か……随分と厳重な造りになっているな」

「それはここが帝国の北端だからでしょう。最もあの山を越えて大軍がやってくる可能性なんてほとんどないでしょうけど念のためとのことですよ」

「ふむ……確かにあの山を越えることは難しいが不可能ではないだろう。備えておくことに越したことはない」

二人が見上げる黒く高い山脈は標高が三千を越え、軍隊の様な大軍が進攻することはほとんど不可能な絶壁だった。二人がそのような事を話しているとガナシアから一騎の兵士が飛び出し、二人の前で止まった。

「カーラ様とクルス様ですね? 今日はどういったご用件で?」

そう声をかけたのは青い鎧に身を包んだ若い人間の兵士だった。

「実はだな……追放者を追っている。恐らくだがここに逃げ込んだはずなのだ。そのことでジュドー兄さんに話がある。既に連絡は行っているはずだから案内してもらえないか?」

「…分かりました。どうぞ」

兵士は小さく頷くと二人を案内し始めた。

「どうだ? ちゃんと隠せたか?」

「ええ、獣人達は全員家にこもるように指示を出しましたし店は代理人を立てておきました。兵士の方も全員兵舎に待機が完了しました」

「よし分かった。くれぐれも気を抜くなよ。気付かれると今までのジュドー様の苦労が全て水の泡と化すぞ」

「分かっています。ゾナー様は早くこの事をジュドー様にお伝え下さい」

「あぁ」

町の中に点在する高い物見やぐらの上でゾナーは町の様子を観測し、隠蔽工作がうまくいっていることを確認するとそこを素早く下り、ジュドーの屋敷へと馬を走らせた。門番に素早く門を開けさせると玄関で馬を乗り捨て、玄関を開けてジュドーのいる部屋に向かった。

「おお、ゾナーどうした? そんなに慌てて」

「はい…町の隠蔽工作は完了しました。あの二人を逃がすのなら今の内です」

「ああ、あの二人ならフランの部屋で匿うことにした。妹達は適当にあしらっておくさ」

ジュドーはアルバトリア家の正装である青い鎧をつけ、腰に黒い鞘の剣を差していた。

「…それで大丈夫なのでしょうか?」

「あの部屋は私の魔法によって存在を知らない者には見えない様になっているから大丈夫だ。それよりもお前も早い所隠れておけ」

「分かりました。それでは兵舎で待機しておきます」

ゾナーは敬礼すると部屋を出て行った。それを見送るとジュドーは大きくため息を吐き、窓の外に見える白い隊列を見つめた。

―全く嫌な奴等が来たものだ……。

心の中でそう毒づきながらも人間の使用人たちに指示を出し、妹達を迎える準備を整えさせた。


「よく来たな。今日は一体何の用だ? いつもは手紙を寄越すのに直接出向くとはそれほどまでに重要なことなのか?」

応接用の部屋に二人を通すとジュドーは口を開いた。

「前に手紙で連絡したと思うのですが追放者について少しお話があるのです」

「追放者か……確かに連絡が来ていたがどうした? まさか逃げられたのか?」

「……恥ずかしながらその通りです。実は必死の抵抗にあい、兵を半分失いました。なので…できれば兵を少し貸して貰えないでしょうか?」

―あいつは百を潰したと言っていたが誇張ではなかったのか……。

いくら人智を超えた力を持つ魔法使いとはいえ百人の訓練された兵士を皆殺しにするのは非常に厳しいものがある。そのためジュドーはネレスのあの言葉を軽く聞き流していた。

「まあ構わないがあまり長期間は貸せないぞ。それでどれくらい必要だ?」

「できれば百…無理なら五十でもいいです」

「あぁ分かった。できる限り融通しよう。それで一緒に報告されていた牙獣種はどうなったんだ? そいつだけでも捕まえたのか?」

ジュドーの言葉にカーラは顔を伏せた。

「まあいい。このガナシアでそのようなのが目撃されたのならば捕まえるとしよう」

「ありがとうジュドー兄さん」

「……気にするな」

そう言うジュドーの顔には少し影があった。しかし二人はそれに気付く事はなかった。

「ではこれから兵士の選別をしてくるからお前達はここで待っておいてくれ」

ジュドーは立ち上がると部屋を出て行こうとしたがそれをカーラが呼び止めた。

「どうした?」

「ねえジュドー兄さん待っている間にここを見て回ってもいいかしら?」

「……何故だ?」

その声は低く、目には怒りの様な物まで混じっていた。

「私も二年前からクロフィーナを統治しているけどやっぱり少し難しくてね。兄さんの所はかなり統治がうまくいっていると聞くから見てみたいのよ」

「そういうことか……いいだろう。代わりに私も同行しよう」

年下の兄弟たちに模範を示すことはアルバトリア家の家訓であり、カーラからの提案を断ることは家訓に背く事であり不可能だった。

「え? 兄さんは兵士の選別をするんじゃないの?」

「そんなものは部下に任せればいい。滅多に会えないんだ、たまには昔の様に一緒に歩くというのもいいだろう」

そう言うジュドーであったが本当の目的はこの二人が余計な所に行かない様に見張るのが目的であった。

「そうね……こうやって会うのも二年ぶりだしね。いいよね?」

「そう……ですね」

クルスは小さく頷いた。だがその目が向けるジュドーへの視線はカーラに対して注ぐ畏敬の念からはかけ離れたものだった。

「よし、それでは先に外に出ておいてくれ。部下に伝えたら私もすぐに行く」

ジュドーが去った後にカーラとクルスの二人は立ち上がり、屋敷を後にすると馬に乗って門の前で待機した。それからしばらくしてジュドーが黒い馬に乗って二人の前に現れた。

「私の町を見ても参考になるかは分からないぞ? それでもいいな?」

「ええ、構わないわ。あとどんな政策を取っているのかを教えてくれないかしら?」

「ああいいとも」

二人が会話しながら進むのをクルスは少し下がった所でブスッとした不機嫌な顔で見つめていた。どうやらカーラが自分をそっちのけでジュドーと会話していることが気に食わないようだった。

「私がやっていることは大したことではない」

ガナシアの町を馬で進みながらジュドーはカーラに説明を始めた。

「ここに集まった者達はほとんどが身寄りがなかったり、故郷を追われた者ばかりだ。彼等は安定を求めていた。だから私がそれを提供してやることで彼等は安心してここに住みつくことが出来た」

ジュドーが通りを歩いていると道行く人々が次々と手を振り、その人気がうかがえた。それに応えながらジュドーは説明を続けた。

「他にも兵士を招集し、その武器や鎧の需要をだし市場を活性化させたりこうやって通りの整備などの仕事を作り、誰も職にあぶれない様にした。まあ私がしたのはこのくらいだな。カーラ、君の所はどうだ?」

「私の所は……あんまりなのよね……。五日に一度ぐらいは兵を出さないといけないぐらいの乱闘が起きるし、たまに麻薬の取引現場を押さえたりとかなり危ない状態になっているの」

「……それはかなりマズイ状態だな。我々統治者の役割はそこに住む者に安定を与える事だ。そのためには安定を乱す不安分子は可能な限り排除しなければならない。放っておけば町を壊しかねないぞ」

どうやらカーラの領地の状態は非常に不安定なものらしく、ジュドーは真面目な顔でカーラを諭した。

「分かったわ……帰ったらそうするわ」

カーラが意気消沈し、大きくため息を吐いた時だった。三人のすぐ先の路地から小さな人影が飛び出してきた。それは六歳ぐらいの男の子だった。だがその男の子は人間ではなく体が半透明のゼリー状である軟体種だった。それを見た瞬間クルスの顔色が急変した。

「なあ……兄さん……」

「なんだ?」

ジュドーはカーラと話していたため男の子が通りに飛びだしたことに気付いていなかった。

「あれは何なんだ!」

クルスは叫ぶと同時に馬の腹を蹴り、その男の子を跳ね飛ばしてしまった。

「何をするんだ!」

ジュドーは慌てて馬から飛び下りると跳ね飛ばされた男の子を抱え上げた。軟体種はその体の特性上衝撃に強いため怪我はほとんど追っていなかったがその目は恐怖に見開かれ、体はブルブルと震えていた。

「兄さん……何故ここにそんなヒトモドキがいるんだ?」

クルスは馬を向き直らせジュドーに近づくと腰の剣を抜いた。

「その剣を収めろ。ここは私の領地だ、勝手はさせん」

ジュドーは男の子を下ろすと腰の剣を抜いた。両者が睨み合っている内に男の子は逃げようとしたがそれに向かってクルスは手の平から火の玉を発射した。火の玉は一直線に飛び、男の子に直撃するかのように見えた。だがそれは男の前に突然現れた人物が持つ一本の刀に触れた瞬間に消滅した。

「やはりあの時止めを刺しておくべきだったな」

「お前…ここにいたのか!」

そこに立っていたのはそこにいるはずのない人物ネレスだった。

「お前の様な屑がのうのうと生きているこの世の中は腐っている」

「黙れ! 追放者風情が! 姉さま、兵士達を集めてきて下さい。こいつは私が足止めします」

「分かったわ」

カーラは頷くとジュドーの屋敷に向かって馬を走らせた。それを見送るとクルスは馬を降り、ネレスの前に立った。

「兄さん下がっていて、こいつは私が仕留めるわ」

「分かった」

ジュドーはクルスと協力してネレスと刃を交える必要がなくなるため喜んでその場から離れたが何故彼がここにいるのかが気かがりだった。

「この前は遅れを取ったけど今回はそうはいかない。絶対にお前を殺す!」

「僕に勝てると本気で思っているのかい? 思い上がりも甚だしい」

ネレスは刀を構えるとゆっくりと間合いを詰め始めた。クルスはどこからの攻撃にでも対応できるように鞘と剣の両方を構えたがそれは無意味だった。突然ネレスは急に速度を上げてクルスに迫ると刀を振り下ろした。その突然の出来事にクルスは反応できずカーンと甲高い音がし、クルスの竜殺しの剣が鍔より少し先で二つに折れた。

「その剣がなければお前など恐れる必要はない」

おれた剣先が地面に落ちる前にネレスはクルスの後ろに回り込んで。

「いつの間に!」

クルスは使い物にならなくなった剣を捨てると虚無岩が使用されていない方の籠手を着けている左手に魔力を集め、棒状に引き伸ばし槍を作り出した。

「無駄だ。お前の着ている鎧全てに虚無岩が含まれていない事はこの前のことで分かった。だから私はようやく本気を出すことが出来る」

ネレスは肩に刀をかけながら言った。確かにその速度はつい先日対峙した時より遥かに早く、先程の攻撃をクルスは全く持って捉えることが出来なかった。次に同じ速度で来られても防御できるかさえ怪しかった。

「ッ!」

クルスは奥歯を噛みしめると自分から攻撃に出た。魔力で構成された輝く槍で素早く薙ぎ払う。しかしネレスは一歩後ろに下がってそれを避け、次の瞬間には地面を蹴ってクルスの懐に潜り込んでいた。

その速さはクルスの反応速度を遥かに上回り、振り上げられた刀はクルスの脳天を捕えるかに思えた。だがそれは突然飛んできた矢の雨によって中断された。

「そこまでだ!」

気付けばカーラが百近い兵士を連れて戻ってきており、その兵士のほとんどがボウガンを構えていた。明らかに不利な状況に陥ったネレスはレッドドラゴンに変身しようとしたが通りは狭く巨大なレッドドラゴンに変身した場合には家屋を踏みつぶしかねないため変身するのを思いとどまると降り注ぐ矢を避けながら刀を鞘に収めた。

「屑が。群れたからといって僕を捕えられると思うなよ」

ネレスが言い終わらない内に体が青い光に包まれ、それが消えると現れたのは全身を羽毛に覆われ、逆関節の足を持つ男の鳥獣種だった。

「なっ……」

その摩訶不思議な光景に全員が度肝を抜かれ、見たことのあるクルスとカーラでさえ固まってしまった。

「私はこれで失礼するよ。好きなだけ追って来るがいい」

鳥獣種と化したネレスはそう言うと翼を備える両腕を広げ、空に飛び上がると南に向かって飛び始めた。しばらくの間全員ポカンと口を開けていたがカーラがいち早く平静を取り戻し、声を高らかに叫んだ。

「逃がすな! 追え!」

その声に触発されて兵士達は正気に戻り、カーラの先導に従って空を飛ぶネレスを追いかけた。クルスも馬に乗るとすぐに兵士達に混じってその後を追いかけ、あっという間に見えなくなった。


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