終章 各々の理想のために
戦いが決着してから三日後の朝、ネレスとガルバスはルーブクスを後にすることにした。
「本当に行くのか?」
「ああ。僕にはやることがある。それに君とて追放者とつるんでいるというよからぬ噂が流れたらいけないだろう?」
ネレスにもうこの土地に留まる理由などなかった。ジュドーが革命を成し遂げた以上それを広げるのは彼等の役目であり、ネレスがいちいち口出しするようなことではない。それにこの土地にはもう盗まれたガルバスの球が存在していなかったのだ。
「君もやることがあるだろう? 敗残兵や捕虜の扱い。それにここの住人達にどうやってお前の考えを広めるか、それが今一番の課題のはずだ」
「分かっている。私は必ずこの革命を成功させてみせよう」
「頼むぞ。お前のこの革命が世界を平定に導くことを願っている。そしてこれは餞別だ」
ネレスは小さな人形を手渡した。それは灰色の石でできた人形であり、大きさの割にずっしりとした重さがあった。
「これは何だ? 僅かに魔力が感じられるが……」
「そいつはゴーレムだ。魔力を注げば巨大化し、君の手足となって動くだろう。もし今後反乱がおこったのなら使うといい。必ずや勝利をもたらしてくれるだろう」
「分かった。ありがたく貰おう。だが本当にいいのか? 馬車や馬ならいくらでも持って行ってくれても構わないんだが」
「僕には必要ない物だ。その気持ちだけ受け取っておくよ」
ネレスはそう言うと全身を青い光で包み込んだ。次の瞬間にはネレスの体は白く輝く鱗に覆われた一匹の細身の竜と化していた。
「ガルバス、頭の上に乗ってくれ」
「ああ、分かったよ」
ガルバスは差し出された竜の頭の上に乗ると雄々しい二本の角をしっかりと掴んだ。
「さようならジュドー…そしてその仲間達よ! 必ずや平等な世界を造り上げてくれ。私も同じ世界を造り上げてみせる」
ネレスはそう言うと音もなく空に飛び上がり、宙を駆けのぼった。後には歓声が沸き起こり、ネレスとガルバスの姿が空の彼方に消えるまで鳴りやむことがなかった。
「お前の作り上げる世界……私もそれに負けないぐらいの世界を作ってみせよう」
それを見送りながらジュドーは決意を新たにした。
三角に交差した剣の後ろに竜の姿が刻まれた紋章を持つ国が出来上がるのはまた少し後の話である。
「本当によかったのか 」
「何がだい?」
空を飛ぶネレスはガルバスの問いに答えた。
「あそこに残っても良かったんじゃないのか? もし王政の転覆を狙うのなら仲間は多いにこしたことはないだろう?」
「まあそうだがね…。だけどあそこに留まった所で得られる仲間の数はたかが知れている。それよりも南で新しい同志を次々に増やすことの方が強大な帝国に喧嘩を売るために必要なことなんだよ」
「そういうものなのか?」
「ああ、そういうものさ」
ネレスはそう言うとそれっきり口をつぐみ、ただ真っ直ぐ空を駆けつづけた。
かつて理想を語った男がいた。その男はこの世に生きる者の全てに属していた。故にこの世の不条理を全て理解し、共感することが出来た。そしてその理想のためにこの世の不条理を破壊しようと行動を起こした。
しかしその行動はたった一人の裏切り者によって無惨にも崩れ去り、達成されることはなかった。そしてその男は名前を、地位を奪われ追放された。
それでも男は諦めることはなかった。その理想を現実にするために再び立ち上がったのだ。男は再び世界を敵に回して戦いを挑む。それがどんなに無謀な事であることは理解していたがそれでも男は諦める事はなかった。
かつて語った理想のために、そしてそれを語った相手のために男は戦うのだった。例えその相手が既にこの世を去っていたとしても…。




