第五章 理想を現実に 後編
ネレスが振り下ろした鉾を持ち上げた時に止まっていた時が動きだし、ランバが指示を出した。門の前列に配置していたのはゴーレムの踵を破壊するための巨大な鉄柱を持つ兵士達であり、先ほどの一撃で対抗手段が潰えたかに思えたがまだその鉄柱は四本もあり、ランバの指示を受けると柱を持っている兵士達は弾かれるように走り出した。
「どけえ!」
ネレスは鉾を薙ぎ払い足元に走りくる兵士達の命を刈り取ったが一本の鉄柱を逃し、接近を許してしまった。九死に一生を得た鉄柱を持つ兵士達は右足の踵に狙いを定めると目を瞑り、思いっきり鉄柱をぶつけた。
兵士達の手に強烈な衝撃が走り、手が痺れたが確かな手ごたえがそこにはあった。恐る恐る目を開けて上を仰ぎ見ると体勢を崩している巨大なゴーレムが見えた。先程の一撃が有効だったのは明らかだった。しかしネレスはそう簡単には倒れず、鉾を地面に突き刺し、左手で城壁を掴むことで何とか踏みとどまった。
「屑が……」
ネレスは城壁を突き飛ばして起き上がると右足を持ち上げ、足元にいた兵士達を鉄柱ごと踏みつぶした。その間にもゾナー達が駆けつけ、ネレスの股の下を通り過ぎてランバの兵士達と激突した。
ネレスはそれを見つめると鉾を振りかぶってランバの兵士達が密集している場所に投げつけると変身を解き、城壁の上に移動した。城壁の上には既に誰もおらず、ネレスはその上に腰を下ろしてようやく一息を突いた。
―少々暴れすぎたか……。
ネレスの手は小刻みに震え、視界には霞がかかっていた。それは前にレッドドラゴンとなり、カーラ達の部下を焼き尽くした時よりも酷い状態でありまともに立ち上がる事すらできなかった。
―頼むから完全に魔力が尽きてくれるなよ……・。
ネレスは寝っ転がると目を閉じた。その耳にはすぐ下で起きている戦闘の喧騒が聞こえていたが眠りと共にそれはネレスの意識から消し去られた。
ゾナーは戦斧を振り回し、戦場の真っただ中を駆け抜けていた。
「進め! 進め! ここを抜ければもうこの戦いには勝利したも同然だ!」
既に馬は乗り捨てており、歩兵の中に混じりながら叫んでいた。四つの目玉の内一つは潰れて見えなくなっていたがそれを気にかけている暇などなく、ゾナーは止血すらせずに戦斧を振り回していた。
ふと気づけば敵の数が目に見えて少なくなっていた。訝しみながら敵兵の陣を突破するとその先にボウガンや弓を構えた兵士達が何人も立ち並んでいる事に気付いた。
―クソッ…。最初の奴は囮か!
「撃て! 敵を全て射抜くのだ!」
「させるか!」
ゾナーは戦斧を地面に立てると一瞬にして半透明な青い膜を出現させた。その膜はゾナーの周りだけでなく辺り一面に広がると障壁となって放たれた無数の矢を弾いた。その際に響いた甲高い金属質の音に兵士達は敵味方なく振り返ると今置かれている現状を理解した。
「何故です! 私達はまだここにいます! それなのに何故撃つのですか!」
白い鎧を着ているルーブクスの兵士が膜のそばに近づいて叫んだが弓兵達を指揮しているクルスは耳を貸さなかった。それどころか更に矢を放つように指示を出したのだった。
「諦めろ。奴はお前等を見捨てたのだ! 死にたくなければ障壁より前に出るんじゃないぞ!」
ゾナーは障壁を維持しながらすぐ隣までに来た敵兵に声をかけた。この膜は外側から向かってくる物質の侵入を拒むが逆に内側から外に出ようとした場合には何の抵抗もなく通過することができるのだった。そのためゾナーは敵兵に声をかけ、静止させた。
「皆戦闘を中止しろ! 魔法を使える奴はゾナー様を手助けしろ! チャリオットや盾を持っている奴は隊列を組んで壁となれ! ブロ! ゾー! お前達も手伝え!」
副官のロンが叫ぶと同時にゾナーの部下達は一斉に行動を起こし、魔法を使える者はゾナーのそばに移動し障壁を維持する魔力を供給し、チャリオットや盾を持っている者や重装備の者は障壁のすぐ後ろに立って壁となった。また何も持たぬ者は地面に転がっている両軍の死体を担いで肉の壁として積み上げた。
「撃ち方やめーい! 攻撃を中止しろ!」
クルスの隣に移動してきたランバは声を上げて攻撃を中止させた。障壁によって攻撃が全て阻まれる以上矢を無駄撃ちするのは得策ではなかった。
「全軍しばらくの間休止せよ。奴等の膜が消え次第攻撃を再開する」
魔力で生成された物は魔力が供給されなくなれば一部の例外を除いて消滅する。その事を知っているランバはゾナー達の魔力が尽きるのを待つことにしたのだった。一方この障壁は一度作ってしまうと移動させることが出来ず、また再使用には少し時間を空けなければいけなかった。そのため障壁を消し去ってしまうと次の一斉射撃を同じ手段で再び防ぐことは不可能だった。
―このままじゃジリ貧だ。どうすればいい……。
ゾナーは周りを見回した。今生き残っている兵士達は二百人程度でありその内の三十人ほどを犠牲にすれば弓兵のそばにたどり着くことは出来るだろうがそれではその後ろにいる騎馬兵を含む千人以上の敵兵を相手にすることは不可能だった。
チャリオットのほとんどはジュドーの部隊が有しているためゾナーの方には僅か五台しかなく、それによって敵陣を突破する事すら絶望的だった。
「…ネレスは? ネレスはどこに行った!?」
こちらの戦力がジュドーの側に比べて少なく配分されたのはネレスが随伴しているからであったがそのネレスは今意識を失っており、戦闘に参加できていなかった。その戦闘の要であるネレスがいない以上ゾナー達が生き残ることはほぼ不可能だった。
「クソッ! あいつがいなければこの戦いは勝てないというのに……一体どこに行った!」
ゾナーは弱音を漏らしつつもできる限り障壁を長時間維持できるように努力していた。しかしその障壁はあと十数分持つかさえ怪しかった。
「ゾナー様我々が特攻を仕掛け、弓兵を殲滅します。その後に続いてください」
ろんも障壁を維持するために魔力を放出していたがロンの魔力の量はゾナーより遥かに劣りもう既に限界が来ていた。魔力は体力より重要であり、それが無くなることは意識の混濁や生命活動が危機的状況に陥る。そのためロンはその役立たずに成り下がる前に散ろうとしていた。
「駄目だ! そんなことは断じて許さない!」
ゾナーはそう叫んだが何か良い解決策がある訳ではなく、このまま死を待つしかなかった。その状況を理解しているのか隊列を組んでいる兵士達の顔に苛立ちが現れていた。
「ネレスは……あいつはどこに行ったんだ!」
ゾナーは再び叫んだ。だがネレスの返事はなかった。それを受けて兵士達は決意した。
「ゾナー様……我々は行きます!」
副官の一人ゾーは既に覚悟を決めていた。
「我々に行かせてください! このまま黙って死ぬのは嫌です!」
これを皮切りに次々に兵士達から声が上がったがゾナーは決断できなかった。ゾナーが判断を渋っている内に空がにわかに暗くなった。しかしそれは雲が太陽を覆った訳ではなく先ほどネレスが投げた巨大な竜の鉾が傾いたせいだった。その鉾は北門に向かってゆっくりと傾き出していた。その鉾の倒れる下にはランバの部隊が密集しており、それに気づいたランバは兵士に号令をかけた。
「全軍退避! 下敷きになるな! 散れ! 散れ!」
まるで蜘蛛の子を散らす様に白い軍隊が霧散し、その後に巨大な鉾がゆっくりと倒れ込み地響きと共に砂埃を巻き上げた。
「今だ! 進め! この期を逃すな!」
隊列が乱れ、弓兵の脅威が無くなった今を逃す訳にはいかなかった。砂埃が未だに巻き起こる中ゾナーは障壁を消滅させて兵士達に進軍命令を出した。それに反応して兵士達は走り出した。その中には白い鎧を着た兵士の姿もあったが既に彼等は自分を見捨てた者達を仲間とは思ってはいなかった。そしてその兵士達をゾナー達は攻撃しなかった。
「走れ! 走れ! 敵を殲滅しろ!」
ゾナーは先を行く兵士の後を追いながら叫び続けた。最初にチャリオット部隊が無防備な弓兵を容赦なく轢殺し、続けて手に持つハルバードや薙刀を振り回して騎馬兵に襲いかかった。
「敵が来たぞ! 全員迎撃せよ!」
巻き起こる砂埃に紛れて接近してきた敵兵にようやく気付いたランバは指令を出したが時すでに遅く、チャリオットの先端に取り付けられた鋭い槍が人ごみをかき分けてすぐ目の前にまで迫って来ていた。
「ランバ兄さん! 少し下がって!」
クルスの手から放たれた火球がチャリオットの車輪を破壊した。耳障りな音を立ててバランスを崩したチャリオットはランバのすぐ脇を通った後に九十度右に回転して静止した。チャリオットは移動しているときは手も付けることができないまでに強いが止まった後に囲まれてしまえば身動きが取れず絶好の標的と化してしまう。そのためその車輪の壊れたチャリオットを引く半獣種とその荷台に乗っていた腹足種は周りから伸びる槍に貫かれ、絶命した。
「囲ってしまえばどうということはない! 数で押せ! こっちは奴等の十倍以上いるんだぞ!」
ランバの声に押されていた兵士達が動き出した。一人一人の力量で言えばゾナーの部下達が勝っていたがそれは圧倒的な物量の前には気休めにもならず、徐々に押されていった。
「クソッ……何とかならないのか!」
ゾナーが叫んだその時だった。突然空から無数の火の玉が降り注ぎ、一瞬にして触れた者を火だるまにした。その火だるまになる兵士は全てルーブクスの兵士達であり、ゾナー達にはその火の玉は一切落ちてくることはなかった。
「すまない。少し気絶していたようだ」
その声のした方向をゾナーが見上げると巨大な火球を造り上げているネレスの姿が城壁の上にあった。その火球から小さな火の粉が飛び出すと巨大化し、意思を持っているかのように空を飛び、ルーブクスの兵士に当たるとその体を炎で包み込んだ。
「弓兵! 上だ! 城壁の上にいるあいつを撃て!」
クルスの声に反応した弓兵が矢をネレスに向かって放ったが、矢が迫ると同時にまた火球から火の粉が上がり、火の玉になるとその矢に向かって飛び、衝突し矢を焼き払った。
「無駄だ。この火球は敵の攻撃にも反応して火の玉を作り出す。矢を撃ち落とす事は造作もない事だ」
ネレスはそう言うと城門の上から飛び下り、音もなく着地すると火球を持つ右手を高く掲げながら戦場に向かって歩き出した。すると瞬く間に火球が反応を起こし、無数の火の粉を散らし、それがまた無数の火の玉となってルーブクスの兵士達に襲いかかった。
既に火だるまとなった人数は五十を超えており、その悲惨な最期は間近で見てしまった兵士達が戦意を喪失してしまうほどだった。
「い……嫌だ……! まだ死にたくない!」
一人の兵士が武器を捨てて逃げ出すとそれに触発されて次々と脱走兵が現れた。それほどまでにネレスの出現は衝撃的であり、ルーブクスの兵士達にとって恐怖でしかなかった。
「逃げるな! 最後まで戦わないか!」
ランバが脱走兵に対して声をかけたが恐怖に囚われた彼等にはその声など耳に入らなかった。
「逃げる奴など追う必要はない! 目の前の敵にのみ集中しろ!」
ゾナーは自軍の兵士達に命令を出すとネレスのそばに駆け寄った。
「ゾナー……目が一つ潰れているが大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。私の目はつぶれても一日あれば元に戻る。それよりもそんな強力な魔法を使って大丈夫なのか?」
「実の所かなり厳しい物がある。ここからは白兵戦が物を言うだろう」
ネレスはそう言うと火球を弾けさせ、二十近い火の玉に作り替えるとそれをランバとクルスのいる辺りに向かって投げ飛ばした。それによってまた火だるまになった敵兵が地面を転がった。
次の火球を作り出す魔力が残っていないのかネレスは腰から刀を抜くと敵兵の中へと切り込んでいった。
*
南門の戦闘はほぼ終了していた。ナタールが死に指揮系統が完全に崩壊した後では次々に兵士が降伏し、カーラは生きてはいたが既に北のランバのいる方に逃げ去っていた。
「ここはもういいだろう。まだ北では戦闘が続いているようだ。ネレスがいるから問題はないと思うが行った方がいいだろう」
「そうね。もうこの人達に抵抗する気力は残っていなさそうだし放っておいても問題なさそうね」
ジュドーとフランはそう言うと北に向かって移動を始めた。百台あったチャリオットも既に二十を失い、騎馬兵、歩兵の全てにおいてもその一割以上を失っていた。傷ついていない者はおらず、全員ボロボロだったがその体には気力が漲り、意思はまだ強くあった。
「大丈夫か? 肩貸してやるから無理するな」
「ああ、ありがとう」
四肢に重傷を負った者でも彼等は見捨てずに、肩を貸して協力し合いながら進み続けた。そこに獣人や人間の差別はなく、その光景はルーブクスの兵士達には異様に映った。
「あんたは…何故そいつに肩を貸すんだ?」
「なんだ? 仲間に肩を貸すのがそんなにおかしいか? お前達はそんな当たり前のことすらしないのか?」
ルーブクスの兵士はその奇妙な光景にたまらず声をかけたが返ってきた答えはあまりにも衝撃的な言葉だった。しかし人間の兵士ルソンは自分が肩を貸しているのが有角種キックスであることを思い出し、続けて答えた。
「我々の間に人種の差別などは無い。そのような薄っぺらな外面に執着するような愚か者はどこにもいない。……だがお前達はそうでは無いようだな」
ルソンはそれだけを言うとその兵士に背を向けて去っていった。残された兵士達には何とも言えない敗北が重たくのしかかり、ただ沈黙することしかできなかった。
*
カーラが敗走し、北に援軍を求めに来た時にはもはや戦線は崩壊し、戦意のあるものはわずか千程度だった。しかしそれでもまだ敵より五倍近い人数であり、まだ数で押すことも不可能ではなかった。だがその数を物ともせずにネレスとゾナーは武器を振り回してランバへと迫りつつあった。
「兄さん! ランバ兄さん!」
「どうしたカーラ! 南はもう終わったのか? ならさっさとこっちに加われ!」
「駄目です! 南は突破されました。もうすぐ敵がここに来ます」
このやり取りを聞いてしまった兵士達はざわつくと同時に武器を捨ててどこかに逃げ始めた。もはや勝敗は明確であり、それを見たランバは大きくため息を漏らすと言った。
「カーラ、クルスを連れて南へ行け。南にならまだジュドーに感化されていない奴がいるはずだ」
「そんな…。負けを認めるのですか!」
「ああ。私達の負けだ。だがその全ての責任を負うのは私だけでいい」
「諦めるのはまだ早いです。まだ逆転できます」
クルスもそれに異を唱えたがランバは首を横に振るだけだった。
「隠し通路を使え。昨日の内に修復しておいた。ガルーザ達隠密部隊をそこに待機させている。連れて行け」
最初からランバは万が一の保険のためにガルーザとその部下達を戦場に出さずに城の地下に待機させていた。彼等が戦闘に加わっていたのならば今回の戦いの結末は違っていたのかもしれないがそのことをランバは一つも悔やんではいなかった。
「さあ行け。もうすぐジュドー達がやってくる。お前達の死に場所はここではない」
南方より地響きと歓声が聞こえはじめ、ランバはジュドー達の接近を察知した。
「……分かり……ました」
「クルス!? 何を言っているんだ。まだ戦えるだろう!」
「姉さま……残念ですがここは兄さまの言う通りにしましょう。我々はこの事を南にいる者達に伝えなければなりません。ですから今死ぬべきではないのです」
そう言うクルスの顔は後悔に満ちていた。
「よし、すぐに行け! 私が奴の気をしばし引きつける。その間に逃げろ!」
ランバはそう声をかけると南に向かって馬を走らせた。その姿を見送るとクルスとカーラも戦場を後にし、城へと向かった。兵士達は司令官の逃亡に気付かずに戦い続けたがその後しばらくしてからネレスの見せた圧倒的な魔法の前に戦意を完全に消失し、武器を捨てて降伏した。
*
まだ戦闘が続いているであろう北門へと向かっているジュドーの部隊の前に一体の騎馬兵が現れた。その馬に乗っている兵士が誰なのかにいち早く気付いたジュドーは声を大きく張り上げて全軍を停止させた。するとその騎馬兵も合わせるように止まった。
「何の用だ? 兄さん? まさか降伏でもしにきたのか?」
ジュドーはチャリオットから下りずにその騎馬兵ランバに声をかけた。ランバは槍を構えずに近づくと言った。
「私は……お前に一対一の決闘を申し込む! お前がもしこの土地を統治すると言うのならば私と正々堂々と戦え!」
この言葉に辺りはざわついた。もはや勝敗はほとんど決している。そのため誰もがこの決闘を受け入れるはずがない。そう思っていた。だがジュドーはチャリオットから下りた。
「いいだろう。その決闘、ジュドー・アルバトリアが受けて立とう」
前以上のざわめきが辺りに沸き起こった。だがジュドーはそのざわめきを無視し、チャリオットを引いていたエイジからハルバードを受け取ると馬を降りたランバの前に移動した。
「この戦……お前の勝ちだ」
後ろの兵士達に聞こえないぐらいの小さな声でランバは囁いた。
「ついて来い。この決闘をこの町の住人達に見せつけてやる。その目の前で私を倒したのならばそれは正々堂々とした正当な勝利となるはずだ」
「……分かった」
敗者となった今民衆に報復の念を抱かせずに勝者にこの土地を譲り渡すにはどうすればいいのか。そのためにならランバはその命さえ投げ出す覚悟でいた。そしてその方法を見つけ出した今、ランバはこの先生き延びようなどとは全く思っていなかった。
決戦はルーブクスの中心部にある広場で行われることになった。そこはいつもならば行商人やそこを行きかう人々によって賑わっている場所であるが今そこにいるのは鎧を着た二人の兵士だけだった。
ルーブクスの住人のほとんどはその近くの家屋に避難してきており、今その広場で行われることに注目していた。その二人の兵士の周りを数十のチャリオットが取り囲み、更にその後ろには何百の兵士達が立っており、その決闘の行く末を見守っていた。
「勝敗の決定はどちらかの命が尽きるまで。異存は無いな?」
「ああ」
「では…これより決闘を始める! 生き残った者がこの土地を新しく治める! 行くぞ!」
「ああ」
ジュドーは小さく答えるとハルバードを構えた。だがその目に覇気はなく、動作はとても遅かった。しかしランバは槍を一回転させてから上段に構えるとゆっくりと間合いを詰め始めた。
足元に向けられた槍の穂先から伝わる殺気は本物であり、それにジュドーも答えざるを得なかったがその動きは緩慢であり、見ている誰もがその違和感に気付いていた。
「来ないのなら行くぞ!」
ランバは間合いを一気に詰めると槍を突出しジュドーの右足を狙った。ジュドーは咄嗟に体を捻って避けたがその回避の動作は大ぶりすぎ、カウンターすら放てずにただ距離を取ることしか出来なかった。
「どうした? お前の覚悟はその程度なのか?」
槍を音を立てて振り回しながらランバはジュドーに問いかけた。
「私は……」
「私を殺したくないとでも言いたいのか?」
「っ……!」
台詞を奪われたジュドーは沈黙するしかなかった。
「その程度の覚悟でよくこのような事を起こしたな?」
ランバは槍を地面に突き立てると続けた。
「私が勝ったのなら……そうだな。まず手始めにあの有角種を殺すとしよう。それも我々の兵士の慰み者として使ってからな」
「……なんだと?」
ジュドーの目に殺意が宿ったのを見てランバは意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「他の兵士達は全員奴隷にしてやる。人間も獣人も全てだ。お前のガナシアも壊してやる」
「黙れ!」
ジュドーはランバにハルバードで斬りかかった。それを簡単に避けるとランバは小さくため息を吐いた。
―やれやれ…手間のかかる奴だ。
先程の言葉は本心ではなかった。だがジュドーに本気で自分を殺させるためには必要な言葉だった。本当の殺し合いによって勝利してもらわなければ正当な勝利を達成することはできない。ランバは槍を構えなおすとさっき以上の殺意を槍に乗せて今度は首元に向かって槍を突きだした。
ジュドーはそれをハルバードで払い、振り上げたそれを振り下ろそうとしたがランバがそこに突っ込み、槍を持ちかえて尻で再び攻撃した。流れる水の様に無駄のない動きにジュドーは避けることが出来ず、その突きをくらった。しかし槍の尻であることと当たった場所が鎧に覆われた場所であったためほとんどダメージはなく、一歩後退する程度だった。
「この!」
ジュドーは体勢を崩しながらもハルバードを振り下ろした。体重も何もうまく乗っていない攻撃は軽く避けられ、ランバは後ろに飛びのいて距離を取った。
「所詮お前はその程度なのだ。私に勝てたことが一度たりともあったか?」
ランバの戦闘技術は大きくジュドーを上回っており、一対一の決闘では弟妹に一度たりとも負けたことがなかった。しかしそれは魔法を一切使わなかった話であり、騎士道に則った決闘では未だ魔法を用いた事はなかった。
「最後にやったのを何時だと思っている? あれから私は強くなった……いつまでも過去を持ちだすな!」
ジュドーがハルバードを構えるとそれが赤い光に包まれ、その周辺が陽炎の様に揺らめいた。
「そう思うのなら今ここで私を倒して証明してみせろ」
ランバは槍を構えると大きく腰を落とした。その穂先は真っ直ぐジュドーの首筋に向けられ、前の様な手加減は微塵も感じられなかった。張り詰めた空気の中二人は動き出した。互いに急所を狙った一撃必殺の攻撃、それを二人は紙一重で避け、弾き、持てる限りの力で見ている誰もが心を奪われる攻防を繰り広げた。
しかしそれはいつまでも続く物ではなく、やがて終わりを告げた。幾合も打ち合う内に魔力による強化を受けていないランバの槍が嫌な悲鳴を上げ、真っ二つに折れてしまった。
「チッ!」
ランバは役立たずになったそれを投げ捨てると腰に差していた剣を抜いた。リーチの差は大きく、勝てる可能性はほぼ皆無であったがランバは最後まで戦うつもりだった。剣を脇に構えると素早く接近し、斬り上げる。ジュドーは容易くそれを避けるとハルバードを振り抜いた。
甲高い金属音が響き、銀の刀身が宙を舞った。先程の一撃はランバの首を狙えたのにも関わらず、その首ではなく剣を捕え、それを真っ二つに折っていた。
「私の勝ちだ……兄さん」
ジュドーはハルバードから光を消した。武器を失ったランバにもはや勝つ手段は残されておらず勝敗はついたと勝手に解釈したからだった。しかしランバはまだこの決闘を続けるつもりでいた。
「何を勘違いしているジュドー。どちらかが死ぬまで勝敗は決しない。そう言ったはずだ!」
ランバは残った剣の柄をジュドーに投げつけた。刀身が折れたとはいえそれはまだ十分な殺傷能力をもっており、ジュドーは避けざるを得なかった。予想すらしていなかったランバの攻撃にジュドーは普段より大きな回避行動を取った。その隙にランバはジュドーに接近し、腰の剣を奪い取った。
「さあ、戦いを続けよう。まだ私は死んではいないのだからな」
「何故だ! 何故そこまでして戦いを続けるんだ? さっき負けを認めればそれで良かったはずだろう!」
「統治者は二人もいらん。どちらか片方はこの世を去らねばならんのだ!」
ランバはジュドーに斬りかかった。その一撃は鋭く、ジュドーの右肩を鎧の上から切り裂いた。初めての決定的なダメージに辺りが大きくざわめいた。
「どうしてなんだ!」
ジュドーは左手だけでハルバードを振るい、ランバを退けた。鎧によってダメージは軽減されておりハルバードを振るうのには問題なかった。
「さっきも言った通りだ! ここを統治したいのなら私を殺せ! 世界を変えたいと言うのならば肉親ぐらい簡単に切り捨てるほどの冷酷さを持て!」
ランバは再び斬りかかった。ジュドーはそれを後ろに飛んで避けると、再びハルバードを赤い光で包み込み容赦なく絶命させることのできる一撃を振り上げた。その覚悟を見た瞬間にランバは動きを止め小さく笑った。
振り上げられた赤い斧は大きな唸り声をあげながら振り下ろされ、ランバの右肩に深く食い込み肺にまで達した。二十センチ以上も刃が食い込み、ランバの口からは真っ赤な鮮血が吐き出され、手から剣が滑り落ちた。
「お前の勝ちだ……ジュドー」
それだけを言うとランバは崩れ落ちた。その瞬間広場を歓声が沸き起こり空気を振動させた。その中心で歓声を浴びながらもジュドーの気分は一切晴れることはなかった。
「……これで本当に良かったのだろうか」
ジュドーはそう呟くと剣を拾い上げて鞘に収め、ランバの死体を肩に担いで自分の乗っていたチャリオットに戻った。しかしそこにフランの姿はなく、代わりに奇妙な水晶玉を持ったガルバスが立っていた。
「おい……何故お前がここにいる? フランはどこに行った?」
「あいつならネレスと一緒にどこかに行ったよ。あとこれはここの様子をあいつらに伝える道具らしい」
「そんな物はどうでもいい! フランはどこに行ったんだ!」
「多分だが……カーラ達を追いかけに行ったのだろう。ネレスが戦場から逃走する姿を見たらしい」
「何だと……?」
ジュドーは手に持っていたハルバードを取り落した。
「ゾナー! どこにいる!」
「ここですが……何か?」
すぐ近くのチャリオットから頭に包帯を巻いたゾナーは下り、ジュドーに近づいた。
「ここはお前に任せる。私は二人を追いかけねばならん」
ランバの死体をチャリオットの荷台に寝かせるとジュドーは広場を囲っている群衆の上を飛び越えた。その程度のことは魔力によって身体能力を向上させたジュドーには簡単な事だった。
「任せると言われてもどうすればいいのだろうか……」
「さあな? 好きにすればいいだろうさ。まあ一先ずは勝利を祝う宴会の準備でもしようや」
悩むゾナーとは対照的にガルバスは楽観的だった。
*
城の抜け道はルーブクスの西にある森の中に繋がっている。錆びついた鉄の扉を押し上げると新緑の葉から漏れる太陽の光が目に入り、さっきまで暗闇の地下を通っていたカーラ達には眩しく映った。
「ここまでくれば一安心ですがまだ油断はできません。すぐに南のサーベストに行きましょう」
ガルーザはカーラとクルスを穴の中から引っ張り上げながら言った。入口は七人が通ると同時に爆破し、使い物にならなくなっているためすぐに追手が来る可能性はなかったがそれでもまだ完全に安心できるような場所ではなかった。
「すまないな皆…。私達のためにここまでついてきてくれて」
「いえ、我々には戦闘能力はあまりありません。あの場に留まって戦闘に参加したところで犬死しかできないのです」
ガルーザ達隠密部隊は気配を絶ち、偵察や密偵などの人に見つかってはいけない影の仕事を多く行っており、その成功率を上げるためにその体の構造や魔力の質を変化させていた。そのため素早い身のこなしを手に入れる事ができていたがそれ以外は総じて低くなり、総合的な戦闘力は一般の兵士より劣っていた。
「そうだったのか……。知らなくてすまない」
「いえ……これは我々の他にランバ様しか知らぬことですから気にしないでください」
ガルーザは最後の一人が出てきたのを確認すると鉄の扉を閉じた。爆破しても良かったのだが既に入口が塞がっている以上ここが使われる可能性はほぼゼロであり、そうせずにガルーザはカーラとクルスを連れて南へと移動を始めた。
二人とも素早く移動するために重荷となる鎧は脱ぎ捨て、腰に剣のみという軽装備で走っていた。しばらく進んでいるとガルーザの耳が遠くから聞こえてくる馬の蹄の音を捕えた。
「……誰か来るようだ。グーン、少し見に行ってくれ。仲間かもしれん」
「分かりました」
グーンと呼ばれた偵察兵は今まで進んできた道を逆走し、木の陰に消えていった。しかしその直後に聞こえたのはグーンの断末魔だった。
「何事だ!」
カーラは後ろを振り返ったがそこにあるのは森を構成する木々と青葉だけだった。
「……どうやら追手がすぐそこまで来ている様です。我々が全力で撹乱します。その間に御二方は出来る限り遠くへ逃げてください」
ガルーザはそう言うと部下を連れてグーンが消えた場所に向かって走り出した。その後すぐに怒号や断末魔が響き渡り彼等の防壁も長くもたないことは明白だった。
「姉さま行きましょう。彼等の覚悟を無駄にしないためにも」
「分かっているわ……」
カーラは下唇を強く噛みしめると走り出した。その後ろに聞こえる悲鳴に決して振り返るまいと心に決めて。
それから数十分後今度はクルスが背後に迫る者に気付いた。その後ろから迫って来る者が放っている魔力の質を間違えるはずがなかった。
「奴が……来る」
クルスは立ち止まり後ろを振り返った。
「クルス? どうしたの?」
「姉さま先に行ってください。私達を追いかけてきているのは追放者です」
「何ですって?」
この言葉にカーラも立ち止まらざるをえなかった。
「私も戦うわ。あなただけを置いて逃げる訳にはいかないわ」
「……ごめんなさい。姉さま」
クルスはカーラの頭に軽く触れた。するとカーラは自分の意識が混濁するのを感じた。しかし体は倒れずにゆっくりと動きだし、クルスに背を向けて森の奥へと進んでいった。それはクルスの魔法による物だったがそれにたどり着けるだけの思考の余裕はカーラには残されていなかった。
カーラがまともな思考を取り戻したのはそれから一時間以上が経過し、空は赤く染まっていた。
「クルス……ガルーザ……無事なのか?」
カーラは木にもたれかかりながら呟いた。しかし答えてくれる者は誰一人としていなかった。その場に留まったところで何の利益もない事は明白であり、一刻も早く南にあるサーベストにたどり着く必要があった。
「例え……全てを犠牲にしてでも成し得なければならないか……」
カーラは振り返らずにもたれていた木を離れて歩き出した。しかしすぐ後ろから誰かが草を踏み分けて近づいてくる音が聞こえ、カーラは反射的に振り返った。だがそこには誰もいなかった。
「気のせいか……」
カーラはそう自分に言い聞かせると再び歩き出した。しかしその直後にカーラの右半身を鋭い痛みが駆け抜けた。反射反応でその痛みの場所を押さえようとしたが伸ばした左手はただ空を掴むだけでそこにあるはずの右腕を掴むことが出来なかった。
「ない……私の右腕が……ない……」
鎧を捨てたのが災いしたのかカーラの右腕は二の腕のわずかな部分を残して完全に切り落とされ、地面に転がっていた。
「あ…あ…ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
その事実を直視した瞬間さっきより強烈な苦痛がカーラの体を駆け抜け、カーラは痛みのあまり大声をだし、辺りを無様に転がった。
「どうかしら? 腕を切り落とされた感想は?」
すぐ近くで聞こえたのは女の声だった。それはガルバスの低い声ではなく、柔らかい声だった。痛みに耐えながらカーラが見上げるとそこには隻腕の有角種フランが不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「貴様……何者だ!」
カーラは痛みに耐えて立ち上がると左手で剣を抜いた。腕を失った事による痛みと出血のせいで意識は遠のくかに思えたが何故か意識はいつも以上に鮮明であり、目は強く見開かれていた。
「……覚えていないの?」
今度は右目に激痛が走り、視界の半分が黒く塗りつぶされた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
剣を取り落とし、咄嗟に右目を押さえる。しかしそこには何かが突き刺さっているわけでもなくただ鮮血があふれ出すだけだった。
「まだ思い出さないの? せっかく私にしたことを返してあげているだけなのに……」
フランは不満げな表情で首を傾げた。
―私がした…? 何を言っている……!!!
カーラはフランの言っている事を理解した。
「お前……まさかあの時の有角種か……」
「ようやく思い出してくれたんだ……。残念ね。私はずっとあなたのことを忘れなかったのにあなたは私の事を忘れていただなんて」
フランは右手、そして右目の順に手を当てながら言った。それはかつてカーラに奪われた物であり、その仕返しをついさっき達成した所だった。
「何が目的だ……下衆め」
「目的? 決まっているじゃない。私と同じ苦しみをあなたに与えたいのよ」
フランは左手を軽く振った。すると僅かに残っていたカーラの右の二の腕が吹き飛び、カーラは完全に右腕を喪失し、フランと同じ状態になった。
「後は……そうね……馬に踏みつぶされたんだったっけ?」
フランは過去を思い起こしながらカーラに迫った。
「来るな……来るな……来るなっ!」
カーラは尻餅をつくと残った片方の手で後退し始めた。しかしその程度の速度ではフランから逃れる事は出来ず、胸に強烈な蹴りをくらい地面に転がった。地面に横たわるカーラの鳩尾にフランは足を乗せると体重を乗せて圧迫を始めた。
「あっ……か……」
絞り出すような声しか出せず、苦悶の表情を浮かべるカーラを見てフランは初めて自分が満たされる感覚に陥った。ジュドーに愛される時とはまた違った別の充足感。それは嗜虐心から来るものだった。
「ねえ? 今どんな感じ? 痛い? 苦しい?」
ニヤニヤと笑いながらフランは更に体重をかけ、カーラを圧迫する。もはや呼吸もままならなくなり、目は完全に見開かれ、まともに声すらあげられなくなっていた。意識を保つことすら難しく、もう少しで意識が潰えるといった時だった。
「そのくらいにしてやったらどうだ?」
一番聞きたくない声の後にカーラは自分を圧迫する力が緩むのを感じた。
「…何故そんな事をいうの? あなたはこいつの味方なの?」
「いいや違うさ」
その声の主はネレスだった。ネレスはゆっくりと歩み寄ると無様に地面に転がっているカーラをまっすぐ見下ろした。
「貴様……何故ここにいる……」
「何故? そんなことも分からない程君は愚かなのかい?」
ネレスはカーラのすぐそばにしゃがみ込むとその右肩に手を当て、青い光を持ってしてその傷口を塞いだ。その行動の不可解さにフランは異を唱えた。
「何のつもりなの? あなた……本当にこいつの味方じゃないの?」
「ああ、味方じゃないさ。僕はこいつが嫌いだ。それに僕ならばこの程度の傷ならば腕を元通りにすることが可能だよ」
「じゃあ何故こいつを治すの? 理由があるんでしょう?」
「ああ、もちろんだとも。このままだとこいつは血が足りなくなって死ぬからね。簡単に死んだら面白くないだろう?」
その言葉にカーラは絶望し、フランはますますその顔に嗜虐の笑みを浮かべた。
「そういうこと……なら遠慮はいらないわね」
フランはそう言うと足を一度持ち上げ、勢いよく鳩尾を踏みつけた。その一撃はカーラの意識を奪い取り、着ていたスカートが生暖かい液体で濡れはじめた。
「あらあら……気絶しちゃったのね。つまんない。せっかく傷口塞いでもらったけど殺すことにするわ」
「……」
ネレスは何も言わずに立ち上がると二人から少し離れた場所に立った。それを見てからフランは左手に魔力を集めると巨大な斧を作り出した。その斧は薄い緑色であり、この森の中では注意しなければほとんど見ることの出来ない物だった。
「さようなら……。これで……やっと私は解放される」
フランはさっきまでとは違う穏やかな顔に戻るとその斧を振り上げた。巨大な斧は半月状の刃を太陽の下で輝かせると一直線にカーラの首へと振り下ろされるはずだった。しかし突然飛んできた魔力の球が斧に直撃し、それによって軌道をずらされ刃はカーラの少し頭の上の地面を抉っただけだった。
「…ねえ。どうして邪魔をするの?」
フランが振り返った方向には馬に乗ったジュドーがいた。素早く馬から飛び下りるとジュドーはフランの前に立った。
「……何?」
「お前に人を殺させはしない。そんなことをするのは私だけでいい」
「そう……なら殺してよ。私の代わりにね……」
フランの精神は歪んでいた。しかしジュドーはそれを咎めるつもりは一切なく、全てを受け入れていた。そのため差し出された斧を掴むとそれを振り上げた。しかしその斧はまたしても拒まれることになる。
「少し待ってもらえないだろうか?」
止めたのはネレスだった。刀で振り下ろされる斧を受け止めていたのだった。
「何を待てというの?」
「こいつに聞いてみたいことがある。だから少し待ってほしい」
そう言ってネレスは脇腹を蹴り上げ、カーラの意識を覚醒させた。
「聞きたいことがある。答えろ」
最初は目覚めたばかりで何がどうなっているのかを理解できていないようだったが時間と共に意識が鮮明となり、現状を理解するに至った。
「お前は今も獣人を拒むか? 共に暮らそうとは思わないのか?」
「何故…そんなことを聞く?」
「その答え次第で僕はお前を生かすかも知れない。さあ答えてみろ」
ネレスは刀を突きつけた。しかしカーラはそれに怯むことなくネレスを睨みつけ口を開いた。
「貴様等獣人などいつか根絶やしにしてやる! 誰が共に暮らすものか!」
「だよね。そう言うと思っていた。だからこそこの言葉を君に伝えたかった。君には獣人の血が混じっている」
「馬鹿な……そんなはずあるものか……」
突然の言葉にカーラは目を見開いた。口から出る言葉は震え、ほとんどかすれていた。
「いいや、嘘ではない。人間という種は魔力を持っているがその数はほぼないと言ってもいいぐらいだ。だが……別の種族と交わることでその量を増すことがある。お前達の祖先は強力な魔法が使えたはずだ。このことからお前の祖先の誰かが獣人と交わった事は明白だ。そして……お前とは違う母親を持つジュドーとクルスだけが何故魔法を使えるのか、この事を考えれば僕の言っている事が嘘でない事は分かるはずだ」
「嘘だ……嘘だ……」
ネレスのいうことは全て筋が通っていた。何故ランバとカーラだけが魔法を使えなかったのか。そしてそもそも人間自体に魔法を使える者が少ないのか。その事実を知ってしまった今カーラは自分の存在さえも否定したくなった。
「もうこいつは放っておいてもいいだろう」
ネレスは刀を鞘に収めると言った。
「何故…そう言いきれる?」
「あいつの心は砕けた。もう僕等の前に立つことはないだろう。なんせ今まで蔑んできたやつと自分が同じだと知ってしまったのだからな。もはや奴は安寧なる無知の世界にはいない。最悪な暗澹たる恐怖の中に放り込まれたのだからな」
カーラは俯き、ただ訳の分からぬ言葉を呟くだけの存在に成り果てていた。
「それに奴を殺す事よりも同じ姿で同じ苦しみを与えることの方が奴にとって罰になるはずだ。死を与えてやることは苦痛から逃がしてやることと同意義だ」
「……分かったわ。こいつは見逃すとしましょう。苦しんで死ねばいいわ」
フランはどこか不満げであったがカーラに背を向けて自分が乗り捨てた馬のいる場所に向かって歩き出した。
「……すまんな」
「何、君がこいつを殺したくないことぐらい知っていたよ。だからこうしただけさ。だけどね、こういう手段はいつか君に手痛いしっぺ返しを食らわすだろうからしたくはなかったね」
「分かっている。だけどできる事ならば私は兄弟全員でこの世界を造りたかったんだよ」
「そうか。人という物は非情になりきれない物だ。特に一度でも愛した者に対してなら尚更のことだ」
ネレスはそう言うと走り出し、森の奥へと消えていった。ジュドーもしばらくの間カーラを見つめていたがやがて決別の言葉を述べてからその場を後にした。




