幕間
その日の夜は町を挙げての宴会となった。普段は立ち入りが禁止されているジュドーの屋敷の敷地が解放され、その中に兵士、町人が人種を問わずに入り乱れ、勝利に酔っていた。
ジュドー側の被害は少なく、死者は一人もいなかった。しかし重傷者は存在し、五人ほどが二月ほど戦線離脱を余儀なくされた。
「皆、今日はよくやってくれた! この小さな勝利が次の大きな勝利に必ず繋がる! 今日のこの戦を忘れるな! 今日から人種による差別は消滅した!」
酔いが回っているのかゾナーは既に三度も同じ言葉を繰り返していたが誰もそれを咎める事無く同調し、声を高らかに褒め称えた。
またある所では様々な楽器による演奏が始まり、皆がその曲を歌ったり、そのリズムに乗って踊っていた。
皆勝利に酔っていた。自分たちの手で勝利を掴んだということが今まで迫害され、逃げる事しか出来なかった獣人達を元気づけ、今までにない饗宴となっていた。その様子を少し離れた場所で見ながらネレスは次のルーブクス戦について考えていた。
戦力差は今日の逆の一対十のよりも酷く、圧倒的なまでに不利な状況である。それをどうやって真っ向勝負で打ち破るかが次の戦いの焦点だった。確かにレッドドラゴンになれば千の兵士は簡単に潰せるが竜殺しの剣をクルスが持っていたことが一番の気がかりだった。
恐らくは貴族の道楽として収集したのかあるいは献上された品なのだろうがもしまだ他に同じような武器があるのならレッドドラゴンになることはあまり好ましい事ではなかった。竜殺しの武器は名の通り、竜を殺す物であり強力な生命力を持つドラゴンに対して絶大な威力を誇る。しかもたった数回切っただけでドラゴンを死に至らしめる事すらあった。それはドラゴンが持つ竜の因子と呼ばれるドラゴンの生命力の源を無力化するだけでなく、一瞬にして破壊しつくすためだった。
―ドラゴンが駄目ならば別の物になるしかないが何になるべきか……。
「どうだ? 楽しんでいるか?」
考え込むネレスの耳に突然ジュドーの声が聞こえ、驚いた表情を浮かべながらもネレスは言った。
「まあまあかな……。君はカーラが殺せなくて残念だったかい?」
「……さあ。どうだろうか? 何はともあれ今回の戦いは無事勝利することができた。だが次の戦いは勝利できるかどうかが分からない……正直不安だ」
どうやらジュドーも同じことを考えていたらしくその顔色は芳しくなかった。
「大丈夫だ。次の戦いは僕が本格的に参戦する。それよりも聞きたい事があるんだがルーブクスには竜殺しの武器があるかい?」
「……? 確かクルスがそんな武器を使っていたが今日君が折ってしまったからもうないと思うが」
それを聞くとネレスの顔に笑みが浮かんだ。
「そうか。それはいいことを聞いた。次の戦いは確実に勝てるぞ」
「どういうことだ? 竜殺しの武器がないことはそんなにもいい事なのか?」
「あぁ。あと少ししたらそれを説明するよ。さあ、今はこの宴を楽しむとしよう」
ネレスの言葉に少々疑問を抱きながらもジュドーは騒ぎの中に連れ立って入って行った。
「やあガルバス、楽しんでいるか?」
「ん? ネレスか…どうした?」
ガルバスは木製のジョッキに入った発泡酒を飲みながら振り返った。その側には大量の空のジョッキが転がっており、どうやらかなりの量を飲んでいるようだった。しかしそれでも意識はハッキリとしており、まだまだ酔っている気配はなかった。
「今日の戦いはどうだった?」
ネレスがそう問いかけると周りにいた兵士達が口々に声を発した。
「いやー、この人の戦いぶりは凄かったよ!」
「素手で槍に立ち向かうし馬から引きずり落とした兵士をぶん回したり」
「ホントもうすごかったよ」
どうやら人ごみに紛れて見えなくなった後にガルバスは凄まじい活躍をしたらしくその周りには十人以上の人だかりができていた。
「そうかそれは良かった。次も頼んだよ」
ネレスはそう言うとガルバスのそばを離れどこかへ消えていった。
「フラン、大丈夫かい?」
ジュドーは喧騒から離れた場所で料理を作っているフランに声をかけた。彼女は片腕ながらもしっかりとした包丁さばきで謙遜ない料理を作り上げていた。
「大丈夫よ。無理していないわ」
「フラン様! こっちはもうあらかた作り終えたので休んで下さっても結構ですよ」
ジュドーが来たことにいち早く気付いたあの露店の店主である腹足種が器用に二つのフライパンで肉を焼きながら言った。
「それじゃ…お言葉に甘えさせてもらうわ」
フランはそう言って頭にかけていた手拭いを取るとジュドーと連れ立って料理場を後にすると静かな木の下に移動した。
「フラン……」
ジュドーは立ち止まると口を開いた。
「何?」
「すまない……君のその仇を取れそうだったのに、取れなかった」
「いいの……。気にしないで」
フランは右の肩口を押さえながら言った。
「次の戦いでは必ず奴の首を持って返ってくる。だから安心して待っていてくれ」
「……本当にやる気なの? 後悔はしていない?」
「ああ。次の戦いに必ず勝ち、君との結婚を公に認めさせる」
ジュドーはそう言うとフランの唇に自分の唇を重ねた。
「ありがとう。ジュドー……私なんかのためにここまでしてくれて」
「何を言っているんだ。フランがいたからこそ今の私があるんだ。だから君のために尽くして当然なんだよ」
ジュドーは再び唇を重ねた。それはさっきよりも長く、離れるときはとても名残惜しそうだった。
宴会が始まって三時間程経つと酒に溺れた者達が大きくいびきをかきはじめ宴会は終わりを迎えていた。それを見計らってネレスはジュドーとの打ち合わせ通りに魔法によって大きな轟音を発生させて全員を眠りから覚ますと言った。
「皆さん。今日の戦いはお疲れ様でした。次の相手はルーブクスの軍隊です。その戦力は軽く見積もっても一万を超えているでしょう。単純に考えて十対一の計算です」
この言葉に眠っていなかった者達がざわめきだした。流石にこんなことを言うのは想定外だったらしくジュドーは慌ててそれを止めようとしたがいつの間にかそばにいたガルバスがジュドーを制した。
「ですが……決して勝てない相手ではありません。何故ならば奴等には志がない。ただののうのうと生きているだけだ。そのような腑抜けに我々が負ける訳がない」
「だが……それだけで本当に勝てるのか?」
ガルバスの静止を振り切り、ジュドーが声をあげた。それに伴って辺りの兵士から非難の声が上がった。勝利に酔っていた彼等にはネレスの突き付けた現実は寝耳に水だったのだ。
「ええ、大丈夫ですよ。その証拠を今見せましょう」
ネレスはその全身を青い光で包み込むと同時に空に飛び上がった。次の瞬間にはその光は消え去り、ネレスはあの巨大なレッドドラゴンと化していた。その羽ばたきは地面にいた者達を吹き飛ばしかねない勢いであり、続けて起こった咆哮は眠っていた人々を跳ね起きさせた。
ネレスはガナシアの上空を一回りしてから空に向かって一度火を空に向かって吐くと元の姿に戻った。
「どうかな? あの姿になれば百程度の兵士など一撃で葬り去ることが可能だ。次の戦いは僕も参加する。これでも勝てないと思っているのかな?」
しばらくの間辺りは静寂に包まれていた。全員が忘我に陥り、先ほど起こったことを理解しようと努めたがそれは無駄な試みだった。
「あー。僕の声が聞こえているかな?」
ネレスの声に正気を取り戻したジュドーが声をあげた。
「彼は今日新しく加わった仲間、ネレスだ。その戦闘力についてはさっきの通り申し分ない。彼がいれば次の戦いに必ず勝てるだろう」
ジュドーの言葉に皆は徐々に正気を取り戻し、歓喜の声をあげた。その声にジュドーは微笑んだがネレスは苦笑いを浮かべていた。




