署名の位置
蝋燭が一本、短くなっていた。
王配の書斎は、王宮の東の、日の当たらない側にあった。四十年前に、塗油のない王女が本を積み上げていた部屋だった。女王が西の明るい部屋へ移ってから、ヨナがここを使っている。窓からは王宮の壁が見えるだけで、それがいい、とヨナは言っていた。
机の上に、綴じた紙の束が置いてあった。厚さは指の幅を四つ並べたほどで、紙は端から黄ばみかけていた。束の一番上の紙に、ヨナは最後の頁を書いていた。
字は大きく、角張っていた。一画ごとに筆を紙から上げて、置き直して書く字だった。四十を過ぎてから、ネリに習った字だった。ネリは三年かけて教え、三年目の終わりに、筆を持つ手の形だけはもう直らないと言って匙を投げた。
扉が開いて、女王が入ってきた。
五十を過ぎて、髪に白いものが混じっていた。挨拶をせずに机の脇まで来て、紙の束を見下ろした。
「書き終えましたか」
「今夜で終わる」
「どこに置くのです」
「記録院の禁書庫に。焼けた棚の跡に」
「禁書庫は、もう禁書庫ではありませんよ。あなたが法を変えたのでしょう」
「じゃあ、普通の書庫の、奥に」
女王は束の一番上の頁に指を置いた。頁の下のほうの、署名の位置を見て、指を止めた。そこはまだ白かった。
「ネリが言っていました。あなたの字は、最後まで直らなかったと」
「直す気がなかった」
「知っています」
女王は指を紙から離して、棚の上に伏せてある木の椀に目をやった。縁が一箇所欠けた椀だった。女王はそれに触れずに、扉のほうへ戻りかけて、振り向いた。
「灰原の石の一行目、今年も誰も磨いていませんでした。石工の孫が見に行って、線はまだ立っていると」
女王は出ていった。扉が閉まると、蝋燭の炎が一度傾いて、元に戻った。
ヨナは筆を硯に戻して、綴じた束の一番下の、最初の頁を引き出した。四十年前に、一番はじめに書いた頁だった。字は今よりもっと大きく、行が右下へ下がっていた。
灰区の柵の前で、私は彼に言った。あなたは数を書く、俺たちは数えられる側だ、と。
ヨナはその行を読んで、今の自分が座っている机を見下ろした。硯と、筆と、四十年分の紙。最初の頁を束の下へ戻して、最後の頁を読み直した。
---
私は、八十年の後に初めて灰人の名を戸籍に載せた者として死ぬだろう。王ではなく、姓のない王配として。
灰区の柵の杭の穴は子供たちが跳んで越えるうちに埋まった。施し所の壁は名で埋まって、隣の倉の壁に移った。ガレスは死ぬ前の年まで梯子に上って書いていた。字は年ごとに大きくなって、最後の年の字は、一つが掌ほどもあった。壁の一番上の横線の下の空いた一行は、ガレスが死んだ日にも空いていた。
ラーレは九十まで生きた。最後の日も豆を焦がして、鍋が悪いと言った。テオの椀はラーレの棚から私の棚に移った。今も伏せてある。
ルカスは北境で死んだ。帝国とは、結局、話し合いで済んだ。あいつは死ぬまで、自分の栗毛のほうが足がいいと言い張っていた。
ネリは、母が死んだ年の冬に、母の名を戸籍に書いた。死んだ者の欄に。書いてから、生きている者の欄に、同じ名をもう一度書いた。役人が困って私のところへ来たので、両方残せと言った。
ベアトリクスは毎年春になると、北へ行く商人に干し杏を一袋持たせた。誰に渡すのかと訊かれると、北で会った人に、と答えた。会ったことがあるのかと訊かれると、首を傾げた。
女王は毎年、即位の石の写しを一枚ずつ作らせている。石工の手で、石の面に紙を当てて墨で擦り取らせる。一行目は、毎年、線が一本だけ写る。写しは女王の書庫に、四十枚溜まった。
バルトの女房は、名のない坊ちゃんの話を、市場で死ぬまで話した。名のところで、ああ何だったかね、と言って話が終わる。それでも、年が変わるたびに聞く者が集まった。
鹿毛の去勢馬は、九年後の春に、一頭で関所を越えて帰ってきた。帰ってきたのは馬だけで、鞍に袋が一つ括ってあり、中身は空だった。痩せていたので、返しに来たのだと思うことにした。
灰区の年寄りたちは、今でも言う。祖先は名を失くしたのではない、帝国に預けたのだ、と。国境が開く日が来たら、誰か字の読める者に、確かめに行ってほしい。私の字では、帝国の役人に笑われる。
書いておく。
この戸籍のどこにも、私の友の名はない。
何度か書こうとした。
だから私は、彼のしたことだけを書く。数百の数の食い違いに気づいた記録官がいた。父を炎に失い、姉に見送られ、友に詰られ、一万の名を一人で呼んだ男がいた。
名は残らなかった。行いは残った。
それが歴史というものでないなら、私は歴史を信じない。
---
ヨナは紙の一番下の、署名の位置に筆を置いた。
自分の名なら、とうに書いてある。四十年前に灰原の陣でネリの耳に入れて、ネリが書いた。戸籍に載っていて、王配の印にも彫ってある。
筆を置いたのは、もう一つの名のためだった。
筆先が紙に触れて、一画を引いた。何の字の始まりでもない、短い横の線だった。そこから先へ、手が動き方を思い出せずにいた。四十年、何度試しても、手が覚えているのは一画目までだった。
ヨナは筆を上げて、線を見た。
黒い線は紙の上で少しずつ色を失っていった。墨が紙の繊維から浮いて灰色になり、粉になって、紙の目に沈んだ。乾く前に、線は紙から消えた。筆先が触れたところの、かすかなざらつきだけが指に残った。
ヨナは蝋燭を取った。
炎を、署名の位置の紙に近づけた。紙の表が茶色く焦げ、焦げが丸く広がって、縁が黒くなった。ヨナは炎を離して、指で焦げの縁を押さえた。火はそこで止まった。
焦げ跡は残った。
ヨナは蝋燭を燭台に戻して、綴じた束の前の頁をめくった。どの頁にも、同じ位置に、同じ大きさの焦げ跡があった。友の名が入るべきところに、一つずつ。四十年分。
壁の釘に、古い頭絡が一つ掛けてあった。革は乾いて罅が入り、銜の金具は錆びていた。ヨナは書斎を出るときに、その頭絡に一度だけ指で触れた。今夜も触れて、それから蝋燭を吹き消した。
---
私がこの手記を見つけたのは、記録院の北の翼の、古い書庫の改修の最中だった。
奥の棚の板を外すと、裏に油紙の包みが一つ押し込まれていた。包みは細い革紐で十字に縛ってあった。紐は乾いて罅だらけで、結び目の脇に、錆びた小さな金具が一つぶら下がっていた。馬の口に噛ませる金具の、片方の輪のように見えた。紙を縛るのにそんなものを使った人の気持ちが、そのときの私には不思議だった。紐はほどくときに二箇所で千切れた。
序に書いたとおり、手記の筆跡は一人のもので、紙と墨は冠戦争の直後の王宮のものだった。書き手が誰かは最後の頁が教えてくれた。姓のない王配。灰人で初めて戸籍に名を載せた摂政。歴史の教本で、名もなき異端者を追討した英雄として私が教わった人だった。
手記の焦げ跡は、どの頁でも、同じ一人の名の入るべきところにあった。その一人の姓は、手記の中で一度だけ、総長ロートヴェルの末の子、という形で書かれていた。名の入る場所はどの頁でも焦げていた。
私の曾祖母は、市場で口の軽いことで知られた女だったという。母から聞いた話では、曾祖母は死ぬ前まで、名のない坊ちゃんの話をしていた。名のところで、ああ何だったかね、と言うのが決まりの話だった。子供の私は、それを昔話の決まり文句だと思って聞いていた。
曾祖父は記録院の書記だった。手記を見つけた年の冬、私は実家の納戸から、曾祖父の残した紙の束を出して読んだ。院の帳簿の写し、税の控え、市場の値段の覚え書き。その底から、紐で縛った紙が一束出てきた。灰区人数帳の、備考の頁の写しだった。
前年比、男十二減。教会配給帳に移送十二の記載あり。移送先の記載なし。
紙を鼻に近づけると、六十年経っても、かすかに煙の匂いがした。灰区に持っていかれた帳簿は、戻ってくると皆その匂いをつけている、と院の古い書記たちは今でも言う。
若い字だった。手記の書き手の角張った字とは違う、記録院で叩き込まれる、行の終わりで跳ねない字だった。束の上に、曾祖父の字で一行だけ添えてあった。屋敷より持ち出す。総長の末子の写し。
名は、そこにもなかった。字は残っていた。
私は記録官だ。記録院の書式は名の欄から始まる。手記を写して院の帳簿に収めようとしたとき、私の筆は焦げ跡のところで止まった。欄を空けたまま写せば、写しは穴だらけになる。穴だらけの写しは、棚に置かれたまま、誰の手にも取られずに埃をかぶる。
それで、名を付けた。
本当の名を知る者は、もう一人もいない。私が付けたのは写しの中で彼を呼ぶための名だ。院の古い書式で、名の焼けた帳簿を写すとき、書記たちが仮の名として欄に入れてきた古い呼び名から取った。
エリアス、と。
灰区の古い教えでは、名は呼ぶ者がいて初めて錨になる。呼ぶ者が付けた名は、骨ではなく着物だと、ある老婆が言ったそうだ。私の付けた名は着物で、骨のほうは、六十年前に一万の名と引き換えに、どこかへ行ってしまった。
それでも、着物を着せれば、写しの中で彼は歩ける。
だから私は、手記の焦げ跡を一つずつ、エリアス、と写した。父を炎に失ったエリアス。姉に見送られたエリアス。友に詰られ、一万の名を一人で呼んだエリアス。写すたびに、自分の付けた名が少し恥ずかしかった。写し終える頃には恥ずかしさにも慣れていた。
写し終えてから、私は灰原へ行った。丘の裾の石は風で表が削れて、名の多くが読みにくくなっていた。一行目の線だけが、磨かれずに、刃の入った跡のまま残っていた。王都へ戻って、灰区の倉の壁も見に行った。名で埋まった壁の一番上に、横線が一本と、その下の一行分の空きがあった。私も、その一行は空けたままにして帰った。
手記は、彼が何をしたかを短く書いているだけだ。何を思ったかは、私が書いた。彼が見たはずの葬列の牛の歩みも、灰区の豆の焦げも、浅瀬の湯気も、手記の短い文と、王宮の古い帳簿と、灰区の年寄りたちの話と、灰原の石の一行目の線から、私が組み立てた。記録として正しいかと訊かれれば、耐えられることを書いた、と答える。この国の記録院の書く歴史は、いつもそういうものだった。
---
今朝、院の机の上に、覚書が一枚置いてあった。帝国との国境を開くことになった、と。北境の砦は、六十年前にヴァルデン公が建て直したまま、今は関所になっている。
帝国の記録院には白い名簿があるという。この国が名を消していた八十年のあいだ、帝国はすべての名を記していた、と国境の商人たちは言う。灰原から北へ流れた灰が、帝国の村の屋根に積もった年のことも、記されているだろう。
その年に、名の欄を空けたまま関所を通った男がいたことも、記されているかもしれない。
私は手記を鞄に入れた。鞄は曾祖父の納戸にあった古い革の鞄で、留め金が一つ壊れていた。手記の写しと、曾祖父の納戸の紐で縛った写しも入れた。院の書式の通行証の名の欄には、私の名を書いた。私の名は、書けば乾いて、そのまま紙に残る。この国では今、生まれた子の名は、母親の耳に入ったその日のうちに戸籍に書かれる。すべての名を記せ、という灰区の司祭の決まりが、四十年かけて法になった。
関所で名を訊かれたら、私は自分の名を答えて、それから訊くつもりでいる。六十年前に、名の欄を空けたまま通った記録官がいたはずだ、と。
鞄の口を締める前に、私は手記の最後の頁をもう一度開いた。署名の位置の焦げ跡は、指でなぞると、紙の表がわずかに硬く盛り上がっていた。四十年分の焦げ跡の、一番新しい一つだった。
窓の外を、国境へ向かう使節の隊列が通っていく。白い外套の帝国の役人が先頭の馬に乗っている。
私は手記を閉じて、表紙の上から、自分の付けたその名で、一度だけ彼を呼んでから、鞄の口を締めた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
物語はまだ北へ続いています。続きを待っていただけるなら、ブックマークと★評価で知らせてもらえると、書く力になります。




