03 夫婦で夜会
夜会の日になった。
「国王陛下に挨拶をする。ワルツの練習をしたのだろうな?」
「していません」
「同じく」
ドノヴァンもエヴァもダンスの練習はしていなかった。
「練習しなくてもワルツぐらいは踊れます。エヴァも踊れるということでした」
「王立学校のダンスの成績でドノヴァンはS、エヴァはAだったのよ」
「そうか」
デルウィンザー公爵夫妻は問題ないだろうと思った。
だが、問題が発生した。
ドノヴァンとエヴァは優秀さをアピールするために技巧的に踊ったが、そのせいで華奢だったエヴァの靴のヒールが折れてしまった。
普通なら踊り続けることはできない。
だが、ドノヴァンはすぐによろめくエヴァを支えた。
エヴァもわざと姿勢を傾け、ポーズを取ったように誤魔化した。
「ヒールが折れました」
「つま先で立て。もう少しだ」
ドノヴァンはリードの仕方を変えた。
エヴァもふらつかないように気をつけながら、ドノヴァンのリードに任せた。
まさに臨機応変。
不慮の事態に動揺することなく、最後まで踊りきった若い夫婦に盛大な拍手が送られた。
「さすがデルウィンザー公爵家の跡継ぎだ!」
「見事なリードだった!」
「本当に」
讃辞のほとんどはドノヴァンに対してだった。
だが、ドノヴァンはエヴァが慌てることなく対応したことを高く評価していた。
王宮から帰る馬車の中。
「素敵だったわ!」
デルウィンザー公爵夫人は満面の笑みを浮かべていた。
「ダンスが終わって一礼したあと、ドノヴァンがエヴァを抱き上げたでしょう? 最高だったわ!」
妻を助ける夫の振る舞いとして堂々としていた。
当然、それは高評価になる。
かなりの身分差がある結婚だったが、夫婦関係は大丈夫そうだと思われた。
「片方のヒールがないのに、普通に歩けるわけがありません。そのせいで失笑されてしまうと、ダンスを最後まで踊り切った意味がありません」
「できるだけわからないように歩こうと思っていたのですが」
「ヒールが落ちていれば、誰のものかと思われる。隠す意味はない。理由を明確にして退出した方がいい」
「それもそうですね」
「突然のアクシデントだったが、見事に乗り切った。優秀さをアピールできただろう」
「そうね。王太子妃も若くていいわねえと言っていたわ」
デルウィンザー公爵夫人は王太子妃と友人同士だった。
「エヴァの評判も良かったわ。貧乏な男爵家の出自を心配されていたけれど、勉強家でダンスも上手ならいいわねと言ってくださったわ」
「王太子妃が?」
「そうよ。王妃は何も言わなかったけれど。あの方は身分血統主義だから仕方がないわ」
「そうだな。まあ、何事も経験だ。結婚も」
「そうよね。取りあえず結婚するのは全然ありだわ!」
取りあえず息子を結婚させた親らしい意見だった。
「だけど、ヒールが折れたのは最初から技巧的に踊ったせいよ。ドノヴァン、もっと女性の装いに注意を払わなくてはいけないわ」
母親は手厳しかった。
「気をつけます。ですが、靴のヒールをもっと太いものにすればいいだけでは?」
「これだからドノヴァンは……今の流行はピンヒールなのよ。太いヒールで参加したら笑われてしまうわ!」
「では、ピンヒールの流行を終わらせればいいだけです。エヴァのように対応できる女性もいるとは思いますが、足を怪我する可能性があります。女性たちは名誉と足を守るためにも、太いヒールの靴にすべきでしょう」
「そんな理屈が通るわけがないでしょう?」
「王太子妃がそのように言えば、ピンヒールの流行は終わります」
「つくづく優秀過ぎる息子だわ……」
母親だからこその深いため息が出た。
「だけど、私から王太子妃には言わないわよ。ピンヒールが好きなの! いかにも女性らしいし、流行を楽しまないとでしょう?」
「いかにも母上らしい意見です」
「それにピンヒールの流行が終わったらどうするの? 普通の靴なんて面白くないわ!」
「ドレスのせいでほとんど見えません。どんな靴でもいいと思いますが?」
「貴方、何か言って頂戴!」
妻にそう言われたデルウィンザー公爵はエヴァに顔を向けた。
「エヴァはどう思う?」
「踊るには低いヒールの靴の方が安全ですが、つまらないと思われる気持ちもわかります。ですので、新しい靴の流行を作ればいいと思います」
「そうね。だけど、新しい靴はどんなものなの? エヴァはそれも考えているのかしら?」
「バレエシューズはどうでしょうか? ダンスに向いていそうな靴です」
「それだわ!」
デルウィンザー公爵夫人はエヴァの案に飛びついた。
「流行するかどうかはともかく、王太子妃との話題になりそうね!」
「バレエシューズは踊るための靴だ。ダンスに適していそうではある」
「ヒールもない。折れる心配もなくなる」
「名案ね! さすがエヴァだわ! 優秀ね!」
「お役に立てたのであればよかったです」
エヴァはにっこりと微笑んだ。