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01 一年間



 エヴァが十八歳になった途端、結婚が決まった。


 貧乏で借金まみれの実家を救うためにはどうしても必要だった。


 金が欲しい貴族と嫁が欲しい貴族による結婚は珍しくない。


 相手は王立大学に通うドノヴァン・デルウィンザー。二十歳。


 公爵家の跡継ぎで、すでにデルウィンザー伯爵を名乗っている。


 文武両道。容姿端麗。結婚したい男性として人気者の貴公子だが、本人は結婚どころか女性にも興味がない。


 血筋が絶えないよう結婚して子どもを作ってほしい両親は、恋人を作ってはどうか、気軽な交際でもいいと何度も伝えていた。


 しかし、息子は全く取り合わない。


 結局、金で買ったと言われても仕方がない花嫁を迎えることになった。





「伝えておくことがある」


 結婚式が無事終わった日の夜。


 ベッドの上でエヴァは冷たい視線を放つドノヴァンと見つめ合っていた。


「この結婚はカモフラージュだ」

「カモフラージュ?」

「私と結婚したい女性が多くて邪魔だった。成人してからは相手からのアピールが酷くなる一方だった」


 単に縁談を申し込んで来るだけではない。


 ストーカー行為は日常茶飯事。


 ドノヴァンやデルウィンザー公爵家の弱みを探したり、罠にはめようとしたり、おかしな噂を流したり、さまざまな手法を駆使しようとした。


 デルウィンザー公爵家としてもできるだけの対応はしていたが、その影響でドノヴァンは勉強に集中できなくなる一方だった。


「限界だと感じて結婚することにした。そうすれば縁談が来なくなる。私と結婚したい女性も諦める」

「それはデルウィンザー公爵夫人から聞きました。ドノヴァン様としては、縁談とストーカーまがいの女性避け、勉強に集中するための結婚だとか」

「そうだ。優秀なことを示すため、飛び級で大学を卒業しようと思っていた。本気で勉強に集中しないと飛び級で卒業できない」

「それで私と結婚したのですね」

「こちらの事情に合わせてもらって助かった。一年間、よろしく頼む」


 エヴァは瞬時に固まった。


「一年間?」


 今度はドノヴァンの方が固まった。


 嫌な空気が流れること、しばし。


「……知らなかったのか?」

「今、知りました」


 エヴァは冷静になろうと思いながら答えた。


「でも、納得です。どうして私なんかと結婚したのかも、両親が何度も謝って来る理由も理解しました」


 借金つきの極貧男爵家の令嬢と裕福な公爵家の令息の婚姻はどう考えても不釣り合い。


 力のある公爵家から金を積まれた男爵家が首を縦に振るしかなかったのは明らか。


 都合が悪くなったらいつでも離婚できるようにするためだとエヴァは思っていたが、実際にそうだった。


 結婚期間は一年間。ドノヴァンが無事王立大学を卒業するまででいい。


「私の両親は一年間だけの契約結婚であることを知っているのですか?」

「そのはずだ。私の両親からエヴァの両親にも話し、こちらが提示した条件で了承を得たと聞いている。エヴァも知っていると思っていた」

「私が反対するかもしれないと思って伝えなかったのかもしれません。でも、一年間だけと言われても了承していました。とにかく借金や貧乏から抜け出したかったので」

「だが、知っていて結婚したのと知らなくて結婚したのでは差がある。落胆させてしまったのではないか?」

「少しは。でも、公爵家に都合の良い結婚にしたいからこそ、私が選ばれたのはわかっていました。いずれ離婚の話が出そうだとは思っていたのですが、予想以上に早かっただけです」

「離婚? 婚姻無効の話を聞いていないのか?」

「聞いていません。婚姻無効にするのですか?」

「そうだ」


 一年間夫婦として過ごしたが、両親が決めた相手同士ということでうまくいかない。


 結婚期間が短いことから離婚ではなく婚姻無効の手続きをすることをドノヴァンが説明した。


「なるほど。一年間だけなら婚姻無効にできそうですね」

「私からの申し入れだけに、エヴァには迷惑をかけることになる。そこで、慰謝料を払う。それで実家の生活を建て直せばいい。本当に結婚したい相手を探すのもいいだろう」

「理解しました」

「無理はしなくていい。婚姻誓約書に不備があったことにすれば回収できる。この話はなかったことにして、すぐに婚姻無効にできるが?」

「いいえ。大丈夫です。ぜひ、このままでお願いいたします!」


 エヴァは頭を深々と下げた。


「わかった。何か聞きたいことはあるか?」

「あります!」


 エヴァは絶対に確認しておきたいことがあった。


「両親が決めた相手同士ということでうまくいかない。婚姻無効にするというお話でしたよね?」

「そうだ」

「ということは、これからは互いに距離を置き、いやいやな感じを出しながら生活をしていけばいいのでしょうか?」

「それは考えていない。両親や家のために一年間は勉強だと思って普通に過ごす」


 ドノヴァンから見れば妻という同居人が増えただけ。


 エヴァから見れば、夫という存在がいるだけ。


「夫婦関係が悪くないのに婚姻無効にできるのでしょうか?」

「子どもがいなければできる」


 爵位と領地を持つ貴族にとって、自分の跡を継ぐ子どもがいないというのは極めて重大な問題になる。


 そのため、配偶者との間に子どもがいない、生まれる可能性もないという理由は婚姻関係の正当な解消理由になる。


「婚姻無効には審査がある。結果次第では離婚になってしまうが、両親は王太子夫妻と親しい。大丈夫だろう」

「そうですか。では、ドノヴァン様とは一年間のお試し夫婦という感じですね?」

「そうだ。夫婦について勉強すると思えばいい。当然のことだが、白い結婚だ」

「わかりました!」


 エヴァは安心したように息をついた。


 それを見たドノヴァンはハッとした。


「待て。一年間だけの結婚であることは絶対に秘密だ。表向きは両親や家のために結婚を受け入れた。よくある契約結婚だ」

「大丈夫です。一年間、公爵家で生活すればいいだけですよね?」

「そうだ。上級貴族の生活がどんなものかを学ぶことができるだろう。何かあれば相談に乗る。一応、夫だからな」

「ありがとうございます」

「身内だけとはいえ、結婚式で疲れたはずだ。ゆっくり休め」

「はい」


 ドノヴァンは立ち上がると、部屋から出て行った。


「ということは、私はこのベッドで寝てもいいってことよね? 良かった!」


 ふかふかのベッドで眠れる幸せをエヴァは堪能した。



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