7-3 右手に手の早い人狼王子、左手に死んだ目の異端審問官(終)
「モニカもサイフォスも楽しそうだね」
フィンレイは嘆息し、玉座から立ち上がった。顔には軽い羨望が滲んでいる
「そう、ですか?」
モニカは首を傾げた。
「羨ましいよ。ボクも本当なら、見映えだけは良い兄様を表に立てて傀儡にして、悠々自適に暮らすはずだったんだけどね」
さらっと怖いことがフィンレイの口から飛び出す。
モニカは苦笑せざるを得ない。
「モニカはこれからどうするの? 無職?」
「まぁ、実質そうですね。不用意に治療術は使えないですし。結界の再展開が終わったら、この変調を治す方法とマハの呪いを解く方法を探したいと思います。彼にはとても助けてもらったので、少しでも恩返しができたら、と」
言いながらモニカはマハへと視線を向けた。
マハはばたばたと忙しなく尻尾を振り、満面の笑みでモニカを見つめ返す。
「必要ならサイフォスも好きに使っていいよ。護衛としても諜報要員としても役に立つと思う。ボクがこんなこと言わなくても、勝手に付きまとうつもりだろうけどね」
「小うるさい目付け役を体良く遠ざけたいだけではありませんか?」
耳ざとく聞きつけたサイフォスが死んだ目でじろりとフィンレイを見る。
「手が早そうな狼さんとモニカの二人旅を黙認するっていうならそれでもいいよ」
余裕たっぷりにフィンレイは微笑んだ。
「『これだから聖王の血筋は性格悪くて本当に嫌だ』と我が神も嘆いておられます」
サイフォスは芝居じみた仕草で目元をぬぐう。
「面と向かって王太子にそんなこと言えるお前も大概だよね」
フィンレイは年齢相応の幼さでべーっと舌を突き出してみせた。
「部外者はもう行くよ。これでも意外と忙しいからね。モニカ、いつでも気が変わったら聖女に戻ってね。周りがなんて言おうとボクは歓迎するよ」
フィンレイはモニカの肩に手を置いて少し背伸びをした。モニカよりもフィンレイのほうが若干背丈が低い。
ちゅっと短く、フィンレイの唇がモニカの頬に触れた。
以前からよくしていた、フィンレイ流の「挨拶」だ。
いつものことなのでモニカは何事もなく受け流す。
が、マハとサイフォスにとっては違うようだった。
「なんで!? 俺拒否されたのに!」
「『聖王の血筋はゴミクズ』という神のお言葉はやはり正しかったようです」
口々に騒ぐ二人を尻目に、フィンレイは軽やかに玉座の間から退出する。
違和感なく走るフィンレイの姿を見て、モニカは胸を撫で下ろした。足を再生させてからしばらく経つが問題ないようだ。
重々しい両開きの扉が静かに閉まり、フィンレイの足音が遠ざかる。
広々とした玉座の間に三人が取り残され、ふっと沈黙が訪れた。
「――モニカ、今すぐ呪いを解く方法を探しに行こう」
最初に静寂を破ったのはマハだった。
いつになく真剣な表情をし、モニカの右腕をつかむ。
ダーロスは鬱陶しそうにマハをにらみ、モニカの頭に飛び乗った。
「いや、結界の再展開が先ですし、具体的にどこで何を探すか見当すらついてない状態ですよね?」
「どこに行くかは後回しでいいから、とにかくこの城から早く出よう」
マハは焦ったようにモニカの腕を引いて急がせる。
「早く城を出たほうがいいというのには同意しますが、まずは二人で孤児院に結婚の報告に行きましょう」
モニカの左腕にサイフォスがしれっと手を絡めた。
「あの、孤児院には顔出すつもりですけど、結婚の報告はしないって言ってるじゃないですか。だいいち、そんな事実も予定もないですし」
「『巷には結婚から始まる恋愛話なんて山ほどあるから大丈夫!』と神も後押ししてくださっています」
「ちょっと、その胡散臭い神様引っ込んでてもらっていいですか!」
左右から勝手なことを言われ、モニカは雑にさばくので精一杯だ。
最初は二人を利用するつもりで腕をつかんだのに、いつの間にやら逆転してしまっている。
『手が早い馬鹿犬に、死んだ目のイカレ野郎。姐さん、オレはどっちもおススメしませんぜ。もちろん腹の黒い王太子もです』
モニカの頭にしがみついているダーロスがそっと忠告した。
別にそういうのじゃない、とは言えなかった。
気づけば、右腕に伝わる熱と、左腕に感じる冷ややかなぬくもりを比べてしまっている。厄介だと思いつつ、どちらの手も、今すぐ振り払うことはできなかった。
(なんだかんだ、一番厄介なのは私かも)
モニカは自己嫌悪からため息を漏らした。
「モニカ?」
「モニカさん?」
ため息に気付いた二人が、同じタイミングで振り返った。
マハは尻尾と狼耳をわずかに垂らし、心配げに。
サイフォスは淡い笑みの奥で、何かを探るように。
それぞれ違う視線をモニカに向ける。
(もう、なんで同時なのよ……)
モニカは唇を噛みしめ、逆に二人の腕に手をまわした。
「私について来るなら、死ぬほどこき使いますからね。もう猫を被る必要もないので、いっさい遠慮はしません」
二人の意志を問うように、きつくにらみつける。
「モニカのためならなんでもする!」
「どうぞモニカさんのご随意に」
またも同時に答えが返ってきた。普段喧嘩ばかりしているのに、こんな時だけ息がぴったりだ。
モニカは顔をうつむけ、二人に見られないように苦笑した。
広間の高窓から差し込む光が、長い影を三つ並べている。
この手を離す日は、まだ少し先になりそうだった。
〈終〉
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