白から茶色
氷山七緒、24歳、男性、職業はスーパーマーケット勤務。独身。彼女もいない。
昼休憩は特段のトラブルでも起きない限り、呼び出しはないため近所のカフェ「オアシス」で過ごすのがルーティンになっていた。
今日もいつものように、コーヒーと店オリジナルのサンドウィッチのセット「オアシススペシャル」を注文し、いつも座る壁際の席に向かう。
職場で済ませることも可能なのだが、そうしない理由はいくつかある。無論、この店のサンドウィッチが美味なのが一番ではあるのだが、下手に店にいると方々から縁談の嵐がやってくるのである。
職場とは無関係な縁談だけならいいのだが、自分と同世代の女の子が採用されるたびにすすめられるのである。
逆もまた然りなのか、「オアシス」が休みの日に仕方なく休憩室で昼食を取っていると、おばちゃまたちに囲まれ「氷山さん優しいんだよ~!」「あんないい人そうそういないんだよ~?」などと宣伝される同世代の女の子を目の当たりにしてきた。
別に彼女が欲しくないわけでも恋愛したくないわけでもない。自分に職場恋愛ができるとは思えないのだ。
スーパーマーケットなんて場所は、一度うわさが立てばあっという間に広がりいつの間にかほかの店舗の人にまで知れている、なんてことがざらにある。そんな環境でうまく相手をエスコートできるとは七緒は到底思えなかった。
サンドウィッチを頬張りながら七緒はふと窓に目をやった。
そこには窓を覗きながら怒ったり落胆したりする金髪の美人が立っていた。ああ、あの人にも恋人がいて別れ話でもしているのだろうか……。
そんなことを考えていたら彼女は店の中に入ってきた。気分転換にでも来たのだろうか。
日本人離れした顔立ちの彼女は、その風貌とは裏腹に流ちょうな日本語を話していた。日本育ちのハーフなのか。
しかし、この店の独特なスタイルに戸惑っているのか注文したものを乗せたトレーがやけに震えていた。
七緒も初めてこの店に来たときは自分で品物を席まで持っていくこの店のスタイルに慣れずに困惑していた。
ああ、懐かしいな。なんて考えていたら、金髪美女がテーブルにぶつかった。
その拍子に、彼女のトレー上のアイスコーヒーが宙を舞い、七緒の白いワイシャツを茶色に染めてしまった。
「ちょっと!痛いじゃないの!この店、どうなってるのよ!?」謝るでもなく怒り出す彼女に、七緒は怒りを隠せなかった。
「どうかしているのはあなたではないですか?」気が付けば言葉を返していた。
「テーブルにぶつかってしまったのは不運だと思いますけれども、まずは周りを見るべきでは?」
ああ、やってしまった。職場のパートさんを叱るときのように、見ず知らずの女性を叱ってしまった。
きっと呆れてものも言えなくなっているのだろう。彼女はポカンとしていた。
そんな状況に助け舟を出したのは、店員の香澄だった。
「お二人とも、大丈夫ですか?」




