陰キャと大家とアパートと・・・
「な・・・何ぃ・・・!?」
大家さんから出たある単語に驚きを隠せない桃太郎。しかし、もしかしたら自分の聞き間違いかもしれないので、改めて聞いてみた。
「あの・・・今、何と?」
「君は日本人なのかね・・・と言ったんじゃ。」
「・・・」
聞き間違いではない。確かにこのじいさんは、今はっきりと日本人と言った!!どうして、分かったのだろうか。桃太郎の頭の中には、二つの考えが出ていた。一つ目は、この人自体がメタリーと同じ亀を使って桃太郎の世界へ行った事があるという事。二つ目は、この世界にも日本という国があり、自分をそこの国の人間だろうと予想しているだけという事。一番有力なのは、前者だろう。
「ああ、言い方を変えようか。君は、『別世界の人間』なのかね?」
「!!」
「その反応は・・・正解という事かの・・・。」
別世界というのは、桃太郎のいた世界の事だろう。この事から、さっきの日本人は桃太郎の世界の日本人を指している事が分かった。
「もしかして、行った事があるんですか?俺のいた世界にッ!!」
別世界の存在を知っているのなら、世界を移動した事があるのかもしれない。しかし、大家さんの回答は桃太郎の予想していた回答とは違った。
「行った事?それは無いの。そもそも世界移動には多くのラピスを必要とするから、金が有り余っている連中位しか出来ない。それにラピスだけあっても世界移動の出来る生物がいないと意味ないしの。」
「じゃあ、何で俺の事を・・・」
「それは、儂も君と同じように連れてこられた身だからじゃ。」
「な・・・何ぃ!?」
その時、桃太郎に衝撃が走った!!予想もしなかった回答にただただ、驚くしかなかった。大家さんは、驚いている桃太郎を気にせずに話し始める。
「もう何十年も前の話じゃ。君と同じ位の時に亀を助けたら、恩返しにこの世界に連れてこられた。まあ、あの当時の儂は両親に『自分達の理想実現機械』のように扱われていたから、こっちに来て安心したよ。・・・君は何の動物に連れてこられたんじゃ?」
「・・・俺も亀に連れてこられました。半ば強引に。」
「ほう、もしかして超合金のようなピッカピカのやつか?」
桃太郎は超合金を実際に見た事は無いがピッカピカという事は、メタリーと同じ種類の奴で間違いは無いだろう。大家さんの問いに答えるように首を縦に振った。
その頃、そのピッカピカの亀はというと・・・・・・兵士達に追われていた。
「お前はあの陰キャ共と一緒にいた亀だな!?とっ捕まえて居場所を聞き出してやるッ!!」
「いやいやいや!!居場所はこっちが聞きたいくらいです!!」
「とぼけるな!!知っているんだろぉ?」
ドローンのように飛び回って逃げるメタリーを兵士達はライオンのように執念深く追い回す。それも発砲しながら。また、追い回している兵士達の声を聞きつけ、少しずつ増援が駆けつける。
「ちょっとちょっとちょっと!!多対一とか恥ずかしくないんですか!?」
「恥ずかしくは無い!!俺達は集団で一人を相手にする時にとてつもない力を発揮するのだ!!」
「えぇ・・・」
こんなのが兵士で本当に良いのだろうか。一人で何とかなる位に実力をつけてほしいものだ。
「この亀ぇ~ちょこまかと逃げやがって・・・鬱陶しいんだよ!!」
一人の兵士がイライラしながらメタリーに発砲した。
「うわっ!!」
弾は、メタリーのお腹に直撃した。そして、発砲した兵士は確かな手応えを感じ、奇声に近い声を発した。
「やった~!!今日のMVPはこのオレ、ヴァンパース様だぜぇ~!!これでオレもエリィィィィィィトの仲間入りだぜぇぇぇぇーッ!!」
『ヴァンパース』と誰も頼んでいないのに名乗ったその兵士は、兵士というよりへヴィメタルを演奏しそうな格好をしていた。周りの兵士達は、ヴァンパースの声が五月蠅いのか耳を塞いでいる。すっかり勝ち誇っているヴァンパースだが、次の瞬間、得体の知れない物体が顔面に向かって飛んできた。メタリーである。腹を撃たれたとはいえ、甲羅なのでメタリー自身にダメージは無い。メタリーは、ヴァンパースの顔面を殴打し、再び空へ逃げて行った。会心の一撃を喰らったヴァンパースは、自身のプライドを破壊された気がしたのか、怒りで震えている。
「こ・・・こっこっこっ・・・この亀ェェェェェェェッ!!違うだろッ!?違うだろぉぉぉーッ!!そこは、オレの弾を喰らってぶっ倒れているパターンだろぉぉぉーッ!?」
再び奇声を発するヴァンパース。周りの兵士達も呆れたのかどこからともなくハリセンを取り出し、思いっきりはたいた。スパーンという良い音がした。
「うるせえな!!とっとと追うぞ!!・・・ったく、オムツみてぇーな名前しやがって・・・」
「誰がオムツみてぇーな名前してるってぇ!?ああん?」
「だからうるせえって!!そんな名前のオムツあっただろ!!あんな亀さえ仕留められねえとは、情けない奴!!」
一発も命中出来なかった奴が何を言うのか。やがて集団心理が働いたのか、他の兵士達も一斉にヴァンパースをディスり始めた。
「お前、そんな格好してる割にへヴィメタルそんな聞いてねえじゃん。やーい、にわかにわか。」
「そもそも何だよその格好・・・高校デビューならぬ兵士デビューか?デビューの仕方間違えて、変な方向にイキッてるようにしか見えないな。」
「大体、へヴィメタなんかのどこが良いんだ?クラシックこそナンバーワン!!」
次々と発せられる言葉にヴァンパースは、涙目になりながらも必死にこらえていた。そして、こう反論した。
「お・・・オレの格好とかへヴィメタは関係無いだろ・・・早く追うぞ。亀が遠くに逃げてしまう。」
メタリーを捕獲したいのであれば、仲間をディスる時間は無いはずだ。ヴァンパースは先程の汚名を返上するべく、自身の銃に弾を入れ、再びメタリーを追った。一方、メタリーは銃弾から逃れるために上へ上へと上昇していた。
「さすがにここまで上昇すれば銃弾は届かないし、あの人達も追っては来れないでしょう。」
『ふふん!』と自身満々に言うメタリー。ここからは上空で桃太郎を探すのか、地上が静かになっても降りてこなかった。
大家さんが元の世界にいた人間という事が分かった桃太郎は、安心したのか口数が増えてきた。話の話題は元の世界のものばかりで、『昔はこうだった』とか『今はこうなった』とか『こんな事件があった』等とお互いに楽しんでいた。しかし、あまり話し込むと楓やマリーに心配かけるので、また今度話す事にしてとりあえずアパートの契約を交わして、大家さんの家を後にした。
「・・・とりあえず、俺と同じ境遇の人がいて助かった。元の世界の人間は、元の世界の人間と話す方が価値観も分かってて話しやすい。異世界の人間は、元の世界の常識が通用しないのがいるからなあ。特に王子とか城の連中。」
そんなことを言いながら、桃太郎はマリーの店に戻って行った。マリーの店の前には、楓が待っていた。楓は、桃太郎の姿を見ると笑顔で近寄ってきた。
「あ、どうだった?」
「いや、普通にアパート契約出来た・・・というか何で外に?バレーの練習はどうしたんだ?」
「まだ時間に余裕があるの。だからこうして店の前で待ってたのに・・・」
『ブー』と言いたげに口を尖らせる楓。桃太郎は思った。
「(何でこの人はこうも世話好きなのか。面倒臭いだけだろうに・・・それに俺はさっき知り合ったばかりの人間だぞ?今の世の中の人間の中では珍しいタイプだな。)」
とか何とか思いつつ、別に悪い気はしない桃太郎なのであった。楓は、桃太郎がどこの部屋なのか気になったようで、
「ところで何号室にしたの?」
と聞いた。しかし、契約時にどこの部屋か聞かされていない桃太郎は、
「大家さんが何も言わずに鍵を渡してくれたから、そこは分からない。」
と返答した。これに関しては、大家さんのド忘れだろう。楓は桃太郎が持っている鍵に指を指して言った。
「鍵の札に何号室か書いてあるよ。」
「ん?本当だ・・・202って書いてあるな。という事は、二階か。」
桃太郎はそう言うとアパートの敷地内に入り、周りを見渡した。見た目は古くてボロそうでもそこまで汚くはなかった。すぐ近くに階段があったのでそこを上り、鍵の札を見ながら部屋を探した。ここで、桃太郎は楓が自分の後ろをついてきている事に気付いた。
「・・・何でついてくるんだ?」
「別にいいじゃん。202って私の部屋の隣なんだし。」
「ええ・・・」
ここまで偶然が重なると誰かがそう仕向けているのではないかと考えてしまう。まあ、あの大家さんの事なので『事情を知っている人が近くにいれば安心だろう』という心遣いかもしれないが。202の札が貼られてある部屋の前まで来た桃太郎は、鍵を開けた。長い間使われていなかった部屋という事を裏付けるようにドアを開けた瞬間、物凄いほこりが桃太郎を襲った。
「うげえっ!!外見そこまで汚くなかったのに、部屋は汚いのかよ。あの大家さん、定期的に掃除はしていないんだな・・・まあ、見た感じからしても結構年だし、家賃も安くしてくれたから仕方ないか。」
桃太郎は口に手を当て、ほこりをなるべく吸い込まないようにして、部屋の中に入っていった。床はほこりでぎっしり埋まっており、歩くたびに足跡がついている。ほこりの量から見ても一年や二年、ほったらかしにしていたレベルではない。
「(予想以上の汚さだ・・・こりゃあ、綺麗になるまで一週間は確実にかかるな。)」
ここで桃太郎は気付いた。
「(・・・掃除道具・・・どうしよう・・・)」
よくよく考えてみれば、桃太郎は掃除道具を持っていない。元の世界みたいに、ウェットティッシュのような物を先端に装着して掃除する製品も無いし、掃除機も無い。水とバケツと雑巾は借りれるとしても、さすがにそれだけでは面倒臭すぎる上に時間がかなりかかる。それ位、汚れが半端ないのである。
「(大家さんのとこへ行って、何か借りて来るか・・・。)」
こんな事ならさっき掃除道具を借りておくべきだったと、桃太郎は後悔し、一旦部屋を出た。部屋の外にはまだ楓がいた。
「・・・バレーはいいのか?」
「ん?そろそろ行くよ。その前に・・・これ。」
「・・・何だこれ・・・あっ!」
楓は『ワンダフルワイパー』なる物を桃太郎に渡した。それは、名前こそ違うものの元の世界にもあるウェットティッシュのような物を先端に装着して掃除する製品そのものだった。
「やった。これで大分楽になるってもんだ!!有り難う。」
「困った時はお互い様よ。じゃあね、桃ちゃん。」
そう言うと、楓は颯爽とアパートを後にした。アパートに残った桃太郎は立ち尽くしたまま、ぼそっと呟いた。
「・・・その呼び方やめろって言えなかった・・・。」
桃太郎が部屋の前で立ち尽くしていた頃、喫茶店『青い春』でカフェオレとフレンチトーストを頼んだサラリーマン風の男が会計を済ませていた。
「有り難うございました~。」
「・・・」
男は会計の後、どこか忙しそうな様子で店を出た。そして路地裏に入り、スマホのような物を取り出して誰かに連絡を取った。
「ああ、俺だ。・・・・・・あんたらが捜している陰キャ、いるだろ?それっぽいのが喫茶店から出るのを見た。・・・きちんと顔を見たかだって?いや、見てねえよ。でも、あの匂い!!あれは確かに『陰キャの香り』だった。この世に匂いまで装える人間はいねえ!!整形しようがなりすまそうがそいつの根本的な匂いまでは変えられねえんだ。・・・何?どこ行ったかだと?知らねえよ。見た時は興味が無かったからな。飯待ってる間にネットで見た『捕まえた者に賞金贈呈』で興味持ったんだ。まあ、任せろ・・・」
男はバサッと上着を脱いだ。
「この『カミーテル・スメルスキー』がッ!!奴らの根城を掴んで、王子に献上してやるッ!!んっんん~俺って神ってるぅ~。」